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リアクション
第二章 ゲリラライブ決行!
「ねぇ、ローザ?なんか、軍服着た人多くない?」
ワゴンの窓から外を覗いた熾月 瑛菜(しづき・えいな)は、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に話しかけた。所属する学園こそ違えど、ローザと瑛菜がバンドを組むは、これが初めてではない。二人のポジションは、ローザがリズムギター&ヴォーカル、瑛菜はリードギター&ヴォーカルだ。
「ここはアメリカ海軍の御膝元だからな。軍人が多くても、別に不思議な事ではない」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が、さも当然、とばかりに言う。ロックの本場イギリス仕込みの彼女のベースには、定評がある。
「……きっと、みんな、ローザのビデオを見たから、なの」
エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、たどたどしく言った。
エリシュカのポジションは、ドラム。彼女のスティックは、その小柄な身体からは想像もつかないような、激しいビートを刻むのだ。
「ビデオって……あの、ローザが作りたいって言ってたプロモーションビデオの事?」
「そうよ」
今回のゲリラライブ決行にあたり、ローザは、宣伝の為に事前にバンドのプロモーションビデオを作製し、それを動画投稿サイトにアップしていた。
「やだ!ホントに作ったの、アレ?」
「だって、作るって言ったじゃない」
信じられない、といった表情の瑛菜に、ローザは事もなげに答える。
「いや、だって、プロモ作るのって大変だよ!冗談だと思うって、フツー!!」
「……あら。私、冗談はキライだけど。知らなかった?」
「まぁ、皆さんも、それだけ瑛菜様の演奏が聞きたい、と言うことなのではないでしょうか」
面倒なコトになりそうな空気を敏感に感じ取って、上杉 菊(うえすぎ・きく)が話を引き取る。菊の担当はキーボード。彼女の穏やかな性格がそのまま現れたかのような音色は、四人の激しい演奏を包みこんで、更なる色を添える。
「まぁ、そういう事だな。さぁ、そろそろ行こう。いいかげん姿を見せてやらんと、外の連中が騒ぎをおこしかねないぞ」
グロリアーナが、親指で車の外を指差す。確かに、だいぶ騒がしくなってきているようだ。
「それじゃみんな、用意はいい?」
リーダーである瑛菜が、一人一人の顔を見る。四人は、力強く頷いた。
ローザがワゴンのドアを開ける。その途端、『ウワァ……』というどよめきと熱気が、五人に押し寄せる。
「うゅ……ひとがいっぱい、だね。エリー、がんばる、の!」
「そうね。私たちにとっても観客にとっても、忘れられないライブにしましょう。新世紀の『リメンバー・パールハーバー』は、彼らの記憶に残る私達のライブよ」
「よーし!それじゃ、いくぜー!みんな、あたしの歌を聴けーーー!!」
観客のボルテージは、この瞬間最高潮になった。
「ちょっと、もっと急いでよフォルテュナ!瑛菜のライブ、始まっちゃったじゃないの!」
ライブ会場へ向かって全速力で走りながら、御弾 知恵子(みたま・ちえこ)はフォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)に向かって怒鳴った。
「ちょっと待てよ、チエ!さっき海に入ってから、なんだか調子がおかしいんだよ」
「だから、『海に潜るのなんかやめとけ』って言ったじゃん!塩水で、身体が錆びついたんじゃないの、このポンコツ!」
「さっき海から上がったばっかりだぜ。いくらなんでも、それはないって。おっかしーなー。防水が完全じゃなかったのかなー。あの深度なら、いけるハズなんだけどなー」
「そんなコトどうでもいいわよ!急がないと、おいてくわよ!!」
身体の不調についてアレコレと思案にくれるフォルテュナに、知恵子はキレる寸前である。
そもそも、知恵子のハワイ旅行の目的はただ一つ、瑛菜のライブを見ることだった。知恵子は、同じパラ実の女生徒として、瑛菜を一歩的にライバル視しているのだった。
「わかったよ!急げばいいんだろ。急げば!」
フォルテュナは、言うや否や、いきなり知恵子を抱き上げた。
「ちょ、ちょっと何すんのよ!」
「だから、急ぐんだよ!」
その言葉と共に、フォルテュナは両足装備されている加速用ブースターを作動させた。
辺りに、「ギュキュキュキュキュ!」という車輪の回転音と、ゴムの焦げる独特の匂いが立ち込める。
「まさかアンタ、こんなトコでブーストする気じゃ――」
