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リアクション
【三 死の村】
アルゴンキン001の墜落の様子は、遠目からでも視認することが出来た。
料理研究部『鉄人組』の組長馬場 正子(ばんば しょうこ)率いる別働隊は、目標である遺跡に対し、北東方向から接近を試みていたのであるが、中腹に差し掛かった辺りで開けた岩場に出た。
この岩場から、遥か西方をゆくアルゴンキン001と002の船影を視認したのだが、程無くして、001が攻撃を受け、そのまま墜落する様を目撃する破目となったのである。
「敵もさるもの、であるか」
停止した小型飛空艇から立ち上がり、丸太のような豪腕を分厚い胸板の前で組んだ正子が、ただでさえいかつい面を更に渋い表情に変えて、野太い声で呟いた。
「あの……僕はよく知らないんですけど……正子さんって、本当に女性なんですか?」
思わず湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が五十嵐 理沙(いがらし・りさ)に訊いた。
正子のことをよく知らない者が見れば、むくつけき男性ボディビルダーが女装しているのではないかと錯覚してしまうところであったが、正子は正真正銘、女性である。
それは、同じく別働隊に参加している理沙と、そのパートナーであるセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、生き証人であった。というのも、先日大浴場で正子と湯船を共にする機会があったのだが、その際理沙とセレスティアは確かに正子の女性たる肉体的特徴を目撃しているのである。
ただ理沙としては、凶司からの質問に何故か複雑な心境に陥ってしまった。正直に答えるのが、どうにも恐ろしげに思えてならなかったのである。
「えぇまぁ、一応、っていうか、確かに女性なんだけど……ま、見た目がアレだから」
自分でいいながら、何となく妙にいい訳じみていると思えてしまい、理沙はばつが悪そうに頭を掻いた。
「そのようなことをいうんじゃありません。正子さんは女性から見ても大いに魅力のある方ですわよ?」
そういって正子を眺めるセレスティアの眼差しは、何かまた違う意味で危険な色をはらんでいるように思えてならなかった。
軽い頭痛を覚えて眉間を指先で抑える理沙と、いささかうっとり気味で正子を眺めるセレスティアという両対照の反応に、凶司はどう答えて良いのか分からなくなった。
実は同じような光景が、凶司のすぐ傍らでも起きている。
凶司の駆る小型飛空艇のタンデムシートに座しているエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)と、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の運転する軍用バイクのサイドカー上で立ち上がっているセラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)はというと、正子の人外的な外観に戸惑いを覚えるばかりであったが、歩は正子とは友人同士という立場であるから、彼女の視線には温かで柔らかい感情が含まれていた。
「でも正子さん……ああ見えて、実はすっごく美晴さんのことを心配してるんだよ。目を見れば、よく分かるんだから」
「あらぁそうなのぉ……っていうか、その肝心の目がよく見えないんだけどぉ?」
ほとんど何の考えも無しに、セラフが正直にいってしまった。
確かに、やたらと彫りの深い正子の目許はというと眉の下が陰で覆われ、劇画風格闘漫画の悪役もかくありやといった様相であった。
すると、よせば良いのに、エクスがわざわざ凶司の小型飛空艇のタンデムシートから身を翻し、正子の正面にまで走っていってしまった。
「何用か?」
「えぇっと、ちゃんと目があるのかなぁと思って」
エクスが答えるや否や、正子はエクスの頭を片手でむんずと握り、半ば引っこ抜くような所作で、自らの顔面の前にエクスの小さな顔を引っ張り上げた。
「ふにゃあぁ〜!」
「心ゆくまで、よく見るが良い」
ぐわっと開かれた正子の眼光は、その血走った強烈な視線だけで熊一頭を睨み殺すとさえいわれる。エクスが真正面から浴びた恐怖は、筆舌に尽くし難かった。
「あ〜あ、要らんことするから」
理沙が苦笑しながら、肩を竦めた。
と、そこへ先遣隊として前方を走っていた筈のセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)と幸田 恋(こうだ・れん)、そしてドクター・バベル(どくたー・ばべる)の三人が小型飛空艇を急がせて戻ってきた。ちなみに三人とも、今回の為に臨時で蒼空学園備え付けの小型飛空艇を校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)から借りていた。
