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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第4章 動き始める思惑 2

 砦の中で見張り番として働いていた男は、勤務交代を終えて兵士専用の休憩室へと向かうところだった。なんでも南カナンの動きが怪しくなっているという話らしく、見張りの時間も増えてきている。まったく、下っ端の兵は使われっぱなしで大変だよな。と、愚痴をこぼしていた最中だった。
 突然、周りの小物が彼へと襲いかかるように倒れてきたのである。何事か分からぬままそれを避けてゆくと、気が付けば外にいた。
 そして――瞬間、男の首は篭手の力で一撃のもとにへし折られる。
「…………」
 光学迷彩で姿を消していた黒髪の少女が、姿を現した。
 砦内部の調査を目的に侵入していた夕条 媛花(せきじょう・ひめか)である。どこか感情の起伏に乏しそうな、冷徹な目をした少女だった。
 彼女は、伏した兵士を抱えあげると、すぐそばにあった倉庫の中へと運んで行った。
 無言のまま、ただひたすらに作業を行う媛花。倉庫の奥――しばらくは誰にも見つからぬであろう隅のほうで死体は転がしておく。媛花は、死体に向かってなにやらごそごそと探し物でもするように手を動かしていた。
 やがて、その目的ははっきりする。探し物ではない。彼女は、兵士の装備を全て剥ぎとっていたのだ。
 自分の服と兵士の死体を、倉庫の貨物の下に押し込む。銃型HCのみは、袋に入れて持ち歩くことにしよう。光学迷彩は……死体を隠すのには好都合か。
 そうして、兵士に扮した媛花は倉庫から砦の中へと戻ろうとして。
「おい、そこのおまえ」
 背後から兵士に声をかけられた。だが、慌ててはならない。予想の範疇だ。つとめて動揺を隠し、媛花は答えた。
「なにか?」
「そこで何をしている。俺たちのそこは持ち場じゃないだろう?」
「あ、いえ……自分は今日到着したばかりの新入です。顔を覚えてもらい、そして砦の構造を覚えるため、砦内を回っております」
 一般兵は幸いにも兜でなかなか顔がはっきりとは見えない。それでなくとも、全ての一般兵の顔を把握している者は少ないだろう。
「新入り? そんな話は聞いてないがな……」
 とはいえ、兵士は訝しそうに眉をひそめた。
 バレたか……? 媛花の手が、いつでも臨戦態勢をとれるようにわずかに動いた。が……
「まったく、またモート様の気まぐれか。自分勝手にするもんだから困るぜ。こっちだって予定ってもんがあるのに……なぁ?」
「え、は、はい。そうですね」
 突然愚痴をこぼされて、媛花はわずかに動揺したものの頷いた。
「お前も大変だな。突然配属なんてさ。ま、こっちは砂もきつくて厳しいだろうが、頑張れよ」
 そう媛花の肩を叩いてねぎらうと、兵士は自分の持ち場に向かうのか、なんともなしに立ち去って行った。
 どうやら、ここの指揮官は気分屋のようだ。予想外だったが、運も味方についたらしい。
(天学の利益となるものがあるかどうか……果たして)
 媛花は兵士のふりを続けて、再び砦を巡回し始めた。

 砦の外では、待機する一機の小型飛空艇があった。――『アルバトロス』。アホウドリの名を冠する小回りのよく効く飛空艇の一つだ。小型とはいっても、四人まで搭乗可能であることは実に重宝される利点の一つだろう。
 が、それはともかく。
「…………」
 そのアルバトロスに、一人の機晶姫が乗っていた。機晶姫には珍しい、男性型の機体だ。
 マキナ イドメネオ(まきな・いどめねお)――寡黙過ぎるその機晶姫は、風で打ちつけられる砂にさえも微動だにせず、ただ一点を見つめていた。
 それは、はるか向こうに見える『神聖都の砦』。砂丘に隠れながら、マキナの目はそれを捉え続けている。
「マキナー……お姉ちゃんは大丈夫でしょうか?」
「――異常は発生していない」
 彼の背後で座っている夕条 アイオン(せきじょう・あいおん)が心配そうな声を出しても、マキナはただただ事実を述べるだけだった。
 媛花が砦への侵入行動を開始して、すでに一時間近くは経つかもしれない。アイオンとしては、不安でしょうがなかった。それほど、
彼女にとって媛花という存在は大切なのだ。
「あ……」
 そんな彼女の目に、アルバトロスへと戻ってくる数匹の黒い影が映った。
「戻ってきましたぁ」
 使い魔のカラスたちである。同時に、マキナの銃型HCへと連絡が入った。ノイズ混じりの声は聞きとりづらいが、なんとか理解することが出来る。
「……成功だ」
「よかったぁ、無事だったんですね」
 アイオンの喜びもつかの間、連絡は遮断された。やはり、昼間の砂嵐の最中は電波が非常に悪いようだ。それでも連絡がとれたのは、砦の近くにいたからだろう。
 だがそれも、これ以上は危険だ。
 アイオンが使い魔のカラスたちを手元に戻したのを見て、マキナは飛空艇の操縦桿を握った。
 動き始めるアルバトロス。二人を乗せた小型飛空艇は、媛花を置いて砦から離れていった。



