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『スライムクライシス!』

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『スライムクライシス!』

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■5.二体の女王と暴走淫魔


 百合園の廊下を駆け抜けたセレンは、一行の先陣を切って扉を開けた。続いた先はついに、目的地のプールだ。
 その光景を目の当たりにしたセレンは息を呑んだ。
 百合園のプールは上品で、広いスペースを有効に利用した造りとなっている。しかし、本来水が張られているプールの中に、セレンたちの探し求めていたそれがいた。
「あれが……クイーンスライム……?」
「お、大きいですね……」
 悠希がそう驚くのも無理はなかった。
 プールの中にいるクイーンスライムの体長は、悠に彼女らの三倍はある。
「げーっ! あれと戦うの〜!?」
 遅れて駆け込んできた葵はおもむろに嫌な顔をしていた。
 しかしプールサイドも新しく生み出されたザコスライムで一杯だ。どうやら、奴を倒さない限り終わらないらしい。
「愚痴ってる暇はないみたいね。みんな、行くわよっ!」
 セレンは一行を鼓舞すると、真っ先にクイーンへと駆け出した。
 『女王の加護』で防御力を高め、目の前のザコスライムを蹴散らしながらクイーンに弾幕を浴びせる。何十発かの弾丸がクイーンにヒットすると、その巨大な身体の一部が空中へと飛散した。それらの破片は個々に変色を始め、すぐにザコスライムと化す。
「嘘っ!?」
 予想していなかったことにセレンは驚いた。セレンに向けても何体かのスライムが降り注ぐが、セレアナの槍がセレンを護る。
「分離させてもザコスライムになるみたいね」
「もうッ、どこまで厄介なの!」

 反対側のプールサイドへと展開したのは葵ペア。葵は掲げたステッキを一度戻す。
「やっぱり『ヒプノシス』じゃダメみたいね。えぇい、ライトニングブラストッ!!」
 葵から放たれた『サンダーブラスト』がクイーンを直撃すると、またその体の一部が弾ける。
「来るわよ!」
「はいっ!」
 葵のすぐ後ろを走るエレンディラは白い導きの書を点に向ける。するとたちまち『天のいかずち』が発動し、辺りに轟音が響いた。その稲妻はザコスライムたちが降ってくる前に空中で処理する。
「『神の目』と『炎の聖霊』も使ってますし、葵ちゃんはクイーンスライムに集中してください!」
「わかった! ザコスライムは任せたわ!」

「ボクは正面からですね……」
 スライムの粘液に耐えうる術を持っていない悠希は、紋章の盾で身を守りながら慎重に戦う。ザコスライムの道を切り拓いて水のないプールへと飛び降りると、クイーンまでの距離を一気に詰めた。
 悠希が剣を構えると、刀身に炎を帯びる。
はぁっ!
 風を切って炎がクイーンに斬り込むが、セレンや葵たちの攻撃のように身が散らない。むしろ、剣の炎は勢いをなくしたようだ。
「くっ、『煉獄斬』はダメですか……それならっ!」
 今度は刀身に雷を宿らせると、クイーンの分厚いゼリー目がけて『迅雷斬』を繰り出す。バチバチとクイーンの体が震えると、その切り口から大量のスライムが溢れてくる。悠希はそれを盾で上手に受け流しながら、攻撃が効いていることを確信した。

