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波乱万丈の即売会

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 即売会会場の一角に、『ベルジュース・シャーベット』なるサークルのブースが存在する。しかしながら、シャーベットを名乗る割りには、その代表はといえば妙に暑苦しい。
 それもその筈、『ベルジュース・シャーベット』のサークル代表は熱いヒーロー魂の男健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)だからだ。
 おまけにそのコスプレはといえば、ヒーロー戦隊第45番目のシリーズ作品にして、シャンバラを舞台とした最初の作品である『契約戦隊シャンバレンジャー』のシャンバレッドだというのだから、これはもう燃えない筈は無かろう。
 ブースの売り場に積み上げられているのも、熱い男達の友情の物語で、その名も『狂流血熱漢』。
 ……若干、読み方がよく分からないという問題もあるのだが、そこはそれ、物語重視でいこうという勇刃の方針にはいささかのブレも無い。
 ところが、である。
 勇刃自身と、作品である『狂流血熱漢』は熱さ勝負で一本筋が通っているのだが、勇刃の脇を固めるふたりの女性陣が良くない。
 まず作画を担当し、同時にブースでは売り子も兼ねているアニメ大百科『カルミ』(あにめだいひゃっか・かるみ)だが、彼女のコスプレが『魔法少女』だというのだから、最早この時点で熱さ勝負という方針から大分とずれてしまっているのである。
 ところが、当の本人は、
「ふっふっふ……カルミの見せ場が来たのですよ! 一緒に頑張るのです、ダーリン!」
 と、やたら前向き且つ問題点を一切認識していないのだから、始末に困る。
 更に加えて、もうひとり。
「あの……私のメイド服は別に、コスプレじゃないんですけど……」
 本業メイドの紅守 友見(くれす・ともみ)が、本人だけであれば全く違和感の無いメイド服姿で同じブース内に佇んでいる。
 繰り返すが、友美個人としてはメイド服姿であることに何の違和感も無い。
 が、隣にシャンバレッドと魔法少女が立っていたりすれば、そこはもうコスプレ異種格闘技ナンバーワンを決める為の、戦いのワンダーランドと思しきハイブリッド空間へと早変わりしてしまうものである。
「只今、同人誌『狂流血熱漢』を発売中です! 先着30名様に、記念品を差し上げます! 一冊300Gのお買い得価格です! この同人誌を読めば、あなたの運命が大きく生まれ変わります! さぁ、このチャンスを逃さずに!」
 プラカード片手に、友美が天使のような笑顔を浮かべつつ、拡声器で声を張り上げるものだから、世のむくつけき男どもは興味をそそられて覘きにくる。
 ところが、いざそこで彼らが作品を手に取って見ると、その内容は期待に反して、熱い友情物語だったものだから、美少女系を思い描いていた彼らにしてみれば、裏切られた感が強かったらしい。
 大半の呼び込み客達が沈痛な面持ちで首を振りながら、次から次へとブースを去ってゆく。
「あ、あれ……何で?」
 勇刃は去り行く呼び込み客達の、どこか寂しそうな背中を呆然と見送るしか無かった。
 作品内容には、決して問題など無い。ただ、マーケティング手法に大きなミスがあったのだ。
 イメージ戦略と宣伝広報がこれ程までに重要なファクターを占めるという事実を、勇刃は思わぬ場所で思わぬ時に学習させられる破目となった。

