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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション

 その頃、ジェイコブのパートナーであるフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)は、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と共に前方車両から逃げてきた人々の手当を行っていた。
 噛まれたわけではなく、単純に負傷しただけの人々には氷ゾンビ化の気配はない。だが代わりに、ある種のパニック状態が訪れていた。
 フィリシアは、長く綺麗な薄茶の髪を揺らしながら、緑色の瞳に焦燥感をわずかばかり宿していた。
 彼女達がいる五両目には、まだ氷ゾンビの魔の手は訪れてはいない。
 だが――。
 ジェイコブを大物にしたいと願っている彼女は、四両目には既にゾンビが出たという情報を得ていたから、パートナーの安否を真剣に気にかけていた。
「ここでやられるような方ではありませんわ」
 一人そう呟いた彼女は、几帳面に、避難客の手当をしていく。
 同様にルカルカもまた、人々を手当てしながら前方の車両へと視線を向けている。
 パラミタ災害救助隊の異名を持つ彼女は、カナンの遺跡で入手した石像を空大の友人に届ける為、像を非物質化で現実空間から消して所持しSLの旅をしていた所、この騒動に巻き込まれてしまったのである。
「危険の気配がする。前から、何かくるわ」
 イナンナの加護でそう感じた彼女は、注意深く前の車両へと金色の瞳を向けながらも、救護活動に尽力していた。彼女のおかげで、出血がとまった者も多い。レスキューのプロといった風情の彼女の姿は、逃げてきた人々を安心させた。
「前方から何か来るのですね。そして、後方も騒がしいのですね」
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が、ルカルカにそう声をかけた。
「うん……――もしかすると、この車両が一番安全なのかも知れないんだよね」
 ルカルカの返答にテスラが大きく頷いた。
「では、無事な乗客をこの車両に集めるのはどうでしょうか」
 聴いていたフィリシアが、小首を傾げながら腕を組んだ。
「それなら被害も最小限に抑えられるかも知れませんわ」
 その声にテスラが微笑する。
「私に出来ること、それは唄うことです。ここで簡易ではありますが、リサイタルを開きたいと思うのですが」
 テスラのその声にフィリシアとルカルカが顔を見合わせた後、頷いたのだった。
そしてルカルカが言う。
「動ける人は後部に固まって、戦える人は戦えない人を庇っていて。他の車両にも音楽会の事と一緒に知らせてくるよ」


「ふむ、『石を肉に』では解除できないみたいですね」
 葉月 可憐(はづき・かれん)のその声に、パートナーのアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が頷いた。
「本当だねぇ」
 その返答に可憐が、バックの中の石化解除薬を取り出した。念には念を入れ、それを加工し、彼女は薄茶色の髪を揺らしながら、奥歯へと詰めた。アリスにもそれを渡す。
 可憐同様奥歯に詰めながら、アリスは首を傾げた。
 それは最終車両の手前での出来事である。
 この先は個室車両となっていて、二人の後ろではアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が眠るように石化していた。
 可憐とアリスは、それぞれ対処した後、意を決して後部車両の扉を開けた。
 とはいえ閑散としたこのSLで、埋まっている個室は一つだけであるらしい。
 だが念のため、二人とも石化解除薬を細工して奥歯に詰めたのだった。
 二人がそこへと向かうと、退屈を嘆いている一人の少女がいたのである。
「暇です、暇です」
アイラ・ハーヴィストのその声を聴き止めて、可憐が扉を開ける。
 油断しない心を強く持ちながら、可憐はアイラに尋ねた。
「何がそんなに暇なんですか?」
「っ――」
 驚嘆した様子のアイラの前で、可憐が隠し身を解除する。
 その姿を見て安心するように、アイラは続けた。
「ええ、そうね。とっても暇なの。だって帽子屋さんが相手をしてくれないんだもの」
 隠し身をしていた可憐達に驚きながら、アイラが応えた。その返答にアリスが腕を組む。
「……え。この子あからさまに怪しいけど、本当に接触するの? まぁ、いいけどぉ」
 アリスの小声を聴いてか聴かずか、可憐が静かに頷く。
「そうなんですか、帽子屋さんが」
 その正面でアイラが繰り返したのだった。
「そう。だって帽子屋が相手をしてくれないのですもの」
そんな言葉に、可憐がかわいらしい茶色の瞳を 静かに揺らした。
「暇なら、私達と一緒に遊びませんか?」
そうした声に、アイラは目を瞠ったのだった。