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リアクション
第20章
2号機をまたがらせた1号機は、物理法則を無視した機動を取りながら「BSK」に迫った。
「盾」を担当している2号機は振り落とされそうになるが、暴れ馬を乗りこなす騎手のように、しっかりと脚を締めた。1号機の外壁が微かに歪む。
超音速戦闘機並みの――いや、それを遙かに超えるGで操縦室内の〈契約者〉を振り回しながら、一体となった2機の「OvAz」は最後の敵「BSK」への距離を詰めていく。
最初の間合いは、1万数千キロ超――
それがやがて、1万を切り、5000を切り、3ケタに達し――
「遠当て」以外のスキル有効射程距離、40キロの圏内に入った。
(――来るッ!)
セルフィーナが剥き出しの「殺気」を感知した直後、2機の「OvAz」は凄まじい電撃に包まれた。
「BSK」の「雷術」だ。
第1フライト時に「超帝校長」が撃ったほどの威力ではない。が、直撃すれば〈素子〉の1割は剥離しかねない程の威力だ。
(直撃すれば――ですけれどもね)
機体を包んだ無数の稲妻が晴れた時、「OvAz」の1号機にも2号機にも、焦げ目ひとつついていなかった。
「BSK」の「雷術」使用と同時に、セルフィーナが「対電フィールド」を使ったのだ。
1号機で御剣紫音が、2号機で騎沙良詩穂とミリオンが、同時にスキルを発動させた。
――「サンダーブラスト!」
直前に「OvAz」を覆ったものを遙かに凌駕する密度の電撃が、「BSK」を包んだ。
超絶機動と「遠当て」による精密狙撃に特化した「BSK」は、雷電属性への防御はもちろん、魔法防御の強化手段は何一つ持ってはいなかった。
莫大な雷撃をまともに浴びた「BSK」は、ショックで〈素子〉のほとんどを剥離させた。
2号機の手が伸びて、無力化された「BSK」の機首を掴んだ。
いまや、どう料理するのも思いのままだ――
その時、「OvAz」のスピーカーから声が響いた。
「やめて下さい!」
「やめて下さい!」
管制室で叫んだのはザイエンデだ。
「お願いです。その子を殺さないで下さい」
「殺さないで、って……『BSK』は仮想空間の敵キャラにしか過ぎん。もともと命も心もない。そもそも『殺す』って言い方自体有り得ん話だ」
反論する青野武だが、それでもザイエンデは、
「殺さないで下さい」
と繰り返した。
「その子はまだ、それしか知らないんです。大事なものを守るために戦う事しか教えられてないから、あんな風に暴れたんです」
「……僕からもお願いしていいですか?」
そう声を出すのは青ノニ・十八号だ。
「確か、『BSK』に乗ってるのは――いや、「搭載」されてるんでしたっけ――『機晶姫』でしょう? 設定でも仮想でも、同族が道具のように扱われた挙げ句、殺されるのは、正直あまりいい気持ちはしません」
管制室のスピーカーは、沈黙していた。
空気が少し、重苦しくなった。
「……んじゃあ、持ち帰ったらどうでしょうねぇ?」
のんびりした口調で提案したのは、クド。ストレイフである。
「2号機さん、せっかく人のカタチしてるんです。小脇に抱えておみやげにするってのはいかがでしょうねぇ?」
「賛成です。寛容と慈悲は、騎士の美徳でしょうから」
美央が答えた。
「……大気圏突入とか大丈夫なんですか?」
リカインの問いに、1号機から永太が「大丈夫ですよ」と断言する。
「大気圏突入前に、徹底的に減速すればいいだけの話です。大気圏突入で熱が出るのは、莫大な運動エネルギーを熱に変換していくわけですから……」
「すみません、理系じゃない人間にも分かるように説明して下さい」
「……スピード遅ければ摩擦熱が出ることもないんです」
「ありがとうございます。良く分かりました」
3号機の背部ペイロードが開き、探査船〈迷子ちゃん〉が回収された。
合流した全ての「OvAz」は、高度3万9000キロの「夜」を横断し、「昼」の側へと抜けた。
暗黒の彼方から、光が射し込む。
光は弧のラインと、空間に放射される姿を描き出した。
それはまるで宝石を嵌め込んだ指輪のようだ。
――わぁ。
「OvAz」の窓から外を見た者達は、一斉に声を上げた。
宇宙の夜明け――
自分達が、「夜」から「昼」の領域に移動しただけなのに。
そもそもこの宇宙は作り物で、あの「太陽」ですら宇宙の「外壁」に貼り付けられただけだというのに。
ドアを開けば、面白味のない廊下があるのが分かっているのに。
それなのに、この光景がこんなに荘厳に思えるのはどうしてだろう?
白い光の弧に、色がついた。
蒼と白。海と雲の色。
それは、帰る場所だった。
そこには、自分を待っている人がいる。
「帰ろう」
七尾蒼也は、思わず口に出していた。
「帰ろう、パラミタへ……ザンスカールへ」
「最終チェック開始」
「全席全系統異常なし」
「念動推力充填開始――充填完了」
「〈素子〉活性化確認」
「〈機晶コンデンサ〉より機体〈素子〉面へ念動推力伝達開始。伝達、異常なし」
「航路確認。防御スキル展開完了」
「『OvAz』、地球に向けて、発進」
帰還後。
シミュレーションルームを出た1号機の搭乗員は、一番最初にエリザベートの顔を見に行った。
彼女の顔を見ても、最早恐れは感じない。
その時、空にも宇宙にも恐怖を感じない自分自身を彼らは見出した。
かくして、1号機搭乗員の中で、宇宙超帝エリザベート・ワルプルギスは打ち倒された。
彼らはエリザベートの宇宙を克服したのだ。