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リアクション
■4.唯一の想定外
「ねぇつぐむちゃん? どうして屋根なの?」
明倫館の階段を駆け上がる一行の中で、真珠はこう尋ねた。
「奴ら、水道から出てきやがったんだよ。ということは貯水槽にも侵入してるってことだろ……コノウラミハラサデオクベキカ」
「ああ、なるほどね〜。それにしても、スライム多いわね」
つぐむとそのパートナーたちは、先へ進むのに苦労していた。何しろ上へ行っても下へ行っても、最悪天井からでもスライムが現われるのだ。対処しながら進むとなると、中々前へ進めない。
そのことにイライラしていると、不意に目の前のスライムたちが一掃された。明倫館生の長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が上階から『アルティマ・トゥーレ』を使用して、凍らせたスライムたちを砕いたのだ。
「君たち、どこかへ向かってるみたいですね」
「ああ。屋根に上りたいんだが、こうスライムが多いとな」
つぐむがライフルを撃ちながら顔を歪ませる。相当ボルテージが上がっているようだ。
「それなら力を貸しましょうか? 俺はこいつらを相手するのにだいぶ慣れてきましたから」
淳二がスライムたちを簡単に蹴散らす。その様を見て、どうやら口だけではないようだとつぐむも頷いた。
「ああ、そうしてくれると助かる。おらお前ら! どんどん行くぞ!」
語調を強めたつぐむにぴくんと身体を反応させると、ミゼは上気した顔で追ってくる。
「あぁん、つぐむ様ぁ〜」
淳二はその声に振り返って顔をしかめた。
「か、彼女……大丈夫ですか?」
「ああ、あいつはいつもあんなんだからほっといてくれ」
素っ気なく先を行くつぐむの背中に、ミゼはまだ色っぽい声を出していた。
「今度は放置プレイですかぁ〜?」
#
「もしもし? 歩さまですか?」
真口 悠希(まぐち・ゆき)は『根回し』を駆使して百合園生間で情報交換をするよう手を回していた。今は七瀬歩に電話をかけたところだ。
『悠希さん! 無事ですか?』
「ええ、大丈夫です」
電話に出た歩は少し嬉しそうな声を出していた。しかし悠希にはそれよりも気になることがある。
「そちらはだいぶ静かですね? 今どこに?」
『校長室です! それより悠希さん、聞いて! 今回の騒動はクイーンスライムっていうのを倒せば終わるそうです!』
「クイーンスライム? それが親玉ですか?」
悠希は訝しげな顔をして聞き返す。周囲にじりじりとスライムが間を詰めてくるので、悠希はそっちにも気を配りながら会話を続けた。
「場所は?」
『ごめんなさい、場所はどうやら探さないといけないみたい。とりあえず、そいつを倒せば終わります!』
「わかりました、ありがとうございます。また何かわかったら連絡をください」
丁寧にお願いして電話を切ると、悠希は拳を堅く握った。
「チェスの如きボクのロジックで追いつめてみせますっ……!」
場所がわからなくたって、これまでに集めた情報から導き出せば応えは見えるはず。
悠希が考えをまとめようとすると、やがて廊下の奥のほうが騒がしくなってきた。連続して銃声が聞こえる。どうやら女性二人がスライムと戦っているようだ。
「助太刀します!」
悠希が駆けつけると、スライムが飛び上がる前に切って捨てる。
「助かるわ! あなたはここの生徒?」
「はい、真口悠希と申します」
「悠希ね。あたしはセレンフィリティ。セレンでいいわ。こっちは――」
「セレアナよ」
カービンを振り回すセレンに続いてセレアナも挨拶すると、悠希は二人を見た。
「実はクイーンスライムという親玉がいるそうなんですが、何か知りませんか?」
「クイーンスライム? もしかして、それがあたしたちの探してる発生源かしら!」
セレンがリロードする間を、セレアナと悠希が援護する。
「先ほど葵さんから受けた話なんですが、なんでも地上に近い階ほどスライムが多いとか」
戦いながら、悠希は今までに得た情報を彼女らと共有する。セレンは面白いじゃないと相槌を打った。
「へぇ、それはつまり、単純に考えれば親玉は地上階らへんにいるってことよね」
「おそらくは。これだけ大量のスライムを次から次へと大量発生させているとしたら、それなりの大きさで……」
三人はようやくスライムたちの勢いをなんとか抑えると、落ち着いて会話のできる場所まで抜けた。セレンがカービンの調子を確認しながら途切れた会話を拾う。
「かつ、スライムにとって室温とか、居心地のいい空間を探せばいいわね。悠希、思い当たるとこある?」
悠希は少し呼吸を深めて考えてみた。地上階付近の広い空間で、スライムに都合のいい環境と言えば――。
「プール!」
悠希は考え込んだかと思うとすぐに声を上げた。セレンは目を丸くして驚く。
「プール? この学校、プールあるの?」
