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【カナン再生記】砦へ向かう兵達に合流せよ

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【カナン再生記】砦へ向かう兵達に合流せよ

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1,戦いの前夜


「あたしはヘイリー、かつてヘリワード・ザ・ウェイクを名乗り、『征服王』と戦ったもの!」
 兵士達の前で、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の演説が始まった。
「始まったな」
 そこから少し離れた場所で、焚火を囲みながらその様子を眺めていたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が呟く。
「来て頂いたばかりだというのに、色々と申し訳ありません」
「あの………そんな、頭をさげないでください………」
 深々と頭をさげるアイアルに、リネン・エルフト(りねん・えるふと)はぶんぶんと首を振った。
「本当なら、きちんとおもてなしができればよかったのですが………」
「気にすんなよ。しっかし、本当にあの人数でなんとかするつもりだったのか?」
 ヘイリーの演説を聴いている兵士の数はほんの僅かだ。砦を監視したり、周囲の警戒をしている兵もいるのであれで全てというわけではないが、それにしてもまともに戦争する気があるとは思えない人数である。
「仰る通りです。しかし」
「ま、言いたい事はわかるけどな。あんな砦一個にちょっかい出して、一矢報いたなんてオレは満足しねーぞ。オレは必ずオルトリンデ家を取り戻す、必ずだ」
「フェイミィ殿………ええ、取り戻しましょう。我々の国を」
 そこへ、演説を終えたヘイリーがやってきた。随分と熱弁をふるっていたらしく、少し汗が浮かんでいる。
「お帰り」
「ああ、ただいまリネン。………エロ鴉は随分といつもの様子とは違うようね」
「自分の………故郷のこと、だから」
「そう、ね。故郷は大事ね、うん」
 ヘイリーも思うところがあるのか、それ以上は何も言わなかった。
 演説を聴いていた兵士達は、それぞれの自分の役割をこなすためにもう散開している。見張りを交代したり、明日に備えて休みを取ったり。そんな兵士の一人に連れられて、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)がそこにやってきた。
「こんばんわ、えぇっと、あなたが指揮官のアイアルでいいのよね?」
「はい、アイアルは私ですが」
「私は、フレデリカ・L・ヴィルフリーゼ。ミスティルテイン騎士団から補給物資を届けに来たわ」
「話しは聞いております。このたびのご援助、感謝いたします」
「そんなにかたくならなくていいわ、今回に限っては私の一存だもの」
「いえ、本当に助かります。シャンバラのみなさんには、何もかも手伝ってもらってしまい………」
 ちらりとフレデリカは集まっているリネン達に目を向け、すぐに視線をアイアルに戻した。
「けど、この国はあなたたちの国よ。今はこうしてお手伝いしたりもするけど、それに頼るようになったらダメ。ちゃんと自分達でどうするか考えて、それがこの国のためになるんだもの」
 アイアルは一瞬驚いたような顔をして、すぐにまた頭を下げた。
「ありがとうございます」
 フレデリカも会釈を返して、それではと去っていく。
「わかってるさ、でも………今だけは、な」
 彼女が去ってから、その様子を見ていたフェイミィは誰にも聞こえないような小さな声でそう応えた。
 


