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リアクション
第4章「赤き鳥の間」
「うーむ、やはり一筋縄ではいかんようじゃの」
地下一階と地下二階を繋ぐ階段付近で調査機具の準備をしているザクソンが、下から鳴り響く戦闘音や爆発音を聞いてそう漏らした。
彼を始めとした調査メンバーを護衛する為に残った源 鉄心(みなもと・てっしん)は周囲を警戒している。幸い今の所は敵と思われる存在が来る事は無かった。
「下は随分派手にやっているようですね。組織だった相手が抵抗しているのでしょうか」
「かもしれんのぅ。この結界が個人の作り出した物であれば良かったのじゃが、そうなるともうしばらくは待機していた方が安全か」
「そうですね。念の為ティーを先にやってますし、大丈夫そうなら連絡が――ん?」
鉄心が会話を途中で止める。誰かがこちらにやってくる音が聞こえたからだ。ただ、殺気を感じなかった所を見るとザクソン達を狙う存在という訳では無いらしい。今の所は。
「なぁヴェイダー、本当にここがアジトなのか?」
「絶対そうだよ! ボクの調査を甘く見ないでよね、ダーリン」
「何か色んな学校の学生達が入ってくのが見えたし、そんな雰囲気がするようには見えないんだがなぁ」
男女(?)の声が段々と近づき、やがて角から二つの影が姿を現す。互いが相手の存在に気付くと、向こうが鉄心の方へと歩いてきた。
「ねぇねぇ! キミ達も悪の組織を倒しに来たの?」
「は?」
「――なるほど、神殿の地下にあった結界……それでヴェイダーがアジトがどうとか言ってたのか」
「まだ分からないよダーリン。本当に悪の秘密結社が潜んでるのかもしれないもん!」
「そうか? まぁ話を聞く限りは下にいるのは歓迎出来る相手じゃなさそうだけどな」
独自調査というよく分からない物を根拠に主張するメイド服姿の女の子(?)。それを話半分に受け取っているパートナーの男に対し、鉄心が尋ねる。
「それで、蔵部 食人(くらべ・はみと)君だったか。キミはどうするつもりなんだい?」
「いやまぁ……こいつは言っても聞かない奴ですから、下にいる人達を助けに行ってきますよ。どちらにしろ、関わった以上は俺も放っておくなんて出来ませんし」
パートナーの押しが強いせいか、主張の弱そうな印象を受ける食人。だが、必要であれば他人に手を差し伸べるという事に関してはしっかりとした自身の意志を持っていた。
「さっすがダーリン! ヒーローとして見過ごす訳にはいかないもんね」
「そういう訳でヴェイダー、変身をだな……」
「はい、ダーリン」
「……やっぱり、これを使わないと駄目なのか?」
手渡された手甲型ブレスレットを受け取り、食人がため息をつく。そして多少逡巡しながらも、諦めたようにブレスレットについたボタンを押した。
「えーっと……ま、魔装変身!」
『チェンジ・シャインヴェイダー!』
乾電池で動く子供のヒーロー用おもちゃのような声とギミック音がブレスレットから響く。その声と共にメイド服の少女(?)の姿が消え、朝焼け色の全身鎧となって食人を包み込んだ。
「ふ……聖域で不穏な動きを見せる輩か。いいだろう……この俺が神に代わり、裁きの鉄槌を下して見せよう」
先ほどとはうって変わり、強気な言動を見せる食人。そんな彼に、鉄心の横でやり取りを見ていたイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が問いかける。
「食人さん、参りますの?」
「あぁ。神殿とは救いを見せる地……何者が巣食っているかは知らんが戦いによる無粋な雑音は似合わないからな。それから――」
「それから?」
「俺の名前は魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)。覚えておくんだな、お嬢ちゃん」
少しキザったらしく微笑んで――といっても、顔まで覆われている為にその表情は見えないが――地下二階へと降りて行く食人改めシャインヴェイダー。そんな彼を見送りながら、イコナは最近多くなった意味不明な独り言をつぶやいていた。
「掴めよ正義、想いを胸に、戦えヴェイダー、ヴェイダ〜」
「……イコナ、何その歌」
「う、熱い……暑いじゃなくて熱いよ、ここ。扉が鳥の模様だったからってここを選んだのは間違いだったかなぁ」
