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黎明なる神の都(第2回/全3回)

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黎明なる神の都(第2回/全3回)

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 第11章 拒絶する力の源

「そもそもどうして、結界を施してある場所に人の名前が刻まれているのであろう?」
 草薙 武尊(くさなぎ・たける)は、その点を推理してみた。
「結界を施した者の名、であれば、その足跡を辿ることによって幾ばくかの謎が解けようが……」
 もしくは、封じられているものの名、かもしれない。
 あるいは「近付けてはならぬものの名」か。
 だとすれば、その対象を探し出すことが糸口になるかもしれなかった。
「それとも、書かれた名前の本人か、あるいはその血を引いている人でないと解けない結界、っていう意味とか」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)も、可能性のひとつを提示してみる。
「いずれにせよ、名が解らずば、か……」
 残念ながら、武尊にもショウにも、この文字を読めるだけの知識はなかった。
 領主宅にも、古代文字を判読するような書物は無いと聞くし、文字を写し取り、イルミンスールまで戻って図書館で調べてみるしかないか、と武尊は思う。
 あの場所であれば、名前くらいすぐに解読することができるだろう。
「全ては、名前の解読をしてから、だの」
 やれやれと武尊は独りごちた。

「うーん、誰もこの文字を読めないんだよ」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も、結界を調べる仲間達が誰もこの文字を読めないと知って、他の方法を考えた。
「そうだ、魔女さんなら読めるかもだよ。写しを見せに行ってみようか」
「ここに何度も来てるアルし、キタローさんも読めるかもアル」
 パートナーのゆる族、チムチム・リー(ちむちむ・りー)に、レキは、
「キタロー?」
と訊き返す。
「盗賊さん、と呼ぶのは怪しいので、仮名アル。
 片目を隠した人はこう呼ぶことになってるアル」
「……へえ」
「突っ込むアルよ!」
 スルーしたレキに、チムチムは訴えた。

 あの時会った二人組とは、その後会うことが出来ず、レキ達は一旦タラヌスに戻ってネヴァンを探し、文字の写しを彼女に見せてみることにした。
 ネヴァンは、結界のプレートに刻まれていた名だ、と言われて微かに眉を寄せる。
「……ラウル・オリヴィエ」
 そして静かに、そこに刻まれている名を呟いた。
 そう、これが、あの男の名なの。
 そう言った微かな呟きは、レキ達の耳には届かなかった。

 結局、その名以外のことは解らずじまいだった。
 それだけでは、ネヴァンにも、結界を解除する方法までは解らなかったのだ。
「魔法使いにもわからない結界アルかぁ」
「……何だか、写しを見せた時のネヴァンさん、怖い顔をしてたんだよ」
 再びファリアスに向かう飛空艇の中で、レキはチムチムに言う。
 怒りのような、憎しみのような、そんな感情を感じた。
「自分が入れない結界を張ったのが博士なら、憎らしいかもアルね」
「そだね」
 それにしても、と、レキは写しの名前を見る。
「……オリヴィエ博士は、何の為に結界を張ったのかな?」


 結界のプレートが島の東西南北にあるのなら、それを繋いで交わった中央の位置に、何かがあるのかもしれない。
 レキや葉月ショウはそう考えた。
 地図で場所の当たりをつけ、鉱山地帯のど真ん中であるそこを、ショウは入念に飛空艇で巡ってみたが、しかし何も発見されるものはない。
 結界は、解除すべきではない。
 今もショウはそう考えている。
「魔女を入れない為の結界と聞いたけど……逆のパターンも有り得るんじゃないか?」
 つまり、島から魔女を出さない為、だ。
「どちらにしても、情報が足りない、か……」
 丹念に調べてみたが、やはり島の中央の場所には何もなかった。
 4枚のプレートの結界を括る「央」の位置を取るものは、「場所」ではない、ということか。
「場所ではない、とすると。つまり……」