     #

おらァ! おらァ! おるるァァッ!!
 明倫館の屋根を駆け抜けていたつぐむは、一足先にブレーキをかけるとクイーン目がけてライフルを連射した。天守閣前の屋根にいるスライムは一発ごとにザコスライムを放出する様が中距離でも確認できる。
「つぐむちゃん、先に行くよっ!」
 つぐむのパートナーたちは彼を追い越してクイーンへと向かった。屋根と屋根の隙間を軽快に飛び越えていく。
「ワタシが一番乗りですねッ!」
 真っ先にクイーンの元へ辿り着いたミゼがウルミでクイーンをなます状に切り刻んでいく。
「なんでそんなに嬉しそうな顔してんのよ!」
 続いて到着した真珠が、ミゼの攻撃で発生したザコスライムを『氷術』で凍らせていく。
「だって、無抵抗のものをバラバラにしていくのは楽しいでしょう?」
「ああもう、変態ね!」
「それはつぐむ様に言って欲しいですッ!」
 その言葉を聞いて、真珠は違和感を覚える。
 今まで散々石化だの睡眠だのを及ぼしていたスライムたちの母体が、無抵抗――?
 真珠が感づいて間もなく、クイーンはスライム特有の身体をへこませる動きを見せた。息継ぎもなく攻撃を続けるミゼは気付いていない。
だめっ、離れて!
 真珠のその声とほぼ同時に、クイーンから大量の粘液が吐き出された。接近で戦っていてはとても避けきれない量である。
きゃあっ――わぷっ!!
 粘液を全身に浴びたミゼは、すぐにバランスを崩してその場に倒れこんだ。スライムの多さと粘液攻撃を警戒するとうかつに近づくことは出来ないが、真珠は冷静にその様子を見た。
「睡眠だわ……!」
 生み出したザコスライムたちの状態異常をクイーンが持っているのは至極当たり前のことである。どうして始めからそれに気がつかなかったのだろう。

「ちっ!」
 ミゼがダウンしたのを確認すると、つぐむはライフルを下げた。
「ドゥロスト! 俺たちも行くぞ!」
 つぐむの周りでザコスライムと戦っていたガランを呼び、つぐむもクイーンとの接近戦に臨む。

     #

 セレアナが『ランスバレスト』の強打撃でクイーンの一部を一時的にへこますと、ここぞとばかりに『破壊工作』を駆使したセレンがそこへ爆薬をつっこむ。弾力で戻ってきたクイーンの体が爆薬を体内に取り込んだ。
「行くわよ!」
 二人は急いで距離を取りながら、間髪入れずに爆破する。プールに爆音が響くと、クイーンの一部が吹き飛んで大量のザコスライムへと姿を変えた。
「ったく、これでもダメなの? RPGのラスボスじゃあるまいし、倒しにくさだけなら一人前ね。だからRPGって好きじゃないのよ!」
「そうよね。セレンはシューティング大好きだものね」
 セレアナが降り注ぐスライムに注意しながら合いの手を入れると、セレンは次の攻撃の準備を始める。
「無茶するわね! 下手したらプールごと吹っ飛んじゃうわ!」
 クイーンに魔法攻撃を加えながら葵たちが合流してきた。現に、今の衝撃を受けてプールも何箇所か欠損しているように見える。
「非常事態だからいいの、御寛恕乞うわ。それよりそっち止めなさいよ」
 セレンは爆薬を準備する指でくいっとエレンディラを指して見せた。
「葵ちゃんを襲うのなら……敵と見なし完全消去します。『天のいかずち』! 『いかずち』! 『いかずち』! 『いかずち』!」
 辺り一帯に延々と雷を落とし続けるエレンディラ。漆黒のムードを纏いながら笑顔で打ち続けるその様はどこか恐ろしい。葵は慌ててエレンディラの傍に寄る。
「ちょ、ちょっと! 倒したスライムに攻撃し続けないの!」
「あ、葵ちゃん……すみません、つい」
 あっけらかんとした表情で答えるエレンディラを見て、セレンはやれやれと溜め息をついた。
「ところで悠希は?」
 見上げると、セレアナはクイーンの向こう側を指す。
「今も一人で――」
うわあああっ!!
 その悲鳴を聞いた四人は弾かれたように悠希を見た。半透明のクイーンを通して様子を窺うことが出来るが、彼女はどうやらクイーンの粘液攻撃を受けたようで、足元から石化が始まっている。
「しまった、助けに行くわよ!」
 爆薬を準備するのを中断すると、全員で悠希の元へと向かう。

