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リアクション
4.黒ひげ ザ ヘッジホッグ
天馬が空を駆ける。
「はっはっはっはっはっは! クロセル・ラインツァート、参上!!」
ワイルドペが猿に乗って颯爽と現れたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は、とりあえず高笑いをあげる。
クロセルの隣には、空飛ぶタルが。
「樽に入った黒髭といったら、俺様じゃねぇか!」
黒髭 危機一髪(くろひげ・ききいっぱつ)である。危機一髪の乗っている(?)タルには小型飛空艇が仕込まれているのだ。端から見れば空飛ぶタルに乗り込んだ妖精さんだ。
危機一髪は、乱暴な口ぶりだが、じつは黒ひげこと村正にシンパシーを感じている。
危機一髪は、村正がはまっているタル状突起のすぐ隣に着陸する。タルにはまったひげのおじさんが二人並んでいる。
夜中に見かけたら夢に出てきそうなほどインパクトがある。
クロセルもワイルドペガサスを黒ひげの近くに降ろす。
「ぬほわ!」
ワイルドペガサスが、何を思ったのか黒ひげの顔をべろりと舐めあげたのだ。
「へぇ……珍しいな。こいつが人に慣れるなんて」
クロセルはワイルドペガサスの汗ばんだ首筋をなでてやる。その名から想像されるとおり、野生で育ったワイルドペガサスは気性が荒く人に慣れづらい。
「なるほど、あなたは本当に村正なのかもしれませんね」
クロセルは黒ひげの正面に立つ。
「村正さん、カップルで甲羅に剣を刺すと永遠に幸せに慣れるという噂は、いつ頃発生したものですか?」
「さてなぁ……わしの前にも甲羅には何本か剣が突き刺してあったな……噂がいつからあったかはどうだったか……」
黒ひげは腕組みをしてうなり始めてしまう。
「あぁ、思い出したくないくらいに辛かったんだな……」
危機一髪も同じように腕組みをして、同じタル仲間の悲運を嘆いた。
「いや、忘れたくても思い出せないのじゃ」
黒ひげの答えに、クロセルはわずかに肩を落とす。
「それでは、あなたの前の持ち主の名は? その人はあなたの本体に名を刻んだりしていませんでしたか?」
クロセルの言葉に、黒ひげは首をかしげる。
「んーむ……とわのしょじょゆきという名であったな」
クロセルは何かの聞き間違いかと思って聞き直す。
「じゃから、とわのしょじょゆき、じゃよ」
黒ひげのとなりに立つ(?)危機一髪も『どん引き』という言葉が実体化したような表情をしている。
本名なのか通名なのかわからないが、少しばかり風変わりな名であることは変わりないだろう。
「どうにも手がかりがないですね」
クロセルは思わず額に手をやって天を仰ぐ。高度が高いせいか、梅雨の季節にもかかわらず空がきれいだ。
「わっ、黒マントの怪盗だ」
右腕と脇腹の間に何本もの日本刀を挟み込んだひびきが、仮面に黒マントというクロセルの格好を見て目を丸くする。
「はじめまして、お嬢さん」
クロセルは二枚目を気取った三枚目を気取るという、いつもの持って回ったスタイルで優雅に一礼してみせる。
「はじめましてー」
ひびきもクロセルに習って一礼するが、その表紙に右腕に挟み込んでいた日本刀がばらばらと落下する。
「おっと!」
危機一髪は、タルから上半身を伸ばして、落ちかけた日本刀を器用につかんだ。
「刃物を持っているときは気を散らしたらあぶねぇぞ、嬢ちゃん」
「面目ないです」
ひびきは左手で頭をかきながら頭を下げる。
「なるほど、柄が腐りかけの日本刀ばかりを探してきたのか」
日本刀の柄は、木が使われることが多い。雨に打たれ風に吹かれれば当然、木は腐る。
危機一髪が空中でつかみ取った日本刀の柄は、力を入れて握るとずぶずぶと沈み込んでいくような感覚を覚える。
「みんなで刺してみませんか?」
「ん? いいのか?」
「縁があれば遠ざけようとしても引き合うものですし」
「ふむ……そういうものか」
「私も混ぜてください!」
角の生えた少女。硯 爽麻である。その手には一降りの日本刀が握られている。鬼神力によって身体の大きくなった彼女には、その日本刀がまるで探検のように見える。
「えい!!」
「ぐわららら! それはわしの本体ではない!」
「あぁ、違ったかぁ」
「いいものではあるのですが、爽麻、残念でしたね」
「うーん、この刀でもよろこんでくれるかなぁ……」
ここにはいないパートナーのためにも村正を持って帰りたかった爽麻は悄然として肩を落とす。
「あら、わたしも遊ばせ――もとい黒ひげさんを助け出すお手伝いをさせてもらってもよろしいですか」
御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)はめがねのフレームを人差し指と中指で押し上げる。
「あ、どうぞ」
ひびきは一瞬「失礼ですがおいくつですか?」ととたずねそうになった。その瞬間、背骨を突き抜けるような冷たさを感じて口をつぐんだ。
「あれ? 何だ、今の」
クロセルも何かを感じたらしく、しきりに辺りを見回しては首をかしげている。
ただ一人、黒ひげだけがその『殺気』の源に気づいて戦慄していた。
(こ、この女――何か苦手じゃ)
「さて。わたしも日本刀集めてきたんですよ?」
千代は、秘書時代に培った完全なスマイルを浮かべてひもでひとくくりにした日本刀を広げた。
ひびきほど厳選はしていないようだが、本数は三倍以上ある。
「さて、早速刺して逝きましょうね♪」
千代は瞬間的に壮絶な笑みを浮かべて日本刀を{RED}振りかぶった。{/RED}
「首落としたりしたらたぶん死んじゃいますよ!」
クロセルが慌てて千代を止めようとする。
「冗談ですよ」
千代はいつもの柔和な笑みに戻って、しかし刹那の躊躇も見せずに黒ひげのはまったタル状突起に刀を突き刺した。
「ぐぎぎ……」
黒ひげは必死の形相で悲鳴をこらえる。理屈はないが、千代の目の前で下手に悲鳴を上げるとかえって危険が増すような気がしたのだ。
「うまくここを切り抜けたら酒でも呑みに行こうぜ、兄弟」
危機一髪もぐさりと日本刀を刺す。
「わー、大人だなぁ。いつかボクも呑めるようになれるかなぁ」
ひびきも刺す。
「穴と刀が一致しないと駄目となるとやっぱり難しいですね」
クロセルも刺す。
刺。
刺。
刺。
刺。
切。
突。
投。
捻。
殴。
投。
極。
刺。
刺。
刺。
刺。
「ひゃい〜〜〜〜」
「痛がっているフリしてホントは嬉しいんじゃないの!このド変態!」
千代は気がつくと両手に刀を持ち、刺してはそれを引き抜き、また別の場所に刺すという責めに没頭していた。
「ほらほらほら!」 いい声を聞かせなさいな!」
声のトーンが普段の落ち着いたものと打って変わって。完全に女王様となっている。
「う……」
「……」
クロセルらは、一分足らずでハリネズミような状態に鳴った黒ひげのタル状突起を見て言葉を失った。危機一髪は、同じような境遇の者として、男として思うところがあるのか、上を向いてまぶたをきつく閉じている。もしかしたら、涙をこらえているのかもしれない。