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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

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   「森 その3」

 ファレナ・アルツバーン(ふぁれな・あるつばーん)フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)、それにユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)の三人は、見張りを買って出た。
 二時間ほどぐるぐる歩き回り、時折落ち合っては異常がないか確かめ合う。どこから襲ってくるか分からない以上、一箇所に留まるわけにいかないからだ。
 メリットとしては眠気を振り払えること、広範囲を回れることだが、デメリットもある。
 何度目かに落ち合ったとき、ファレナの疲労は色濃かった。ここに辿り着くまで相当の距離を歩いているし、彼女は【不寝番】のスキルも持っていない。また暗闇で目を凝らすのは、疲れるものだ。
「もうちょっとだから」
 フェルクレールトは励ました。彼女はけろりとしていた。
「少し早いけど、休んだらどうです? 交代まで十五分ほどです。私たちだけで大丈夫ですよ」
 ユーシスも【不寝番】のスキルを持たないが、彼は吸血鬼だった。地球人よりは夜に強いのだろう。或いは単に、体力の問題か。
 しかしファレナはかぶりを振った。
「私も軍人です。果たすべき役目を果たしたいと思います」
「そう言うなら、止めませんが」
 ユーシスが頷くのと、彼の【ディテクトエビル】が反応するのと、あちこちに張り巡らせた鳴子が響くのとが同時だった。そして間を置かず、三人の傍らの木の幹が大きく抉れた。
「あっちです!」
 ユーシスが指差した方へ、フェルクレールトは視線を向けた。【ダークビジョン】でしっかり見える。ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)が、巨獣狩りライフルでこちらを狙っている姿が。
 ドン、と幹に穴が開いた。
「何て破壊力なの!?」
 ファレナが愕然と叫んだ。しかし彼女にはどうしようもない。ただ、手にしていた懐中電灯が格好の目印になることに気づき、慌てて消した。


「おや残念」
 ルースは呟いた。ライフルには赤外線スコープが付き物だ。少しの明かりがあればいい。それにはファレナの懐中電灯はちょうどよかった。
 向こうから、フェルクレールトがスナイパーライフルで応戦してくる。いい腕だが、飛距離が違う。――ルースの傍らの木が傷ついた。どうやら、こちらが見えているらしい。
 それならそれで、手はある。
「さぁ、I’s show time〜」


 ファレナが懐中電灯を消しても、狙撃はやまなかった。相手も【ダークビジョン】を使っているのだろうか、とユーシスは思った。だが、やがてあることに気がついた。
 フェルクレールトが撃った直後に、向こうも撃ち返してくる。信じられないことだが、フェルクレールトの銃から散った僅かな火花を頼りに狙っているらしかった。
 それならそれで、手はある。
 ユーシスはタイミングを計った。フェルクレールトが撃つ、ルースが撃ち返す、フェルクレールトが撃つ――その瞬間を狙って、【光術】を使った。
「キャア! な、何!?」
 隣のファレナとフェルクレールトも驚いたが、それ以上にルースはダメージを食らった。視界が真っ白だ。痛いぐらいの明かりだ。叫びながら顔をスコープから外したが、既に指は引き金を引いた後だった。
 木の幹に大きな穴が開いた。二つ目の穴は、次第に大きく広がっていった。メキメキ、メリメリと音を立てながら、裂けていく。それに気づいたとき、ユーシスは倒れてくる木の下敷きになっていた。

・ユーシス・サダルスウド、脱落。


 ルースの攻撃の後、それぞれのグループは野営場所を僅かに移動した。といっても、場所は限られているので、中には木の上で寝た者もあった。
 シオン・ニューゲート(しおん・にゅーげーと)は、非常に不満だった。パートナーであるファレナたちを守るつもりが、違うグループに割り振られてしまったからだ。一方で、ファレナと離れられたことを、喜んでいないわけでもない。何しろファレナは、可愛い顔して――本人は地味だと思っているようだが、シオンは嫌いではない――人使いが荒い。
 だが結局のところ、グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)レイラ・リンジー(れいら・りんじー)という二人のか弱き女性を守らねばならぬのだから、面倒は変わらない。全くもって不満である。
「――ああ、もう朝か」
 気がつけば周囲の木の輪郭が、肉眼でも見えるようになってきた。夜明けは近い。
『起きなさい!』
 グロリアの頭の中で、声が響いた。貫くようなその声に、グロリアは枕にしていた背嚢から飛び起きた。上半身にかけていたタンカースジャケット――ちなみに借り物――がずり落ちる。
「テ、テオドラ!?」
 テオドラ・メルヴィル(ておどら・めるう゛ぃる)はグロリアのパートナーで、奈落人だ。今日はグロリアの中で眠りについていた。
『のんびりしている場合ではありませんぞ!』
 グロリアは目を擦った。レイラものろのろと身体を起こした。下に毛布を敷いてあるものの、見張りの後の野宿は身体が硬くなって取り分けきつい。
 シオンが木の上から飛び降りた。
「二人はいるぞ」
【ディテクトエビル】で敵の居場所を察知したが、どうも二ヶ所から気配を感じる。
【殺気看破】を使ったグロリアの目も、覿面に覚めた。
「悪いけど、僕は夜目が利かないんだ。見えるかい?」
 夜明けが近いとはいえ、まだ薄暗い。世界は灰色だ。
 グロリアはかぶりを振った。テオドラなら【ダークビジョン】を持っているが、人格交代は容易く出来ない。
 三人は背中合わせに死角をなくした。
「さすがに寝せてくれませんね」
 グロリアのこめかみから顎へ、つうっと汗が一滴伝った。
「まあ、演習だからね……」
 シオンは一切口を利かないレイラに目をやった。
「大丈夫?」
 こくん、とレイラは頷いた。彼女は極端なまでの無口だった。
 ドッドッドッ、と小さな地響きが近づいてきた。――と、草の間から大きな塊が二つ飛び出した。機晶犬だ。それも二頭。
「……」
 レイラは無言のまま、「栄光の刀」を抜いた。咄嗟に峰に返し、機晶犬の鼻っ面に叩き付ける。ギャワワン! と可哀相な声を上げ、一頭が引っ繰り返った。レイラの顔が青ざめた。
 機晶犬と同時に現れた、【迷彩塗装】を施した戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が「ロングハンド」でシオンを殴りつけた。もんどりうって倒れたシオンになおも殴りかかろうとした小次郎は、足が動かないのに気づいた。
 倒れたシオンが顔だけ上げて、ニッと笑う。手の平が地面に張り付いており、そこから氷が小次郎の方へと広がっていた。地面ごと、小次郎の足元を凍らせたのだ。
 やるな、と小次郎は思った。グロリアがパワードレーザーを向ける気配を感じ、小次郎は残っていた爆薬を僅かに使い、己の足ごと氷を壊した。
「何て力技を!」
 シオンは愕然とした。一歩間違えれば、足ごと持っていかれる。よほど爆薬の扱いに自信があるのだろう。
 機晶犬が大きく吠えた。グロリアとシオンが振り返ると、レイラが機晶犬に噛み付かれていた。しまった、とグロリアは思った。レイラは無類の動物好きだった。
 その間に、小次郎は足を引きずりながらも退却し、姿を消していた。

・レイラ・リンジー、脱落。