「ザカコさんもこっち来てるって。魔女さんの所に話聞きに行ったって」
 ショウと共に島の中央を捜索して来たルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、プレートを調べていたパートナーの剣の花嫁、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に、結果の報告より先にそう言った。
 それを聞いて、中央位置には何も無かったんだな、とダリルは判断する。
「ああ、俺も連絡を受けた」
「そっち、何か解った?」
「……まあな」
 ダリルもプレートの文字を読むことはできなかったが、解ったことはあった。
 プレートはただの銀の板で、それ自体が何かの装置、という物ではなかった。
 サイコメトリを試してみると、レキの言っていた二人組の男女が、何度もこの場を訪れているのが解った。
 遡る間に男はどんどん若くなり、少年になったが、女の方は、全くその容姿が変わらない。
 他にも、最近になって、冒険者と思われる者達が複数、プレートの場所を訪れたり、破壊しようとしたりしている。
 恐らくはネヴァンの依頼を受けて結界を解除しようとした者達で、その度に見える映像は消え、プレートは破壊されているようなのだが、その都度再生し続けているらしかった。
 どうやら、二段階に分けて括られた結界は、その片方だけを破壊しても、復活してしまうようだ。
「……オリヴィエ博士が見えた」
「えっ、オリヴィエ博士、何か知ってるの!?
 今此処に来てるけど、いなくなっちゃってるんだよね?」
 ルカルカは驚く。

 プレートの、一番古い映像は、オリヴィエ博士の姿だった。
 手を翳し、離して、去って行く。

「え、どーゆうこと? えーと、うーんと、もう、どうして此処に博士いないんだろう〜」
 真理ではあるが、とダリルは溜め息をつく。
「お前、ちゃんと考えてるか?」
「考えてるようっ」
 訴えるルカルカに小さく肩を竦め、ダリルはプレートを見下ろした。
 果たしてこれは、入れない為のものか、出さない為のものか。
 護る為のものか。


◇ ◇


「ハルカ、勝手に動いて皆に心配をかけてはいけませんよ? わかりましたね」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、そう言ってハルカの頭を撫でた。
「大丈夫なのです」
と頷くハルカは、そもそも毎回、自分が迷子になっている自覚が皆無なのが困り所だ。
 約束を交わしながらも、ハルカから注意を逸らしてはいけないだろうとは判断していた。
 光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が抜かりなく、ハルカの持つお守りに『禁猟区』を施す。
 それでもハルカは今回、自分が離れている間にオリヴィエがいなくなってしまった、という自覚はさすがにあって、
「ハルカがいない間にはかせが迷子になっちゃったのです?」
と、責任を感じている。
「……大丈夫。見付ければ、いいだけ」
 刀真のパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、そう言ってハルカを抱きしめた。
「大丈夫。私達に任せて」
 きっと見つけてみせるから。

 オリヴィエ博士を連れ去ったのは、男女の二人組だったらしい。
「どんな話をしていましたか?」
「さてなあ。片方が一方的に怒鳴って、もう片方は無抵抗だったような気がするが」
 話の内容までは聞いていない、とその男は答える。
 そして殆ど無抵抗のまま、強引に引っ張って行かれたのだと。
「そういえば、女の方は片腕だったかな」
 オリヴィエ博士を探す一方で刀真は、手掛かりになればと、彼がファリアスへ来た目的である、「ゴーレムのメンテナンス」の顧客についても訊ねて回った。
「この町で、ゴーレムを使っている人やゴーレムを使っている所を知っていますか?」
「鉱山で、多少使っているかな。
 でもまあ、結局人手の方が色々手っ取り早いんで、あまり数は多くないぜ?」
 そんな返答が得られて、それは恐らく、自分が求めている情報とは違う、と刀真は判断する。
 それらは多分一般的なゴーレムで、オリヴィエの作成するものとは違うだろうと思えるからだ。
 だが、特別なゴーレムに関する情報は得られない。
「……博士があの時、返答を濁していたのと、関係あるのか?」
 刀真は独りごちる。
「博士は誰かに連れ去られたんじゃなくて……自分から付いて行った可能性もあるよね?」
 そんな刀真に、月夜が言う。
「否定できませんね」
 刀真も頷いた。


