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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●焼ける焼ける、肉も野菜も、恋する心も!

 マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)の目の前で、焼ける焼ける肉が焼ける。
「いっただっきま〜す☆」
 ぱきん、とマリーアが割り箸を割ったとき、伝説が幕を開けた。
「すげえな!」
 今日はダディクールの呼称を受けまくっている和希も思わず舌を巻いた。それくらいの食べっぷりだったのだ。マンモスを用意してきて良かったかもしれない。
 胃袋無双、無敵大食、やめられない止まらない。マリーアの食べっぷりは惚れ惚れするほどだ。
 肉がある。
 食べる。
 野菜がある。
 食べる。
 ただ食べているだけなのだが、着実にしかも休みなく、マリーアは食べ続けるのである。
 肉がある。
 食べる。
 キノコもある。
 食べる。
 昔、彼女がドーナツ大食い競争で優勝したことがあるというのは真実だろう。速度という意味では、もっと早食いの人もいるにはいるが、持続力という意味では、マリーアほど実直に、食べ続けている者は男女問わずほかにないのだ。
 そんな彼女を眺めつつ、
「自分のパートナーながらほとほと感心する食べっぷりだな」
 と橘 カオル(たちばな・かおる)は驚きつつも、自分のペースで無理せず、楽しんで食事する。
 さてその隣には、仲睦まじき恋人同士の姿が見えた。
「ほらメイリン、この辺り焼けてるぞ」
 カオルは、恋人李 梅琳(り・めいりん)の皿を取って、肉やトウモロコシ、南瓜の焼けたのを入れてやる。
「そういやメイリンって、好き嫌いとかあったっけ?」
 彼の恋人は、ふふっ、と笑って言った。
「好き嫌い? 軍人としてサバイバル訓練をしてるうちになくなっちゃったわね。分け隔てなく食べてエネルギー源にしてるよ」
 お、そうか――と、カオルは嬉しそうな顔をした。
「オレもあまり好き嫌いはないな。昔からなんでも食べる方だし……さすがにゲテモノはマリーアと違って勘弁だけどな」
「ゲテモノ?」
「イグアナとか、ああいうの……」
「あら」彼女は、思わずキスしたくなるような唇で微笑んだのである。「あれ意外と美味しいのよ。さっぱりしてて」
「もしかして、今、イグアナ食べてたりしないか?」
「今は食べてないけど、さっき食べたとこ」
「き、今日はその口でキスしてほしくないなぁ……」
「どういう意味よ?」
 梅琳が怒ったような眼をしたので、とりあえずカオルは、一時彼女の気を反らすことにした。
「あ、オレなんか飲み物とってくるよ!」
 しかしアクシデント、ひょいと移動しようとして、カオルは脚をもつれさせて転んだ。
「おっとっ……と!」
 ワンツースリーで倒れ込み、なにやら柔らかく弾力のあるものに顔をうずめることで身体が止まった。
 ぱふ。
 ショックアブソーバーではなく低反発まくらでもない。いやむしろ、高反発で弾力性に富んだ、それは……
もうっ! なにやってるのよ!」
「ご、ごめん!! わざとじゃないんだ!!!!」
 梅琳のやわらかな丘――要するに胸だった。
「許してっ、この通り」
 ぱん、とカオルが手を合わせると、
「じゃあ許す」
「早っ!」
 そんな切り替えの早い梅琳に、新たなときめきを覚えるカオルだったりする。
 ところで、そんなカオルと梅琳の熱々ぶり(文字通り)を巧妙に避けながら、歩く一人の少女があった。
「くっ、七夕ろまんちっく空間とはある意味対極のダディクール焼肉会場でも、うっかりするとカポーが……! 独り身ロンリーハート(Owner Of A Lonely Heart)には、身を切るような辛さね!」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)は決死の覚悟で、カップル危険地帯を抜けた。
 ところが明子の気力ゲージは、ここでブイーンと回復するのだった。
