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【十三 隠された企図】

 スパダイナ内の、ほぼ中層にあたる位置に、この中では比較的開けた空間がある。
 エージェント・ギブソンを筆頭とする三人のエージェントと、そしてようやく合流を果たした衡吾の計四人はここで、ひとつの巨大なアクセスモニター前に陣取っていた。
 本隊からいち早く抜け出し、自分達の目的を達成する為に、この場所へと足を急がせてきたのである。
 エージェント・ギブソンがアクセスモニターに向かって、タブレットキーを手早く打ち、何かの作業に没頭している。その内容が如何なるものであるのか、衡吾にはよく分からない。
 ただ、驚く程に集中した真剣そのもののエージェント・ギブソンの様子から、あまり宜しからぬことであろうとの察しはついていたのだが。
 しかし、物事には必ずといって良い程に、障害というものがついて回る。
 例えば今、ここに現れたコントラクター達が、その良い例である。
「やぁっぱり、こういう魂胆だったのね」
 セレアナを従えたセレンフィリティが、したり顔で胸を張る。仁王立ちになっているその姿が、妙にサマになっていた。
 更に、渚とベディヴィアを伴ったカイが、同じくエージェント達の後を追ってきた真人と共に、別方向からこの広間に飛び込んできた。
「さて、何をしようとしてたのか、教えてもらおうか」
「……どのみち、ばれるんです。悪いことは、やめておいた方が良いですよ」
 カイと真人が立て続けに、事実上の降伏勧告を出してみたものの、エージェント・ギブソンは応じる気配を見せず、むしろ肩を小さく揺すって笑っている様子だった。
「ほ〜ぅ? こらまた、エラい自信やなぁ。けど、多勢に無勢っちゅうことば、知ってるか?」
 今度は泰輔とフランツが、全く別の角度から姿を現した。これでもうほとんど、エージェント達を包囲したようなものである。
 エージェント・ギブソンはゆっくりと顔を上げて、周囲に散開するコントラクター達をひとりずつ眺める所作を見せた。
「これはこれは、皆様方、御揃いで」
「随分余裕かましてくれちゃってるけど、自分達の置かれてる立場、分かってる?」
 セレンフィリティの挑発に対し、しかしエージェント・ギブソンは全く気分を害した様子も見せず、にこやかに応対し始めた。
「お陰様で、わたくしどもの作業はもうほとんど、完了しておりましてね。これも皆様方が、あの忌々しいオブジェクティブどもを抑えててくださったお陰です」
 この台詞は流石に、コントラクター達を若干慌てさせた。
 エージェント達の本当の目的が何なのか、まだ分かっていないのである。にも関わらず、ここで作業が完了してしまえば、真相を吐かせるチャンスが失われてしまうだろう。
 ところが意外にも、エージェント・ギブソンが自ら、話を先に進めてきた。
「実は今回、我々が目的としていたものはふたつ。ひとつは、スパダイナ内に収められていた脳波データを回収すること。そしてもうひとつは、スパダイナをシャットダウンさせ、オブジェクティブどもを消し去ること。実に単純です」
 矢張り、と誰かが呟いた。どうせそういうことではないかと、ほとんど全てのコントラクター達が怪しいと踏んでいた内容そのままだったのである。