「口閉じてないと、舌噛むぜ!」
上体を低くし、知恵子を包みこむような姿勢を取るフォルテュナ。そして一気に加速する。
「キャーー!!」
知恵子の悲鳴を残して、二人の姿はあっと言う間に小さくなっていった。
ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、献花台に花を添えると、白い大理石の壁に向かって、敬礼した。
ここは、アリゾナ・メモリアル。
太平洋戦争の開戦を告げた、真珠湾攻撃で撃沈した、戦艦アリゾナの犠牲者を弔うために作られた慰霊碑である。
戦死した乗組員達の名が刻まれている純白の石碑の下には、アリゾナが、今も当時のまま沈没している。今、合衆国の国旗が翻っているポールも、そもそもはアリゾナのメインマストだったものだ。
ジェイコブは献花台から離れると、石碑のある突堤の端に立った。そこから、足元の海を覗き込む
「ここには、オレの曾祖父さんが眠ってるんだ」
「ここで、亡くなったの?」
フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が、ジェイコブに尋ねる。
「いいや。曾祖父さんは運が強かったからな。真珠湾攻撃どころか、太平洋戦争と朝鮮戦争も生き抜いて、101歳で大往生したよ。ここには、曾祖父さんの遺灰を撒いたんだ。『俺が死んだら、仲間達の所に一緒に葬ってくれ』ってね。アリゾナの元乗組員は、みんなそうらしい」
「久しぶりだな、ヘンリー爺さん。今日は休暇で来たんだ。近くに寄った時くらいは、顔を出しとこうと思ってね。そうそう、それと今日は、爺さんに合わせたいヤツがいるんだ」
ジェイコブは、隣に立つフィリシアの肩を、『グイッ』と抱き寄せる。
「フィリシア・レイスリー。オレの戦友だ。ほらフィリシア、オマエも自己紹介しろよ」
「えっ!自己紹介って……。もう、イキナリですね。初めまして、お爺様。フィリシアと申します。彼なら、心配いらないわよ。アナタに似て、運が強いから」
フィリシアのジョークに、思わず笑いがこぼれるジェイコブ。
「まあ、そんな訳で、オレもパラミタでそれなりにやってるよ。どこ行っても、人間は度し難いバカ揃いだけどな……」
「それじゃ、そろそろ行くよ。ハワイまで来て一日年寄りの相手じゃ、フィリシアが可哀想だしな。……じゃあな、爺さん」
フィリシアを連れ、歩き去るジェイコブ。
彼の脳裏には、子供の頃ヘンリーと見た、アリゾナ・メモリアルの星条旗が浮かんでいた。
「よし!それじゃ気を取り直して、撮影を始めよう!」
努めて明るい声を出して、カレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)は『KMS48』のメンバーたちに呼びかけた。彼らの目的は、『KMS48』のプロモーションビデオの撮影だ。
『KMS48』。それは、「けしからん」「ミニスカ」「サンタ」の略。その言葉通り、メンバー達は、全員ミニスカサンタの衣装を身にまとっている。ちなみに「48」はというと、メンバーの平均年齢でもなければましてや平均体重でもなく、ただの飾りである。
「でも、まだコトノハが来てないぜ?」
スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が、口を挟む。
ちなみに、彼は男、しかもどう見ても50代にしか見えないオッサンである。しかし、彼も『KMS48』のメンバーである以上、当然ミニスカサンタの衣装を着ている。
「コトノハは、ちょっと用事があって遅れるみたいなんだ。先に始めててくれって」
もう一人の男性メンバーにして、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)の夫でもあるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、携帯を閉じながら、そう告げた。
もちろん彼も、例外なくミニスカサンタである。
実は男性陣は、既に撮影を終えていた。
プロデューサー兼カメラマンのカレンデュラの発案により、二人は、冬場の高波で有名なノースショアで、ミニスカサンタ姿でのサーフィンに挑んだのである。
初め、この企画を聞かされた二人の不満はかなりのモノだったのだが(スプリングロンドに至っては、直前まで、普通のサンタの衣装でサーフィンをするものだと思っていた)、コトノハになだめすかされ泣きつかれ、不承不承引き受けたのである。
結果、二人とも3メートル級の波を見事にとらえてみせた。周りの観客から、拍手と歓声が上がったほどである。
「それじゃ、リアトリス、準備はいいか?」
