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第二章 戦場の戦士達

 即売会開始から10分、すでに会場は熱気で支配されている。
 あっという間の事態にサークル側は逆に冷静だった。
 どうやら大半のところは、地球の夏と冬の戦場経験者がいたようである。
 平然と同人誌を売って、売り上げを伸ばしていた。
 お客達も次々目ぼしい商品を購入していく。
 ただ高校の行事とは思えない程の興奮ではあると誰もが思っていた。

「はい、いつもありがとうございます。 またの御贔屓よろしくお願いいたします」

 サークル『下野毒電波倶楽部』もまた大忙しだった。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は次々来るお客に今回の同人誌を売っていく。
 彼女が今回作ったのは各学校の制服をテーマにしたイラスト集『シャンバラ制服図鑑』だ。
 丁度新たなデザインの制服も完成していたので、今回は各学校の制服の資料をかき集めて作り上げた中々の出来だった。
 そのイラスト集もまた見る見るうちに在庫をどんどん減らしていく。

「はいありがとうございます。 ……いえ、体験談などではなくフィクションですよ」

「……静香、あなた本当にそれ売っているのね?」

「良いではないですか祥子さん。 あくまでフィクション、なのですから」

「とはいってもね……。 あっはい、スケブご持参ありがとうございます、何かテーマがあれば仰ってください」

 祥子の隣で同じく同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)も自作の作品を売っている。
 買っていく生徒たちは男女半々だが、中身を見た生徒たちは所々笑いを堪えているように見えた。
 その様子を見て、祥子は思わず本音を漏らしてしまう。
 しかしそんな祥子の言葉に、あくまで作り話として通してしまう静香。
 ため息交じりの祥子には、今度はスケブでイラスト希望の生徒がやってきた。
 要望を聞いてさらさらと描きあげる。
 あっという間の出来と完成度に皆大満足の表情を浮かべていた。

「ふぅ、でもここまで人が来てくれるなんてありがたいわね。 これなら完売もあっという間かもね」

「おお、ここだここだ! 繁盛しているなぁおい!」

「リョージくん! 列に割り込むのは……」

「何ですのここは? 湿気というか、ここの熱気はたまったものではありませんわね」

「あら、いらっしゃいませ……と言いたいところですが、列に割り込むのは頂けませんね」

「固いこと言うなんて野暮だぜ? ここは戦場なんだからな、命がけもありだぜ!!」

「なるほど、そういう考えも分かりますけどね」

 分からないでください!! と内心思ってしまう白石 忍(しろいし・しのぶ)
 彼女はパートナーのリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)に引っ張られるように会場を彷徨っていた。
 そんなリョージュに誘われるように彼らと行動を共にしていたのは百合園女学園のイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)である。
 だがイングリットは会場のあまりの暑さに耐えかねているようだ。
 持参してきたであろう扇子で必死に熱さを紛らわしていた。

「それよりも、スケブ持って来たんだ。 頼むぜ」

「仕方ありませんね、テーマは何にしますか?」

「ふっふっふっ……それはもうこの会場で禁止内容になっているものだ!!」

「リョージュくん、それは……!!」

「……まぁ、そういうリクエストなら仕方ありませんが……」

「ちょっと、さっきからあなた方は一体何を話していらっしゃるのかしら?」

 リョージュは形成されていた列など気にせず祥子達に近づく。
 当然、並んでいた生徒たちからは非難の声が上がっているのだが、彼にその声は届いていなかった。
 忍が代わりに謝っていると、リョージュはスケブに禁則事項となっている内容を要求する。
 忍が止めに入るが、何故か祥子はそのまま了承してしまう。
 その瞬間だった、何かが祥子の中に降臨した。
 すさまじい速さでスケブに何かを描いている。
 騒ぎ立てていた生徒たちも祥子の神業に見とれてしまう。

