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リアクション
■其の弐
近藤勇理が楠都子と共に、紳撰組の屯所へと戻ったのは、もう日が落ちた頃合いだった。
手伝ってくれる者が多くなってきたとはいえ、まだまだこの組織は人手不足が著しい。
「さぁさぁ入隊希望者大募集中の紳撰組やで。どや格好いいやろ」
日下部 社(くさかべ・やしろ)の仰々しく明るい声音が、屯所の正面で響き渡っている。
彼は早々に入隊してくれた一人で、今宵も勧誘活動に精を出しているのだった。社は、二人の帰還に目をとめる。黒い瞳に、夜空の星明かりが写り込んでいるようだった。
「局長、扶桑守護職との話し合いはどうだったん?」
朗らかな彼の言葉に、勇理が足を止める。未だ『局長』と呼ばれる事になれていない様子の勇理は、振り返るまでに一拍間をおいてから、ゆっくりと視線を向けた。社の薄い茶色をしたベリーショートの髪を見上げながら、勇理は嘆息した。言葉を探しているらしい。
「聴いて下さいよ、扶桑守護職預かりになっちゃいましたよ、紳撰組!」
代わりに隣で、嬉しそうに都子が声を上げた。
「良かったやないか」
それを聴いた社の嬉しそうな声と、洒落た風に着崩した紳撰組の制服を見据え、勇理もまた微笑した。社は普段、846プロダクションという芸能プロの社長兼プロデューサーをしている。だが今では紳撰組になくてはならない、広報勧誘を担当する人材でもある。実は紳撰組の隊士だったのである。彼の良い意味で馬鹿げた明るい饒舌に、惹かれて入隊を決める者も多かった。
「隊士の集まり具合はどうだ?」
昼よりも賑々しい様子になった屯所へと顔を向けながら、勇理が静かに尋ねた。
「今日は――」
社が応えようとしたところへ、丁度良く一人、歩み寄る者がいた。
「紳撰組ですか」
響いたきまぐれそうな声音に、勇理と都子、そして社が顔を上げる。
するとそこには、仮面で顔を隠しマントで体を覆っている、青年の姿があった。海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)である。
「そや。どや、仮面の兄ちゃんも入隊してみぃや」
勝手にアダ名をつける癖のある社の声に、海豹仮面は、思案するように屯所を眺めた。
――この組織に入って手柄を立てまくれば、扶桑の都で有名人に慣れそうですな。そうして有名人になれば、海豹村の宣伝がしやすいってもんですな。
内心そんな事を考えていた海豹仮面は、おずおずと首を縦に振った。彼は実の所、海豹村の若き村長なのである。現在は、海豹村の人口を増やす為に、その名を広めるべく、旅をしている最中なのだ。
「ほんまか、良かったわ。な、局長」
社がパァっと顔に笑みを浮かべた時、勇理は海豹仮面の仮面を興味深そうに見据えたまま、ただ呆然とするように頷いたのだった。確かに目を惹かずにはいられない装いである。
そんな時、そこへ、また一人歩み寄る者があった。
「紳撰組の話を聴いたんですが……?」
近づいてきたのは長原 淳二(ながはら・じゅんじ)だった。艶やかな黒髪の下、格好良い顔立ちをした淳二は、海豹仮面の銀髪からつま先までをも一瞥した後、勇理や都子の制服姿を確認してから、場所を間違っているわけではないよなと確認した。
「おぅおぅここがその紳撰組の屯所やで」
関東育ちの社が似非関西弁で応えると、安堵するように淳二はやさしそうな顔で微笑んだ。
「興味があって来たんですが――どんな事をしているんだ……?」
まさか仮装集団ではないだろうなと、マホロバでは珍しい洋装の制服や仮面姿の青年を一瞥しながら、淳二が首を傾げる。
「一口に言えば、治安維持や」
単純明快な社のその声に、正義感の強さが滲む青い瞳を、淳二がスッと細めた。
「一見しても、この扶桑の都は荒れているようだからな」
「そうや、どや、にぃさんも入隊してみるっていうのは?」
社がそう声をかけると、淳二が真摯な表情で頷いた。
「すごい意匠だな」
勇理が彼の入団を喜びつつ、淳二が身につけているアクセサリーの数々に目をとめる。