「あ、百合園のバリツっ娘発見!」
 噂のバリツ娘、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)を見つけたのである。
「やほー、元気してるー? ほら肉食べなさいお肉ー」
 言いながらもりもり、山盛りに肉を焼いて食べさせようとする。
「おっと、あなたは確か伏見様ですわね?」
 丁寧に一礼しつつ、イングリットはさりげなく皿を回避していた。
「ウェイトのつけすぎは武道家の大敵ですわ」
「大丈夫! 一撃重視型のパワーファイターに転向すればいいから!」
「一度それをやると、元の状態に戻って来れなくなりますのよ……」
「ははは、確かにそうかも。でも食べなさい。せっかくだし」
 うりうりとイングリットに肉を預けつつ明子は言った。
「そうそう。一手ご教授はまだ続けてる?」
「継続しておりますわ」
「白百合団の上の方の人達はシャンバラ全体からみても結構な腕前だから、まずは手近で色々聞いてみるといいわよー。もーちょい毛色の変わったのが好みなら私に連絡しなさい。荒野の愉快な仲間達なら紹介出来るから。恐竜騎士団とか」
「いやあの……恐竜騎士団って……? もしかして文字通り恐竜に乗ったりしてますの?」
「そうそう。………えー、別に珍しくもないわよ? 荒野じゃ喪悲漢がコンビニ襲うとか日常茶飯事だし? 恐竜騎士もすっかり最近カツアゲにお熱だし?」
 随分キテレツなことを言っているようでいて、これが決して誇張でないのが波羅蜜多実業界隈の恐ろしいところである。
 ふっ、と斜め上方を見上げながら明子は言った。
「あ、でも手合わせにかまけて私みたいになんないよーにね。パラ実は新入生いつでも歓迎だけど、やっぱり貴女みたいなのは百合園に居た方が輝くと思うのよ、うん」
 という明子は、言葉とは裏腹に楽しそうなのであった。思わずイングリットもつられ笑いした。
 仮にそうなっても、結構充実しそうですけれども――と言い添えてからバリツ娘は言うのである。
「先輩のお言葉として、肝に銘じておきますわ」
「そうそう命じて命じて。あ、肝と言えば……レバー食べる?」

 ぶらぶらとほうぼうのテーブルをまわるその人は、すらりとした長身、凛々しい顔つき、しかし口を開けば、案外とぼけたことも言う。我が道を征く男高円寺 海(こうえんじ・かい)なのである。
 海は様々な参加者と歓談していた。スポーツの話、好きな音楽の話、共通の知人の話など……他愛もないことばかりだ。しかしどんな話の輪に加わっても、いつのまにか海はその中心にいた。天性の素質なのだろうか。
 そんななか、
「海くん……」
 声がした。
「誰か呼んだか?」
 海は声の主を捜すが見つからない。ややあってようやく、
「あ〜……柚か」
 杜守 柚(ともり・ゆず)を見つけたのである。
「柚か、じゃないです。食材の買い出しだって一緒に行ったのに見落とすなんて〜!」
「すまんすまん。その……なんだ、背が、な」
 さもありなん、海と柚では身長差が三十センチ以上あるのだ。
「これでも今は『ヒール』履いてるんですよっ」
「ヒール? あ……」
 柚を見て――足元から顔までついーっと見て――おお、という顔を海はした。
「浴衣に着替えてきたのか」
 もともと柚は浴衣を用意していたので、買い出しが終わるやさっと着替えてきたのだった。
「はい……下駄履きだから、ちょっとは海くんと身長に釣り合いが取れると思って」
「いいんじゃないか、夏らしくて」
 それだけ海は言うと、あとはバスケ仲間の杜守 三月(ともり・みつき)と試合の話などしはじめた。
(「浴衣に気づいてくれたのは嬉しいけれど……」)
 柚はすこし、物足りない気分になるのだった。
 一言、「可愛い」とか「綺麗だ」と、彼に言ってもらいたかったのに。
 けれど考えてみれば、そんな世辞を言えないのが海らしさだという気もする。
 海は海らしいから、柚は気になるのだ。だったらそれでいいのかもしれない。
 はじけるような音を立て、肉を表裏均等に焼きつつ三月が言った。
