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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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第12章


「へぇ、そうなんですよ。いやあ、私もびっくりしましたよ。まさかこのアジトの場所が警察にバレちゃってるなんてねぇ」
 と、若松 未散(わかまつ・みちる)はチョコレイト・クルセイダーのアジトで吹聴していた。
「え、それは本当でございますか? 驚きですねぇ、まさか警察がそんなに手回しがいいなんて!」
 それに調子を合わせるのはパートナーのハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)
 二人は、首尾良くチョコレイト・クルセイダーのアジトに独身貴族評議会のメンバーとして潜入していた。
 その目的は奪われたチョコレートの奪還。どうやら警察がすでにこのアジトの場所を突き止めており、機をうかがってチョコレートを取り戻しに来るとウソの噂を流していたのだ。
 代々続く落語家の家系に生まれた未散。自身もまた落語家であり、その商売柄他人に話を聞かせるのは上手だ。

「――へっ、こうやって地道にやってりゃあその内に噂が組織内に広がるぜ」
 と、人のいないところで未散はニヤリと笑った。
「――ええ、そうですねぇ。その後はわたくしが組織内部でチョコレートの場所を移動しようと提案しておけばいいのですね」
 ハルは未散に調子を合わせる。もともと未散の噺に惚れ込んで契約までしたハル、二人並んで話すとまるで漫才師のようだ。
「そういうことよ。そんときゃこっちで警察に情報をリークして、本当に一網打尽ってえ寸法よぉ」
 未散は人見知りするので、良く知らない相手には警護だが、心を許せる相手にはやや乱暴な口調になってしまう。
 その意味では、ハルとは気のおけない良い関係と言えた。
「それはいいですねぇ、ところで、その時にはわたくしはいったいどうなりますんで?」
 未散は事もなげに答えた。
「いやあ〜、警察に捕まったらちゃんと面会には行ってやるからちゃんと大人しくしてろよ?」
「ひゃあっ! わたくし逮捕でございますか!! ちゃんとカツ丼は食べさせてくれるでしょうか……?」
 未散はポン、とハルの肩を叩いた。
「何で大人しく捕まってんだよ!! その前に逃げればいいだろ!?」

 二人してハハハと笑い合う。

「おっと、ほんじゃ次行くか、次。あ、ねぇねぇ知ってますか? このアジトなんですけどね――」
「そうそう、何ですか、もう警察の方に知れ渡っているみたいなんですよね。そこでチョコの倉庫なんですけど――」

 いいコンビだった。


                              ☆


「……みんなには秘密じゃぞ……、あと独身男爵に見つかるとうるさいからな、後でこっそり食べてくれ」
「え……これ、オレに……?」
「んふ、まあバレンタインチョコレートってヤツじゃな。……義理ではないぞ?」
「お、おお……ありがとう! オ、オレ、チョコレート貰ったのなんて初めてだ……!! な、なあ、今食べていいか……?」
「あ、いやそれは中身がバレゲフンゲフン。……は、恥ずかしいから……一人でゆっくりと食べてくれんか……!!」
 恥ずかしそうに走り去っていくクルセイダーの少女――ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は陰に隠れてほくそ笑んだ。

「くっくっく……ドキドキしとる、ドキドキしとる」
 ファタからチョコを渡されたクルセイダーの男は、まだ一人でそのチョコを眺めて顔を赤らめている。
 こうしてファタはこっそりと秘密裏にクルセイダーの男達にチョコレートを配り歩いていた。
 一般のクルセイダーは、バレンタインに義理チョコひとつ貰えない寂しさに憤って参加している者が多い。
 つまりこうしてファタがチョコを配っていくことにより、ひとりひとりのクルセイダーの戦意を削ごうという遠大な計画なのだ。

「オ、オレ……クルセイダーやめようかな……どこのコだろう……どれ」
 男はファタの姿が見えなくなったところで、貰ったチョコレートにかぶり付く男。
「いただきまーす! うん、スパイシーなチョコだなってこれはカレーーーールーーーッッッ!!?」
 なんということか、ファタが次々と配っていたのはチョレートでコーティングされたカレールーだったのだ。
「な、なんだよあのコ、バ、バカにしやがって! 男の純情を弄びやがって! く、くそ、オレはやっぱりクルセイダーとしてバレンタインなんか撲滅してやるっ!!」
 この方法では結局クルセイダーの男達を怒らせるだけで戦意を削ぐことにはならない。


 要するに、ただの嫌がらせ。


「んふ、人の嫌がることをするとゾクゾクするのぅ」
 ニヤニヤと黒い笑いを浮かべるファタだが、このために数十個のカレールーをわざわざ用意してその全てに自らチョコレートでコーティングしていったのだから、嫌がらせ一つにここまでできるその姿勢には頭が下がるというか何というか。


