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リアクション
■其の四
その頃、新撰組の屯所に残っていた楠都子は橘 舞(たちばな・まい)と金 仙姫(きむ・そに)、そしてブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)とお茶を飲んでいた。
「楠小十郎は近藤勇の命令で暗殺されてるのよね?」
ブリジットが、金色の巻き毛を傾けながら、率直に尋ねた。
――裏があるわね。だけど私の灰色の脳細胞の敵じゃないわ。
「ちょっと、ブリジット」
カエルをかたどったパイを口へと運んでから、舞が諫めた。これは、ヴァイシャリーの裕福な商家の一人娘であるブリジットの生家の商品だ。――美味しいカエルがパイになりました(カエル肉粉末エキス配合)という謳い文句で、ヴァイシャリーの豊かな水と自然が育んだ銘菓である。正式名称は『ケロッPカエルパイ』といい、パウエル商会の主力商品でもある。厳選された素材へのこだわりと、伝統の技術でひとつひとつ丹念に作られた気品に満ちた味わいの焼き菓子だ。
「止めないで、舞。都子が勇理に言った一言で、私には十分よ。あのような悲劇、という一言でね。謎は全て解けた」
「謎?」
都子が豊満な胸元に宛がっていた繊細な手を、カエルパイへと伸ばしながら曖昧な笑みを浮かべたまま首を傾げた。
「普通に考えれば悲劇とは幕府体制の崩壊、でもそれはおかしい……あのようなと言う以上、小十郎が直接経験した過去のはず。でも、楠小十郎の没年は1863年、徳川幕府崩壊は1867年……どういうことかしらね?」
「私は葦原――そしてこのマホロバへやってきて長いし、没後の話しも色々聴いたの」
「なるほど、一理あるな」
仙姫が揶揄するように、双方に頷いた。するとブリジットが、自信を持って続ける。
「ところで、小十郎ってイケメンで同性にもモテたんでしょ。女性になった今は恋愛対象とかどうなのかなって。最後に、勇理って男みたいだけど女よね?」
「まぁ、すごい。よく分かりましたね」
「つまり、小十郎は近藤が慕情を抱いていたけど誤解で殺されてしまった。それをやり直したい。違うかしら?」
「正解は、勇理の性べ――」
都子が続けようとした時、仙姫が吹き出した。
「まさかのGL展開とはな……んな訳あるか!」
「そ、そういう嗜好なら、応援いたしますわ」
舞が頬へと手を添えた。それを見て取り、仙姫が思案する。
――舞は相変わらず天然じゃが、アホブリのヤツがまた妙なことを……。わらわも英霊じゃしな。気にならぬといえば嘘になるが……確かに何か事情はありそうじゃがな。都子を動揺させて反応を見ようとしておるのか……。いや、アホブリはアホブリじゃしな、考え無しに適当に言っておるに違いないわ。
「申し訳ないですけど、私、新撰組っていいイメージ無いんですよね。人斬り集団とか壬生狼とか呼ばれて恐れられていた人たちですし。いえ、悪い人たちじゃないのは分かりますけどね」
仙姫が考えていると、舞がお茶を片手に告げた。彼女の脳裏には、『推理研』の協力者で面識があり刑事であるマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)と、そのパートナーであり新撰組の局長である近藤 勇(こんどう・いさみ)の姿が浮かんでいる。その人柄の良さは、舞もよく知るところだった。
「ブリジットも、人を疑うのはよくないと思いますよ。楠さんのことですけど……この方は京都出身ということですし、本当に長州藩のスパイだったのかはよくわかっていないそうです」
楠小次郎が、長州藩の桂小五郎のスパイだったという説に触れながら、舞が続ける。
「殺害されたことは間違いないそうですけど、近藤さんが暗殺を命令したわけではなく、ただ弁明しようとしたところを怒った原田さんに斬られたという説もあるんです。実は現在知られている新撰組の逸話の多くは、後に小説家が考えた創作です。でも、知れた逸話が逸話ですから、色々言う人もいるでしょうし、その事で勇理さんとの仲が悪くなったりしたら悲しすぎます」
「良い印象がない割に、詳しいですね。ただ一つ言うならば、勇理の性別は黙秘して下さい。これは秘密なんです」
都子が笑み混じりの吐息をしながら、頬を持ち上げた。その表情は、とても優しい。
「分かりました……ですが、そこで誤解やあらぬ噂を打ち消すためにも――ここは直接都子さんに尋ねるのが一番早くて確実だと思います。実の所どうなのですか?」
「それが私にも分からないんです。――英霊になると、生前の記憶が曖昧になる事があるようで……」
困ったように笑って見せた都子は、カエルパイを堪能すると、立ち上がった。
「ただ今は、扶桑の為に、出来る事をしたいと……そう思っているのかも知れません。嗚呼、そろそろ見廻りの時間だから、勇理の様子見を兼ねて外に出てきますね」
暫しのお茶の時間を楽しんだ都子は、ぶらぶらと街に出た。
生前の和装とは異なる、黒光りのする洋装、けれど変わらぬ『誠』の一文字に、複雑な胸中になる。――何故、生前の自分は裏切りを成したと言われるのだろう。