「シャットダウンはまだ良いとしても……脳波データを、どうするつもりなんだ?」
 カイのこの問いこそが、最も重要である。エージェント・ギブソンは、やれやれと小さく肩を竦めた。
「世の中には色々物好きな方々がいらっしゃいましてね。この脳波データを高く買い取ると申し出てくれたお客様がいらっしゃるのです」
「ちょっと、何勝手なこといってんのよ! それ、もともとはあたし達の脳波じゃないの!」
 セレンフィリティが苛々した調子で叫んだ。正論である。他人の脳波で勝手に商売するなど、図々しいにも程があろう。
 だが、金になるのであればエンドユーザーのデータですら、売り物にする。それが、マーヴェラス・デベロップメント社の姿勢というものなのであろう。
 そして既に、脳波データはアクセスモニターに繋いだ携行型HDD内にコピー済みである。あとはもう、スパダイナをシャットダウンするだけ、というところまで段取りが進んでいた。
 エージェント・ギブソンは口元をにやりと歪め、最後の仕上げ、即ちシステム・シャットダウン命令をスパダイナにコマンド送信した。
 巨大円柱型マシンビルディングは、瞬間的に機能を停止し、ただのオブジェへと変貌を遂げた。電源は全て落とされ、それまで響いていたモーター音などはことごとく消失した。
 その直後、エージェント・ギブソンの表情が驚愕に一変した。
「な、何!?」
 アクセスモニターに繋いでいた携行型HDDが突然火を噴き、ほとんど瞬間的に破裂してしまったのだ。
 エージェント・ギブソンのみならず、ホフマン、ローデスの両名も、この事態を呆然と眺めている。
 だが更に、別の恐怖が一同に襲いかかって来た。
「な、何や何やぁ!? ありゃ一体、何じゃあ!?」
 泰輔が、突如現れた巨影を指差して、驚きの叫びを上げた。その声に釣られてエージェント達も頭上を振り仰ぐ。しかし、その動作を完了出来たのはエージェント・ギブソンだけであった。
 エージェント・ホフマンとエージェント・ローデスの両名は、巨影が伸ばした掌に頭部をむんずと掴まれたかと思うと、次の瞬間には血飛沫が周辺を紅く染めていた。

「ス、スカルバンカー!」
 エージェント・ギブソンが、震える声で叫んだ。
 その間も巨影、即ちスカルバンカーは、引きちぎったふたつの人間の頭部を、自身の両肩から伸びる角の一本に、立て続けに串刺しにしているではないか。
 恐るべき光景を、コントラクター達はただただ、声を失って眺めているしかなかった。
 一体、何が起きたのか。どういういきさつで、このスカルバンカーなる巨影が、突然彼らの目の前に姿を現したのか。
 理解出来る者は、ひとりとして居なかった。
 そこに、ドクター・バベルが息せき切って走り込んでくるまでは。
「あぁー! 馬鹿が、やってしまったのか!」
 ドクター・バベルの叫びに、全員が混乱した。一体何をいっているのか、まるで分からない。だが、次にドクター・バベルが発した台詞によって、真実がようやく理解されるに至った。
「これは、奴らの罠だ! 計画だったのだよ! 奴らは最初から、スパダイナを破壊、もしくはシャットダウンさせるのが目的だったのだ! その為にわざわざ、これ見よがしに姿を現し、スパダイナの位置を知らしめる行為に及んでおったのだよ!」
 その理由はひとつ。オブジェクティブ達は、スパダイナから自由になることを望んでいたのだ。
「あいつらは内部にスパダイナ防衛プロセスを仕込まれているから、自分自身の手では破壊出来ない。だからこそ、我ら外部の者を誘い込んで、スパダイナの破壊やシャットダウンを目論んでおったのだ!」
 勿論、この情報はドクター・バベルが独自に調べたのではなく、ルカルカが伝えた内容である。つまり、真相に気づいたのはダリルだったのだ。
 既にスカルバンカーは驚く程の跳躍力を発揮して、スパダイナの外側へと飛び出していってしまっている。そして直後、スパダイナ全体が激しい震動に揺らされ始めた。
 恐らくは自由の身となったスカルバンカーが、スパダイナの再起動を阻止する為に、自らの手で破壊しようとしているのだろう。
 エージェント・ギブソンはといえば、険しい表情でアクセスモニター前のタブレットキーを必死に操作しようとしている。スパダイナを再起動しようと試みているようだが、既に先程、スカルバンカーがアクセスモニター周りの機器をあらかた破壊してしまっていた。
 最早、この場での復旧は不可能であった。