赤い扉を越えて来た者達を待ち受けていた物。それは無機質な空間と、そこを飛び交う炎だった。先頭を歩く寿 司(ことぶき・つかさ)があまりの暑さに額の汗を拭う。
「ふむ、これは加護の力で少しでも和らげた方が良いだろうな」
モルゲンロート・リッケングライフ(もるげんろーと・りっけんぐらいふ)がファイアプロテクトを使う事により、周囲の熱気が幾分か楽に感じられるようになった。彼に続いて六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)も祈りを捧げる事で加護を強めて行くが、そこでパートナーである麗華・リンクス(れいか・りんくす)の調子が微妙におかしい事に気付く。
「麗華さん、どうしました? 調子が悪そうに見えますが」
「あぁ、妙な頭痛がどうもな……酒は抜いてきたはずなのだが」
「大丈夫ですか? 教授の所に戻っていた方が……」
「何、気にするな。ここまで来た以上真面目に仕事をするさ。そうすれば気にならなくなるだろうしな」
優希に心配をかけないように気丈に振舞う麗華。だが、その心の中では違和感が残り続けていた。
(頭痛だけじゃない。あたしの心の中まで覗かれてるようなこの感覚……嫌な物だな)
「……ふむ、寿 司に柊 真司(ひいらぎ・しんじ)か。やはり見知った顔がいたな」
「え? 貴方は確か……」
「和泉 猛(いずみ・たける)か」
司と真司。二人が過去の事件で共に戦った事のある猛の存在に気付く。だが、彼がいるのは部屋の奥側。どう見てもこちら側の人間では無い。
「たーくん、何でそっちにいるの?」
「研究だ。何人かの知り合いにはこちらに付くと伝えてはおいたんだがな」
「そういえば、無限がそれらしい事を言っていたな。お前は別の依頼でこちらには参加しないと」
無限 大吾(むげん・だいご)は三人の共通の知り合いだった。だがまさかその依頼が直接敵対するものだったとは思いもしなかっただろう。
「まぁこちらは依頼の系統から薄々予感はしていたがな。あの教授の護衛と調査の協力。知り合いがいたとしても何らおかしくない内容だ」
あくまで仕事と割り切っている猛は知り合い相手でも本気で戦うつもりだ。それをサポートする為にパートナーのルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)や妹の和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)を連れて来ている。
「さて、始めるか……悪く思うなよ」
「因縁のある方同士の戦いでしたら手出しをせず見守ろうと思っていましたが、お知り合い同士なのですね……戦い辛いでしょうし、私が相手させて頂きましょう」
「私もお手伝いします。まだ未熟ですけど、少しでも皆さんのお役に立たないと……」
猛達に対して前に出たのは六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)と東雲 いちる(しののめ・いちる)だった。パートナー達と共に、少しでも他の者達が厄介な相手に戦力を集中出来るように戦う。
「ふむ、本命は『あいつら』の所に向かったか。まぁあれはあれで因縁があるだろうからな」
別の相手に向かった司や真司はそのまま見送り、目の前の優希といちる達に目標を定める。データ収集を効率良くする為、戦闘用イコプラによる攪乱を――
「む」
「どうしました? 猛さん」
「いや、アンズーを三体用意して来たはずなのだが」
「それなら来る時、家に置きっぱなしでしたけど……」
ルネの言葉に若干沈黙する猛。
戦闘に役立てたい時は『武装』として用意しないと駄目だね☆ これ大事
「……まぁ目的は『アレ』のデータ取得だから構わんか。元々俺自身が動くつもりは余り無かったしな」
無い物は仕方が無いと早々に諦め、当初の予定通り複製体のデータを得る事に専念する猛。そんな彼のそばにいる複製体、その外見は絵梨奈そっくりだった。事情を知らない者からすると双子と勘違いする事は間違い無い。
幸いここにいるエヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)やギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)は入り口で篁 大樹の複製体と対峙している為、すぐに状況を理解する事が出来た。
