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またゴリラが出たぞ!

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 ちょっと別のテーブルに目を向けてみよう。
 お座敷からすこし離れたテーブル席では『はじめてのお鍋、百合園編』なる新年会が開かれていた。
 前々から桐生 円(きりゅう・まどか)の提案していたモツ鍋ぱーりぃーがようやく実現したのである。
「とりあえずモツ鍋ね! モツ鍋! あと高いものから5品ぐらい適当に見繕って持ってきてー」
 円のオーダーでやってきた料理に七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は不思議そうに見る。
「これが円ちゃんの好きなモツ鍋かぁ。家ではあんまり食べたことない鍋かも。モツってホルモンのことだよね?」
「ホルモン〜? その軟弱な言い方好きじゃない、内蔵っていいなよ、内蔵って」
「な、内蔵……。でも、こーゆーのって焼いてる食べるものだと思ってたけど、地域にもよるのかな?」
「えー、でも居酒屋と言えばモツ煮でしょー? 煮るのなんて定番よ、てーばん!」
 だめガールズトークを繰り広げる二人。
 その横では二人と対照的に怪訝な顔で崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が鍋を睨みつけている。
 実は彼女、皆で鍋を囲むと言うのが初めてなのだ。鍋奉行と言う言葉からして……何か和の祭典なのかしらん、と言うスットコドッコイな勘違いの果て、汁が一滴はねるだけで一般人なら心停止しそうなほど高価な着物で着てしまった。
「料亭と似てるけど、喧しいというか……庶民的ってこういうことなのかしら?」
「あれ、亜璃珠さんお鍋食べるの初めてなんですか?」
「ええ、そうなの」
「そっかぁ、でも大丈夫ですよー。特段難しいことなんて……あ、もういい感じに煮えてると思いますよ」
 そう言いながら、歩はかいがいしく皆に取り分けてあげる。
 気配り上手。合コンでモテるタイプの女の子だ。
 ちなみに野菜を食べずに肉ばっかり食べてる円は合コンで引かれるタイプなので女子は見習わないように。
「はい、悠希ちゃんもしっかり食べなよー」
「有難う御座います、歩さま。お鍋……とっても美味しいですっ!」
 そう言って、真口 悠希(まぐち・ゆき)ははふはふとよくわからないビラビラしたものをほうばった。
 それからガールズトークの話題は昨年の出来事に移っていった。
「うーん、去年はいろいろ遊んだなぁ。あ、そういえば、あんなこともあったなぁ。ぽわぽわぽわぁ……」
「なんですかその、ぽわぽわぽわぁ……って?」
 円の口走った謎の言語に、悠希は目をくりくりさせた。
「わかってないなー悠希くん。この効果音で過去を振り返る事ができるんだよ」
 漫画的演出である。
「悠希くんは何かないの?」
「そうですね……思い出すのは『神々の黄昏』のことです」
「ああ、龍騎士団と交戦を行った学生は停学処分……とか言われてあれね。円と歩が参加してたんでしょ?」
 初めての鍋に舌鼓を打ちながら、亜璃珠は二人に視線を向ける。
「ボク……凄く心配でした。特に円さまは一度処分を受けてるから二度目となればどうなるか……。そうなったら歩さまも悲しむと思ったんです……。だから……ついボク『皆の処分はボクが全て引き受ける』なんて言ってしまって……」
「悠希くん……」
「悠希ちゃん……」
「まあ、結局処分もありませんでしたし……、取り越し苦労でしたけどね」
 すこし照れたように言った。
「こうして歩さまと円さまが今も無事に楽しく一緒にいられて……、心から良かったなって思います」
「ありがとう、悠希ちゃん。ごめんね、心配かけちゃって」と歩。
「全米が泣いたわね」と亜璃珠。
「よし。じゃあ、今日は悠希にかんぱ〜い」と円。
 ウーロン茶で乾杯。
「……あ、今思い出したけど『お見舞いに行こう』なんてこともあったねぇ」
 思い出してほしくないことを思い出したのは円だった。
「あの時はありすのお腹が超ピンチだったね。あれ、ありすが太って大変だったって言うシナリオだったもんね」