 マキナたちを乗せたアルバトロスが砦から離れてゆく頃――『神聖都の砦』の門番たちの前に現われたのは、奇妙な三人組であった。
「な、なんだ? お前ら」
「あ、どもども。お疲れのところ失礼します。あっしら、旅の大道芸人でして……日銭を稼ぎながら旅をしているんです」
 中央の男はそんなことを言いながら、にへらっと笑ってみせた。ぶっちゃけ、かなり胡散臭い連中である。門番たちの顔が怪訝そうに歪む。
「いやいや、そんな怪しい目で見ないでくださいな。本当に一介の大道芸人なんですよ、これが? ほっと」
 男――ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は、苦笑すると、まるでいつも同じようなことをしているかのように手慣れた様子で芸を披露した。ジャグラーやリンボーダンスや火の輪くぐりにナイフ投げ。左右に立つ、いかにも男を誘惑するような服を着込む女芸人も、門番たちを前に自慢の芸を披露する。
 無論その女たちは――クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)天津 亜衣(あまつ・あい)だった。
 大道芸人に扮したら砦の中に入れるんじゃない? という奇抜なような突拍子もないようなアイデアを思いついたハインリヒに従って、芸人娘を演じているのである。
 とかく、恥ずかしさは半端でない。肌を露わにした衣装もそうであるが、男を誘惑するような仕草もちょいちょい挟まないといけないのである。
(嗚呼……でもちょっと楽しいかも。私ってそんなふしだらな女だったのかしら?)
 ある意味で楽しくなってきているヴァリアはまんざらでもなさそうだが、亜衣は羞恥で一杯だった。
(ったく、なんであたしがこんなことしないといけないのよ……!)
 ハインリヒ曰く、これが最も最善の方法であるらしいが……彼は自分でも楽しんでいるのではないだろうか? それほど、なぜかハインリヒはノリノリである。
 しかも……ちょいっとハインリヒが指先を動かすと、亜衣とヴァリアの衣装の紐がぷつんと切れた。
「へ……きゃあああああぁぁ!」
「いやああぁぁんっ!」
「うおおおおおぉぉ!」
 ぽろんと出るは美しき女の胸が四つほど。思わず前のめりになって興奮する門番たち。亜衣とヴァリアは、すぐに衣装を持ち上げて胸を隠した。
「いやいや、やっぱり男の気をひくのは色気だよね」
「お、覚えてなさいよ、ハインリヒ。この任務が終わったら、絶対にタダじゃ済まさないんだからね!」
「あ……でもちょっと悪い気はしなかったり……や、やっぱり私はふしだらな女だったのでしょうか……!?」
 こそこそと話す三人。
 とはいえ、芸は見事だ。さすがにそれを見てしまったら、門番たちも感嘆の声をあげざる得なかった。
 が――砦に入れるかどうかはまた別問題である。
「頼みますよ、兵隊さん。あっしらも生活が掛かってますんでさぁ」
「とは言ってもなぁ……俺たちが何を言われるか」
「そうだ、もし入れてくれるんなら、連れの女を一晩タダでお貸ししやすよ」
「…………」
 門番の目は二人の女芸人へと移った。
 ハインリヒが何を言ったのか聞き取れなかった二人であったが――門番の目を見ればなんとなく想像はつくもので。再びハインリヒに怒りの亜衣が耳打ちした。
「あ、あんた何を今度は言ったわけ……!」
「あ、あはは〜。ま、まあ、適宜適応ってやつ?」
 そんなこんなであったが、門番としては連れの女を借りること以外にも息抜きの時間が兵士たちに必要とは思えたわけで。
 それに、こっそりとハインリヒが握らせた袖の下に逆らうことはできなかった。
「ま、ちょっとぐらいはいいか。いいぜ、入って行けよ。兵の休憩室は二階の突き当たりだ」
「へへへ、感謝しますよ」
 そうして、三人は砦の中へと入り込んだ。大道芸人として、であるが。
 余談であるが、門番の目がなくなったところで、ハインリヒが亜衣に思い切り腕をひねられるのは当然のことだった。