「本当。綺麗」
都子もしげしげと覗き込んだ。淳二の趣味は、アクセサリー造りだったから、当然なのかも知れない。その凝ったデザインに、勇理と都子はどちらともなく見惚れたようだった。
「話しが聞こえたのだが、確かに治安維持は重要であろうな」
そこへ新たな声がかかった。一同が顔を上げると、そこには草薙 武尊(くさなぎ・たける)が立っていた。
「外部からの、ボランティアのような協力者では駄目なのであろうか。我も協力を申し出たいのだが」
――今回は。
そうは続けずに、武尊は理知的な眼差しを局長へと向けた。正面から視線を受け取った勇理は、わずかばかり首を捻った後、静かに口を開く。
「構わない。内にいようが外にいようが、扶桑の都を思う気持ちが重要だと私は思う」
言いながら、自分とて未だ深くマホロバを知るわけではないと、勇理は考えた。あの時都子に勧められなかったならば、この道に進む事はなかったかも知れないと、今でも勇理は考えている。――確かに、昔から侍になる事を夢見ていたとはいえ。
「そうや、それが一番大切な事や」
社のそんな声と頷く気配に、武尊はオールバックにした黒い髪に手を添えながら、静かに頷いたのだった。彼の信念は、諍いは武人のみで良い、というものである。それ故に、未だ完全に紳撰組に入隊する、という考えではなかった。ただ、荒れる扶桑を思う気持ちが、彼の中にもあり、膨らんでいたのである。
「ささ、みんな局長達と中へ入り。俺はもうちょい勧誘してから行くわ」
社の言葉に、一同は頷いたのだった。
屯所の中へと入ると、勇理達が不在の間に入隊した、土方 伊織(ひじかた・いおり)とサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)、そしてサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)の姿があった。
都子が海豹仮面達を先導して屯所内を案内していくのを後目に、勇理が足を止める。
「ほほう、てれびで見た様な風景と組織がパラミタに有るとわのう。世界は広いものじゃ」
サティナの声が、廊下に響く。その腕を、伊織がひいた。勇理の姿に気づいたからである。
「はわわ、局長さんですよね?」
黒いポニーテールを揺らした童顔の少女の姿に、勇理は僅かに屈んで視線を合わせた。伊織の純情そうな黒い瞳の正面で、勇理は頷く。
「そうだ――一応だけど。これでも紳撰組の局長、近藤勇理と言う」
「一応?」
素直さが滲む黒い瞳が、美少女である伊織の表情の中で、静かに揺れる。
「新撰組の局長だった、近藤勇という高名な侍と、名前が似ていたから、局長に任命されたんだ。私もその生き方を尊敬している。ただ任命された理由が理由だからな……」
「はわわ、新撰組なのです? いえ、ここは『紳撰組』なのです。それに僕も苗字が土方だったので、親近感がわくのですよ」
伊織の優しいその声に、勇理が顔を上げた。すると純粋さを滲ませながら、本心から言っているという様子で、伊織が麗しい瞳を煌めかせ頷く。
「でも、扶桑の都の治安維持を任されてるのですから責任重大なのです。僕もイナテミスのウィール支城を任されてたですから、事の重大さは分かっているつもりなのです」
イナテミスとは精霊指定都市であり、元はザンスカールの領内にあった土地である。
――帝国さんが攻めてきた時すごくあせっちゃったですが……。
そんな事を思い出しながら、伊織は、ベディヴィエールの青い瞳と、サティナの緑色の瞳を交互に見据えた。
「紳撰組の隊員さんになって色々学んでみたいのですよ。ご指導よろしくなのですよ」
「こちらこそ宜しく頼むよ。私はまだまだ学ぶべき事ばかりだから」
勇理が応えた時、サティナが首を傾げた。
「む? 新撰組ではない?」
「ああ。紳士の紳で、紳撰組だ」
「紳撰組じゃと? たかが一文字違いではないか、大差なぞ無いのじゃ」
サティナの言葉に、勇理が微苦笑する。世の中そんなものなのかもしれないと、彼女達と話していると、気が晴れてくるように思ったのだった。今宵もさらなる重責を仰せつかった帰りだったからか、思わず頬がゆるむ。
