リアクション
● 砂丘の影に隠れて、黒騎士は息を潜めていた。 いや、黒騎士だけではない。幾人かのフードをまとった影は、黒騎士同様に砂丘に隠れて何かを待つ。 馬の音だった。蹄が砂地を叩き、勢いよく駆けてくる。馬を乗りこなす敵兵は、やがて黒騎士たちのひそむ砂丘の近くまで来ると、手綱を引っ張った。甲高い鳴き声とともに、パラミタホースが立ち止まる。 「ふむ……何か見えたような気がしたんだがな」 「気のせいじゃないのか? こう風もあったんじゃ、視界も悪い」 どうやら、敵兵は一人ではないようだった。通りで、蹄の音が重なって聞こえたはずだ。 二人の兵士は馬から降りると、更に目を凝らして辺りを捜索し始めた。す……と、背中を見せる敵兵たち。 「いまだ……!」 シャムスはささやくような声で仲間にだけ聞こえるように言った。 瞬間。 「うんだぎゃ〜!」 「な、なんだ!?」 敵兵の背後から、独特の口調で叫ぶ少年が襲いかかった。 親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)。空京の親不孝通の地祇たる少年は、野性児のごとき身の軽さで敵の脳天を殴りつけた。その瞬間――ともに飛び出したヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)がパワーブレスの力を夜鷹に注ぎ込んでいる。 「貴様、どこか……」 気絶させられた仲間に気づいたもう一人の兵が振り返って槍を構えるが……すでに遅く。いつの間にか彼の背後に回っていた六連 すばる(むづら・すばる)のヒプノシスが敵兵の意識を眠らせていた。 「マスター、もう大丈夫です」 「ありがとうございます、スバル。ご苦労さまでした」 すばるの声を受けて、シャムスたちはようやく砂丘から姿を現した。すばるに微笑みかけてねぎらいの声をかけたのは、彼女や夜鷹たちの契約者であるアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)だった。人当たりの良い優しげな頬笑みを浮かべる彼の姿は、教員に就いているということを納得させるに十分なものだ。 「夜鷹、まだ敵がいるかもしれません。警戒をお願いしますね」 「んだぎゃ〜、まかせとくぎゃ〜!」 警戒のために夜鷹が集団から少し離れたのを確認して、シャムスは倒れた兵士を確かめるべくしゃがみ込んだ。 「見たところ、階級的にそう位の高い兵ではないな。ただの見張り……心配は無用か」 「ですかね。念のため、夜鷹にもっと離れた場所まで見てきてもらいましょうか?」 「いや……その必要はない。オレたちの役目は偵察の仲間が帰ってくるのを待つことだ。予定以外の動きは予想外の出来事を起こすこともある。いまは我慢して待とう」 アルテッツァの提案にそう返すと、シャムスは再び砂丘へと戻った。帰り際に、一緒に連れだっていた二人の部下に敵兵を縛ることを命令して。そんなシャムスの背中を見送るアルテッツァに、ヴェルディーの声がかかった。 「ねぇ、ゾディ」 「なんですか、ヴェル?」 見た目は端正な美青年でありながらも、ねっとりとしたオカマ口調で話すヴェルディーは、どこか含みのある顔でシャムスの方を見やった。 「あの黒騎士ちゃん、声色がなんだか変じゃぁない?」 「声色?」 「そっ。どこか女性的っていうの? 声帯が高い気がするのよねぇ」 いちいち大げさな仕草で唇に指先を置いて、ヴェルディーが語る。アルテッツァは怪訝そうな顔で彼の言葉を疑った。 「そんなの、わかるんですか?」 「……スコア(楽譜)の魔道書を馬鹿にすんじゃないわよ。音域がテノールというよりかはアルトだもの。そのぐらいは、判別できるつもりよ?」 「ヴェル……それはもしや、黒騎士殿は『女性』ということなんでしょうか?」 「さぁね、どうかしら? 少なくとも、あたしはそうじゃないかって睨んでるんだけど……アルトな男もいないってわけじゃないしねぇ」 どうやら、ヴェルディー自身も確証があるわけではないらしく、何ともいえないような表情だった。しかし……仮に女性だとするならば。あれほど男性的な女性はいるだろうか? アルテッツァの前で、風に打ちつけられてわずかによろめいた黒騎士にスバルが手を差し伸べていた。 「大丈夫ですか……?」 「ふん……当たり前だ。オレの心配をする前に、自分の心配をしておけ」 そう言い放つと、シャムスはスバルに吹き付けてきた風をさえぎるよう足を動かした。 なにより――彼自身が自分を男であると皆に教えており、南カナンの領主は男によってのみ受け継がれているという歴史が、まぎれもない男であることを物語っている。 「ま、しょせん勘みたいなもんよ、勘」 そう……勘。 ヴェルディーはひらひらと手を振ってその話題を終わらせ、アルテッツァは心の奥底にそれをしまいこんでおくことにした。 |
||