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黒ひげ危機脱出!

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黒ひげ危機脱出!

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2.インタビュー ウィズ ひげのおっさん


 セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)は、わざわざ持ち込んだティーセットを広げて優雅にお茶会を楽しんでいる。
 タル状突起にはまった黒ひげのゴツゴツした手にも、繊細なデザインの白いティーカップが握られている。そのまま脱出できるように見えるが、いざ出ようと力を込めるとタル状突起は腰骨のあたりをぐいぐいと締め付けてくるらしい。
「ふむ、練茶が好みだが……可憐な娘に入れてもらう茶は格別だな」
 黒ひげは、がっはっはと馬鹿笑いを上げる。少女達とお茶をしているおかげで、ここにいても良い、むしろ、ここにいたいと思っているようだ。
「ええと、村正さん?」
 セシルたちにお茶を配り終えた幸田 恋(こうだ・れん)は、鼻の下と目尻を同時に下げている黒ひげに問いかける。
「あのー、何度も同じようなこと聞いてますけど、自分の本体がどこに刺されたのか忘れちゃったんですか」
「うむ、最初は見えていたんだがな。今では数が増えすぎてさっぱり分からん」
「あはは、そうですよね」
 セシルはカップの中の紅茶をゆらして芳醇な香りを楽しみながら頷く。
「むらっちゃん。前の持ち主さんが刀身に何か凝ってたりとか、特徴的なこしらえがあるとかないの?」
 すっかり気があったひびきが黒ひげに尋ねる。ひびきはお茶請けとして、持参したタタミイワシを囓っている。
「うぅむ……?」
 黒ひげは首を傾げるばかりだ。
 童話のお姫様のような外見のセシル、どことなく座敷童のような雰囲気を持つ恋、ひげのおっさん。曖昧な吸血鬼の娘。たった四人だけだが、ずいぶんバラエティーに富んだメンバーだ。
「あ、お茶おいしい」
 茶を一口飲んだひびきが、その芳醇な香りに目を丸くする。
「えへへ」
「恋さんも、お茶を淹れるのが上手になりましたね〜」
「そ、そうですか」
 恋はセシルとひびきに褒められ、俯きながらも嬉しそうな笑みを浮かべる。恋は料理が苦手だが、お茶の入れ方だけは猛特訓の末にマスターしたのだ。
「あぁ、大したものだ」
「あ、もう正午をまわっていますね。お弁当持ってきたんですけど、食べますか?」
 セシルがバスケットの中からサンドイッチなど大勢でつまみやすい食べ物を取り出す。
「わー、ボクは栄養にはならないけどもらおうかな」
 吸血鬼であるひびきは、ある条件を満たす血液でなければ栄養にできない。
「おぉ、わしも食べても何ともならんけどかわいい娘のつくったものが食べたいぞ」
 黒ひげは手をひらひらと振ってサンドイッチを要求する。セシルはBLTサンドを黒ひげに手渡してやる。
「そう言えば、村正さんの本体は錆びたりしていないんですか?」
 黒ひげの言うことがすべて本当なら、村正は数十年の間雨ざらしになっていたはずだ。鋼を使った刀剣は、手入れをしなければ当然錆びる。もしかしたら、芯鉄まで錆びて折れている可能性もある。
「いや、わしにもよく分からないのだが、わしの本体は錆びておらん」
「まぁ――不思議ですわね」
「さすが妖刀ですね」
 セシルと恋は互いに視線を交わして頷きあった。
「いや、わしの歴代の使い手が人間離れした剣士だっただけじゃぞ? わし自体はめちゃくちゃよく切れて、持っているとやたらに人を切ってみたくなるだけの――つまらぬ刀よ」
 黒ひげはどこか遠くを見るような目をして、サンドイッチを頬張る。
「それって、俗に妖刀っていうのでは?」
 恋がカップをゆらしながら首を傾げる。
「人間は強い力を手に入れたら使いたくて仕方なくなる業を持っているんだよね? 不思議だね」
 吸血鬼であるひびきも、恋がそうするように首を傾げる。
「わしは殺すことだけやってきたので知らぬ」
 黒ひげは、あごひげを掻きながら首を傾げた。
「どれ、俺も一つ相伴に預かろうか」
 龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)は首を傾げながら恋からカップを受け取る。彼女は今まで地道に、甲羅に刺された日本刀を検分していた。しかし、あまりにも数が多くまた手がかりもないために、黒ひげから情報を得ようとやってきたのだ。
「彩祢、そこの黒ひげの言っていることは間違いないのか?」
 廉の問いかけに、ひびきはタタミイワシをウチワのように振りながらこたえる。
「うん、色々話してみたんだけど――どう見ても汗臭いおじさんみたいだけど人間の血や汗の匂いしないし」
「そうなのか?」
 廉は黒ひげの方に少しだけ顔を近付けて匂いを嗅いでみる。
「確かに――なんだか木材のような匂いがするな」
 廉は腕組みをして首を傾げる。血の臭いでもするのかと思っていたが、木材の匂いとは意外だ。
「黒ひげ、剣の特徴を覚えてはいないのか? 自分自身なのだろ」
「うむ……おぉ、刀身は無事だが、柄は腐っている気がするな」
「ふむ……」
 となると、刀身はまったく錆びていないのに柄は腐食している日本刀を捜せばいいと言うことか。
 一本ずつ確認しなければならないことには変わらないが、いちいち検分する手間が省けることになる。
「む……馳走であった」
 廉はティーカップを恋に手渡す。奇しくもおなじ「レン」という名を持つ二人の視線が絡み合う。
「う、うまかったぞ」
 期待と不安の入り交じる恋の瞳に気おされて廉は思わず後ずさる。
「ありがとうございます」
 廉の満面の笑みを受けて廉は独りごちる。
「まだまだ修行が足りないと言うことか」
 廉は腕組みをして独りごちる。
「あの気迫――俺も身につければな……もしや茶の湯に何か秘密があるのか?」
 剣の路に生きる廉の懊悩はまだ始まったばかりだ。