「紳撰組ですか。治安維持を目的としているのですし、民衆を味方につけられるような、誇り高き組織になっていただけると良いのですが」
ベディヴィエールが銀糸のような髪を指で撫でながらそう口にすると、勇理が静かに頷いた。
「努力しよう」
応えてから勇理は一礼して、廊下を進み始めた。
そうして暫く、暗い通路を一人歩いた。
すると前方から、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)とヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が走ってくる。
「勇理」
局長の姿を見て取り、正悟が足を止めて、声をかけた。まだ黒い髪が揺れている彼の冷静な声音に、何事だろうかと勇理は身構える。何せ正悟は、壱番隊の組長である。
「何かあったのか?」
初期から手伝ってくれている、信頼の置ける二人の姿に、率直に局長として勇理は尋ねた。
「辻斬りが出たみたいだよ」
正悟の青い瞳を一瞥してから、意を決したようにヘイズが応えた。普段は優しさが滲むヘイズの薄茶色の瞳が、真剣なものへと代わっている。その女性受けの良い麗しい外見が、 今はある種の迫力を持っていた。
それは正悟も同様で、その表情には、半ば冷徹とも言える色がのぞいている。
「俺とヘイズが先に出てくる」
「頼む」
勇理が頷くと、正悟が走り出した。ヘイズもその後を追いかけていく。
今見回りに出ているのは誰と誰だったか、救護班に連絡をしなければ、そもそもどの程度の規模なのか。走っていく二人を見守りながら、勇理は瞬時に、現状把握に努めようとした。そこへ続いて、棗 絃弥(なつめ・げんや)と罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が現れる。
二人を見て、勇理は僅かに表情へ安堵の色を浮かべた。
フォリスは、過去の苦い経験から暴走しがちな若者を諭すブレーキ役になる事が多い。その発言の多くに、勇理はこれまでに何度も助けられた。元々は、最も優れた騎士と名高い、アーサー王伝説にゆかりを持つ野蛮なるベイリンの英霊だった魔鎧であるだけあって、フォリスの言葉には重みがあるのである。
「状況は?」
無論それだけが理由ではなく、重力に逆らいツンツンとした黒髪の、絃弥の姿が見えた事も大きい。彼は元々、入隊後撃剣師範として隊士の錬度を上げてくれていたのであるが、それが高じて、今では『鬼の副長』と呼ばれるようになった強者である。普段厳しい絃弥であるが、その分、勇理の信頼も厚いのだ。勇理の問いに、大胆そうなつり目の奧で、赤い瞳を輝かせながら、絃弥は嘆息した。
「辻斬りが、複数出てるみたいだぜ、近藤さん。俺たちも行ってくる」
片手に持った刀で肩を何度か気怠げに叩いて笑って見せた彼は、それから顔を引き締めるとフォリスを一瞥した。頷くように、魔鎧が軋む。
絃弥達も出て行くという事は、相当被害が大きいのだろうと、勇理が僅かに目を細めた。
その隣を、二人は通り過ぎて進んでいく。
――自分も行くべきか。
勇理がその問いを向ける前に、副長達の姿は、更けてきた夜の濃い闇の中へと消えていく。
ただ足音と虫の声が響いてくる中、勇理は星空を見上げて、扶桑の都の安寧を願った。
「被害が少ないと良いな……」
呟いた局長の声を聴く者は誰もいない。
その頃扶桑の都の名所、犬ガ辻の傍では、銃声が響き渡っていた。
「どうしてマホロバ観光に来たのにこんな事になるのよ」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、薄茶色のツインテールを揺らしながら、急に襲いかかってきた辻斬りに対して、アサルトカービンの引き金を引いた。
「服装が問題だったのかしら」
パートナーの問いに、冷静な声でセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が応えた。