     #

 サキュバスライムは服を溶かすとあって、総奉行室の女子たちはつかさに立ち向かうのに躊躇していた。スライムたちが総奉行室に近づかない関係で、つかさが踏み入ってこないことが唯一の救いである。
「仕方ねぇ、俺が行く」
「あ、おい……!」
 銀が止めるのも聞かないで、絃弥は勇ましく未知の相手へと向かっていく。ハイナはその背中に言葉をかけた。
「危害は加えないでくんなませ」
「ハッ、難しいこと言いやがる」
 鼻で笑った絃弥はスライムたちを振り払いながら、つかさの前に立ちはだかる。
「あらぁ、長身の方が出てきてくれるなんて嬉しゅうございます。その体格、期待できますわ、ふふふ」
「何もしないで通してくれるってわけにはいかないのか、サキュバスちゃんよ」
「こんなに色々とリッパそうなお方を見す見す行かせるわけにはいきませんよぅ。お相手、してくださいまし」
「……交渉決裂だな」
 絃弥が間髪入れずに『アルティマ・トゥーレ』を放つと、つかさは連れていたサキュバスライムを何匹か身代わりにした。
「やっぱそうなんのな!」
 それを予測していた絃弥は、つかさが対応に追われているうちに『軽身功』で後ろへ抜ける。まだつかさは振り返っていない。
「ならゼロ距離で――」
 背後を取った絃弥がつかさの肩を掴もうとすると、掌をにゅるりとした感覚が襲う。
「なっ……!?」
 確かに掴んだと思った絃弥の手は、つかさの身体にまとわりついていたスライムを捉えていた。手がスライムごと肩から滑り落ちると、バランスを崩した絃弥は振り返ったつかさに両腕で抱きしめられていた。着衣を纏っていない身体に寄せられると、絃弥の鼻先に柔らかいものが当たる。
「ふふ、イケない殿方ですこと。触りたいのならちゃんと正面からおいでなさいな。さぁ、あなたも衣などで隠さないで……」
「しまっ――!」
 絃弥はつかさに拘束されながら、全身にサキュバスライムの粘液を浴びる。つかさを慌てて振りほどくと、絃弥は自分の身体を見た。
「服が溶け始めてやがるっ……」
「よそ見してはダメでございます」
 わずかに冷静さを失ってしまった絃弥がつかさのその言葉に顔を上げた時には、もう遅かった。背後のスライムの海から石化攻撃を受けたのである。
「あらあらあら、せっかくまるごと剥いで差し上げられると思いましたのに……」

「銀、下手に技は使えないが……いけるか?」
 絃弥が戦う様を見ていた唯斗が前に出ると、銀も頷いた。
「ああ、二人でどうにかしよう。ミシェル、一応羽織るものを用意しておいてくれ」
 ミシェルが頷いたのを確認すると、二人は一斉に駆け出す。
「あら、二人でいらしてくださるなんて。同時にご奉仕して差し上げるのも嫌いじゃありませんわ」
「抜かせっ!!」
 先手を打った唯斗が掴みかかると、つかさはふわりと宙へ浮いた。捉え損ねた唯斗にサキュバスライムの群れが絡みつく。
「なっ――!?」
「『空飛ぶ魔法↑↑』でございます。心配しなくても、貴方様もお相手して差し上げますわ。ですが先に……」
 空中へ浮かんだことに不意を突かれた銀は、滑空してきたつかさに押し倒される。
「ぐあっ!」
 スライムの海の中だったお陰でどこも強打はしなかったものの、咄嗟のことに身動きが取れない。