彼女の胸の奥に、深く募る疑問。
それは、裏切りだったのか。自分は、何を考えていたのか。
「難しいなぁ」
「困りますよ楠君、貴方の役目は紳撰組への内偵であって、熱心に活動することではない筈ですが」
その時、都子に声をかけるものがあった。久坂 玄瑞(くさか・げんずい)である。
「桂君は、英霊としてナラカからパラミタへ至るまで、あと五年四二日ほど日数を要しますから。同じ松下村塾の好として私が代わりに君の様子を見に来たというわけです」
「私は、別に――」
「くれぐれも紳撰組に深入りしすぎないように」
彼女が、桂小五郎のスパイであると考えている玄瑞は、それだけ忠告すると踵を返した。
「……深入り」
一人呟いた彼女の横を、その時、顔に傷痕がある若者が通り過ぎていった。青い髪と瞳が、最近の扶桑の都で流行の服に、よく似合っている。
「隊の制服を纏う資格、か。私にはそれがあるのかな」
都子は長い睫毛の影を落としながら、そう口にして、先へ先へと進んでいく。
――すると、そこへ。
「なんだ、楠じゃねぇか」
大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が声をかけた。傍らには、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)と東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)を伴っている。
鍬次郎は、一つに縛った長い黒髪を揺らしながら、都子を手招きした。
「向こうの路地に、不逞浪士がいやがった」
真剣な彼の赤い瞳に、都子が息を飲む。
彼らに促される形で、都子は路地へと足を運ぶ。だが突き当たりは壁になっており、特に人影もない。
「どこにいるんですか?」
都子が振り返ると、残忍に見える表情で鍬次郎が口角をつり上げた。
「俺はよォ、新撰組を影から……『人斬り』として支えてきたんだよォ。その中で……裏切り者はどれだけ居たことか。俺自身、最期は裏切り者のせいで死んだようなもんだし……な。……だから、裏切り者は許さねぇ。俺が斬った伊東も藤堂も……そして、長州の狗だった楠小十郎……てめぇもだ」
その言葉に瞠目した都子に対し、鍬次郎が続ける。
「今の貴様がどうこうじゃねぇ。……一度でも裏切れば、そいつは俺の中じゃ、仲間じゃなく『敵』だ。……新撰組として、『粛清』させてもらうぜ?」
パートナーのその声を耳にしながら、ハツネは赤い瞳を虚ろに瞬かせ、笑っている。
「鍬次郎が……貴女は裏切り者だから、壊すんだって。……ハツネは壊せれば何でもいいけど、楽しみなの」
ハツネは鍬次郎にとても懐いている、壊れた少女だ。
彼女は破壊衝動が強く、それに基づき人を『人形』に見立て壊す事を繰り返しているのである。シャギーがかった白い髪が春の風に揺れていた。
二人は都子を挟む形で立っている。視線を前後させた都子に対し、ハツネが有無を言わせぬ背後からの強襲で、強化した必殺の一撃を浴びせようとした。慌てたように都子が、身を地につき、攻撃を避ける。すると正面から、鍬次郎が、スキルである実力行使を活用し、武装した黒刀・無限刃安定と達人の剣で斬りつけてきた。白刃が、都子の色白の肩を裂く。
血飛沫が、路地の路を濡らした。
新兵衛は、光学迷彩で身を隠している様子である。
「痛っ……」
切り裂かれた肩を押さえながら、体を震わせて都子が立ち上がる。
――そこへ。
「大丈夫か?」
現れたのは、七枷 陣(ななかせ・じん)と仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)だった。その後ろには、土方 歳三(ひじかた・としぞう)と近藤勇理の姿も見える。
「初めからお前等の事は警戒しとったんや」
陣がそう告げると、磁楠が都子の体を支える。
「どうしてこんな……」
陣達から連絡を受け、歳三に先導される形で此処へと訪れた勇理は、これまで紳撰組に尽力してくれていたハツネや鍬次郎の行動に、虚を突かれた様子だった。
「甘えかも知れねえが一遍死んでるんだ、巻き添え出してまで今直ぐする事は無いだろうさ」
困惑する勇理の前で、歳三が一歩前へと進んだ。彼は、今にも炎を用いてハツネ達を排除しようとしている陣達と、未だ刀を構えたままの鍬次郎の間へとはいる。都子が、現在勇理の契約者である事を踏まえた彼は、命を取れば紳撰組の局長を巻き込む事になると考えていたのである。それを理由に、見逃すといってしまえば心苦しかったが、元新撰組内に自分と同じ様に狙う者がいれば、やはり放っておく事は心苦しく、諭したのだった。
するとハツネが、煙幕ファンデーションで煙幕を張った。
その上、光学迷彩とブラックコートの気配を殺す効果を用いて、鍬次郎共々逃走を試みる。鬼眼を発揮した彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。
「……これじゃ、褒めてもらえない……お姉ちゃん達なんて大嫌いっ!」
