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リアクション
11
腕の良い人形師が居ると訊いて、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)と共に工房にやってきたのだけれど。
なんだか浮かない顔をしていたので、思わずじーっと見つめてしまった。
すると、リンスはさっと顔を隠してソファの上で丸くなるように蹲る。
「えっ? どうしたの? 具合でも悪い?」
驚いた和葉がそう訊くが、返答はない。
「しゃしんとられちゃったの」
代わりに答えたのはクロエだった。
「写真?」
「そう。それで、ずーっとみられてたから、みられるのにつかれちゃったのよ」
知らなかったとはいえ、和葉はリンスを凝視してしまっていた。あちゃー、といった表情で、「ごめんね」と謝ってみる。
「このおねぇちゃん、わるいひとじゃなさそうよ、リンス!」
クロエの口利きもあってか、それとも自分の意志か。リンスが顔を上げた。
「お人形を買いに来たんだけど、そういった理由があるなら……お手伝いさせてくれないかな?」
――姉様への貢物……もとい、プレゼントは後回しになるけれど。
折角出会えた縁を大事にしたいと思って。
話を詳しく聞くことにした。
「有名税といえば仕方ないかもしれないけど……それでも盗撮は犯罪だよね」
「そうですね……あのままで居て、体調を崩してしまったらと考えるとまたタチの悪い」
「さくっと元凶を取っ払っちゃわないとね」
和葉のちょっぴり怒ったような声に、緋翠は同意して頷いた。
工房を出ようとして、入口脇にあった人形を見、足を止める。
「生き別れた妹も、この手の人形が好きでしたね」
それは、遠い記憶。だけど決して忘れられない記憶。
ぽんぽんと翡翠に肩を叩かれて我に返り、知らず知らず足を止めてしまっていたことに気付いた。
「いつか機会は巡るから。元気出しなよ」
「……すみません」
気を遣わせてしまったことに謝って。
今度こそ、工房を出た。
「じゃ、あの人に聞いてみようかな〜」
軽く和葉がそう言って、工房周辺をうろうろしていた女性に近付く。
「ちょ、」
あまり安易に近付くものではない、と注意しようとしたけれど。
それよりも早く、和葉は行動に移っていた。
「ねぇ、お姉さん。素敵な写真を持っているんだって? 僕も欲しいなって思うんだけれど……どこでどんな人から手に入れたか、教えて貰えないかな?」
友好的な笑顔を浮かべ、可愛らしく小首を傾げて尋ねる和葉に。
――一体どこでそんな小悪魔スキルを手に入れたんですか。
緋翠はため息を吐いた。
戻ってきた和葉が、「写真屋さんはね、金髪で背の高い男の人なんだって! 今日ヴァイシャリーの街で会ったそうだから、行けば会えるかも」と有効な情報を得ていたので、
「小悪魔」
と揶揄しておく。
「そんなんじゃないってば」
ぷぅ、と頬を膨らませて和葉が怒る。
先へ行こうとする和葉の手を取って、握り締めた。
「なんだよー。小悪魔の手なんて握るなよー」
「拗ねないでください。迷子にならないように、ええ迷子にならないように、押さえているだけですので」
「……余計拗ねさせるようなこと言うなってば」
向かうはヴァイシャリー。
*...***...*
和葉たちが街へ向かい始めた頃、
「見つけた! お兄さんでしょ、人形師さんの写真を勝手に撮って売ってるの!!」
鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)とフラン・ミッシング(ふらん・みっしんぐ)は、紺侍の許へと辿り着いていた。
「困ってるんだよ人形師さん! いやボクが直接相談されたわけじゃないけどさ! 噂で聞いたの! 噂になるくらい困ってるの!!」
「え、あ、はぁ。ハイ」
「ハイ、じゃないー!!」
背伸びして紺侍の身体をぺしぺし叩く。初対面なので一応叩く力は抑えているが、相手ののらりくらり度が上がるようならもうちょっと暴力的なぺしぺしも辞さないつもりである。
「それに人形師さんのこと他人とは思えない! ボクも似たような経験ある! 本当に困るんだからね写真とか撮られてばら撒かれると! わかってるのー!!?」
ぴゃーぴゃー、大きな声で抗議してはぺしぺしぺし。
繰り返されるぺしぺしを、フランが止めた。