二人はロングコートの下に、それぞれ春とはいえ、未だ寒さの残る夜には不似合いな出で立ちをしている。セレンフィリティは、メタリックブルーのトライアングルビキニのみを着用していて、セレアナはホルターネックタイプの銀色をしたメタリックレオタードを着こなしているのである。双方ともに似合っているため、見る者に不快感を与える事はない。 その妖艶なくびれに片手を宛がい、セレンフィリティが唇を尖らせた。
「良いじゃない、この格好」
普段から陽気で明るく大胆な調子の彼女のその声に、セレアナが嘆息する。
「それよりも観光中に事を起こすというのも問題だわ、どうしましょう」
セレアナが波がかった短い黒髪を揺らしながら呟いた時、そこへ、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)とヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が到着した。
「大丈夫ですか?」
元来女性に優しいヘイズが尋ねると、驚いてセレンフィリティとセレアナが顔を向けた。正悟が辻斬りと、彼女達の間へと身を割り込ませる。
「来たか。今宵もお勤めご苦労だな壬生浪士。いやこの場合は扶桑浪士か。どっちでもいい。別に恨みも何もねぇが、殺しあおうぜ?」
辻斬りは、粗暴さののぞく獰猛そうな黒い瞳を輝かせて、駆けつけてきた正悟とヘイズの装束を見据えた。
「私達も手伝うよ」
セレンフィリティの申し出に、ヘイズが驚いて息を飲んだ。
「でも、危ないよ」
「それは貴方達も一緒でしょう」
セレアナが言うと、正悟も慌てて振り返った。すぐに顔を辻斬りへと戻しながら、首を振る。
「俺達は、紳撰組だ」
「新撰組?」
首を傾げたセレンフィリティに対して、ヘイズが子細を説明する。
「それが俺の狙いだ。てめぇらをぶちのめして、芹沢鴨を引っ張り出す事がな」
辻斬りが喉で笑った。
その大胆な発言が辺りに谺した時、棗 絃弥(なつめ・げんや)と罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)達もまた現場へと到着する。
――だが。
「辻斬りよ、逝けぇ、逝くのじゃ、死ぬのじゃ」
そこへ嬉々とした獰猛な声がかかり、三つ編みのお下げをした少女が割り込んでくる。月の色を宿すように、眼鏡が輝いていた。闘う事が心底好きそうな様子で、一同が呆然とした瞬間、紳撰組も辻斬りも問わずに、乱入者が両手に携えた妖刀金色夜叉が煌めく。
慌てて待避した正悟とヘイズ、そしてセレンフィリティを庇うように腕を出したセレアナ達に、駆けつけた絃弥が、厳しい声を上げた。
「一般人がいるんじゃ分が悪い、一端退くぞ――っ」
半ば叫ぶように告げた絃弥に対し、乱入者の刀が及びそうになる。
「危ない!」
その時セレンフィリティが、『敵』らしき相手の足下を狙って、引き金を引いた。
それに乗じて、絃弥が一歩後ろへ飛ぶ。
フォリスが逆に前へと出た時には、しかして辻斬りが逃走しながら笑って叫んだのだった。
「なんだかよく分からんが、今日は見逃してやる」
すると追いかけるように乱入者も走り去っていった。
「助かった。腕が立つんだな」
素直に絃弥がそう呟いた時、セレンフィリティとセレアナを驚いたように、正悟達も見据えた。そこへヘイズが提案する。
「――とりあえず、未だ危険だから、一度紳撰組の屯所に来てもらったらどうかな。ええと――」
「セレンフィリティ・シャーレットよ。こっちはセレアナ」
こうして彼女達は、紳撰組の屯所へと向かう事になったのだった。
一同が屯所へと戻ると、救護班に加わった影月 銀(かげつき・しろがね)とミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)が顔を出した。
「大丈夫?」
ミシェルが可愛らしい黒い瞳を、帰ってきた壱番隊組長や副長達へと向ける。セミロングの黒い髪の下、普段は優しげな瞳が、心底心配するように揺れていた。
そんな姿を一瞥しながら、銀は思わず溜息をつきながら、ソーイングセットを握る。
彼女達の事の発端は、本日の昼の事だった。
「近頃、扶桑に『紳撰組』という治安維持組織ができたそうだ」