「はい、屋外に! どうでしょう、例えばプールの水からスライムが生まれ……プールの水全部が親玉化してるとかっ」
悠希がぱんと手を打つと、セレンはセレアナを見た。
「どう思う?」
「まぁ、行ってみる価値はありそうね」
「わかったわ。悠希、案内して頂戴」
セレンが道を任せると、悠希はすぐに廊下を駆け出す。
「はいっ! こっちです!」
#
淳二と行動を共にするつぐむたちは、めまぐるしい速度で上を目指していた。淳二もこれまでに相当の数のスライムを倒してきたようだ。
「ここが屋根です!」
「うわ、スライムが屋根伝いに移動しているのだ!」
ガランは屋根をのそのそと移動するスライムを見ると真っ先に口を開いた。つぐむはそんなことも無視して辺りを見回す。
「大事なのはそこじゃねぇ。『ボス的なでかいの』を探すんだ」
「あ! つぐむちゃん、あれ!」
何かに気付いた真珠が天守閣を指差すと、つぐむもすぐに振り向いた。
「あれがそうか……」
今つぐむたちのいる屋根が続いた先にある天守閣。その天守閣から少し下の部分の広くなっている屋根に、巨大なスライムがのさばっていた。どうやら当たりのようだ。つぐむは淳二を見た。
「俺たちは奴を倒しに行くが、あんたはどうする?」
「俺も行きたいところですけど、校舎内にはまだ困っている人たちがいるのも確かなので、俺はそっちに行きます」
淳二が今もスライムたちをパキパキと凍らせると、つぐむは頷いて屋根の上を駆け出した。
「とっとと行くぞ!」
「わわっ、待ってよつぐむちゃん!」
慌てた一行がついてくるのを確認すると、つぐむは走りながら携帯電話を取り出す。
「もしもし、よく聞け! 当たりは天守閣だ!」
#
「うわー……」
セレンは思わず脱力した。悠希の案内で目指していたプールへの道のりが、どこよりもスライムの群れで埋まっているのだ。セレアナと悠希も唖然としている。
「こ、この中を行くんですね……」
「はぁ、気が重いけどやるしかないわね」
覚悟を決めた三人は互いに視線を交わすと、一斉にスライム蠢く海へと飛び込んだ。
セレンのカービンが波を押し返し、セレアナと悠希が両脇を固める。しかしスライムたちも本当におぞましい量がこの狭い廊下に詰まっているのだ。
「ちょっと……やっぱり無謀かしら!」
対するのが三人だけでは流石に苦しくなってくる。まだ五メートルも進んでいない。既に後方も囲まれているので引くにも引けない。それでも三人はなんとかしのいでいるが、限界が訪れるのは時間の問題だ。
「は・か・た・の、しお!」
その掛け声と同時に空気中にばさっと塩がまかれた。途端にスライムたちは勢いをなくす。先に戦っていた三人は驚いて振り返った。
「『塩眠り姫』こと高務野々、お助けしますよ!」
言いながら、野々は手に持った塩を乱暴に振りまいていく。塩まみれになったスライムたちは面白いようにしぼみ、すぐに動かなくなる。それを見たセレンは目を丸くした。
「なに、スライムって塩に弱いの? 今までのあたしの弾丸は……?」
「現実は小説より奇なり、ね」
セレアナが囁くと、悠希は既に野々の援護に回っていた。
「お二方! 手を休めている暇はありませんよ!」
確かに、いくら塩が効果的と言えどスライムたちを完全に撃退したわけではない。前衛のスライムを崩しても、後ろから次々に新手が押し寄せる。
「あゆみさん葵さん! こっちです!」
後方からヒルデガルトの声が聞こえたかと思うと、セレンたちの前に二人の少女が現れた。
『フォースフィールド』を発動するあゆみが粘体のフラワシをスライム目がけて思い切り転がす。
「よし、ストライク! まとめてこっちに投げてQX! 一斉砲火よ!」
ごっそりスライムを巻き込んだあゆみのフラワシが目の前に転がると、並んで立つ葵がマジカルステッキを構えた。
「リリカルまじかる〜♪ ライトニングブラスト!」
威勢の良い声とともに『サンダーブラスト』が放たれると、まとまっていたスライムたちはあっという間に消し飛んでしまう。また次に現れたスライムに向かって、あゆみがサイコガンを構える。
「銀パトのレンズマンに恐れるものは何もなし、心配ご無用!」
「いっくよー、あたしの全力全開! 『シューティングスター☆彡』、フルバーストッ!!」
あゆみがサイコガンから撃ち出される熱の塊でスライムを怯ませると、葵が『禁じられた言葉』と『シューティングスター☆彡』で細かく潰し、飛び散るスライムたちを『氷術』で固める。二人の勢いが加わって一行の進度は増し始めた。
「魔法少女リリカルあおいと!」
「ピンク・レンズマンのあゆみがいれば!」
「どんな事件もすっかり解決!」
「銀河の平和もお任せあれ! クリア・エーテル!」
それぞれにすっかりなりきっている二人は、抜群の相性でポーズを決めた。セレン、セレアナ、悠希の三人は一体何が起こったのかと目を瞬かせる。現状に関わらず楽しそうに見えるのはなぜだろう。
