リアクション
● 緋山の提案をもとに、シャムスたちはいくつかのグループに分かれて砦内を進んでいた。 シャムスとともにいるのは、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)とルカルカ・ルー、そしてダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)である。兵士の格好をしていることもあり、昼間の侵入者たちの情報をもとに比較的安全に進んでゆくシャムスたち。 「マップによると、ここから二階に向かってゆくな」 「警備の目も厳しくなるかしら?」 「……だろうな」 ダリルが籠手型HCを掲げながら示すルートをたどってゆくと、階段が見えてきた。 ルカの言う通り、兵士に紛しているとはいえ、さすがに警備の目も厳しくなる。特に、いないはずの兵士がそこにいるという状況は、逆に怪しさが増すものだ。 「おい、そこの奴!」 背後から詰問するような声をかけられて、ビクッとシャムスたちは立ち止まった。 「ど、どうする、シャムス?」 「…………」 目線は合わせず、こそこそと話すルカとシャムス。そこに、授受の軽やかな声が混ざった。 「ふっふー、お二人とも、ここはあたしに任せて下さい」 「ジュ、ジュジュに?」 何かと嫌な予感がしないではないが、兵士が四人に近づいて来る。 「おい、なにをこそこそと……」 「えいそれー」 瞬間。 授受が間の抜けるような声をあげると、体内から発せられたサイコキネシスで兵士の動きが止まった。 「な、なん……ぐわぁっ!」 身動きがとれずに戸惑う兵士は、それが何であるのか正体を知る間もなく、授受の一撃に殴り倒された。いやはや……派手なものだ。 「ま、まあ結果オーライ、かな」 ははは……と苦笑しながらも、授受が兵士を倒してくれたことはある意味でラッキーだったかもしれなかった。 「こいつ……上級兵か?」 ダリルは兵士の格好を見て、そんなことを呟く。確かに、よく見てみると兵士の鎧はわずかに装飾が違っていた。 「石像に近づくほど位が必要ってことかな?」 「だったら剥ぎとっちゃお!」 間髪いれず、授受は兵士の鎧をがさがさと剥ぎとった。とはいえ、鎧は一つだ。みんな視線が投票され、自然と先導するダリルがそれを身につけることになった。 「これで少しは動きやすくなるわね!」 「ダリル、部下の兵たちを連れて歩いてますって感じでお願いね」 「…………」 色々と複雑な心境にはなるが、とにかくダリルはルカたちを連れ立って石像のもとに向かった。 どうやら上層のほうにあるらしく、いくつかの階段をのぼって進んでゆく。 やがて――石像の間に着いた時、そこはそれまでの砦の雰囲気を一変していた。 まるで玉座の元にいるかのように、だだっ広い中央に石像は飾られている。そして、その足元にはすでにたどり着いていた別のグループの仲間がいた。 「桐生……」 「やあ、シャムスくんたちも着いたんだね」 桐生 円(きりゅう・まどか)はすっと手を振ってみせて、石像を見上げた。足元が浮いているところを見ると、空飛ぶ魔法がかかっているのだろう。魔法をかけたのはパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)とミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)か。ばさばさと飛ぶ吸血コウモリたちが、役目を終えたとばかりにオリヴィアの懐に消えた。 「これが問題の像か……」 円たちと同様に、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が石像を見上げた。 女性の姿を象った像は、まるでどこか遠くを見ているかのような表情をしている。一見すれば彫刻のそれに見えなくもないが、それが元は人であったことをレンたちは知っていた。 「エンヘドゥ……」 石像に近づいてきたシャムスの呟きが聞こえる。 そう、そこにあったのは見紛うことなきシャムスの妹の石像であった。ルカがコピーした写真に映る妹の姿と、全てが一致している。唯一違うのは服ぐらいのものだ。体型も顔つきも、優しげで聖母のような慈愛に満ちたエンヘドゥ・ニヌアのものであった。 エンヘドゥの像を見上げる円は、懐から薬品を取り出した。 「この石像、石化解除薬とかで元に戻せないかな?」 「無駄だ」 円の疑問に、シャムスの容赦ない声が返答された。それに、わずかに顔をしかめて不機嫌そうな顔をする円。 それを代弁するように、オリヴィアが言った。 「やってみなければ、分からないんじゃないぃ?」 「……なら、やってみると良い」 それに従うように、円が石化解除薬を石像に振りかけた。しかし……ただの石に向かって振りかけたかのように、まるで効果は見受けられない。シャムスは、初めからそれが分かっていた。 「ネルガルの施す石化は、ただの石化術ではないのだ」 「どういうことだ?」 レンが訝しげに声を発する。シャムスは、静かにそれに答えた。 「我がカナンには石化刑と呼ばれる特殊な刑罰が存在している。イナンナの力を用いた特殊な石化術だ。解除薬で元に戻すことは、まず不可能だろう」 「……だから、刑ということか。しかし、それだとお前の妹は……」 「今すぐ元に戻す方法があるとは思えない。しかし、南カナンをネルガルの手から解放するために人質の奪取は必要不可欠なのだ」 シャムスは強い決意を込めて言い放った。そう、これは決して妹を助けるだけの話にとどまるものではない。 これは、領主シャムスとしての戦いなのだ。そのために、人質を解放する必要があるということ。ある意味でそれは戦略的な要素を含む。シャムスにとってこれは、南カナンという大地をかけた大規模な戦争なのだ。 「それに……仮に戻せたとしても、いま元に戻すのはまずいしね」 ふと、背後から声が聞こえた。 それは、遅れて石像の間に到着したエース・ラグランツの声だった。 「みんな到着が早いなぁ〜」 「まあ、私たちは深く慎重を期していましたからね」 エースに続いて、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も階段をのぼってくる。メシエはルカからコピーしてもらっていた写真と石像とを見比べて、目を見開いた。 「そっくりそのままですね」 全員がそろったところで、ルカがエースに先ほどの言葉の意味を訊ねる。 「エース……元に戻すのがまずいって、どういうこと?」 「ん……? ああ、だって、石像が無くなるということは、反乱とみなされるからな。石化の解除と救出は、砦攻めと同時期に行うべきだろ」 その通りだ。 シャムスは深く頷いていた。今回の目的は、本当に石像が自分の妹であるかどうかを確認すること、そして砦の下調べに過ぎない。 このまま石像だけを持ち帰ることもできなくはないが、準備も何も整わぬまま、反乱とみなされて南カナンに攻め入られるのは些か不利だ。 (それに……) ダリルはそれだけが理由ではないことを心の隅で感じ取っていた。無論――シャムス自身がそれを考えているのかどうかは定かではない。 (謀叛のための民の意思結束としては、“使える”要素だからな) エンヘドゥは民に慕われていたと聞く。そんな彼女を奪還するという目的のためであれば、南カナンの民も一致団結することだろう。 ある意味で非情な考え方だ。彼は隣にいるパートナーの少女のことも思って、それを口にする事はなかった。 |
||