「……はい、出来ました」

「早っ!? え、まじもう出来たのか? おい、何で封がしてあるんだ??」

「帰ってからのお楽しみにして下さい、ここでは決して開けないように……」

「匂いますね、罰則事項違反者の存在を……!!」

「げっ!? やっべ、長居し過ぎた!! いくぞ、忍、イングリット!!」

「え、あ、うわっ!!」

「ちょ、何なんですのよ〜!?」

 出来あがった代物を手渡す祥子。
 思わぬ展開にリョージュは持参したスケブを受け取るが、いつの間にか封がしっかりとされていた。
 帰った見るようにと、告げた瞬間だった。
 祥子の行動を感じ取って近くにいたガートルードがほぼ臨戦態勢で近づいていた。
 このままではせっかくのお宝が拝見できなくなると分かったリョージュは早かった。
 忍とイングリットの首根っこを持ってその場を物凄い勢いで走り去る。
 人混みをうまく利用した雲隠れを利用するようだ。

「ふふ、私から逃げようなどといい度胸ですね。 さぁ、楽しい狩りの時間の始まりです」

 ガートルードはどうやらリョージュ達を完全にターゲットにしたらしい。
 祥子達のサークルには近寄らずに三人を追うことに専念する。
 ここで彼らが捕まれば祥子も罰則対象になるのだが、彼女は心配していなかった。

「祥子さん、どうせ何やら細工をしていらっしゃるのでしょう?」

「あら、分かった? そうよ、例え彼らが捕まっても私たちがやったなんて証拠は何一つ残らないわ」

「あなたのやることには毎度、驚かされますわ」

 どうやらなんらかの仕掛けをスケブに施したようで、祥子は問題ないと告げる。
 静香もそんな祥子に感服しながら、販売を再開する。
 
「ここじゃここじゃ、いやぁ間に合ってよかった」

「いらっしゃいませ、ってあら信長さん」

「久しいの、祥子。 今日の新刊、楽しみにしておったぞ」

「いつもありがとうございます、そちらの方たちは?」

「うむ、私のパートナーの桜葉 忍(さくらば・しのぶ)と、ここ蒼空学園の新入生の雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)じゃ」

「どうも、こんにちは。 えっと、信長とは知り合いなんですか?」

「ええ、うちが新刊を出すたびに必ず買って行って下さる常連様ですから」

「なるほど、えっとこれは?」

「それは私が描いたイラスト集です、こっちにあるのは彼女が書いた二次創作の漫画です」

 祥子の前に、織田 信長(おだ・のぶなが)がパートナーの忍と、新入生の雅羅と共にやってきた。
 新刊が出るたびに信長は彼女の同人誌を購入しているようで、二人は顔なじみのようだ。
 忍は少々圧倒されながらも、祥子達が書いた同人誌を見てみる。
 祥子の描いたイラスト集は見事なものだった。
 絵の中の人物達に命が吹き込まれているように、息付いているのだ。
 感動している彼の横で、雅羅は静香の描いた漫画を見ている。

「……何、この漫画??」

「何じゃ? どれどれ……ほほぉ、これはまた」

「どうかしたのか? ……あの、これ何だかどこかで」

「気のせいですわ、それにあくまでフィクション、ですから」

「最高じゃのぉ静香、やはりお主の漫画は意表をついている。 実に見事じゃ!」

 静香の描いた漫画を見た雅羅の一言で、信長も覗いてみる。
 信長の反応を見て忍も見てみると、内容に唖然としてしまう。
 静香の作った同人誌、それは主人公の男がさらわれたヒロインを助けに行くという話だ。
 ここまでは良い、だが問題はその先だ。
 再開したヒロインがさらった張本人とデキてしまい、子供まで作ってしまったのだ。
 そこで何故か養育費やらの請求を求められて、主人公はどん底に突き落とされてしまう、という内容なのだ。
 その内容に忍は絶句してしまうが、信長はこの上ない評価を下してその同人誌も購入した。

「それじゃあの、完売まで頑張るのじゃぞ!」

「ありがとうございます、そちらもゆっくり楽しんでください」

「はい、それでは」

 やや興奮気味になりながら信長は次なる発掘を目指すために歩きだす。
 彼女についていくように忍が、その後ろをあまり乗り気ではないような雅羅がついていく。
 面白い組み合わせだ、と感じる祥子だが休んでいる時間はなかった。
 すぐにまたスケブ希望のお客様が訪れて、ペンを手に取る。
 ただ、忍達の前の三人組の行動により、祥子に求められるイラストが如何わしいものになっていたのは余談だ。
 その都度、祥子は神業を披露、お客からの歓声を集めるのであった。