「こらこら氷雨くん。初対面の人を叩いちゃ駄目だよ」
「だってフラン! このお兄さん、人形師さん困らせてる人!! それにもしかしたらボクの写真撮った犯人かもしれな」
「あ、氷雨君の写真売ってるのは僕だから」
「え」
「ほらねー駄目だよ証拠もないのに犯人扱いしたら」
ねえ? とフランが紺侍に微笑みかける。
……まさか、勘違いとは。
「ごめんなさ、」
「まあ人形師さんの方は本当だろうけどねー」
「……うがー! フラン、ボクのこと撹乱しないでよー!! ていうかボクの写真はお前かっ!!」
ラリアットを放ってみたが、ひらりと機敏にかわされて笑われた。ムカつくけれどここで構ったら負けだ。だが言わずにはいられない。
「お兄さんもフランも、二人とも肖像権って知ってる!?」
「氷雨君、その言葉の意味は?」
「え? えー、えーっと……うーんと……あの……」
「意味……解らないんだ」
「と、とにかく! 勝手に人の写真撮っちゃ駄目なんだよ!!」
ぷくく、と笑いを堪えるフランにキック。これもまた避けられた。しかもまだ笑いを堪えている。顔を赤くしつつ、面喰らっている紺侍に向き直り、
「お兄さんにどんな事情があるかはわからないよ。だけど、どんな理由があっても誰かが嫌だと思ったら、それは悪いことになっちゃうんだよ」
切々と、語る。
「ボク、写真は形に残る思い出だと思う。
絶対に忘れることのない思い出だと思う。
……だから、誰かが嫌な思いをする思い出も、ずっと、ずっと残っちゃうんだよ……」
それはなんて悲しいことか。
「だから、お兄さん。人形師さんに謝ろう? 謝って、写真撮らせて欲しいってちゃんとお願いしようよ。あとフランは終わってからボクに謝ること……って居ないー!?」
いつの間にか、フランが居なくなっていた。慌てて振り返る。と、紺侍も居なくなっていた。
「な、え? なーっ!!?」
状況の変化についていけず、一人その場でじたじたと足踏み。
「お兄さん、謝る気ないってことー? フランもー? そーなの? そーなら、ボク、怒っちゃうからね!?」
握り拳を作り、氷雨は低く笑い始めた。
「あーあ、氷雨君怒っちゃった」
――氷雨君、怒ると家に入れてくれなくなるんだよな。この寒空の下家に入れないのはさすがに嫌だな。
そんなことを思いながら、フランは紺侍を見る。
思い詰めた顔をしていたから、つい逃がす手伝いをしてしまったけれど、何を考えているのか。
「氷雨君も言ってたけど。……謝る気、ないってこと?」
「じゃ、ないっス。だけど、まだ駄目なんスよ。」
問い掛けに、紺侍は頭を横に振った。
「ふうん。ま、お兄さんが何を考えていてもいいんだけれど」
深くは突っ込まない。訊かれたくもなさそうだし。
「お兄さん、悪いこと出来なさそうだね」
「そーみたいっスねェー」
「じゃあ今度、誰にも嫌な思いをさせないでお金稼げるバイト。教えてあげる」
「へ?」
「そうすれば、そんな顔しないで済むでしょ」
言いながら、紺侍のポケットに自分の携帯の番号をメモした紙をねじ込んだ。
「紹介料がバカ高いとかっスか?」
「そうだね、紹介料は……うん、今度写真見せてもらおうかな。それだけでいい」
本当はお金、と言いたいところだけど、そうするとまた氷雨が怒るし。
――ああそうだ。氷雨君、もう怒ってるんだった。
早く謝らないとまずい。家に入れてもらえないと困る。寒いのは嫌だ。
「じゃ、僕は戻るよ。ああ、氷雨君にはこの話内緒ね」
悪戯っぽく笑って、般若を背負う氷雨の許へと戻った。
「ひっさーめくーん」
「フラーン!! 許さないよボクはー!!」
「ごめんねー逃げられちゃったー。逃げそうだったから追いかける準備をしてたのにー」
「えっ、そうなの!? あのお兄さん、悪い人だったの?」
「……それはどうかなー?」
「はっきりしてよー! ボクを撹乱させないでよー!」
どうにも肯けなかったから曖昧に笑ったら、ぽこぽこぺしぺし叩かれた。
「氷雨君」
「何っ!」
「撹乱の意味は?」
「うがー!!」
*...***...*
リンスが困っているとあらば、助けるのは弟子の役目。
そういうわけで、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は街へとやってきたのだが、いかんせん手掛かりが何もないので。
「すみませんですー、盗撮及び写真を売っていらっしゃる方に心当たりはございませんかー?」