「ちょっと円……、嘘八百はおやめなさいっ」
「嘘じゃないよー。あのときの『はらにく』の感触はまだ覚えてるしー。ていうか、ヤバイんじゃないのー?」
「な、なにが……?」
「まーたとぼけちゃって、お正月太りしちゃってるでしょ! ありすーのお腹! お腹!」
 きらりんと目を赤く光らせ、円はむんずと亜璃珠のはらにくを掴んだ。
「ひぃ!」
「ありすのお腹が! お腹のお肉が大変だ! A5ランクのカルビだー! 焼き肉ぱーりぃーだ!」
「やめて! 公衆の面前で辱めるのはやめて!」
「こーんなに蓄えちゃって……、なんなの、冬ごもりでもするの? もう春はすぐそこに来てるんだよ?」
「や……、ちょっとだめ……」
 ドSは攻められると弱いと言うのは、全時空共通の常識なのである。
 しばらく騒いだあと……それから当然のごとくお店の人に静かにするようきつく注意された。
 若干テンションも下がって、今度は今年の抱負についての話になった。
「……去年は色々迷って必死になってたわね。今年はちゃんと自分を維持して、百合園女学院に尽くすのが課題かしら」
「亜璃珠さん、しっかり考えてるんですねー」
「柄じゃないって?」
「え! そう言う意味じゃなくて……!」
 慌てる歩の姿を楽しそうにながめる。
「可愛いわね、冗談よ。シャンバラでは将来のために学問に勤しむのでなく、学院での功績が将来に直接繋がるじゃない。だから結果、自分のためになるの。それに……こうして鍋を囲んだりできる居心地のよさも嫌いじゃないわ」
「なるほどねぇ……、ボクの当面の目標はやっぱり素敵な人との出会いかなぁ……」
 円はちらりと視線を上げる。
「歩ちゃーん、今年は王子様見つかりそうー?」
「え?」
「なんかよろしくそう……だっけ? そこでいい感じになってた気が」
「え、ええっ!? べ、別に良い感じってわけじゃ……」
 あたふたあたふた。
「あたしがお風呂にいない時に覗こうとしてたってことは本命は別っぽいし……」
 あ……お二人のよろしく荘のお話、と悠希は思った。
 どうしよう……詳しく聞いてもいいのかな……、歩さまが悪い男性に騙されてたりしたら……。
「……はっ!?」
 その瞬間、脳のシナプスに走った電気信号に、ポロリと箸を落っことして驚愕した。
 よ、よく考えたらボク以外皆女の子で一緒にお鍋をつついてる……、つまりボク皆と間接キス状態なのではっ……!?
 思春期特有の自意識過剰、男子の思うほど女子は気にしていないものだが、今の彼には馬耳東風。
「……あれ? 何か顔赤いけど大丈夫?」
「あ……、歩さまお気遣い有難う御座います。やっぱりお優しいです……」
 流石、モテ系女子。
「具合あんまり良くないなら、我慢せずにトイレ行って来た方が良いよー」
「え、ええと……」
「ちょうどいいわ。一緒に行きましょう」
 戸惑っている間に亜璃珠に手を引かれ、あれよあれよと女子トイレに連れ込まれてしまった。
「は、はう! こ、ここ女子トイレじゃないですか! で、出ます、すぐに出ます!」
「そう慌てることもないじゃない……って何ココ汚ッ」
 初めて見る庶民のお便所は、お嬢様にはいささか合わなかったようである。
「ま、いいわ……」
 後ろ手に個室の鍵をかけると、亜璃珠はペロリと舌を出し唇を濡らす。
「な、何をするつもりなんです……?」
「何するって……お食事よ、お食事。祭なのに色が足りないな……って思ってたのよね。言っておくけど、別に酔ってるわけじゃないわよ。ほらこっちのお肉は食べても太らないし、ケンゼンかつ健康的じゃない。ふふふ……」
 悠希のシャツのボタンを外し、露になった白い胸に指先を滑らせる。
「あ、あの……、ぼ、ボク……!」
「ふふ、そう焦らないの。お姉さんが気持ちよくし……」
「ボ、ボクもうダメぇ……ぶっふーっ!!」
 ガクンと首が後ろに倒れると同時に鼻から鮮血が吹き上がった。
 鼻血はぴしゃぴしゃっと白壁を塗らし、更には目の前にいた亜璃珠もしとどに真っ赤に染めた。
「な、なんのよぉー、早すぎるわよ、先にいくなんて!」
 がくがく揺らすも反応ナシ。
 今年も騒々しい一年になりそうな予感のする『はじめてのお鍋、百合園編』の皆さんである。