カメラを構えたカレンデュラが、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)に声をかけた。これからリアトリスは、ハワイの浜辺を舞台に、フラメンコを踊ることになっている。
『なにゆえハワイで、しかもクリスマスも終わったこの時期にミニスカサンタの衣装で、なおかつフラメンコなのか』という点についてはメンバー内でも随分と意見が出たが、結局は『じゃあ、みんな他に芸があるのか?』というカレンデュラの一言で、フラメンコに決まったのである。
実はリアトリスはフラメンコ好きであり、アマチュアとはいえかなりの腕前なのだった。
浜辺の砂をしっかりと踏みしめて立ち、ポーズを取るリアトリス。
「よーし、本番、スタート!」
その声と同時に、カレンデュラはカメラを回し始める。リアトリスは、耳につけた小型のイヤホンから流れてくる音楽に合わせて、踊り始めた。
足場が砂地なので足踏みは弱めにしながらも、しかし動きは激しい。あまりにちぐはぐな衣装と舞台の組み合わせにも関わらず、その踊りは十分に美しい。まさに、実力のなせる技だった。
「え!泉 美緒(いずみ・みお)が来れないって!?」
フラメンコの撮影を終えたメンバーを待っていたのは、予想外の出来事だった。
今回のプロモのキモは、コトノハと美緒の共演による、セクシーシーンだったのである。
「いや、それが『ダイビングが忙しくて、時間が取れない』って断られたそうだ」
カレンデュラに詰め寄られたルオシンが、携帯でコトノハから聞いた内容を、そのまま皆に伝える。
「『美緒の護衛と犯人のあぶり出しを兼ねて』って言えば、絶対上手く行くっていう話は、どうなったんだ?」
スプリングロンドが、険しい顔をして尋ねる。
「それが、『ハワイに来てから視線を感じることは全く無くなったから、いいです』と」
「……言わんこっちゃ無い」
「オレの苦労は、一体なんだったんだ……」
がっくりと崩れ落ちるカレンデュラとスプリングロンド。
「それで、コトノハは?」
「いやそれが、『代わりの人を探してくる』って言っていたのだが、一体どうなったのか……」
リアトリスの問いに、言葉を濁すルオシン。
「おいおい、代わりっつったって、そんな簡単に見つかるのかよ?」
「と、言われてもな……」
『困った』という顔をするルオシン。
そこに、凄いスピードで車が飛び込んできた。車は、見事なドリフトをかまして停車する。
「お待たせしました!みなさ〜ん、私達『KMS48』に、新メンバーが加わりましたよ!」
「「「「新メンバー?」」」」
颯爽と現れたコトノハの第一声に、素っ頓狂な声を上げる四人。
「ほらほら、早く早く!」
コトノハに引きずられるようにして車から降りてきたのは、確かにミニスカサンタの衣装に身を包んだ少女だった。
「ご紹介しまぁす!『KMS48』の新メンバー、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)さんでーす!」
「ミルディア・ディスティンです。ミルディって、呼んで下さい♪」
そう言って、ぺこりと頭を下げるミルディア。
「こ、これは、なかなか……」
「うむ。当初の路線とは少し違うが、確かにこれはこれで……」
「でしょでしょ?可愛いでしょ、ミルディちゃん!」
予想外の美少女の登場に、思わず相好を崩す男性陣に対し、コトノハが『エヘン!』とばかりに胸を張る。
「ところでキミ、俺達が今何をしているのか、知っているのか?」
「えっと……、ぷろもーしょんびでお?の撮影って聞きましたけど……」
カレンデュラの問いに、いかにも、『今ひとつよくわかっていません!』というカンジで小首をかしげるミルディア。
「君、何か出来るの?歌とか踊りとか……?」
「歌と踊りは出来ませんが、スポーツなら自信がありますよ!」
そう言って、おもむろに柔軟を始めるミルディア。本人は気づいているのかいないのか、彼女が身体を伸び縮みさせるたびに、短い衣装の裾から、内ももやらおへそやらが、チラチラと見え隠れする。
「『清純派路線』だな」
「そう!今回のテーマはズバリ、『健康的なお色気』で!」
「おぉ、なんだか急にアイドルの撮影みたくなって来たな!」
「うん、いいんじゃない?天然なのか狙ってるのか微妙なあたりが、またいかにもマニアに受けそうだし」
俄然盛り上がる一同。
「よし、決まった!じゃ、今回はその路線で!」
パァン、と手を叩くカレンデュラ。
「???」
相変わらず状況のよく飲み込めていないミルディアを尻目に、話はトントン拍子に進んでいくのであった。
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