なので、手当たり次第にそうやって聞き込みをしていた。
変な顔をされること十数人、ついに聞き込みは実を結ぶ。
「それってあの人かなぁ。盗撮かはわからないけど、さっき写真いかがですかって言ってたし」
「!! それですー! お姉さん、ありがとうございましたなのですよー!!」
お礼もそこそこにダッシュで走り、
「リンス師匠のかたきー!!!」
「ハイっ!?」
鈍器を手にジャンプして頭頂部殴打を狙う。
が、
スカッ。
「…………」
「…………」
距離を誤ったのか、微妙にリーチが足りず空振り。
「てやー!!」
「いやいやいや、何スお嬢さん!? 可愛い子がンな凶悪なモンぶん回しちゃダメっスよ!!」
「そっちこそ! 盗撮はいけないのです、やぁー!!」
ぶんぶんぶんぶん、振り回すのに当たらない。
「避けちゃダメなのですよ!」
「誰だって避けるっスよ!」
「むきー!! オルフェの攻撃がダメなら、ワトソンクンを召喚するですよ!? いいですね!?」
「ワトソンクン……ああ、ワトソン君、っスか」
何やら盗撮魔が一人ごちているが、気にしない。
召喚。
これを使うと印である右目がとんでもなく痛くなったり発光したりといろいろ厄介なのであまり使いたくはないが、
「リ、リンス師匠のためなのですー!」
痛みに耐えつつ呼んだ悪魔は、
「……あのさ、オルフェちゃん」
第一声が、半泣きの声だった。
右目を押さえるオルフェに近付き、
「なんでさ! なんでいつもいつもこうバッドタイミングで呼んじゃうんだよ!? ねえ! ねえねえ!!?」
不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)はオルフェリアの肩を掴んでがっくんがっくんと揺さぶった。
「あうあうあう!? かっ、奏戯さん! 痛いです痛いですー! 肩じゃないですけど! 目がですけどー!!」
じたんだじたんだ、オルフェリアは渾身の力で暴れる。と、ぱっと手は離れた。「あっ、ごめん」と驚いたような声を発した奏戯だったが、すぐに自分の置かれている状況を思い出したらしい。真面目な顔をしている。
「奏戯さんっ、その人ですその人ですー! やってください、やっつけちゃってくださいなのですよー!」
オルフェリアも言葉で後押しすると、ゆらりと奏戯が立ち上がり。
がばり、紺侍に掴みかかった。唐突だったからか、紺侍は避けずに掴まれる。
「そうです奏戯さん! 奏戯さんやればできる子です! そのままやっちゃうです、マウント取ってぐーでがーんなのですよー!」
右目は痛いが、ついそうやって熱くなっていると、
「教えてもらえば良いんだよね! そうだよねすぐに帰れなくても教えてもらえればそれでもういいや!」
「……へ?」
「は?」
奏戯の発言は、謎に包まれたもので。
「俺様ほら、推理とかあんまりわからないから! もう正直犯人が誰か気になってるだけだから! だからその過程吹っ飛ばしてもいいからさ、ねぇねぇ犯人教えてくれないかな!? 家政婦は何を見たのかな!?」
胸倉を掴んで揺さぶりながら放たれた奏戯の言葉の意味するところを、
「それってもしかして、『家政婦は見たかもしれない?〜2021年冬の特別編〜」のことっスか?」
しれっと紺侍は言い当てた。
「そうそれ!! 俺様すごくいい所で呼ばれちゃったんだよ! もうこのままじゃ夜も眠れず不眠症で昼夜逆転生活を送ることになっちゃうよ!」
「眠れなくて苦しむわけじゃないなら大丈夫なのですよー! ほら奏戯さんっ! やっつけちゃってくださいなのですー!!」
「いやいや! 困るからねオルフェちゃん、勝手なこと言わないでね! ほらお兄さんも知ってるなら教えてよ、ねぇねぇ!」
「つーかそれならオレ録画してるんスけど。そんなに気になるなら焼き増しでもしましょーか?」
「えええ!? 本当!? 観せて観たい観せて!」
「いっスよー。じゃ、はいこれオレの番号」
「ありがとうー!」
謎の言葉から謎の番組、そして謎の友情を育んだ二人を見て、
「ってなんで仲良くなってるんですかぁー! あああううう目が痛いのも我慢して呼びだしたのにーうわぁぁん! 奏戯さんのばかー!!」
オルフェリアは地面に伏して泣き出すのだった。
もちろんその隙に、紺侍は逃げてしまったという。
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