 努力の方向が間違っている、という気はする。


                              ☆


「はい、チョコレートですよ♪ おいしく食べて下さいね」
 また一方で、こちらはちゃんとしたチョコを配っているクルセイダーの女性もいる。ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。
 ベアトリーチェは可愛くラッピングされたチョコレートを、優しく微笑みながらクルセイダー一人一人に渡していく。
 同じく評議会に潜入している小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がベアトリーチェに声を掛けた。
「ねぇ、調子はどう?」
 笑顔でベアトリーチェは答えた。
「はい! もうちょっとでクルセイダーの皆さん一人一人に渡せます! 独身男爵さんはバレンタインがお嫌いだそうですから渡せませんが」
 嬉しそうに微笑むベアトリーチェに対し、ん? と美羽は首を傾げた。
「ねえちょっと待って? 今クルセイダーの皆さん一人一人って言った?」
「はい、もう少しですから!」
「いやいやいや、違うでしょ? クルセイダーの中でチョコ貰えた人とそうでない人とを作って、内部抗争を撒き起こせないかってつもりだったんだよ!?」
 きょとん、とした顔でベアトリーチェは驚いた。

「ええ、そうなんですか!? 私てっきりチョコをもらえなくてかわいそうなクルセイダーの皆さんに、少しでもバレンタインの素敵さを知って貰おうと思って……!!」


 ベアトリーチェさんマジ天使。


 どこまでも無邪気かつ天然なベアトリーチェに頭を抱える美羽、困ったように呟いた。
「あちゃー……内部分裂してからコハクが突入してくるはずだったのに……どうしよ」


 そのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)はというと、内部に潜入した美羽とベアトリーチェからの合図を待ちつつ、アジト近くで潜伏していた。
「うーん、連絡こないなぁ……」
 ちなみに、その傍らにはカメリアの姿がある。
「ほほぅ、すでにアジトも突きとめておったか、中々やるのぅ、お主の嫁っ子は」
 コトノハ達と共にクルセイダーを撃退したカメリアは、今度は街をパトロールしていたコハクに出会い、美羽とベアトリーチェがアジトに潜入しているのを知ってついて来たのである。
「お、よよよ嫁っ子って! ぼ、ぼぼぼ僕と美羽はまだそんなんじゃ……!!」
 だが、カメリアはニヤニヤとコハクを見て笑った。今どきの若者にしては純情すぎる美羽とコハクは、カメリアのいいからかいの的だ。
「ほぅ、まだということは予定があるのじゃな! ホレいつじゃ、いつプロポーズするんじゃ? 今度のバレンタインとやらか? 最近流行りの逆チョコとかいうヤツか? ええのう若いモンは。もう接吻はしたのか、ん?」
 真っ赤になって俯くコハクにカメリアが肘をぐりぐり押し付けて迫る。
 もう返事もできないコハクを助けるため、『オリヴィエ博士改造ゴーレム』がカメリアの後頭部に激しいチョップを入れた。


「あてっ!! ……つつつ、まったく冗談の通じない奴らじゃ」


                              ☆


「わぁ、このチョコレートが全部戦利品? 素晴らしいですわ、チョコの食べすぎで虫歯になるのを防いであげようという思いやりなのですね、何て素敵な人かしら!!」
 と、茅野 茉莉(ちの・まつり)はクルセイダーを褒め殺した。
 彼女もまたクルセイダー内部に潜入し、あちらこちらで紛争の種を作ろうとしている。
 あちらでクルセイダーの成果を褒め、こちらでクルセイダーの作戦を褒め、とあちらこちらで気のあるフリをしてクルセイダー達をその気にさせようという作戦だ。
 もちろん、最終的には『私のために争わないで』状態にして内部分裂をさせるのが目的である。
 実際のところ、外見上は美少女の部類に入る茉莉が、頬を赤らめて上目遣いで瞳をキラキラさせながら褒めてくれるのは悪い気はしない。もちろんそれは茉莉の演技なのだが、女性経験が皆無に等しいクルセイダーにその演技が見抜けるわけがなかった。


  茉莉さんマジ悪魔。


 ちなみにそのパートナー、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)は本当の悪魔だ。
 こちらはクルセイダーが戦利品で手に入れたチョコレートをおねだりしていた。
 ダミアンはぱっと見9〜10歳くらいの年齢に見える。つまるところロリコン狙いである。
 美少女の茉莉とロリ担当のダミアン。この二人でもってクルセイダー内部をかく乱する作戦であった。事実、茉莉やダミアンの事が気になっているクルセイダーも多くいるようで、事実上作戦は順調に進んでいた。