「ところで、実はいま焼いている肉のなかにはひとつだけ、唐辛子をたっぷり仕込んだ爆弾肉があるんだ」
「えっ、それ、どれくらい……?」
 不安げに柚が聞くと、
「大した量じゃないよ。まあ、死人でも目覚めるくらいかな」
 三月は涼しい顔をして言うのである。まあ大抵の場合、三月は涼しい顔をしているのだけれど。
「それは『大した量』だと思うが」
 海は笑った。どうやらこの趣向が気に入ったらしい。
「焼肉ロシアンルーレットってやつだな。おっと、そこにいたのか」
 顔を上げた海は、芹 なずな(せり・なずな)の姿に気づいた。
「なずなもやるか?」
「えっ? いいの? そんな楽しそうな話に加えてもらって」
 言いつつ、なずなはいそいそと輪に入ってくる。
 本当の所を言うとなずなは、どうやって海に話しかけようかずっと考えていたのだ。
 食材買い出しの時点から、なずなはライバル――つまり、柚に差をつけられたことを焦っていた。
 柚を嫌っているわけではない。むしろ、明るい彼女とは友達になりたいと思っている。
 でも、それとこれとは、別。
 海を見つめる柚の瞳に込められた熱を、なずなは感じ取っていた。
 なぜならなずなにも、その熱があるから。
「じゃあ、ボクから選ばせてもらおうかな。……はい」
 よく跳ねる子鹿のような手で、なずなは箸を操って肉を一切れ取った。カルビだ。
「柚さんもどーぞ!」
「はい。じゃあさっそく」
 柚はなずなをちらちら見ながら、なんとなく一つ選び、さっそく口にした。
「あ、大丈夫。美味し……」
 ここで言葉が途切れた。
 襲われたのだ。舌の上でハリネズミが暴れまくっているような辛さに。
「はひ〜、か、辛い〜!」
 もうこれは辛いのではなく、痛い。涙目になって顔を真っ赤にする。汗がどばっと噴き出した。
「ねぇ、こういうのって『せーの』で全員一斉に食べるものなんじゃないの? まあ、その反応が面白いからいいけど」
 三月は苦笑した。
「とりあえず、水な」
 高円寺海は彼女にコップを手渡す。一息であおった柚は、それでもまだ肩でぜえぜえ息をしていた。
「悪かった悪かった」三月が柚の背をさすった。「ほら、もっと水飲むかい?」
 咳き込む自分を海に見られるのが嫌で、柚はけほけほ言いながら場を離れた。三月もついて行った。
 そうすると、このコンロとテーブルの前は、海となずな、二人っきりになってしまう。
(「ま、まさか急に二人っきりになれるなんて……! どど、どういしよう……!」)
 なずなは平静を保てない、「?」という顔をしている海をよそに舞い上がってしまった。
(「で、でも……柚さんが戻ってくるまでに……それまでに……言わなくちゃ……!」)
 なずなには、海に言いたいことがあった。
「ボクねぇ、おにぎり持ってきたんだー、食べて!」
 ひし、と彼女は持参の、手製おにぎりを取り出した。
「おー、もらうぞ。うん、美味い」
 彼はぱくぱくと食べている。
「焼肉ばっかり食べていると白いご飯が欲しくなるんだよなぁ。『焼肉には白い飯だろうが』という、さる孤独な食通の明言もあるし……」
「だよね。肉ばかりって邪道だよね」
 と楽しく会話してしまう。
 いや、そうじゃなくて――なずなは自分にツッコミを入れたい気分だった。
 そうじゃないはずだ。
 自分は、彼に告白がしたいはずだ。
 今ボクが、海くんを好きで、そのおかげですごく幸せで、とても感謝してる。
 その気持ちを伝えたいんだ。
「あのね、海くん。……急にこんなこと言ってごめんね。ボクね、海くんに会ったときからずっと……」
 しかし、大事な大事なその瞬間は、ついに訪れなかった。
「おい、大丈夫か?」
 海が手を振ったのだ。柚と三月が戻ってきたのだった。
「な、なんとか……」 
 柚の顔色はよくない。相当に厳しかったらしい。そこで、
「こけそうなら海の服掴んでおいたら?」
 とん、と、三月は柚を、他の人が気づかない程度の力と勢いで押した。
 ぱふっ。
 柚は、海に抱きつく格好となってしまった。
「ご、ごめんなさい海くん!?」
 ふたたび頬が、かーっと熱くなる柚なのだった。