「さて、どうしたものか」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、風に吹かれて乱れた赤髪を手櫛でなでつけながら辺りを見回す。
 グラキエスの言葉にこたえるかのように、彼がその身に纏っていた銀の装飾を施した黒いロングコートが解け、人の姿へと変わる。
 アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)、グラキエスに仕える魔鎧である。身長二メートル近い威丈夫だ。その彼が、グラギエスの前に膝をつく。
「ご命令を我が主」
「ああ、あのひげの御仁の本体である日本刀を探す。村正という刀なんだが……」
 グラキエスは持ち前の博識ぶりを発揮して広く人口に膾炙している村正の特徴をアウレウスに伝える。
「ほう、ニホンの刀は刃の部分に刃紋というものがあるのですか」
「ああ、村正の刃紋は刀身の左右どちらから見ても同じらしい」
 グラキエスは、ある事情によって記憶が曖昧になっている。はっきりと思い出せる範囲では、村正の実物を見たことはない。彼の口調はいつも通りにぶっきらぼうなものだが、その裏には抑えきれない好奇心が隠されている。
「それでは、その様なカタナを……」
 アウレウスは立ち上がると早速捜索を開始する。しかし、いかに捜索に秀でたアウレウスといえど、無数の刀剣の中から条件に合うようなものを見つけるのは時間が掛る。
「ぼくはよんじゅうえんたろー♪」
 左手に持ったタタミイワシをゆらしながらひびきが通りがかる。黒ひげと世話話にも飽きてようやく村正探しをするつもりになったらしい。
「その歌は?」
 グラギエスは、のんきそうにしている割に気配もなく現われたひびきを警戒する。アウレウスもさりげなくひびきの右側に回り込む。とある事情で、ひびきが右手で刀を扱うことができないのを一瞬で見抜いたのはさすがと言うべきだろう。
「ぼくが作詞作曲した四十円太郎の歌。キミたちもむらっちゃんの本体探してくれてるんだよね? みんなでがんばってむらっちゃん助けてあげようね」
「むらっちゃん……村正の魂が化身したとか言うあの御仁のことか」
 グラギエスの問いにひびきは頷く。
「今度は良い主人に巡り会えると良いねぇ」
 ひびきはしみじみと呟く。アウレウスはひびきが危険人物ではないと判断したのか、言葉を発することのないまま村正探索へと戻った。
「あなたの刀もかなりの業物とみえるが」
 グラギエスはひびきの背中の日本刀に目をやる。
「ん? へへへ、この子はね――」
 ひびきは言いかけていた言葉を切って振り返った。
「っぐ――ぐふぅ!!!!!!!!!!」
 胸に詰った血の塊を吐き出すような悲鳴。
 アウレウスが、手にした緩やかに歪曲した片刃刀を黒ひげのはまったタル状突起に刺していた。
「アウレウス、それはシャムシールだ!」
「我が主よ。俺は何か間違えたか?」