 ダミアンと茉莉は、アジト内で歩く独身男爵を見つけた。
「独身男爵さ・ま♪」
 茉莉は芝居がかった様子で独身男爵に近づいた。独身男爵は振り向いて二人を見る。
「ん……君たちは……?」
 ダミアンもとてとてと無邪気な様子で近づいて独身男爵にチョコをねだる。
「ねぇねぇ? チョコレート持ってない? チョコ食べたいなぁ」
 ダミアンはあくまでも無邪気な少女を演じて独身男爵に迫る。チョコくれたら好きになっちゃうかも、という期待を持たせて迫ることでチョコレイト・クルセイダーの存在意義を根底から揺さぶろうというのである。
 だが、意外にも独身男爵は首を横に振った。
「いけない、少女よ。チョコレイトが食べたければお店で買って食べるのだ。他人からの好意と引き換えにチョコレイトをエサに使わせるようなことをしてはいけない」
 意外と理路整然と断る独身男爵に、ダミアンは戸惑った。茉莉はダミアンをフォローする。
「い、いいじゃないですか独身男爵さまぁ。誰だって欲しいものをくれる相手には少なからず好意を抱くものですよ。もしそんなきっかけでリア充になれるのなら、男爵さまだって嬉しいでしょう?」
 ぴくり、と独身男爵の眉が動いた。
「――はぁっ!!」
 いきなり右手を振りかざして攻撃する独身男爵。だが、すんでのところで二人はそれをかわした。
「貴様らっ! チョコレイト・クルセイダー……いや、独身貴族評議会ではないなっ!!」
 距離を取った二人は驚いた。何故分かったのだ、演技は完璧だったはずだ。

「『リア充』……憎むべき単語だ。胡乱な流行り言葉の陰で、我々独身貴族の憎悪のエネルギーを少しずつ削り取って行く。そんな軽薄な流行り言葉ごときで、我々独身貴族の憎悪を表現することはできぬうううぅぅぅっっっ!!!」
 その場で火術による攻撃を乱発し、茉莉とダミアンに迫り来る。

「ちっ! もう少しだったのに!!」
 と、茉莉は悪態をついて逃げ出した。
「まったくだ! 茉莉のおかげで失敗してしまったではないか!!」
 ダミアンはさりげなく茉莉に罪をなすりつけている。


 これもまた、いいコンビだと言えよう。


                              ☆


 それを機に、クルセイダーのアジトに大きな動きがあった。

「……これが奪われたチョコですか……どれ、ここも外部に連絡しておきましょうか」
 影野 陽太(かげの・ようた)はアジトの倉庫、チョコレートの山の前で呟いた。
 自らの情報収集と多くの人間が調べたネット上での情報、二つを照合した陽太はいち早くアジト内部に潜入していた。
 未散が流した噂のこともあり、あらかじめネット上にアジトの場所を流しておいた陽太は、チョコ倉庫の場所も情報をして流してしまった。
 これにより未散の噂が本当になっただけでなく、警察が捜査に入る前に大勢のコントラクター達がアジトに乗り込んでくることになったのである。

「さぁさぁ、行きますよカメリアさんっ……!!」
 鬼崎 朔(きざき・さく)は歴戦の立ち回りで素早く『月光蝶仮面』に着替え、コハク・ソーロッドとカメリアと共にアジトに潜入した。
「おお、負けんぞ月光蝶仮面!!」
 カメリアもまた朔と並んで突入し、次々とクルセイダー達を制圧していく。
 コハクもその流れに乗り、美羽と連絡をつけて外部と内部からの制圧を開始した。
「よーおっし、やるわよーっ!! そもそも女の子にとって大切なバレンタインを台無しにしようなんて、国家神が許しても私が許さないんだから!!」
 怪力の籠手を振るって突然内部からクルセイダーを蹴散らし、混乱を深めていく美羽。

 さらに一行に続いてなだれ込んでくるコントラクター達。
 チョコレイト・クルセイダー、アジト殲滅作戦の開始であった。


 影野 陽太はこの隙にとクルセイダーが奪った倉庫のチョコを確保した。
「よし……これでいいな……。皆さんのチョコレートは可能な限り奪い返しましたよ……と」
 今年はほぼ間違いなく想い人にチョコレートを貰えるのであろう陽太。情報をアップするその表情はあくまで穏やかだった。


 あとは、若松 未散とハル・オールストロームの二人がうまく逃げてくれればいいのだが。
「いやー、チョコはもうたくさん!! 怖い怖い!!」
「ほう、そんなに怖いならくれてやろう、とかそういう話?」
「はっはっは……ここらで一杯苦いコーヒーが怖い、とか?」
 余裕じゃないか。