 アイアル達が集まっている野営地点から、さらに後方の場所にいくつもテントが並んでいた。彼らが利用しているテントとは違い、こちらのテントはどれも新しく綺麗だ。
 そのうちの一つ、診察室という看板が掲げられたテントの中で九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は兵士の一人と話しをしていた。
「ありがとう、大体理解したよ」
「それじゃあ、明日があるんで」
「ああ、明日はここに来ないでくれよ」
 そう言って兵士を送り出すと、奥から冬月 学人(ふゆつき・がくと)がボードを見ながら戻ってくる。
「薬はここに書いてある通りあったよ。問題なし」
「こっちも丁度話しを聞き終えた。予想以上に状況は悪かったらしい、まともに医療ができる人は一人もいないんだってさ」
「それでゲリラを続けていたの?」
「ああ、そうらしいな。ほとんど軍人じゃなく、義勇兵の集まりみたいだ。まともに訓練もしてないまま、今日までやってきたらしい。よくも今日まで持っていたよな、実際」
「あのアイアルって人には、人をまとめる才能があるのかもね」
「そうは、見えないんだけどな。人がいいってのはわかるんだけど」
 なんて話しをしていると、テントにフレデリカが入ってくる。
「お待たせ」
「お帰り。搬入物資の確認はおわってるよ、問題なし」
 学人にボードを渡され、さっと目を通したフレデリカは頷いて「ありがと」と一言。
「なんか、調子悪そうだね?」
 と、九条が尋ねると、フレデリカは苦い顔をして、
「いやぁ………ちょっと言い過ぎたかなぁって。うん、でも言っておきたかったことだからね。それより、ジーナは?」
 フレデリカがきょろきょろ辺りを見回して、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)の姿を探す。
「ああ、彼女はちょっと外の様子を見てくるってさ」
「あら、そう。明日の確認もしなきゃだし、呼んでこなきゃ。あなた達も、ここに居てね」
 そう言って、フレデリカは外に出た。
 外は少し肌寒い。砂漠ほどではないが、地面が熱を留めていないために昼間と随分温度差があるようだ。まして、野営地点と違ってこちらは明りに焚火を使っていないのもあるのだろう。
 戦闘の余波が届かないであろう後方に建てられたテントは、補給基地兼医療施設として今回の作戦に貢献することになる。もともと一人で扱うには少々荷物が多かったため、医者として今回の作戦に参加しようとしていた九条らを引き込んで、急場の後方支援チームを結成することになった。
 彼らも治療施設にテントを建てるつもりだったようなので、あちこちに点々とテントがあるよりはまとめてある方が都合もいいだろう。
 探してみると、案外すぐにジーナの姿を見つけることができた。ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)もどうやら一緒にいるようだ。
「何してたの?」
 フレデリカが尋ねると、
「安全確認をしておこうと思いまして」
 とユイリが答えた。
「どうだった?」
「魔物の気配どころか、虫一匹見つかりませんね」
「ここの砂地は、もとからそういう自然ではありませんでしたから、虫のような生き物は適応できないで死んでしまったようですね」
 そう言うジーナの表情は見えない。
「明日の確認もあるから、一度テントに戻りましょう。ね?」
「はい」
「それにしても、距離があるとは言え、偵察の一つよこして来ないとは、あの砦はそれほどまでに堅牢だとでも言うのでしょうか」
 夜になってはもう見えない砦の方にユイリは視線を向け、すぐに二人の後を追ってテントに戻った。



 鉄壁などとこの砦が呼ばれているのは、古くからある城壁の威圧感があってこそなのだというのを鬼崎 朔(きざき・さく)は案内をされながらつくづく感じていた。
 通路のあちこちに、進入を防ぐためか柵が立てられており、壁が崩れても放置されたままの場所もある。モンスターの手によって補修工事を行っているようだが、応急処置がいいところでまともに修理とは言いがたい。
 彼女を案内しているのは人間の兵士だったが、彼以外の人間の姿を今のところ見あたらないところを見ると、人間はほんの少数でモンスターがこの砦の主要な戦力なのだろう。
「中でウーダイオス様がお待ちです」
「ありがとうございます」
 礼を言って、古い木の扉を押し開けた。
 案内された部屋は応接間というよりも、兵士の詰め所のような部屋だった。壁には武具をたてかける為の木枠があり、中央には木の板に足をつけただけの粗末なテーブルが置かれている。
「………あれ? まだお客さんがいたの?」
 奥の椅子に座っていた男が、朔を見てそんな事を言う。
「はじめまして、私は―――」
「ああ、いいよ。俺、人の名前と顔を覚えるのは苦手なんだ。特に、そう仲良くなれなさそうな人とはね。別に何もしないから、そんなに警戒しなくてもいいよ」
「………そう、ですか」
 探査系スキルを総動員して出方を伺っていた朔は、少し意外に感じた。どうも目の前の男には指揮官らしさというか、威厳というか真面目さのようなものが感じられないのに、ちゃんとこちらの気配を見ているのだ。
「んで、君はどんな用事で?」
「外に解放軍が集まっているのはご存知でしょう、明日には戦になるかと思います。そのさいの、貴殿の手際を見させていただけないかと思いまして」
「あー、つまり俺の値踏みがしたい、と。ふぅん………ま、いっか。いいよ、別に好きにするといい。けど、この子と違って手伝ってくれないなら、お客様としては扱わないけど別にいいよね?」
「この子………?」
「あ、ちょっとせっかく隠れてたのにー、もー」
 突然聞こえた声は、朔には聞き覚えのある声だった。
 奥の暗闇に潜んでいた、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)がにやにやしながら現れた。
「マッシュ………っ!」
「ほらぁ、空気がピリピリしちゃったじゃん」
「なんだ、知り合いだったのか。あんまり仲良くないの?」
「そういうわけでは……」
「ヒャハハ、ま、知り合い以上家族未満ってところかなぁ」
「俺としては、俺の邪魔をしないんだったらどうでもいいんだけどね。さっきも言ったけど、うちは人手が足りなくてね、モンスターならいっぱいいるんだけど、そんなわけでお客様としては扱えないけど、それでもいいってなら好きにしていいさ。向こうの塔の方は結構まともだから、適当に使っていいよ。他に何かある?」
「いえ、ありがとうございます」
 部屋出ていこうとした朔の背中に、マッシュが「じゃあね〜」と声をかけるが返事も振り返りもせずに部屋を出る。
 ウーダイオスの言っていた塔に向かいながら、朔は自分の迂闊さに歯噛みした。ウーダイオスばかりに気を取られてしまっていて、マッシュの気配に気づかないとは―――。
 今回の目的はあくまで様子見であって、どちらの勢力にも加担するつもりはない。しかし、マッシュにばれてしまったとなると最悪こちら側につかざるえないかもしれない。
 まだ戦が始まるまでは時間があるだろう、それまでにいくつか対策を考えておかなければと考えながら歩く彼女のペースは、いつもより若干早くなっていた。



