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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

リアクション

   「急流」

 雪解けの水が流れ込んでいるかと思うような速さと勢いで、目の前の川は流れている。いや、流れるというよりは押し寄せているといった印象を長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は持った。流れに逆らわず急げば何とかなるかと考えたが、このアイデアには致命的な弱点があった。――淳二は泳げないのだ。
「こっちおいでよ!」
 金元 ななな(かねもと・ななな)は、淳二を手招きした。少尉であるが、新入生なので彼女は行軍チームに参加しており、このグループのリーダーであった。
 三船 敬一(みふね・けいいち)が登山用ザイルを取り出した。
「こいつをあそこの木に結び、一人が向こう岸に渡る。ザイルを掴みながらいけば、渡りやすいはずだ」
「飛べれば楽なのに」
と淳二が嘆息すると、
「これはあくまでも行軍訓練だし、ちゃんと自分の足で解決しないとな」
と、敬一は笑った。
「なななが行こうか?」
 敬一がなななを見た。その顔には「わくわく。わくわく」と書いてあるようで、彼は努めて真面目な表情のまま、かぶりを振った。
「少尉は指揮官です。万一のことがあると困ります。出来れば最後に願います」
「うん、分かった」
 なななは、素直に頷いた。
「私たちが行きましょうか?」
と言ったのは、維暮 征志郎(いぐれ・せいしろう)だ。パートナーの壱影 封義(いちかげ・ふぎ)と共に、装備だけでなく顔にも【迷彩塗装】を施している。おかげで人形のような端正な顔立ちがすっかり隠れ、体型ががっちりしているので頼りがいのある軍人さん、といった雰囲気である。
 しかし、敬一は知っていた。行軍が始まる前、二人が顔を塗りあいながら、「うふふ、なんだか本当の軍人みたいですね!」とはしゃいでいたのを。
 何だか心配になって、文字通り自分たちの命綱であるザイルを預ける気にはならず、淳二もカナヅチときては、残るは自分しかないではないか。
 敬一は腰にザイルを繋げ、反対側を折れた木の幹に巻きつけた。征志郎と封義が見張りをする。そして川に入った。
 一歩踏み出した途端、流れに足を持っていかれそうになる。これは少々、無茶だったかもしれないと敬一は思った。立っていることさえ難しい。
 ままよとばかりに、敬一は【ヒロイックアサルト】を発動した。
「離れてろ!」
 敬一の忠告に、なななと淳二はさっと遠ざかる。敬一は機晶爆弾を地面に投げつけた。同時にダッシュローラーを使って、勢いよく、川岸を蹴った。
 爆風と蹴った勢いで、水面すれすれを仰向けに飛んでいく。目の上を細かな石と砂が追い越し、後ろ髪を水が濡らした。
 飛距離はそれほど伸びず、反対側の川岸に敬一は叩きつけられた。咄嗟に身体を反転し、流されないようにしがみついた。足に力が入らない。
 それでも腕の力だけで這い上がり、どうにか岩に自分の腰のザイルを固定すると、寄りかかるように座り込んだ。
「やった!」
 征志郎と封義は抱き合って喜んだ。なななも万歳三唱し、淳二はほっと息をついた。
「やるじゃねえか」
 敬一は息を飲んだ。
 如意棒を担いだ夏侯 淵(かこう・えん)が、にやりと笑った。
「ここに来る前に叩き落としてやろうと思っていたんだがな、あまりに無謀で勇敢なもので、つい見守ってしまった。おまえ、ちょっと気に入ったぞ」
 淵はしゃがんで敬一の顔を覗き込んだ。
「くっ……」
 敬一は立ち上がることが出来ない。「黄昏の星輝銃」を抜こうとして、
「だが、ここまでだ」
 腹部に圧力を感じた。と思うと、如意棒がするする伸び、敬一を川へと叩き落とした。
「三船!」
 淳二が川へ足を踏み入れようとしたその時、
「【ライトニングブラスト】!」
 征志郎が放った一撃が、運悪く、向こう岸へ直撃した。淵には当たらなかったが、滴り落ちて出来た水溜りから川へと伝い、
「ギャアアアアアア!」
 ――敬一は叫び声を残して消えていった。
「……ま、死にはすまい」
 淵は呟いた。
「あ、危なかった……」
 淳二は青ざめた。
「“おのれ悪党! この『パラミタ刑事シャンバラン』が相手だ!”」
「……何やってんだ? 少尉」
 淵はぽかんとして尋ねた。淳二や征志郎も唖然としている。
「“少尉ではない! 『シャンバラン』だ!”」
「……いや、それは確かにそのお面だが」
 説明しよう。金元 なななは、お面をつけることにより、「パラミタ刑事シャンバラン」になりきることが出来るのだ! ちなみにお面は、朝霧 垂がくれたものだぞ!
「“そこにいろ、この『シャンバラン』が今いくぞ!”」
「……いや、必要ねえ」
 淵がぱちりと指を鳴らした。
 なななたちのいる岸で、鈍い音を立てて岩が動き出した。
「ゴーレム!?」
と淳二。
「それとついでに」
 今度は機械の動作音だ。ベルフラマントが落ち、可変型機晶バイクが現れた。音を立て、人型へと変形していく。
「嘘だろう、おい」
「『シャンバラン』にはバイクロボかな、やはり。――いけ」
 淵の命令で、バイクロボがなななへ向かっていく。ガシャン、ガシャン、ガシャンという音に、なななはかつてない興奮を味わっていた。やはり、生身で敵をやっつけてこその宇宙刑事だ。
「“とう!”」
 なななは、バイクロボへと突っ込んでいった。戦いは、これからだ!
 ――さて、オリヴィエ博士改造ゴーレムは、征志郎と封義を追いかけ回していた。ゴーレムの癖にやたら小回りが利く。征志郎はハンドガンで、封義はホーリーメイスで応戦するが、びくともしない。
 不思議なことに、ゴーレムは淳二には目もくれない。淵も、見ているだけだ。無視されるのは癪だが、それならそれでこちらにも考えがある。
「【奈落の鉄鎖】!」
 淳二のスキルが発動し、ゴーレムの動きが止まった。続けて【アルティマ・トゥーレ】で足元を凍らせ、征志郎と封義がそこをピンポイントで攻撃した。
 ゴーレムは足元を崩し、どうと倒れた。
 淳二は「妖刀村雨丸」の鯉口を切った。現れた刀身からは霧が滲み出る。切っ先を淵に向け、淳二はせせら笑った。
「こんな人形に任せて自分は高みの見物か? 男の癖に情けないな」
「……何?」
 ぴくり、と淵のこめかみが動いた。
「見たところ、結構な美形だし、汚れるのが嫌なんだろう? 何だったら俺は、『男の娘になろう!』って本を持っている。それをやろうか?」
 なぜ淳二がそのような本を、しかもこの行軍に持ってきているかは割愛する。
「俺は男の娘ではない!」
 淵は真っ赤になって足を踏み鳴らした。そのとたん、スキルが発動した。【テクノパシー】だ。淳二の足元で、機晶爆弾が作動した。それほど大きなものではなかったが、淳二は川へ投げ出された。
 征志郎が咄嗟に持っていたロープを放り投げたが、掴む間もなく、
「わああああああ!」
 ――ロープもまた、勢いに乗って下流へと仲良く流されていった。
「……まあ、いいか」
 淵はぼそりと呟いた。

・三船 敬一、脱落。
・長原 淳二、脱落。