「あれってさっきと同じでどちらか片方が偽者なのかしら」
「あるいは両方がそうかも知れんがな。いずれにせよ、攻撃を仕掛けてくるというのであればこちらは迎撃するまでだ」
「そうねぇ。それにしても、何人も偽者がいるって事はいちるの偽者もどこかにいるって事なのかしら……そうしたらあんな事やこんな事をするんだけど」
本物のいちるにはとても出来ないような事を色々と妄想するエヴェレット。途端に隣からどす黒いオーラが漂ってくる。
「……ふふっ、冗談よ冗談。そんなに睨まないで頂戴、ギルベルト」
「別に睨んでなどいない。下らぬ事を言ってないで早々に片を付けるぞ」
「はいはい。それじゃモルゲンロート、私達もいちるを護るから、最後の一線は任せたわよ」
「うむ。主殿の身は私が護ろう……心は貴殿が護るのだぞ、ツンデレよ」
「誰がツンデレだ」
その言葉を無視し、モルゲンロートが魔鎧となる。ギルベルトはじっくりと問い詰めてやりたい所ではあったが、彼がいちるに纏われた状態ではそれもままならないので仕方なく諦める事にした。
「皆いいよなぁ、どうせ俺なんてよぉ」
戦いに向けて双方の精神状態が変化していく中、ネガティブまっしぐらな男が混ざっていた。絵梨奈のパートナー、ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)だ。
「どうしたの? ジャック」
「だってよ、ここまで一切台詞無しだぜ、俺。さっきなんて猛の手伝いでルネと絵梨奈は挙がったのに、俺の名前は一切出てねぇし」
「……言ってる意味が分からない」
思わず半眼になる絵梨奈。だが、ネガティブ思考の達人、やさぐれ帝王であるジャックは止まらない。
「あぁそうだ、あいつらもだ。自分の、仲間の為にって迷わず前に出て来やがる……眩しいよなぁ……羨ましいよなぁ」
鬱憤が形になるかのようにジャックの身体が暗緑色の鎧と化す。魔鎧としての姿になった彼はそのまま絵梨奈に纏われると、優希やいちるに対して宣戦を布告した。
「汚してやるよ……お前達みたいな眩しすぎる太陽はよ!!」
「……来るぞ!」
麗華が注意を促すと同時にジャックに導かれた絵梨奈が動き出す。そして壁から飛び出してきた炎に狙いを定めると、何と蹴りを放つ事で無理やり軌道を曲げて見せた。
「熱っ!? こ、この程度ぉぉ!」
自分から炎に足を突っ込む行為となる為、当然の事ながら脚部を覆っているジャックはその影響を一番に受ける。だが、眩しいほどに思える相手を攻撃する為ならば、多少の熱さは何のそのだ。
「随分無茶するわね……でもとりあえずは」
エヴェレットの氷術による迎撃。対するジャックは一度消されたくらいでは怯まず、なおも絵梨奈に蹴りを撃たせて炎を相手に向けて行く。
「気体を直接操る事は出来なくても、これなら……」
更にルネも炎の軌道を変え、迫り来る数を増やす。もっとも、こちらは直接蹴ったりはせず、サイコキネシスで操った物を当てて変化させるという安全策だ。
「元からの炎と合わせての連携攻撃……でも負けません、皆が私を護ってくれてるって分かるから……私も、皆を護ります!」
数を増やすならこちらも迎撃の質を上げるまで。いちるのブリザードが炎を纏めてかき消し、一歩も退かぬ姿勢を見せた。
「私達もいちるさんに負けていられませんね、麗華さん。何とかこちらが攻めに転じないと……」
「うむ、そうだな……ん? 待てお嬢、あの片割れはどこに行った?」
「む……! 上か!」
援護に回っていた優希達がいつの間にか姿が見えなくなっていた相手に気付く。次の瞬間、とっさにいちるを庇ったギルベルトの鎧に、絵梨奈の放った銃弾が命中していた。
「ギルさん!?」
「……案ずるな、いちる。この程度で俺は倒れなどしない」
痛みを表情に乗せる事無く冷静に言い、大切な相手を安心させる。幸いギルベルトの着ている鎧は銃弾に対する防御に重点を置いて製作されている為、そのくらいの芸当は行う事が出来た。
「なるほど、複製体は何人かの能力を受け継ぐという話だったが、同種の能力が重なった場合、それが強化されるようだな」