     #

「また粘液がくるのだ!」
「バカっ、近づきすぎだ!」
 駆けつけたガランとつぐむが叫ぶが、真珠にはすでにクイーンの大量粘液が迫っていた。
うわあああっ!!
 クイーンとの間合いを見誤った真珠は、逃げる間もなく石化する。
「つぐむ、一旦引いたほうが良いのではないか!?」
 ライフルを撃ちながらつぐむは顔を歪ませる。ガランの言う通り、二人だけになってしまっては戦力不足だ。
「くそっ……!」
友の為、仲間の為! この命、捨てはしないが全賭けだァッ!
 エヴァルトが天守閣から勢いよく飛び降りると、『朱の飛沫』を加えた散弾を『魔弾の射手』で四発分一斉発射する。真上からとてつもない衝撃を食らったクイーンは、一度真下にへこんだかと思うと大量のザコスライムを放出した。
「遅いじゃないか!」
「すまん、これでも急いだほうだ」
 つぐむとエヴァルトは互いに飛びかかってくるスライムを撃ち落とす。
「一人か?」
 ハイパーガントレットによる高速リロードを行うエヴァルトに、つぐむは尋ねた。
「刀真はパートナーを助けに戻った。あとの二人はもう来るよ」
 言い終えたエヴァルトが振り返ると、ちょうど鷺が降りてきたところだ。鷺は急いで警戒を促す。
「皆さん、感電しないように少し離れてください」
「感電……?」
 つぐむが聞き返すと、天守閣の縁に立ったカフカが見えた。
「行っくよぉー!!」
 ゴム手袋をしたカフカが銅線を持ったまま宙へ舞う。直下した先のクイーンに銅線を投げつけると、カフカは着地してすぐに離れる。
 彼女の持っていた銅線は、クイーンに触れるなり火花を上げて通電していた。電撃攻撃を受け続けるクイーンは縮小しながらサコスライムを飛び散らせる。
「シロの言った通り、電流ビリビリ装置は効果抜群だね!」
「なんだ? 何した?」
 辺りのザコスライムまで巻き込んで激しく感電しているクイーンを見ながらつぐむが尋ねると、カフカの代わりに鷺が口を開いた。
「スライムは多く水分を含んでいるようなので、カフカに『トラッパー』で銅線を加工してもらったんですよ」
 鷺が説明していると、後ろで大きな破裂音がした。カフカがいち早く振り返る。
「あ、壊れちゃったみたい」
「結果オーライだ。だいぶ弱ったようだし」
 エヴァルトがそう言うのも、ダメージを受け小さくなったクイーンがもはや元の形を保てなくなっているからだ。
「あと少しって感じだね!」
 嬉しそうにカフカがそう言うと、つぐむは崩れかかっているクイーンの中に何か小さくて丸いものを見る。
「あれ、もしかして……コアか?」
 
     #

「コアですっ!」
 なんとかクイーンから遠ざけて石化から回復させるなり、悠希は叫んだ。
「はぁ?」
 一体何のことを言っているのかわからないセレンが間抜けな声をあげる。
「最後に『迅雷斬』を放った時、クイーンの中に微かに見えたんです。それを壊せば、あるいは……!」
「まぁ、やってみる価値はあるんじゃない?」
 セレアナがそう言うと、葵も同調する。
「ダメだったらダメで、また手を打てばいいじゃない!」
 セレンがエレンディラにも目を向けると、彼女も頷いた。
「そうね。じゃあやってみましょ」
 総意を得ると、悠希は身を乗り出す。
「コアは結構深い部分にあると思います。だから、みんなで一点を集中攻撃しましょう」
 悠希が剣を構えると、セレンは爆薬を取り出した。
「オッケー。みんな、用意はいい? 行くわよっ!!」
 セレンとセレアナ、それに続いて悠希がプールサイドから飛び降りると、葵とエレンディラがそれぞれ武器を構えた。
「本日二回目! 『シューティングスター☆彡』、フルバースト!!」
「『天のいかずち』!!」
 怒涛の魔法攻撃がクイーンの腹部に直撃したかと思うと、立て続けにセレアナが『ランスバレスト』で追い討ちをかける。
「ぶっ飛ばすわよ〜!」
 そこへセレンが爆薬を押し込むと、盾を構える悠希の後ろに逃げ込んで爆破する。そのまま悠希は爆風と飛び散るスライムを盾で防ぐと、鋭い眼差しで目標を捉えた。
 見えた――!

      #

 つかさは銀に跨ったまま顔を近づけてくる。
「あら? 貴方、殿方にしてはいい香りがしますわね……?」
 銀が思わず顔を背けると、サキュバスライムに拘束されている唯斗と目が合った。
「銀ッ! 右手だ!」
 何のことかわからずも反射的に力を入れてみると、銀の右手は何かを掴んだ。銀は目だけでそれを確認する。スリープスライム――!
 銀がそれを肩の高さまで持ってくると、つかさもそれに気づいて声を上げた。
「あら――?」

      #


 ――明倫館の屋根の上で、エヴァルトとつぐむは浮き出るコアに向けて二つの銃口を突きつけた。
「『食べ物の恨み戦線』、これにてお開きだな」

 ――百合園のプールで、悠希は渾身の『疾風突き』を構える。
「百合園はボクが守ります!」

 ――総奉行室の前で、銀がつかさの顔面目がけてスリープスライムを押し出した。
「おねんねの時間だっ!」



   「「「 チェックメイトッ! 」」」