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 空京:総合病院

「ジョセフさん、私の声が聞こえますか?」
「あぁ……この世の終わりデース……」
「ジョセフさん……ダメか……」
 不眠不休で治療に当たっている涼介……しかし、その成果は芳しくなかった。
 なんとかジョセフとの対話を試みるが、ジョセフはただうわごとを繰り返すだけだった。
「くそっ! 結局何も出来ないのか?」
 壁に拳を叩きつける。
「……本郷さん」
「あ、神崎先生……恥ずかしい所を見られたな……」
 タイミング悪く病室に入ってきた神崎女医を前にばつが悪そうな涼介。
「気持ちはわかるけれど、少しは休みなさい」
「いえ、まだやれます、ただでさえ術者が足りていないのに、ゆっくり休んでなんて……」
 強がって見せる涼介だが、その疲労具合はあきらかに見て取れた。

「患者達には長期的な治療の継続が必要なのよ、途中で倒れられる方が困るわ」
「あと少し、あと少しで意識が戻ると思うんです、だから……」
「だから? ……意識さえ戻ったらもう治療の必要がないとでも?」
「う……」
「例え意識が戻っても、しばらくは治療が必要なのよ……その時の為に、今は休みなさい」
「はぁ……やっぱりくやしいなぁ……」
 理屈としてはわかっていても、やりきれないものがある。
 ここで自分だけ休むには、抵抗があった。
「しょうがないわね……」
 もう少しだけ、とせがみそうな涼介に神崎女医はため息をつく、医者の不養生とはこのことだ。

「これから彼にお見舞いの人が来るわ、女性よ、水を入れないうちに退席なさい」
 わざと女性を強調する、お邪魔虫は去れという作戦だ。
「む、それはしょうがない、馬に蹴られる前に休ませてもらいます」
 涼介も他人の恋路を邪魔する程、野暮ではない。
 しぶしぶ退出する亮介に神崎女医が何かを投げてよこした。
「? これは?」
「睡眠薬と栄養剤よ、効き目は保障するわ、休むからには、きっちり回復なさい」
「うわ、徹底してるなぁ……」
 さすが人手不足、と関心する涼介を悪戯っぽい笑みで見送る神崎女医だった。

「失礼します」
 自分がジョセフの恋人呼ばわれされていたなど露知らず、赤羽 美央(あかばね・みお)がジョセフの見舞いにやってきた。
 魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)も一緒だ。

「……絶望デース……」
 ジョセフは相変わらず、うわごとを繰り返していた。
「うわ、まさにダメ人間ですね」
「まぁ、彼の場合、普段からダメ人間ですが」
 2人してひどい言いようである。
「……シニタイデース……」
 心なしか、ジョセフの症状が悪化したような……
「いや、気のせいですね」
 残念ながら、それは気のせいだった、気のせいにされた、とも言う。

「しかし……この無気力状態の患者達……もしやと思いましたが」
 この症状の患者達全員、同じバイトをしていたのではないか、とは美央も考えていた。
 そして実際にこの病院で働くクレアから歩達の話を聞いて、それが間違っていないと確信したのだ。
「ですが、話はそれだけでは終わらないでしょうな」
「彼らを無気力にした犯人がいるならば、当然それで何かを得ているはずです」
 それがいったい何なのかが解らなければ真の意味での解決はない。
 そういえば無気力の反対……そういう類の問題をどこかで見たような……
 などと美央が考えていると、なにやら病室の外が騒がしくなった。

「おい、信長、なにやってんだ」
「信長さん、患者さんにそんなことしちゃ……」
「なに、ものは試しと言うではないか」
「……」
 忍達が患者を巡って、なにやら揉めているようだった。

「ほれみぃ、この患者、エロスに反応しておるようじゃぞ?」
 と信長、えっちな本を患者に見せている。
 どうやら信長は患者の視線がその本に反応して動いた、と主張しているようだ。

「そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
「信長さん、ここはびょ、病院ですよ!」
 対して忍と香奈は不謹慎だと信長を責めているようだった。

