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リアクション
「もう大丈夫ですからね」
足をくじいた人を手当てしていたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が有用なデータをもらってきた。
動けないものの、緊急性はないということで置いていかれたけが人の彼は、通りがかる人や、向かいの棟を見える範囲での状況を見通してマッピングを行っていた。それにここは一階なので、すぐ人は来るだろう。
特に向かいの棟は土建屋さんがいるらしく、大人数で動き回っているので何をやっているのかすぐにわかるのだという。
「それと、他校生ならこのコードを使えば、ある程度ネットに接続できるようになるはず。それ以上の権限は一般学生にもないけど、動きやすくなるとは思う」
「ありがとうございます」
そのつもりではなかったが、結局根回しとなったようだ。マッピングとそのコードを自分のHCに写し取り、ルシェンは朝斗に渡す。
「よっ…と、あったあった」
榊 朝斗(さかき・あさと)は消火設備の脇にあけた壁の穴からケーブルを引きずり出し、自分の銃型HCに接続した。本命はテクノコンピューターだが、念のための媒介にHCを挟んでいた。
(さて、こいつからクラック方法が探れたらいいんだけど)
セキュリティシステムがおかしくなったのなら、シャッターの制御機構だとか、そういうところに痕跡が残っているかもしれないからだ。
「余計なハックの手間が省けてよかった、さて何が出てくるかな」
ハッキングプログラムを仕掛ける前に、制御機構からログをとってみる。残念ながら事件が起こった正確な時刻がその時点ではわからなかったため、怪しいログの特定ができない。
「こちらもだめですね、特定しきれません…」
隣のシャッターのほうで同じ作業をしている彼女も同じ結果に終わった。朝斗はいよいよハッキングプログラムの起動準備を始めた。
「HCを媒介に、テクノコンピュータからプログラムを流し込む、念のためそっちは外しておいてくれ」
「はい」
ユーティリティを立ち上げて、撫でるようにキーアサインの確認を行う。デコイ・ステルス・サーベイの比率を調整した。
タッチパネルを叩き、文字通り光の速さでプログラムはHCを駆け巡り、制御装置に飛び込んだ。
あるか無きかの一瞬ののち、HCのモニターがぶれた、一瞬でログウインドウが大量に表示機能の限界まで展開、虫に食われるようにぼろぼろと崩れる。内部でステルスを食われたハッキングプログラムが追い込まれるようにデコイをばらまき、サーベイはその鼻先を叩き返された。
「やばっ!」
考えるよりも先にテクノコンピューターを引きちぎるように外した。幸いHCを間に噛ませていたために、コンピューターに影響は見られない。
「ろ、ログを取った時はなんともなかったのに!」
そして次の瞬間、連動しているスプリンクラーから水が噴射した。
「追い討ちだ…!」
咄嗟にテクノコンピューターを庇って水を避け、無事かを確認していた朝斗は、すぐには気づかなかった。
一旦落ち着いたHCの画面が、ノイズを発生させ、じわりとゆがんでいった事に。
「ほんと、色々因縁もトラブルもある場所よね…」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はぼやいた。いくつかシャッターやドアをクリアして、大まかな設備を把握、他のチームと手分けして離れた所で、しみじみとつぶやく。空大と蒼空学園の関係を悪化させないため、進んで救助に参加した彼女だ、将来的に環境の似ている蒼空学園でこのようなことが無いとも言い切れないのだ。
空京で起こることなら、と最初に彼女を引きずってきた空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)も、受難に嘆いている。
「晴れてシャンバラの首都になった喜びもつかの間。どうしてこうも暇なく騒ぎが起こるのやら…」
こじ開けたドアにリカインはとどめのひと蹴りをくれる。その時前触れも無く消火スプリンクラーが動き出した。
「ちょっ…」
リカインはドアに飛び込んで咄嗟に避けたが、狐樹廊のふさふさのしっぽがずぶぬれになった。
「ああ…手前の毛並みが…」
ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)が慌てて制御装置に割り込んでスプリンクラーを止めようとした。
「!? おかしいですな、スプリンクラーの状況は異常なしのまま…」
慌てて壁に設置してある消火設備を開け、スプリンクラーの元バルブを閉めるしかなかった。
「次はこちら、コンピュータールームですな」
だれか中で助けを求めているらしく、ドアがかすかに揺れている。ヴィゼントは鍵のタイプをチェックした。
セキュリティレベルが一段違うマシンルームのドアは、不幸にも強化素材でできている。鍵をどうにかするか、どのようにクリアするか一瞬迷ったとき、ドアの向こうから悲鳴があがった。
「ただ事ではないようですな」
一刻の猶予もない、ドアに向かってナラカの闘技を奮い、サイコキネシスで力任せにへし曲げる。
ドアの向こうからパニックの気配、さらにかすかに退避時間を告げる人工音声が漏れてくる。
「もしや、科学消火設備の類であろうか!?」