なんとはなしに、道すがら日中、銀はミシェルにそう話題を振ったのである。
――確かにここの所、扶桑の都の治安は悪い。
彼は銀色の髪と瞳を揺らしながら、漠然と考えて太陽を仰いだ。それからパートナーを一瞥すると、その黒い瞳が、情に厚い性格をのぞかせていたのだ。
「治安維持組織?」
「ああ。まだ出来たばかりらしいけど」
「できたばっかりってことは人手が足りなくて困ってるはずだよね?」
「それはそうだろうな」
「お手伝いしに行こうよ」
つらつらと返事をしていた銀は、その言葉に、思わず息を飲んだ。
「手伝うって事は、戦うって事になるんじゃ――」
「戦うのはあんまり得意じゃないから、救護班としてお手伝いするんだよ」
銀は思った。
――話したのが間違いだった。こいつは『人の役に立つこと』をするためなら、どこへでも飛んで行ってしまうからな……。
しかし、後悔しても既に遅く、決意するように、ミシェルは一人頷いている。
「『治安維持組織』ってことは、戦ったりもするから、ケガしちゃう人もいるよね。みんなが安全に暮らせるように私も精一杯頑張るよ!」
こうして二人は、紳撰組の屯所を訪れる事になったのである。
「良かったみんな無事で。ね? 銀。――銀?」
ミシェルのその声で、銀が我に返る。
――ミシェルから離れるわけにもいかない。
そんな思いでついてきた銀は、慌てて頷いて見せた。
とはいえ、内心は未だに複雑だった。
――俺も救護班として協力するが、医療関係の知識も、治療に役立つスキルもない。本格的な治療の手伝いはできない。
「あれ? そのソーイングセットは何?」
そこへ顔を出した楠都子が、目を瞠って首を傾げた。視線は、銀が手にするソーイングセットに向けられている。
「ソーイングセット?」
何の話しだろうかと、一同の顔を見に来た近藤勇理もまた視線を向ける。
「え、いや、縫おうと思ってだな」
「何をです?」
少し離れた場所で聴いていた、土方 伊織(ひじかた・いおり)が声をかけた。
「とりあえず、ホットビューティなねぇさんとクールビューティなねぇさんも、入隊すれば良いんとちゃう?」
あ まりよく話を聴いていなかったそぶりで、日下部 社(くさかべ・やしろ)が話を変えた。
「えっと」
こうして、巻き込まれる形で、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もまた、紳撰組へと入隊する事になったのだった。
帰ってきた皆から話を聴いた芹沢 鴨(せりざわ・かも)は、欠けた鉄扇を、音を立てて閉じた。
――バチン。
周囲の闇夜にそんな音が谺する。
「紳撰組狙いたぁ、きな臭くなってきやがったな」
その声に七枷 陣(ななかせ・じん)が顔を上げる。彼と芹沢は、仲間のようなライバルのような不思議な関係を以前から築いていた。
そもそも――鴨さん達の手伝いとして扶桑へ行くか、と考えて、彼は仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と共にこの地を訪れたのである。陣と磁楠は、黒と白という多少的な髪の色をしている。
「確かに紳撰組、ひいては鴨狙いであろうな」
磁楠が応える。すると陣が静かに頷いた。
「オレも、不逞浪士を取り締まる手伝いをすんで――まぁ紳士的な態度とかには正直縁は無いけど」
そう口にしながら、陣は既に幾人かの警戒対象を念頭に置いていた。
「荒事の場数は結構踏んでるからな。不逞浪士共をシメるんなら任せろや」
知己である芹沢に対し、陣はそう告げた。彼は、情に厚い性格をしているのである。
「有難ぇことだ」
再び鉄扇を開きながら、芹沢が喉で笑う。
その微笑とは対照的に、辻斬りの話しを耳にしたスウェル・アルト(すうぇる・あると)は不安そうな顔をしていた。彼女はショートの白い髪を揺らしながら、繊細そうな眼差しを陣達や芹沢へと向けている。
――どうすれば、手に入るのか。
彼女はそんな事を考えていた。スウェルの表情に気づいて、芹沢が声をかける。
「怖くなったか?」
「……そうじゃないの」