一人離れた場所で戦闘を見守っている猛が淡々とデータを記録していく。絵梨奈は相手の行動を予測した上で光学迷彩によって姿を消し、死角からの奇襲を得意とする二人分の力を受けついだ攻撃を行っていた。その為ギルベルトが直前に察知するまで、他の誰もが気付けなかったのだ。
「しかしあいつ……本物の絵梨奈より攻撃的だな」
先ほどまでの動きで分かるように、本物の絵梨奈は基本的に炎を利用した間接的な攻撃に留まっている。発案自体は絵梨奈自身ではあるが、行動自体は魔鎧のジャックが引っ張っる形となっていた。
もっとも、絵梨奈は兄である猛の研究の手伝いで来ているだけなので、積極的に攻勢に出る理由が無いというのもある。ルネも同様だ。そしてその点が優希達にとって突破の糸口となる。
「あの奥の方、自身で戦おうとはしていませんね。それにあの動き……奇襲をかけて来た女性を観察している気がします」
「そうだな。向こうの女と違って魔鎧を纏っていない事もある。恐らくあちらがコピーなのだろう」
「ならそちらを何とかすれば観察の理由が無くなるかも知れませんね。狙いを絞りましょう」
再び襲い掛かろうとする絵梨奈への攻撃を最優先とする。最初に攻撃を試みたのは麗華。だが、気負い過ぎたのか足が滑り、ハンマーを手落としてしまう。
「! しまっ――」
「機会は逃さない」
当然そこを狙ってくる絵梨奈。パートナーを護る為、優希が盾を構えて射線へと飛び込む。絵梨奈の放つ銃弾が盾へと集中するが、それでも退く事はしない。
「くっ……! でもこのくらいは……私だって、生半可な気持ちでパラミタに戻って来た訳じゃありません……!」
「――良く言った、お嬢……上出来だ」
優希の身体をすり抜け、光の矢が絵梨奈の銃を弾き飛ばす。最初にハンマーを取り落としたのはわざとで、こうして光条兵器の特性を利用して死角から銃を狙う事を目的としていたのだ。
ちなみに優希との事前の打ち合わせなどはしていない。全ては相互の信頼による即席の連携だ。
「行けっ、お嬢!」
「はいっ!」
麗華からのパワーブレスを受け、優希がバーストダッシュで突撃する。そのまま盾を捨ててライトブレードを両手で握り締めると、体当たりとも思える突進で絵梨奈へと突き刺した。
「――!」
予測を上回る攻撃により、絵梨奈の身体が消滅する。それと同時に猛がルネ達の戦いを止めさせる声が聞こえた。
「記録完了……中々興味深い研究対象ではあったが、仮に使うのならまだまだ改良は必要なようだな。ルネ、絵梨奈。仕事は終わりだ」
「はい、分かりました」
「ん」
戦う理由が無くなった為、あっさりと戦闘行為を止めて下がる二人。魔鎧のジャックはまだ何か恨み言をつぶやいてはいるが、この際それは無視だ。
「退かれるのですか?」
相手が大人しくなったのを見て、いちるもブリザードを止める。彼女の問いかけにも猛はただ淡々と答えた。
「あぁ。最初に言った通り、俺の仕事は複製体の戦闘データ取得だからな」
「データ取得……貴方に仕事を依頼した相手とは一体何なのですか?」
「さぁな。実体を把握しきっていないというのもあるが、それ以上にその辺は簡単に明かすものでは無いだろう。特にこっちの立場ではな」
依頼という形である以上、最低限の守秘義務は存在する。もちろんザクソンの依頼のように最初からオープンになっているものなら話は別だが、猛の雇い主ともいえる組織は当然オープンとは程遠い。もちろん怪しい組織であるという点はあるが、それでもこの場ですぐに全てを話すという気には、猛はならなかった。
「そういう訳で俺達はこれで失礼させて貰おう。あいつらにも宜しく伝えておいてくれ」
猛達がそのまま立ち去って行く。優希やいちる達はそれを見送ると、まだこの部屋で調査、あるいは戦闘をしているであろう仲間達と合流するべく動き出した。
「一応相手を追い払うという事には成功しましたけど……これは向こうがこちらを倒す気では無かったからでしょうね。勘を取り戻してブランクを埋めるには、まだまだ努力が必要みたいです」
「私もまだ勉強不足です。知識だけでなく経験も……でも、一歩ずつでもいいから前へと進んで行きましょう」
「えぇ、そうですね。お互い頑張りましょう、いちるさん」
「はい、優希さん」
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