 偶然ともいうべきか、実は『ベルジュース・シャーベット』とは若干路線が異なるものの、男どもが呼び込み達の容姿に釣られて、ブースに大挙して押し寄せてくるものの、いざそこで売られている同人誌の内容を見てみると、彼らの失望を少なからず買ってしまうという現象が、『ベルジュース・シャーベット』のあるブースの真正面で起きていた。
 舞台となったサークルは、『豊浦宮外宮』。そしてここで販売されているのは、魔法少女についての研究同人本『プリンセス・トヨミ〜魔法少女と豊浦宮縁起』。
 内容は至って真面目で、サークル代表であるネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の売り込み文句を借りれば、
「これを読めば、魔法少女のことがわかるかもしれない! 今、空京で話題の魔法少女を研究した一冊、『プリンセス・トヨミ〜魔法少女と豊浦宮縁起』! 如何ですか? 50部限定となっています!」
 ということらしい。
 別段、いやらしい内容でも何でもなく、ごくごくシンプルな魔法少女の学術研究の為の一冊である。
 しかるに――。
「はいはい〜。皆様、『プリンセス・トヨミ〜魔法少女と豊浦宮縁起』はこちらでございます〜……え? 写真ですか? あ、いやぁ、まぁ良いですけど」
 ネコ耳魔法少女という、本人にとっては最早禁忌といって良い『おとこのこ』の領域を自ら体現してしてまっている榊 朝斗(さかき・あさと)の存在が、まず『ベルジュース・シャーベット』に於けるカルミの如き立ち位置にすっぽり納まってしまっていた。
 しかも間の悪いことに、売り子として参加しているちびあさにゃん(ちび・あさにゃん)がその外観とサイズから非常に人気を博しており、朝斗とセットで写真に納まるようにと、呼び込み客やカメラ小僧達から数多くの注文を受けるようになっていたのである。
 だが、朝斗とちびあさにゃんだけであれば、これ程このブースが妙な熱気を持って男どもの視線を釘付けにすることは無かった。
 実はもうひとり、強烈な存在感を放つ呼び込み係が居た。林田 樹(はやしだ・いつき)である。
「え〜、ぶーすはこちらです〜……」
 誰が聞いてもやる気の無い棒読み口調で呼び込みを続けている樹だが、その衣装はといえば、もうそのまんま悪役でございますといわんばかりの、乳房がこぼれる程に胸元が盛大に開いたタイトラインの黒革ドレスだというのだから、老若問わず、男達の注目を浴びてしまっていた。
 当然ながら、樹も激写の嵐にさらされる。しかし本人はもうすっかり諦めているのか、カメラ小僧達の為すがまま、写されるがままとなっていた。
「しかし少年……お互い、大変だな。うちはうちでジーナがあんなんだし、そっちはそっちで、パートナーの吸血鬼があの有様だろう」
 樹がいっているのは、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)のふたりである。
 樹にドSチックな悪女風セクシー黒革ドレスを着用させたのはジーナであり、朝斗に一杯喰わしてネコ耳魔法少女の姿を強要した挙句、他のカメラ小僧の中に混ざって、必死に朝斗の勇姿(?)をカメラに収めているのがルシェンであった。
「きゃわ〜ん! 榊様、可愛いです〜! そして、樹様もお似合いです〜! やっぱりぃ、メリハリのあるお体にはぴちっとしたお洋服が、お似合いになりますねっ!」
「良いですわ、良いですわ朝斗! そのポーズ! そう、そのアングル! 私もう、もう……辛抱たまりませんわ〜!」
 ジーナの暴走は最早止まる気配を見せず、一方のルシェンも妙におっさん気質丸出しで、朝斗を被写体にする悦に浸っていた。
 ひと通り要求のポーズを終えてから、朝斗はもう全てを達観した修行僧のような表情で、樹の隣に戻ってきて曰く。
「確か、グリーンベレーの教えにこうありましたね。痛みは忘れろ、と。僕も、恥という感情を忘れることにしました……でも、実際は中々難しいものですね」
 グリーンベレーとネコ耳魔法少女を一緒にする辺り、朝斗の精神耐久力も、もうそろそろ危ないのかも知れない。