それはともかく、セシルにしろ恋にしろドクター・バベルにしろ、その表情は緊張で強張っており、何かがあったのだと、誰にでも容易に察せられた。
「た、大変です……この先の村で、何か恐ろしいことが起きたようです」
セシルの報告に、正子はエクスをぽいっと放り捨て、その巨躯を半ば折り曲げるような姿勢で上体を乗り出してきた。
「詳しく聞こう」
「正直なところ、何が起きたかは分からない。だから、見てきた事象をそのまま伝えよう」
セシルに代わって、ドクター・バベルが目撃内容を口にした。
曰く、この先の、周囲を山林に覆われた山村(恐らくは木材関連で生計を立てているのであろう)で、村民が全員気を失ったまま起き上がってこないのだという。
いずれも、日常生活の途中で急に意識を失ってしまった様子で、中には目を開けたまま気絶しているような者まで居るらしい。
「余りに異様な風景ではあった。老若男女問わず、そんな状態であったからな」
「とにかく、一度見に来て頂けませんか?」
ドクター・バベルの感想に、恋がひとこと注進を添えた。
* * *
かくして、別働隊はセシル達が発見した、村民全員が気絶しているという山村へと移動した。
一行が到達してみると、確かに、山村のそこかしこで、村民達がひとり残らず気絶しているという異様な光景が別働隊を出迎えた。
「なるほど……これは確かに、異常事態であるな」
草薙 武尊(くさなぎ・たける)がそうこぼしたのも無理は無い。気を失っている村民達は、気絶寸前まで普通に日常生活を送っていたのがよく分かる。
炊事中だった者、部屋を掃除している最中だった者、友人と談笑していた者、或いは休憩がてらお茶を楽しんでいた者など、実に様々であったが、そのいずれも例外無く、何かをしている最中に急に意識が失われ、その場で倒れ込んでしまったという状況が明らかであった。
別働隊員は複数名ずつでチームを組み、村内を隈なく捜索したが、村民が全員気絶しているという事象以外には、特にこれといった異常は見当たらない。
となると、矢張り村民の失われた意識そのものに問題を解決する鍵が隠されていると考えるべきであろう。
「ねぇ、これって……もしかして、脳死状態なんじゃないかな?」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が硬い表情で、傍らのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に問いかけた。それも、ただの脳死ではない。脳波が何者かに奪われたことに起因する脳死である、とするなら――。
コハクは、美羽がいわんとしていることを、すぐに察した。
「つまり、犯人はマーダーブレイン……そういうこと?」
「うん、多分ね」
美羽の推測では、マーダーブレインが遺跡近くに位置するこの山村を狙い、全村民の脳波を奪い去り、そして脳死に至らしめたというのである。
普通であれば突飛も無い推論であると片付けられそうだが、今回に限っていえば、最も可能性が高いといわざるを得なかった。
美羽の脳裏に、フィクショナルからログアウト出来ないまま、閲覧ターミナルに縛りつけられたままとなっている料理研究部『鉄人組』の副長三沢 美晴(みさわ みはる)の姿が浮かんだ。
今の美晴も、いってしまえば脳死に近い状態にあるといって良い。その美晴と、ここで倒れている大勢の村民達の姿が、美羽の頭の中で重なってしまった。
「でもぉ……よく分かんないんですけどぉ……」
レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が小首を傾げながら、美羽の傍らを歩き過ぎてゆく。
「仮にマーダーブレインの仕業だとしてぇ……一体、何が目的なんでしょぉかねぇ?」
「そうよね……マーダーブレインの狙いはコントラクターの脳波である筈……一般人の脳波を奪い去る必要が、どこにあるというのかしら?」
レティシアに続いて、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)も腕を組みながら、渋い表情で周囲を見渡している。
確かに、レティシアとミスティが抱いた疑問も尤もである。その点を突っ込まれると、美羽としても答えようがないのであるが、しかし事象から察するに、マーダーブレインの仕業であろうことはほぼ間違いない。
では、何を目的として、この村民達は脳波を奪われなければならなかったのか?
今の時点では、誰にも分からない。
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