その声を最後に二人が逃げ始めるのを、陣と磁楠が覆うとする。だがその足下へ、銃弾が飛んできた。続いて、都子の首元を狙って放たれた銃弾が、その背後に穴を築く。
それは二人の退路を得る為に、新兵衛が放った銃弾だった。
遠巻きに彼らの姿を捉えながら、新兵衛は考える。
――……自分自身は…そんなに接近戦に向いてないことは……わかってる。……だから、お嬢の足手まといにならない様に……すぐには対処できない……少し離れた場所から……狙撃する……。
シャープシューターがあれば、外すことはないだろうと踏んでいた新兵衛だったが、都子の腕を勇理がひいた為、それは的を外れた。
だが。
――お嬢は……護る。
という彼の強い想いが、ハツネと鍬次郎の二人の撤退の道を切り開いたのだった。
「そいつの存在に感謝するんだな。ま、今生じゃああの時見てぇな事はしないでいるこったぜ」
勇理に腕をひかれたまま呆然としている都子に対し、安堵の息をつきながら、歳三が声をかけたのだった。
■其の伍
その夜、松風堅守の屋敷には。
「連日の相次ぐご来訪、大儀です」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)達を迎えた堅守が、酒を用意し、マホロバ幕府の陸軍奉行並を迎えたのだった。
「それで今宵は指名手配の件で参ったのだが」
形ばかり朱色の器を手に取った牙竜が口火を切り、パートナーの重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)を一瞥する。
「山大老暗殺事件の実行犯の1人、オルレアーヌ・ジゼル・オンズローが扶桑の都に入り込んでいるようです」
頷いて、リューライザーが続けた。
「いきなりの確保は難しいかと……そこで紳撰組の手で大々的に、この扶桑の都での指名手配をして欲しいのです。他に協力者がいれば、同じく指名手配をお願いしたいのです」
思案するように、堅守が顎へと手を添える。すると牙竜が後を引き取った。
「幕府の方には、根回しを使い、マホロバ全土に指名手配できるように致しましょう。幕府としても捕えたい側は多いですから、紳撰組の仕事としては最適かと思います。これを機に、扶桑見廻組が『扶桑の警備』を担い、紳撰組が『治安維持』を担うという分担も明確化できる」
「流石、陸軍奉行並様。一理ある」
堅守が頷くと、リュウライザーもまた、巨体の首を縦に振った。その光景を武神 雅(たけがみ・みやび)と龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、見守っている。
「国交が進んでいるジャンバラと協定を結んで国際指名手配を目指します。その時に、積極的にシャンバラの契約者を組み込んだ紳撰組と組織した松風家当主殿の名声は世に響くかと……」
「名声か――それは、武神殿や、契約者の皆様方のように、成すべき事を成し、この扶桑の都、ひいてはマホロバを誠に思われる方々の為にあるものでしょう。無論、私に出来る事であれば、尽力したい所存ですが」
喉で笑い、堅守は老獪な色の滲む瞳を瞬かせたのだった。
その頃、宵保野亭では、梅谷才太郎と、待ち合わせをしていた風祭 隼人(かざまつり・はやと)と風祭 天斗(かざまつり・てんと)が顔を合わせていた。
顔馴染みの女将が、席へと酒の肴を運んでくる。
それを見送ってから、梅谷が切り出した。
「それでどがな用じゃろうか」
すると隼人が、黒い瞳を揺らして応える。
「梅谷達が目指そうとしているマホロバの未来像……志を確認したいんだ」
「志――か。マホロバには、良くなって欲しいと思っておる」
その声に、隼人が頷いた。
「……権力者、例えば幕府にとって不穏分子だから処罰するってのは、俺は賛同したくない考え方だし、不逞浪士のレッテルを貼られている連中の中にも、真面目にマホロバの未来を憂い、優れた才覚を持つ有望な士が存在する可能性は十分にあると思う。だから、そのような志を見いだせたら、紳撰組や見廻組の取り締まりから逃れられるよう、陰ながらサポートしたいと思うんだ」
「なるばあな」
「もちろん私欲で世の中を都の人々の平穏な生活を乱そうとする悪党に対しては、助ける理由はない」
「私欲――自愛と他愛の境界線は難しいじゃのおし。人がためと口にしても、ほりゃあ自分のためにしちょる事もある」
「だから梅谷が見て、志があると思う者を紹介して欲しい」
「俺も私欲で動いちょるかもしれん」
「信じる」
隼人が強く断言すると、天斗が笑った。
「俺が求めるのは女性のみ。もちろん綺麗どころを見かけたら、口説くというのが礼儀なので、早速ナンパする。だから近藤勇理にも声をかけた。――……才太郎君とは気が合いそうだ」
「そうじゃのおし。あげないけど」
「ここは一つ、合コン仲間に」
「いい話じゃ」
「真面目に聞いてるんだ」
天斗と梅谷のやりとりに、隼人が目を細める。
「そういうことなら、明日寺崎屋で、健本岡三郎を紹介する」
猪口を片手に、静かに梅谷はそう告げて笑ったのだった。
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