 そんな様子を何事かと見た美央はそれに気付く。
 信長の主張通り、患者の視線がその本に反応して動いている……それは決して気のせいではなかった。

「むぅ、これは風紀上ダメというのか……ならばコレならどうじゃ?」
 そう言って信長が取り出したのは『喋るんデス!』だった。
「?? なんだそれ?」
 それが何なのかわからず困惑する忍達2人。
 その隙に信長は適当な患者に『喋るんデス!』を装着しようとする。
(ダメ、それは危険)
「レン? よくわかんないけど、させるかっ!」
 間一髪、レンのテレパシーによって『喋るんデス!』=危険と判断した忍が信長の暴挙を阻止する。

「何故邪魔をする? 患者に効果があるやも知れんのだぞ?」
 やることなすことをことどとく阻止され、信長は憮然とした態度だ。
「それ危ないんだろ? 勝手に他人で試しちゃダメだろ」
「そうよ、患者さんにもしものことがあったら……」
「むぅ……」
 不満げな信長だったが、思わぬ方向から助け舟が。
「そういう事でしたら、ちょうど良い患者がいます、是非彼で試してみてください」
 そう言って美央が指さした先にはジョセフの姿があった。
「……虚無デース、ムナシイデース……」
 
「おい、本当に良いのか?」
 心配そうに美央達に聞く忍。
「はい、もしも誰かの役に立つのならこの身を捧げても良い、と奇病にかかる前の彼はよく言っていました、きっと本望でしょう」
 もちろん口からでまかせだったが、『喋るんデス!』を公然と試す大義名分を得た信長はもう引き下がるとは思えない。
「ジョセフとやら、その尊い犠牲に感謝しようぞ!」
 
 信長が『喋るんデス!』をジョセフにセットした。

 そして、その効果はすぐに現れた。

「オ、オオーウッ! 体の奥から力が湧いてキマース!」
 瞬く間に生気を取り戻すジョセフ。
 予想以上に効果バツグンだった。
「ふむ……どれどれ」
 何かを思いついたサイレントスノーがジョセフから『喋るんデス!』を取り外す。
「アゥ……モウダメデース」
 『喋るんデス!』を外した途端、無気力に戻るジョセフ。
「ほほぅ、では、もう一度……」
「ミナギッテキマシター!!」
「外しましょう」
「ドウセワタシナンテー……」
「これは……!!」
 そんなジョセフの様子に美央が目を見張る。

「すごく楽しいです」
「人をおもちゃにしないでクダサーイ!」
 二度と外されないように『喋るんデス!』を守るジョセフだった。


 一時的とはいえ、治療法が見つかった。
 この事実は瞬く間に病院中に広まっていった。

「お見舞いの女性が……医術も愛の力には敵わないなぁ」
 涼介は激しく勘違いしていた。
「あー、それなんだけど……えーと」
 説明に困る神埼女医だった。

「ジョセフさん、そのバイト先でいったい何があったんですか?」
 そして、被害者であるジョセフが意識を取り戻した今、この疑問もまた明かされる。
 事件を追っていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と共に、駆けつけてきた。
 大きな手掛かりに大勢の人々が注目していた。

「……マネーを、見せられました」
「お金?」
「ハイ、たくさん、欲しいか? と聞かれ、その直後、女性に睡眠薬ヲ……」
「女性? 顔立ちとか覚えてますか?」
「よく覚えてないデース、デモ、スリーサイズなら、おそらく……」
「……そんな事ばっかり覚えているんですか……」
 美央のこめかみのあたりがピクピク動いた。
「オ、オウ! そういえば、眼帯をしていたデース、刺青もありマーシタ!」
「眼帯? 刺青? まさか……」
 美央のプレッシャーからか必死に思い出すジョセフ。
 鬼崎 朔(きざき・さく)がその言葉に反応する。
 朔にはその特徴に一人……心当たりがあった。
「鬼崎朔と言ったか……その女に心当たりがあるのか?」
 ダリルが朔の表情の変化に気付く。
「はい、ジョセフさん、その女性ってひょっとして……」
「ソウデス、そのイメージにぴったりデース」
 どうやら間違いないようだ。
「移動しながらでいい、その女のことを詳しく教えてくれ」
「はい」
 見ると全員、動き出していた。

「バイトが開始される時間まであとわずかです、急ぎましょう」
 バイトのチラシを見ていたクレアが残り時間を告げる。
 事態は一刻を争っていた。