 砦の外では解放軍が着々と準備を進め、中ではウーダイオスと朔が出合った頃。
 もう二人、夜闇に紛れて砦にもぐりこんだ人がいた。朔のように根回しして正々堂々入ったのではなく、城壁を登っての不法侵入である。
「ずさんな警備で助かりました」
 荀 灌(じゅん・かん)芦原 郁乃(あはら・いくの)の二人は、立ち入り禁止っぽい柵を越えて砦の内部を進んでいた。立ち入り禁止されているだけあって、床は突然抜けていたり、天井が崩れて瓦礫で道が塞がれていたりしていたが、その代わりに人の姿も気配もしない。
 もっとも、それはここが人間の生活スペースに割り当てられているからだろう。城壁の内側の敷地には、大量のテントが並んでおり、焚火の火もかなりあった。恐らく、戦力としてのモンスターは砦の中に入れてももらえていないのだ。
 気配に気を探りながら探索を続け、二人は当初の目的の場所、調理場を発見した。食材も調理器具もちゃんとあり、ここが機能しているのは間違いないようだ。
「やっぱり冷蔵庫とかは無いんだね」
 郁乃は近くにあった壷などの蓋を開けたりして、食材を物色し始めた。大体は保存食ばかりだ。随分と硬くなってそうなフランスパンが何本も壷にささっているのは、なんとも不思議な光景だった。これは、食べれるのだろうか。
「それにしても、調理師みたいな人は居ないんですかね?」
「もう寝てるのかもしれないわね」
 壁掛けのランプに火が入りっぱなしなので、誰かくるかもしれないと警戒していたがその様子は全く無かった。ここは一晩中明りをいれているのだろうか。
 なんて不思議がっていると、いきなり扉が開いた。
「ひっ」
「ん?」
 入ってきたのは、立派な口ひげをはやした男だった。服装は、兵士の格好とは違うものだが、かといって普段着というものでもない。見た事は無いが、この地方の礼装だろうか。
 男は二人をじぃっと目を細めながら見つめ、
「なんだ、お前たちは、見ない顔だな………ん、ああ、そういえば誰かが飯の作れそうな女を調理場にいれるとかなんとか言っていたな。お前たちがその女どもか」
「は、はいっ、そうなのです」
 灌が咄嗟にそう答える。
「そうか、だったら今から私の夜食を用意してもらおう。私の部屋は………わからんだろうな、しばらくしたら取りにこよう。頼んだぞ」
「はい!」
 言うだけ言うと、髭の男は部屋を出ていった。
 足音が遠ざかっていくのを確認して、二人は大きなため息をついた。心臓もドキドキと高鳴っている。
「助かりました」
「ほんと、死ぬかと思った。入ってくるとき、全然気配無かったし………」
「随分と偉そうな服を着てましたけど、あれが指揮官なんでしょうか?」
「わからないけど、でも夜食を自分で作りに来たみたいだし、どうなんだろ?」
 二人は少し考えてみたが、もちろん答えなんて出るわけがない。
 それよりも、あとで取りにくるという夜食を用意するほうが先決だろう。
 さっそく郁乃は調理に取り掛かる。調理場を見つけて、料理を作るのは当初の予定通りだ。