リアクション
◇ ◇ 「粘土のような材質、ですか……。 義手、……でなければ、ゴーレムの一種でしょうか」 盗賊キアンによる三度目の際に遺された、ブリジットの腕を調べて、叶 白竜(よう・ぱいろん)は呟いた。 「それにしては、随分精巧に作られてましたね」 ちょっと見ましたけど、と、パートナーの強化人間、世 羅儀(せい・らぎ)が言う。 「……まあ、人間そっくりの人形とか、パラミタじゃ、別に珍しくもないですが」 一通り見て、白竜はその解析を諦めた。 「……魔法の分野は管轄外です」 「じゃ、他に調べたいって連中に回してきます」 半ば投げ出すように持ち上げたその腕をヒョイと受け取って、羅儀は笑って場を外す。 魔法の分野は諦めた白竜達は、ファリアスの町の調査を続けることにした。 「――それにしても」 調査結果を見直し、白竜は冷静な表情のまま、小さく溜め息を吐き出す。 「塩山まであったとは……」 貧富の差が生まれるわけである。 一山だけだが、この島では岩塩が採れた。 砂漠が多く、山間部も海も少ないシャンバラでは、さぞかし高価で取引されているのだろう。 「……あの領主に、町を統治するだけの手腕があるとは思えないのですが」 「何気に辛辣ですね」 羅儀は、白竜の言葉に笑って言った。 「その手腕の無さが、貧富の差を生んでるんだろうなあ……」 アヴカンは、前の領主の甥だという。 生涯未婚で、子供のいなかった彼の後継者として、恐らくは降って沸いた幸運だったわけである。 前回同様、主に羅儀が話を聞く役目となり、調べてみたが、特に十年以上前と現在で、民の暮らしに劇的な変化があったわけでもないようだ。 劇的な何かが起こらない限り、誰が領主を務めても、民の仕事は変わらない、ということなのだろう。 要領のいい者がのし上がって行く。 そうした結果、領主が変わった例もあるようで、ある意味で言えば、アヴカンが今も領主を続けていられるのは、たまたまと言ってもいいのかもしれなかった。 領主自身に、十年より前の話を訊こうとしても無駄だろう。 訊くなら、十年以上この屋敷で働いている人物だ。 そこで清泉 北都(いずみ・ほくと)は、屋敷の執事を務める老年の紳士に訊ねてみた。 学生達に聞いてみようとも思ったが、ファリアスには学校はなかった。 だが、地球から来た学校の他、シャンバラに学校の無い町は珍しくはない。僻地であれば、尚更だ。 「この町には時折義賊が現れるそうだけど。それっていつから始まったのかな」 「……そうですね、5、6年ほど前からだったと記憶していますが」 少し考えて、執事はそう答える。 「この屋敷には、今回の時に初めて?」 「はい。思い出したように時折、あちこちの屋敷が盗みに入られていて、今回、ついに来たかと、実は思いましたよ」 と、苦笑しながら一応、声をひそめる。 呑気なことだと北都は思った。 「この屋敷で働く者として、何度も盗賊に入られるのは問題じゃないかと思うんだけど。 盗賊に襲われて怪我をしたり、下手すれば殺される可能性だってあるのに」 「……全くですね」 北都の言葉に、執事はもう一度苦笑する。 「主人を護るのが執事としての役目でしょ。 結界に関するものが狙われているなら、手放してしまうのが一番かと思うけど」 「……ええ、それが何なのか、解れば……」 一方、北都のパートナーの吸血鬼、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は別の方向から情報を集めていた。 「うん、そこそこ」 容姿を見て、綺麗な娘を選び、こっそりと忍び寄る。 「よう」 「はい?」 背後から声をかけると同時、その首筋に吸い付いた。 「なあ、盗賊の狙いに誰も心当たりねえのか?」 「……いいえ」 ちっ、と何人目かの同じ答えに、ソーマは舌を打つ。 吸精幻夜による情報収集だ。 普通に訊いても答えて貰えるかもしれないが、そこは趣味と実益を兼ねている。 「ったく、どいつもこいつも、盗賊が憎くはねーのか」 「……いいえ」 「は?」 「……こっそり、少しだけ、ちょっとだけ、値打ちのあるものを、くすねる人は……いるから。 だって……暮らしていけない人も、いるし……だって……領主様は、どうせ、気がつかないし……」 「……呆れた話だな」 領主は、余程見くびられているらしい。 言い訳がましい口調からして、この娘も盗みを働いたことがあるのだろう。 「ま、いいか」 肩を竦めたところで、北都が現れた。 「よーう」 「もう、何してるんだよ。また逸れたじゃないか」 片手を挙げたソーマに、北都は呆れたように言う。 「はっは、まあいいじゃねーか」 「迷子を探す方の身にもなってよね」 「別に迷子になってたわけじゃねーよ」 慌てて弁解するソーマに、やれやれと北都は息を吐いた。 「前の領主?」 一方、黒川大こと佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、引き続き厨房で情報を集めた。 折角手に入れたネットワークだ。利用しない手はない。 弥十郎の手際で、仕事が早く済んだのも勿論あるが、厨房で働く女性達の、手を動かしながら口も動かす技は熟練の域だ。 厨房で働く者の中には、勤務年数の長い者も多い。前の領主の人柄を訪ねると、すぐに、 「ああ、あの人ね!」 という話になった。 「ケチくさい人だったわね〜」 「そうだな。それに全く他人を信用しない人だった」 「毎日、食事を毒見させてたぜ。俺達、そんなことしないっつーの!」 「屋敷内にね、沢山秘密の部屋を作ってたみたい。誰も信用できなくて、宝を護れるのは自分だけ、みたいなね」 「秘密部屋? それは何処にあるのかなあ?」 興味を持って、口を挟んで訊ねてみると、 「今は秘密でも何でもないけどね」 と、その中年女性は笑った。 「アヴカン様が領主になった時、屋敷中ひっくり返す勢いで、秘密の部屋も秘密の地下室も、隠してた宝物は洗いざらい掻き出してたもの。 全部わしの物だ――! って」 「そうそう、でも何をどれだけ持っているかなんて、全然把握してないのよね」 彼等はそう言って、けたけたと笑いあった。 「……じゃあ今はもう、前の領主が大事にしてた部屋とかは、無いんだねえ」 残念、と、聞いた内容を、屋敷内を捜索している兄の強化人間、佐々木 八雲(ささき・やくも)に伝える。 (……それじゃ、結局何処を探したらいいのかは解らないのか) (そういうことだねえ。まあ頑張って) やれやれと溜め息を吐き、八雲は屋敷の中を見渡す。 「……そもそも、誰が何の為に、それをここに隠したんだ?」 「――そうそう、他人を信用しないといえば、誰を護衛につけても信用できなくて、しまいには、性能のいいゴーレムを買う、とか言い出してたわね」 思い出したように一人が言って、弥十郎ははたと彼女を見た。 「ゴーレム? それで?」 「まあ結局来なかったけどね。 注文したかどうかは知らないけど、来る前に、領主様病気で亡くなられてしまったし」 「老いには勝てなかったわね〜」 「……」 弥十郎と、それを伝えられた八雲は、眉をひそめて考え込んだ。 |
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