「ふっ、この面子で人探したあ、縁ってヤツを感じるのう」
 パートナーの魔鎧、アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)を伴い、翔一朗は感慨深くそう言って、人探しの必殺技を使うことにした。
「必殺技なのです?」
「これじゃあ!」
 取り出したのは、似顔絵を描いた看板だ。
 それを2枚、首から下げて、サンドイッチマン状態にして町を歩くのである。
「あ、レベさん作戦なのです!」
 かつて行ったことのあるその方法を、ハルカも勿論憶えていて、笑顔になった。
「あー、まあ、ここはそれほど大きい島じゃないもんね。効果あるんじゃない?」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、微妙に引きつった笑顔で、一歩後退り、何気に他人のフリを試みた。
「じゃろ! 複数でやれば、相乗効果じゃけえ、あんたらもどうじゃ!」
「僕は空から捜すよ」
 美羽のパートナーのヴァルキリー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、美羽にそう言う。
「ああっ、私も行くってば!」
 美羽は慌ててそう答えた。
 翔一朗はぐるりと黒崎天音の方を見……ようとしたが、既に彼の姿はなくなっている。
「……ま、仕方ないのう」
 予想されてはいたことだったので、ここは一人で決行することにした。
 その翔一朗の手を、ハルカが取った。
「ハルカ?」
 きょとんとする翔一朗に、ハルカはにこりと笑う。
「ハルカは禁猟区が使えないので、みっちゃんが迷子にならないようにするのです」
「……あー、えーと、まあ、俺達が博士を見付けちゃるけえ、あんまり心配せんでもええで」
 もご、と翔一朗はうろたえたが、とにかくそう言うと、連れ立って、博士を探す為の聞き込み調査を始めた。
 オリヴィエ博士はミスリル製の財布を持っているはず、ということを知っていた翔一朗は、トレジャーセンスに引っ掛からないかと思ったが、何しろ、この島は宝石で溢れ返っているので、反応ありまくりで役には立たなかった。

 それでも、彼等の地道な聞き込み調査によって、オリヴィエ博士の居場所はやがて見付けることができた。
 彼は日中もあちこちをフラフラ歩き回っていたらしく、多くはなかったものの、目撃情報を得ることもできていた。
 ……だが。


 義賊が存在するなら、それを取り締まる立場の教導団は疎まれて然るべしと思ったが、制服を脱ごうとは思わなかった。
 だが、意外にもファリアスの人々は、基本的に皆気さくで、
「大らかなんだか、単純なんだか」
と、心の中で思ったのは秘密である。
「アリーセ殿、お仕事を放っておいて良いのでありますか?」
 足元で、パートナーの機晶姫、リリ マル(りり・まる)が言う。
「これも仕事です」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は冷静に言葉を返した。
 休日のファリアスでは、いつもより大きな市が立っている。
 アリーセは、教導団技術科の使いで、良質の機晶石の買い付けに来ているのだ。
 実のところ、それがファリアスに来た直接の目的である。領主の護衛の方がついでだった。
 ついでだが一応、キアンが狙っているものが、間違って市場に出回ってはいないかと、気をつけてみてもいる。
「今足元で何か声が?」
 機晶姫の核となるものを扱っていながら、機晶姫らしからぬ姿に、店主が不思議そうに声を掛けた。
「気のせいだと思います」
 それにもアリーセは冷静に答える。
「アリーセ殿!」
 リリが泣き声で存在を訴えた。

「おう! 人を探してるんじゃが、こんなヤツ見かけんかったか?」
 そこへ割って入った声に、アリーセは振り返り、そして首を傾げた。
「うーん、見かけた憶えはないねえ」
 店主が答えている。
「……その人、どうしたんですか」
 少女と手を繋いだサンドイッチマンの看板に描かれている顔に、アリーセは見覚えがある、ような、気がする。
「知っとるんか?」
「……まあ、その人が誰かは、知っているかもしれないですが……。
 その人、どうしたんですか?」
「昨日から行方不明でのう。まあ心配ないとは思うんじゃが、一応探しとる」
 名前を聞いて、足元でリリが、一大事! と叫んだ。
「行方の方は、解らないですね」
「そうか。邪魔したな」
 礼を言って、サンドイッチマンは立ち去った。
「……オリヴィエ博士が、行方不明?」
 アリーセは呟く。
 自分の存在はスルーですかー! と足元でリリが泣き叫んだ。