「はい、皆さん!」
続いて三人の後ろから出てきたのはヒルデガルトだ。ぱんぱんと手を打ちながらスライムたちに話しかけている。
「自分達の属性同士、固まって下さいね」
魔獣使いのヒルデガルドがにこやかにそう言うと、近場にいるスライムたちが色ごとに集まっていく。それを見ていたセレンは似たようなゲームを連想していた。
「これはあのー、同じ色が四つ揃ったら消えるとか続けて消したら連鎖とかそういうのはないの? どうせならやりましょうよ、リアルぷよぷ――うわっと!」
セレンが遊び心のままに口を動かしていると、その先は言っちゃダメとでも言うようにスライムが粘液攻撃を飛ばしてきた。セレンは慌ててそれを避ける。
スライムたちをジャンル分けしたヒルデガルトは、そのまま振り返る。
「今です、エレンディラさん!」
「わかりました、えいっ!」
その瞬間を待っていたエレンディラが『サンダーブラスト』でスライムたちを片付ける。この四人の圧倒的なチームワークで、そこにいたはずのスライムはほとんどいなくなってしまった。今では廊下の床も確認できる。
唖然としている三人の前で、ヒルデガルトはプールへと繋がる扉を指した。
「さぁ進んでください。未来へと続く良い道です」
それに頷いたセレンを筆頭に、セレアナと悠希、それに葵ペアはプールを目指す。彼女らに続こうとしたあゆみを、ヒルデガルトがそっと止めた。
「あゆみさん。私たちの役目は、ここまでですよ」
「……そう」
ヒルデガルトの柔らかな表情に何かを読み取ったあゆみは、足を止めてプールへと向かう一行の背中を見つめた。
「みんな、クリア・エーテル」
#
明倫館の総奉行室。月夜と睡蓮は意識を取り戻し、唯斗から事態の成り行きを聞いている。
しかし未だ銀は睨みを効かせていた。
「総奉行。あなたが余裕だったのは、そういうことだからか」
「もちろんでありんす。まことの非常時には、真っ先にわっちが動きんす」
銀を含むその場にいた全員はどうやら事態を理解した様子で、誰に文句を言うわけでもなかった。ハイナはそれを確認すると、満足そうに座り直して足を組んだ。
「さ、話がわかったのなら、とっとと解決してくんなまし」
総奉行室にいる生徒たちは顔を見合わせた。
今回の件はいわば訓練で、生徒たちの安全にも配慮されている。となると、後は訓練を完遂するのみだ。
「そうだな。じゃあそのクイーンスライムとやらを叩きに行くか」
「ちょっと待って!」
素早く思考を切り替えた銀が総奉行室から出ようとすると、ミシェルが慌てて彼を止めた。
「なんだか様子がおかしいの!」
そう言ったミシェルが総奉行室から前の廊下を見ると、銀もそれに倣った。
ハイナに吹き飛ばされて睡眠に陥ったジガンに何かが群がっている。
「うふふふ、こんなところで寝ているなんて、まったく無防備ですこと……」
「な、なんだありゃ……」
銀は思わず立ち止まる。全裸の女性がピンクのスライムを体中に走らせて、ジガンの上に覆い被さっているのだ。彼女の周りにも大量のピンク色が集まっている。
「あいつは……つかさじゃないか……?」
そう唯斗が洩らすと、銀はハイナを振り返る。
「おい! あれはなんなんだ!」
「あのピンクのは、サキュバスライムといわすスライムでありんすぇ。奴の粘液は服を溶かし、肌に触れると人によってアダルトな気分になりんす。人の性欲をエネルギー源とするんでありんすが……」
首謀者であるハイナも、それを目の当たりにすると流石に驚きを隠せていなかった。そのスライムたちも他のスライム同様、総奉行室には近づかないようだ。なんでそんな卑猥なスライムまでいるんだと言いたくなるところだが、今の問題はそこではない。
総奉行室から様子を窺っていると、不意につかさがこちらに気付いた。
「あら、皆様。そんなところにおいででしたのねぇ」
彼女は嬉しそうににこりと笑むが、総奉行室にいる人たちは誰も笑顔を返さない。ピリピリとした空気でつかさを見ていた。あられもない姿をしているが、そんなことを気にしている場合ではない。
つかさの身体の各所を隠しながら移動しているスライムたちと協調しているように見える。後ろに従えているサキュバスライムも、つかさに敵意があるようには見えない。
彼女は敵なのか、味方なのか――。そんな疑問が銀たちに固唾を飲ませると、つかさは一歩総奉行室へ近づいた。
「あらあら、いけませんわ。皆様揃って衣服など着て。ありのままの姿は清々しいものですわよ? 肌と肌を擦り合わせて、私と悦びを分かち合いましょう!」
つかさは今すぐに飛び込んでおいでなさいなと言わんばかりに両手を広げる。
「どうやら、通してはくれないようだな……」
新たな障害に銀が臨戦態勢に入ると、ハイナも彼女を凝視せざるを得なかった。
「あ、あれだけは想定外でありんす……」
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