 どぶふぁっ、と派手に鼻血を噴き出している者が居る。緒方 章(おがた・あきら)である。
「ぐぬぬ……おのれ、バカラクリ娘。こう目の前に人参ぶら下げられてちゃあ、バックレる事も出来ねぇじゃんか……」
 どうやら、ジーナが樹に、あのおっぱいポロリ事故もありまっせ気味な黒革ドレスを着させたのは、章の趣味趣向を完全に読み切った上での、いわば仲間内テロに等しい行為であるらしい。
 樹が僅かにでも前屈みになろうものなら、その豊満な胸元が見事な谷間を出現させ、その都度、章は派手な鼻血噴水を撒き散らしていたのである。
 迷惑なこと、この上ない。
 だが、己の視線が樹の胸元に釘付けにさせられているのも、矢張り事実であった。悔しい話だが、章は完璧にジーナの術中に陥っていたのである。
 すると、そこへ。
「あき、はなぢぶー、ないじょむれすか? 『いたいいたいは、と〜んれけ〜。』なのれす」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が箒に跨ったままとふよふよと漂ってきて、ひとり鼻血の海に沈んでいる章に回復術を施術してゆく。
 一応、章は、
「あー……コタ君、大丈夫だいじょうぶ。ありがとね〜」
 などと強がってみせるも、頬の肉がげっそりと削げ落ちてしまっている辺りは、ある種のホラーを髣髴とさせるものがあった。

     * * *

 コタローが章を必死で回復させ、そのすぐ隣では朝斗を手伝うちびあさにゃんの小さな体躯。
 この両者のキュートな姿に喰らいつき、ブレーキの壊れた貨物列車の如き勢いで走り込んできたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)金元 ななな(かねもと・ななな)だった。
「んっきゃ〜〜〜〜〜〜! 超かわい〜〜〜〜〜〜!」
 本来なら風紀委員の一員として即売会に参加していた筈のルカルカとなななだが、場の雰囲気を壊したくないという口実をでっちあげて、ふたりは国軍軍人コスプレの触れ込みで周辺を徘徊していた。
 のみならず、ルカルカとなななは押収・差し押さえの名目であちこちから、いかがわしいのやら怪しいのやら不謹慎なものやら、要するに一般向けではない同人誌を片っ端から紙袋に突っ込んで、両脇に抱えていた。
 どうやらその中には山葉校長向けの土産、もとい戦利品、いやいや押収品も含まれているのだが、それらがことごとく男性諸氏ウハウハな内容であるのには、日本海溝よりも更に深い訳がどこかに存在している、ということになっているらしい。
 ともあれ、ルカルカとななながコタローとちびあさにゃんにそれぞれ抱きつき、時折トレードして違う相手に抱きつき、んでもって再び元の鞘に戻るが如く、もう一度交換して愛でてみたりしていると、不意にルカルカの背後に長身の影が現れた。
「あのなぁ……差し押さえや巡回はまぁ大目に見てやらんでもないが、これは少々逸脱し過ぎだぞ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がこめかみに僅かな青筋を浮かび上がらせて、そこに仏頂面をぶら下げていた。
 流石に拙い、と思ったのか、ルカルカは慌てて周囲を見渡し、何か適当な言い訳は無いかと物色する。
 そしてそれは、すぐに見つかった。
「あぁそのぅ……あれだよ、書籍だけじゃなくて、衣装参加者にもチェックは必要だと思ってね」
 嘘八百バレバレの言い訳だったが、しかし案外いってみるものである。ルカルカの言葉を受けて、ダリルは真剣な眼差しで、ルカルカが指差す方向――即ち、ネコ耳魔法少女姿の朝斗に、厳しい視線を投げかけた。
「なるほど、これは確かにいかがわしい。少し話を聞かせてもらおうか」
「え……えええ!? なんで僕がぁ!?」
 朝斗は全くもって納得がいかない。隣を見れば、胸元が豪快に開きまくった妖艶な美女が立っているのに、何故自分が目をつけられなければならないのか。
 だがこの場に於いては、合理的な説明など野暮というものである。
 ネコ耳魔法少女。
 もうそれだけで、ある種の罪人なのだ、彼は。