校長室
オブジェクティブ
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【一 キャビン内にて】 ツァンダ南方山岳地帯は、峻険な峰が東西に連なるような形で伸びる壁の如き様相を呈している山地で、山脈と呼ぶには少々規模が足りないものの、その威風たるや実に堂々としているといって良い。 麓から中腹辺りまでは豊かな緑に覆われているが、六合目以上の高度では剥き出しの岩肌に万年雪が覆いかぶさっているところも数多く見られ、実に表情豊かな山地群といった表現がよく似合う。 陽光が真上から降り注ぐ正午、そのツァンダ南方山岳地帯に向け、北西方向から樹上を滑るように走る機影がふたつ。 マーヴェラス・デベロップメント社が、今回のスパダイナ確保作戦の為に用意した飛行船『アルゴンキン』である。 キャビン内は、兵員なら標準のトループ・シート33名分とエキストラ・シート11名分の輸送力があり、緊急時には最大で24床の担架を設置することも可能。 今回、スパダイナ確保を目指してアルゴンキンに搭乗している部隊は、総勢で50名に達した。その為、マーヴェラス・デベロップメント社のテクニカル・エージェントジェイク・ギブソンはアルゴンキンの出動艇を二艇編成へと組み替えたのだという。 以後、便宜上、アルゴンキン001に搭乗しているスパダイナ捜索本隊を001隊、アルゴンキン002に搭乗している部隊を002隊と称することとする。 001隊の編成は、以下の通り。 エージェント・ギブソン(ジェイク・ギブソン) 月谷 要(つきたに・かなめ) アシェルタ・ビアジーニ(あしぇるた・びあじーに) 氷室 カイ(ひむろ・かい) 雨宮 渚(あまみや・なぎさ) サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ) 刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど) アレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる) セファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる) 遊馬 澪(あすま・みお) セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと) セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす) リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた) アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる) ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん) シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ) 御凪 真人(みなぎ・まこと) リース・バーロット(りーす・ばーろっと) 紫月 唯斗(しづき・ゆいと) エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ) 紫月 睡蓮(しづき・すいれん) プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると) 健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん) 天鐘 咲夜(あまがね・さきや) セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす) リディア・スカイラー(りでぃあ・すかいらー) 以上の26名である。 一方、002隊の編成は、 エージェント・ホフマン(ジェームズ・ホフマン) エージェント・ローデス(イーサン・ローデス) 加能 シズル(かのう・しずる) 秋葉 つかさ(あきば・つかさ) 火村 加夜(ひむら・かや) 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ) リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず) ベアトリス・ウィリアムズ(べあとりす・うぃりあむず) メアトリス・ウィリアムズ(めあとりす・うぃりあむず) スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ) クド・ストレイフ(くど・すとれいふ) 桜葉 忍(さくらば・しのぶ) 織田 信長(おだ・のぶなが) 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ) フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると) トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる) 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい) テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ) ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと) マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ) ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん) 和泉 真奈(いずみ・まな) エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ) ファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく) 以上の24名となっている。 * * * アルゴンキン001のキャビン内。 エンジンの駆動音は意外と低めに抑えられており、普通に隣同士で会話する分には問題が無い。 そんな中、キャビン内の比較的前の方に位置を取っていたカイ、渚、ベディヴィアの三人は、アルゴンキン001がもう後十数分程度で降下ポイントに達しようというタイミングで、互いに顔を見合わせ、周囲に誰にも気づかれぬよう、目線だけで頷きあった。 その直後、ベディヴィアだけがすっとシートから立ち上がり、何気ない風を装って、キャビン内の先頭に位置するシートで黙然と座しているエージェント・ギブソンの傍らに、これまたごく自然な仕草で腰を下ろす。 基本的に、エージェント・ギブソンの周囲には誰も居ない。彼はひとりでトループ・シートに座しており、全身から何となく近寄り難い威圧感のような空気を発散していたのである。 如何に歴戦のコントラクター達とはいえ、この異様な雰囲気に加え、何やら裏で画策しているのかも知れないという警戒心から、誰も積極的に近づこうとはしていなかったのである。 そういう訳であるから、ベディヴィアが自ら隣に腰を下ろしてきたことで、エージェント・ギブソンもサングラスの奥で若干驚いたような色を瞳に浮かべていた。彼は、隣に席を移動してきたベディヴィアに軽い会釈を送った。 「少々、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」 ベディヴィアの呼びかけに、エージェント・ギブソンはやや居住まいを正すように背筋を伸ばして応じた。 「どうぞご遠慮なく、ミスター・ベディヴィア」 威圧感たっぷりの容貌と雰囲気ではあるが、その物腰や言葉遣いは、あくまでも丁寧である。決して慇懃無礼という訳ではなく、単純に本人の持つ空気と態度がミスマッチなだけであった。 ベディヴィアは一瞬呼吸を整えると、周辺で聞き耳を立てている他のコントラクター達にも聞こえるように、わざと声をいつもより一段張り上げて問いかけた。 「貴殿のおっしゃる、実体化したウィルス達……その実体化技術の根本は、実は貴社の技術の中にあるのではないのですか?」 幾分、はったりを込めていってみた。実はこの発想は、ベディヴィア自身の考えではなく、カイがマーヴェラス・デベロップメント社の技術力を踏まえた上で組み立てた仮説であった。 今回の一件、マーヴェラス・デベロップメント社は単に被害者としての立場ではなく、何らかの裏の繋がりを持っているように思えてならなかったのである。 すると、エージェント・ギブソンは苦笑に似た形に口元を僅かに歪め、意外な台詞を口にした。 「良い読みをなされる……おっしゃる通り、あのウィルスどもの実体化には、弊社の技術が流用されていることは、ほぼ間違いありません」 更に曰く、今のマーダーブレインは正確にはウィルスではなく、ワームと呼ぶべきである、ともいった。 コンピュータウィルスは宿主となるファイルが必要であるが、既に仮想構成界築造エンジンフィクショナル内から去った形跡があるというマーダーブレインは、それ一個が独立したプログラムとして動作していると考えるべきであった。 であれば、宿主を必要としないワームと呼ぶべきなのであるが、ウィルスあるかワームであるかは、この際あまり大勢には影響しないから、気にする必要もないだろう。 ともあれ、エージェント・ギブソンは今回の一件について、自社技術が関わっていることを素直に認めた。この反応は、ベディヴィアにしろカイにしろ、意外な展開であったといって良い。 「そのお話……わたくしも大いに興味がありますわ」 するとそこへ、アシェルタがどこか陰惨な雰囲気を感じさせる悪魔的な笑みを浮かべ、ベディヴィアとは反対側に回り、エージェント・ギブソンの隣にしゃがみ込むような形で座った。 エージェント・ギブソンはといえば、僅かに肩を竦め、更に言葉を繋いだ。 「オブジェクティブ・エクステンション、といいましてね。社内では単に、オブジェクティブ、と呼んでおります。これはいうなれば、立体映像の擬似物質化技術です」 その馬鹿正直なまでの告白に、誰もが息を呑んだ。 曰く、オブジェクティブは空間上に投影した立体映像の表面部分に集積化物理接触点を形成し、耐久張力、荷重補正、質量ベクトルを合成することで、実際に存在する物質に限りなく近い空間生成物を創造する技術のだという。 実は来月、ソフトウェア・コンペティションに量産試作ソフトを出展する予定らしいのだが、まだ商用に耐え得るレベルではないとのことであった。 であるが故に、マーダーブレインがオブジェクティブを完成させた可能性を、マーヴェラス・デベロップメント社としても看過出来ないのだという。 「恐らく奴は、コントラクターの脳波から何らかの物質化技術を取り込んで、オブジェクティブを独自に完成させたものと思われます。単純な科学技術では不可能なことも、コントラクターの技や魔法を駆使すれば簡単に実現出来る、という可能性も大いに有り得ますからね」 オブジェクティブ・エクステンションで生成した電子結合映像体そのものを、オブジェクティブと呼ぶ慣習があることを、エージェント・ギブソンは最後に付け加えた。 最早マーダーブレインの存在定義は、ウィルスでもなければ、ワームでもない。ひとつの、完成されたオブジェクティブなのである。 「では、バスターフィストやエメラルドアイズと呼ばれる派生ウィルス達も、オブジェクティブ、と呼ぶべきなのでしょうね」 アシェルタの締めくくりのひとことに、エージェント・ギブソンは素直に頷いた。恐らく彼にしてみれば、今更包み隠す必要も無い情報だったのだろう。 と、その時である。 不意に、アルゴンキン001の船体が、衝撃を伴って左側へと大きく傾いた。着陸しようとしているのでもなければ、方向転換しようとしているのでもない。 何か予想外の強大な力が、外部から加えられたのだ。