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リアクション
●百合園に残ってくれててすごく嬉しいです
当初品薄だった『cinema』2020年秋モデルも、大幅増産によって比較的入手が容易になっている。また、『cinema』に限らず個性的な新型がお目見えしたこの時期、新たに携帯電話を持つ者も機種変更する者もこれまでにないほどに多い。
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)もその一人、家電量販店でさまざまな新機種を手にしている。
「ホログラム機能のは画面見やすいけど、他の人に見られないかが気になるよねー」
ちょうど今は、cinemaのホログラムスクリーンを三画面表示にしていた。
「円ちゃんそっちから画面見える?」
スクリーンを自分に向け、スクリーン背部を連れの桐生 円(きりゅう・まどか)に向けた。
「透き通ってはいるけどね、画面も文字も模様みたいに変化しててこっちからじゃわからないよ。面白いなぁ」
「うん、色々考えられてるねー。よし、それじゃこれにしよっか」
「cinema、いいよねー。小さくて薄くって……ボタン上手く押せるかな? 慣れるまで時間かかったりするかも?」
円は元々、歩たちが携帯の機種変更をするのに同行しただけなのだが、見ているうちに自分も欲しくなってきたのだった。キャンペーン中で格安ということもある。せっかくなので、歩と同じ『cinema』の色違いを選ぶとしよう。この携帯には36色、模様違いも含めると108パターンもの種別があるのだ。そうそうカラリングが被ることはないだろう。
「巡ちゃんは決めた?」
歩が振り返ると、七瀬 巡(ななせ・めぐる)が自分用の機種を選んでいるところだった。
歩の隣で崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)がアドバイスしている。
「巡の場合、丈夫なタイプがいいんじゃないかしら。これなんかいかが? 水に落とそうが焚き火に投げ込もうが壊れないみたいね」
「じゃあそうするー。えーと、こっちのやつとこっちのやつはどう違うのー?」
「それは色が違うだけですわ」
「じゃあ、亜璃珠ねーちゃんが選んでー」
「え? いいんですの? なら……こちらがお似合いかしら」
亜璃珠に選んで貰った携帯を手にして、巡はやたら嬉しそうである。亜璃珠も自身の『cinema』を既に選んで、あとは変更手続きが終わるのを待つばかりという状態だ。
手続きが終わるや円が提案した。
「携帯の機能試してみようよ。慣れも必要だと思うしさ」
「うん、タイムカプセルメールだね。はじめてのメールかぁ……今日の夜くらいに届くようにしようかな」
歩はさっそくホログラムを表示させている。誰に送るかは「ないしょー」だそうだ。
「ボクもボクもー」
超頑強コンバットモデル『Mammoth』(冗談抜きでマンモスが踏んでも壊れないらしい)を手に、巡はかちゃかちゃとメールを打ち始めていた。
同様に、
「ここで? まぁ、アドレス変えたっていうのもメールしなきゃいけないからね……」
まずは誰に送るか……と独言しながら、亜璃珠は自身の『cinema』を操作する。今日の亜璃珠はずっと微笑を浮かべていたのだが、いつの間にやら真剣そのものという表情に変わっていた。よほどメールに集中していると見える。それを察して、円は背後から亜璃珠に抱きついていた。
「アリスー♪」
「きゃ! な、なんですの」
「ずっと睨めっこしてたけど、誰にメールしてたのー?」
「誰に送ったかって? 秘密よ、プライバシー」
「ほほう。ならばそのカラダに訊くしかあるまい」
妙な口調で円は、むにむにと亜璃珠の腹部を揉み始めた。
「……あぁもう、変なとこ触るなっ! 秘密ったら秘密っ」
くすぐったさのあまり声を裏返しながら亜璃珠は身をよじって逃げていく。
その晩、巡から亜璃珠に届いたタイムカプセルメールだ。
「こんばんはー。亜璃珠ねーちゃん元気ですか? ボクは元気です。
前に一緒にやったキャッチボール楽しかったです。
この前の野球、亜璃珠ねーちゃんが参加してなかったのはちょっと残念でした。
今度は一緒に野球しようねー。
いつもありがとー」
同じく、歩から円に当てたタイムカプセルメール。
「こんばんは、七瀬 歩です。
今日は付き合ってくれてありがとー。早速メールしてみたよーo(^▽^)o
えーと、いつもありがとう。
最初に会った時の印象すごかったよねー。正直、かなりびっくりしちゃった。
まさか、同級生に襲われるなんて思ってなかったし。
ただ、十二星華のパッフェルさんとか、色んな人との出会いの中で円ちゃんが変わっていくのを見てて、すごく可愛いなぁって思いました。
でも、だから、円ちゃんは東西に分かれちゃった時にもしかしたら、西の方に行っちゃうのかなぁって思ってて。
今、円ちゃんが百合園に残ってくれててすごく嬉しいです。
これからもよろしくねー(ぺこり)」
円がこれを読み、頬を緩めたのは言うまでもない。
一方で円は、こんなタイムカプセルメールを歩に送っていた。
「To:歩ちゃん
今日は、携帯買いに連れて行ってくれて、ありがとー
初めて会ったのは、船だったね
あの時も迷惑かけちゃってごめんなさい
あの後、謝る機会があって、
一緒に遊んだりして仲良くなって
そして友達になれたのはすごく幸せな事だったと思う
歩ちゃんがいたから、今は我儘とか言わずに
普通にやっていけてるかな
これからも迷惑とかかけるかもしれないけど
仲良くしてください
psモツ鍋食べたいです
来週鍋ぱーちぃしましょう」
わりと恥ずかしいこと書いたかもしれない……と、円は後から照れくさくなったのだが、それはそれで良いものなのである。
さて一方、円がにらんだ通り、亜璃珠は神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)にタイムカプセルメールを送っていた。
「To:神楽崎優子
Sub:亜璃珠より
ケータイかえました
しかも最近話題の『cinema』に!
デザインも先進的で面白いし、
思ったより機能も豊富みたいだから持ってて損はないかも
機会があったら優子さんも買ってみれば?
多分仕事の時も役に立つんじゃないかな
と言うわけで、早速機能のテストついでにメールしてみましたとさ
それじゃ登録よろしくね
(この後15行ほど空白を置いて……)
いつも色々お疲れ様
最近忙しいと思うけど、体には気をつけること
私が心配してやるんだから光栄に思いなさい」
格好つけちゃったかな、と亜璃珠は自分のメールを思い返し、頬をぽりぽりとかくのであった。
さてこの後は、それぞれがそれぞれの相手に返事のメールを書き、それに対しさらに返事を……といった具合で、夜はゆっくりと更けていったのである。
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