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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

「事情を説明しなきゃ無意味だと思いますよ、先輩。そこの方、確かにこの先輩がやった事は悪い事です。でも、事情があるんですよ」
「って、あ! 柚!」
 割って入っている雅羅を見て、柚も意を決し、雅羅の隣に立った。アキュートの方を向いて。
「この先輩、今はこんな怖い顔してますけど、悪い人じゃない……と、思うんです!」
「……何だい何だい。俺はそのねーちゃんに用があって、お二人さんには生憎用がねぇ。わかるかい? 俺ぁ確かに神を捨てたが、何も人のそれまで一緒に溝に捨てた覚えはねぇんだ。言ってる意味が分かるかい? つまりはこうさ。“邪魔はしねぇでくれよ”ってな」
「……っ! えっと……その……」
「貴方のパートナーを傷つけた事は謝ります! だから少しだけ、ほんの少しだけ話を聞いて下さい!」
 両の手を広げ、雅羅がアキュートに叫んだ。
「……へいへい。ったくよ、話を聞きゃあいいんだろ。わぁったよ……だからそんな怖ぇ顔すんなって」
 武器を下ろしたアキュートが、やれやれ、とばかりに頭を撫でた。
「ちょっとぉ……どぉ言う事よぉ!雅羅ちゃぁん!」
 怒りに打ち震えているラナロックは、ゆがみ切った笑顔と狂気を放つ鉄の口を雅羅へと向ける。
「せ、先輩……!」
 驚きのあまり瞳を閉じる雅羅。
「二人とも! 危ないからそこを離れて!」
「雅羅ちゃん!」
「雅羅!」
「おいおい待て待て、待てよ待てって……!そんなん洒落に何ねぇぞおい!」
 三月、柚、薫、孝高が順に、しかしほぼ同時に雅羅と柚の行動に焦りの色を見せる。
「邪魔をするなら退いてもらうだけ。バイバーイ」
 完全に歪みきって、既に笑顔とも取れない表情で引き金に指を掛けたラナロックは、そう呟くとその狂気を雅羅へと向けた。
「ちっ! 嘘だろ……素手相手だぜ、躊躇えよ……!」
 苦虫を噛み潰した表情のまま、アキュートはたった今しまった武器に再び手を掛ける。
が、無常にも殺意の籠った音が辺りに響いた。たった一回――たったの一度の銃声。
雅羅に向けられた弾丸は……しかし雅羅に到達する事はなく、彼女は無事のまま。
「……あ?」
 不機嫌そうな声を上げ、詰まらなそうな表情のラナロックの前に、それはいた。

「クッカカカカっ……! 無防備な御嬢さんに向けるには、些か野暮だと俺は思うぞ」

「……えっと、貴方は……?」
 思わず目を瞑っていた雅羅が恐る恐る瞳を開くと、前には一人、男が立っている。
手にする剣を前に構え、ラナロックが放った銃弾を両断した男は、ゆっくりとその刀を下ろし、半身だけを雅羅と柚に向け、名乗りを上げた。
「我が名はヴァル。ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)と言う。何、ただの通りすがりの帝王さ」
 唖然とし、深々とした辺りを余所に、彼はそう――名乗りをあげたのだ。
当然、その様子を見て一同は動きを止める。その場に居合わせる全員が全員でまばたきさえも忘れ、凛と立ち、剣を握る彼に目をやっていた。
「あ、あの……」
「何、礼など要らんよ! 帝王の気まぐれ、と言うやつだ」
「……はぁ」
 一同が眉を顰め、彼を見つめる。が、そんな様子はお構いなし、とばかりに彼はふと、何かを思い、口を開く。
「ところで御嬢さん。何故君は銃口を向けられていたのだ? 何かしでかしてしまったのか?」
「ち、違いますよ! 何だか話がややこしくなりそうだったから止めにはいったんです」
「ほう、話がややこしくなる……か。どうだろう、この帝王、君たちの話を聞いてみようではないか。そして出来る事あらば、喜んで協力してみようではないか!」
 突然現れた新手の登場人物があまりにインパクトの強い物だったから、だろうか。狂気のみで動いていたラナロックも、何とも詰まらなそうな表情を浮かべて武器をしまっていた。再び臨戦態勢を取っていたアキュートも武器から手を離し、腕組みをしながら一同を見ている。どうにか事態が収拾したのを確認した雅羅は、そこで説明を始めた。
ラナロックと雅羅以外のこの場の全員が、全くと言っていい程に話の筋を理解できていない訳で故に彼女は説明を始める。
簡潔に、しかししっかりと抜かりなく。淡々と、しかし時には不安そうな表情でラナロックを見ながらに、説明をする。
「成程……それで御嬢さん、君はその何とか、と言う男を探す手伝いをするのか。いや、その心意気は素晴らしい。是非ともこの帝王、手伝うとしよう」
 もはや説明は要らないのだろうが、ヴァルは嬉々とした表情で持って大きく一度、胸を叩いた。
「それで怒ってたんですね、ラナロック先輩……」
「それだって尋常な怒り方じゃないけどね」
 柚が納得すると同時に、苦笑で彼女の言葉に続ける薫は、尤もな事を言ってラナロックの方へと目を向ける。が、やはりどこか不気味な雰囲気を纏う彼女と目が合い、身震いしながら雅羅と孝高の間に隠れた。
「先輩、関係ない人にまであたっちゃ駄目だよ」
 三月の言葉に、雅羅の隣に黙ったまま佇んでいた孝高が深々頷く。
「どちらにせよ、とりあえずはその先輩の家に向かう事にしよう。話はそれからでもいい」
 頷いた後、孝高がそう提案し、ラナロック以外はその言葉に賛成の意を示した。
「まぁそれはそれとして――だからマンボウを撃ったってのかい、ねーちゃん…。ま、なら合点は行くがな」
 やれやれ、とでも言いたげにアキュートが自ら頭を撫でる。と、そこで声がした。今の今まで聞こえなかった声。故に全員が――厳密にはアキュート以外の全員が辺りを見回す。
「待たれよ。確かに心中は察するがな――」
 何とも素敵ボイスは、姿ないままに言葉を続ける。そして全員が気付いたのは、彼が本来の高度へと戻る段階になってから、だった。
ラナロックに撃ち落され、地面に倒れていたマンボウ、もとい、ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)が何やら輝きながら空へと戻って行く。
「突然それがしを撃つ必要などどこにもないのではなかろうか。それにアキュートよ。そなたは何故、彼の理由で納得できるのだ。それがしには無縁、関係のない話であるのだぞ」
「ひ、光ってるっ!?」
 孝高が声を上げた。彼だけではなく、ラナロック、アキュート以外の六人は数歩後ずさりながら、空へと浮き上がるウーマを見やる。
「突如として撃たれるのは筋違い、そうではないのか?」
「良く聞くとちょっと声が素敵……っ!?」
 今度は柚がリアクションを取り、しかしウーマは特にそこには触れずに話を続けた。
「まぁしかし……パートナーが攫われたとなれば取り乱しても仕方のない話、ではあるだろうな。そこのご婦人よ、それがしの事は気にせずともいい。寧ろ此処で会ったのも何かの縁……心ばかりではあるがそれがし等もご助力しよう!」
 言い終るや、ウーマは完全に回復したのか、一段と神々しい光を発し、辺りを照らす。
「……やるな、ウーマとやら! よもやこの帝王たる俺よりも目立つ道場シーンとはっ……!」
 ヴァルの意味深な発言に、アキュートは頭を抱えているだけだった。