スウェルは静かに目を伏せる。
――ずっと考えて、いた。貞継が―――友達が、安心して笑っていられる、世の中はどうすれば、手に入るのか。
「そうかい。――入隊するくらいだから、何か理由もあるんだろうな。理由は?」
芹沢の問いに、スウェルが静かに双眸を開く。
「友達が、安心して、笑って、猫と遊べる世の中を、作りたいから」
真摯に真っ直ぐと見つめられ、芹沢が何度か頷く。
スウェルは性別を理由に断られなかった事に安堵していた。
――守るつもりで、守られていたのは、自分達の方で。友達が、守りたいと、願ったものは、マホロバの人達。
少しでも気を緩めれば、そんな強い想いが溢れ出してくる。
――強さって何か、私はまだ、分からないけれど。守りたいものを、守れる強さが欲しい。
美しい赤い目をした彼女は、前マホロバ将軍、鬼城貞継の友人なのである。
「スウェル……」
ついてこないで欲しいと言われたにもかかわらず、困った時にだけ手を貸すと、約束して共に入隊したヴィオラ・コード(びおら・こーど)が、心情を汲むように声を上げる。彼の銀色の髪と目が静かに揺れた。
――いつも何をするにもスウェルと一緒に行った。
そんな記憶が、彼の胸中でよみがえる。
――いつもその時は断られたりなんてしなかった。でも今回初めて『ついて来ないで』と言われた……。
勿論スウェルにも、それなりの理由はあった。だが、それを彼は知らない。
彼女が、『守られている内は、何も、変わらないから』だから、ついて来ないで欲しいと願った事を、ヴィオラは知らないのだ。
だから彼は考える。
――でも俺は守りたいんだ、と。
かける言葉を同時に思案しながら、ヴィオラは思った。
――だから嫌われても良……くはないけれど、ついて行くよ。喧嘩になったとしてもスウェルに何かあるより、ずっと良いから。
「あちきが思うに大丈夫だよ」
そこへ、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、陽気そうに言葉をかけた。ともすれば脳天気にも聞こえる、朗らかな声音である。
茶色いポニーテールが静かに揺れている。彼女は、地球は日本、首都東京は八王子にある高尾山に隠る事35分で開眼した、天震嵐磨(てんしんらんま)流剣術の創始者である。某私鉄で、新宿から八王子へと向かう途中、北野で乗り換えたその奧先に、その霊山は聳え立っている。
「何が大丈夫なのかしら。遊郭通いも大概にするべきだわ。参番隊の組長なんだから。そもそも何をしに遊郭に行っているのかしら」
厳しいミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)の声に、レティシアが視線を逸らす。
「えっ? あちきも女だけどいいじゃない……ねぇ。たまには」
組長職――副長助勤兼撃剣師範であるレティシアを見据え、ミスティが腕を組んだ。緑色の髪の下、黒い瞳が揺れている。彼女は、勘定方の担当だ。
「節制してほしいの。節制」
「まぁまぁ」
芹沢が苦笑しながら、猪口に指を伸ばす。
「それも無駄ですわ」
「厳しいねぇ」
ミスティに、喉で笑って芹沢が返した。
そうして夜が更けていく中、今日入隊して、今見廻りに出ているという、新しい隊士の名を、近藤勇理は、日下部 社(くさかべ・やしろ)から聴いていた。
斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)と大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)、そして東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)というらしい。
「そうか新撰組の英霊の……!」
中でも、鍬次郎は、元新撰組諸士調役兼監察の英霊である。
感嘆したような勇理の声が、夜の闇へと熔けていった。
局長は知らないのだ。
大石 鍬次郎の異名が、『人斬り鍬次郎』であった事を。
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