それは水気厳禁であるコンピューター室や電気室に使われるガスタイプの消火設備だ、不活性ガスを放出して酸素濃度を低下させるタイプであれば、中にいる人があぶない。
リカインは思い切って息をとめ、乱立するコンピュータのタワーをすり抜け、今なお気体を噴き上げる消火パッケージにたどり着くと、中の機構を破壊した。
「よかった、窒息消火型ではないようです…」
中で倒れていた人を運び出し、ヴィセントが型番をチェックして、人体に無害であることを見て取った。被害者はパニックに陥っただけらしい。倒れたときの擦り傷程度ですんでいた。
「そういえば、何故いきなり今頃スプリンクラーが誤作動したのでしょうか」
アクセスできる範囲のスプリンクラーは、ステータスは異常なしのままだったのだ。
御剣 紫音(みつるぎ・しおん)達がとある部屋に差し掛かると、ドアが奇妙な軋みを上げている。
どうやらこの部屋は倉庫のようだ。
しかし綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)は鍵のハックに手間取った、他校生である彼らは下位レベルのアクセス権しかないため、とかく余計な手間がかかるのだ。
「待ってろ、今助けるからな! ドアから離れろ!」
しかし何度呼びかけてもドアの軋みは止まらない、離れろという指示が届いていないのかもしれない。
アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が疑問をつぶやいた。
「主、なにかおかしいぞ、本当に人がおるのか?」
「ああもう、怪我してもしらねーからな!」
ウルクの剣を二振り両手で振り上げ、ドアを4つにぶった切る。
次の瞬間、どん!と何か大きなものに突然背中を押されて、紫音は枠を掴んで耐えた。
「うわあっ!」
ごうと風が巻き、目を開けた彼の目の前で雪が舞い、すぐに消えた。
「……マジで?」
アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)は中の状況をチェックして声をあげた。
「そうか、これは断熱膨張じゃ」
「なるほど、ドアは人が揺さぶっていたのではなく、気圧の軋みだったのだな」
誰もいなかったのが幸いだった。下手をすると、確実に命の危険にさらされる。
ここからは熱力学の話になる。この部屋は倉庫として気密が高く、空調設備も強力なものだった。
エアコンの誤作動でどんどん空気を吸い出され、非常に気圧が低くなっていた。そこにドアが壊されて、廊下側の空気が吸い込まれることになる。紫音の背中を突き飛ばしたのはこの時の気圧差である。
既にこの区画の廊下は開放されており、倉庫に向かって流れ込む空気の量が多量で気圧変化も小さく、ただ一瞬生まれた温度差で入り口近くに氷の粒がわずかに舞った程度で済んでいたのだ。
もし廊下側の領域が狭ければ、突然低温に落ち込んで凍えることになったろう。
「…ん?」
部屋の中で、アルスがふと何か違和感に眉をひそめた。
「どうした? 何か気づいたのか?」
「あ、ああ心配はない。主様、気のせいであった、次へ参ろう」
リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が捜索して駆け寄った扉の向こうでは、叫び続けて力尽きた生徒が倒れていた。
「はやく! 中にいるわよ」
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は拳を振り上げてドアの向こうに呼びかける。
「おーい! 無事か?!」
ややあって返事が返ってくるものの、ひどく弱弱しい。
「本当だ、やばいな…」
「ぐずぐずするでない、真司も繋ぐのじゃ!」
アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が叱咤して、二人で鍵にアタックを仕掛ける。
鍵のステータスはオープンだが、実際は鍵がかかっていることをまったく認識していないのだ。
空けるに制御機構と鍵の間に割り込んで、擬似制御機構を接続すればいい。ただし鍵のそれぞれはID管理されていて、毎回割り出してコマンドを組まねばならない。そして実行させるにはさらにコードが入り様になる。他校生はそこでまた一段階ハックせねばならないという数段構えだ。
だが彼らは2馬力でそれをこなしているため、多少スピード的に他と比べて優位といえた。
「大丈夫ですか?!」
開いたドアに即座に飛び込んだヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は、ずぶ濡れでガタガタ震えている学生を発見した。
スプリンクラーの水を被った上に、空調が冷房に切り替わっているのだ。
リーラと二人で学生を運び出し
アレーティアが室内をひととおり検分して声をあげた。
「なんと、空調は暖房になったままじゃ…、おや…?」
「アレーティア、どうした?」
「いや…まさかな」
ネットワークにあるはずのないものがある感覚がする。
(真司は感じないらしいが、それは彼が地球人で、わしが魔道書だからか…?)
これらのスプリンクラー事件は、榊朝斗がハッキングをしかけてからすぐの事だった。
メインシステムを頭にした制御ツリーのうち、彼がアタックした一枝が、ちょうど階を別にした他3件のスプリンクラーや空調の制御と連動していたからである。
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