リアクション
【十五 火種の予感】
いうなれば、その姿は千手観音巨人とでも表現すべきであろう。
恐竜タイプの魔働生物兵器だけが警戒すべき敵であると考えていた救援部隊にしてみれば、まるで降って湧いたように出現した新たな敵に対しては、急造の戦術と対抗策で立ち向かうしか、術は無かった。
しかし厄介なことに、この新手の能力が、実際に交戦するまでは何も分からない。黄山とカタフラクト隊側が圧倒的に不利であった。
更に黄山は、奇襲によって右腕を半ば失ってしまっている。ハンディキャップとしては、過酷な内容であるといわねばならない。
千手観音巨人が動いた。42本全ての腕を前方に突き出し、指先を幾分ばらけさせて、黄山とカタフラクト隊に向けている。
何かが、拙い。
白竜や羅儀、或いは敬一達がそう思った瞬間には、既に遅かった。
42本全ての腕の指先、即ち210本にも及ぶ指先から、一斉にレーザーが射出された。
本当に、一瞬だった。一瞬のうちに、黄山が四肢を破壊されて地響きを立てながら横転し、カタフラクト隊の三体のパワードスーツは、必死にレーザーの群れをかわそうとしたものの、そのほとんどをよけ切れず、動力部や四肢の制御パーツを撃ち抜かれ、あっという間に無力化されてしまった。
その非情なる攻撃を、泰輔はレギーナの傍らで、愕然たる思いで眺めていた。しかし彼の場合、その攻撃は半ば予想の範囲内でもあった。
泰輔は、あの千手観音巨人に見覚えがあったのである。
「嘘やろ……なんで、あいつがここにおんねん」
呆然と呟く泰輔だが、彼の凍りついた表情は、まだマシであったろう。
今まさに、レギーナの輸送用トラックに乗り込もうとしていた遭難者の大半は、ただただ恐怖に全てを忘れ、その場にへたり込むのが関の山だった。
だが、まだ希望を捨てる必要は無かった。ザカコとヘルの操るアルマイン・ハーミットが、千手観音巨人の頭上から急降下攻撃を仕掛けようとしていた。
「全く……なんでこいつが、ここに居るんですか」
アルマイン・ハーミットの操縦席内で、ザカコが泰輔とほとんど異口同音に近い思いを、口にしていた。片や副操縦席のヘルは、話には聞いていたのだが、こうしてあいまみえるのは初めてであった。
「おい、さっきの見たろう……真正面から突っ込むのは、無謀なんじゃないか?」
「間合いが離れていれば、却って危険なのです。あいつに対しては、接近戦以外に対処法はありません」
ザカコには、一切の迷いが無い。こうまでいい切られると、ヘルもこれ以上意見する訳にはいかなかった。
千手観音巨人が、頭上のアルマイン・ハーミットに視線を向けてくる。心無しか、その口元に僅かな笑みのようなものが浮かんでいるようにも見えた。
「……来るぞ!」
ヘルが警告の声を発する。
千手観音巨人が黄山やカタフラクト隊を退けた時と同じく、全ての指先をアルマイン・ハーミットに向けてきたのである。
210本ものレーザー弾幕が、一斉に襲い掛かってこようとしていた。
だがその瞬間、ザカコは視界の隅で、奇妙な文字が躍るのを見た。
(ん?……何ですか、今のは?)
何故か、そう考えるだけの余裕がザカコにはあった。というのも、彼の動体視力が何故か、千手観音巨人の動作を非常にはっきりと捕捉し、尚且つ210本のレーザー全てが、異様な程に遅く感じられたのである。
そしてザカコはもう一度、視界の隅で踊った奇妙な文字列を頭の中で思い描いていた。
記憶の中の文字列は、こう綴られていた。
Objective Opponent...Authorization Completed.
次の瞬間、ヘルが仰天したように叫んだ。
「おい、ザカコ! お前、今、一体何をしたんだ!?」
ヘルに訊かれても、ザカコにはよく分からない。いや、覚えていない、といった方が正確かも知れない。
後で聞いたところによれば、ザカコは信じられない程の反応速度で操縦桿を操り、210本のレーザーを全てかわし切った、というのである。
何が起きたのか、ザカコ自身には一切分からなかった。
だが、千手観音巨人の注意は、確実にアルマイン・ハーミットに向けられている。本来ザカコは、囮役を引き受ける腹積もりだったから、これは好都合であるといえた。
「よし……敵を少しでも遠くに、引き離しましょう」
「そ、そうだな」
未だに事態をよく呑み込めていないヘルだが、何事も無かったように振る舞うザカコにこれ以上訊いても無駄だと悟り、その指示に従うことにした。
だが、ザカコの囮役は、もう必要ではなくなっていた。
驚いたことに、千手観音巨人は20メートルを越える巨体とは思えぬ程の素早さで慌てて跳び退り、背後に集結しようとしていた数十体ものマジュンガトルスやナノティラヌスの群れを、42本の腕を動かして制したのである。
どうやら、アルマイン・ハーミットの回避行動に、相当な警戒感を抱いているようであった。
やがて、千手観音巨人は配下の魔働生物兵器達を一斉に後退させると、自身も飛ぶような勢いでその場を去っていった。
『ザカコさん、大丈夫!?』
と、そこへ遅れ馳せながらようやくにして、ルカルカの駆るレイが到着した。
さんざん破壊の嵐に曝されてしまった黄山やカタフラクト隊は悲惨な状況ではあったが、奇跡的に、誰ひとりとして怪我人は出ていなかった。
* * *
火山迷路方面に続き、古代の研究施設遺跡に於いても、遭難者全員の収容が無事、完了した。
後はこのままドロマエオガーデンを脱出してファブルブランドと合流し、ツァンダへ引き返すだけである。
だが、最後の最後でまたしても、余計な障害が一行の前に立ちはだかった。
「貴様ら! ここから無事に出れると思うな!」
ジェルキエール男爵率いる、恐竜騎士団の面々が、ジャングル内の悪路の中で、行く手を遮っていた。
すると、もうこれ以上は我慢ならないといった様子で、めいがウサちゃんを先頭に押し出して吼えた。
「ちょっと! 良い加減にしてよね!」
だが、彼女のこの態度こそ、ジェルキエール男爵にとっては思う壺であった。ここで一戦交えれば、既成事実が出来上がってしまうのである。
相手の思惑を理解出来ないめいではなかったが、しかし流石にもう、堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
一触即発――誰もがそう覚悟を決めたその時、不意に別方向から、妙にドスの効いた低い声が、薄暗い闇の中で殷々と響いた。
「おいマルセラン……おめぇ、もう大概にしとけよ」
その場に居る全員が、その声の主に注目した。他ならぬ、スキュルテイン男爵であった。
一部の遭難者達は、怠け者男爵の人柄を既に理解している。ここは何とかなるかも知れない――そんな期待感が、彼らの胸中に沸き起こった。
スキュルテイン男爵に横槍を入れられた格好となったジェルキエール男爵はというと、それまでのサディスティックな、優越感たっぷりの表情から一変して、焦りの色を浮かべるようになっていた。
「き、貴様、デュガン……邪魔立てするつもりか!?」
「何いってやがる。その台詞、そっくりそのままてめぇに返すぜ」
いいながらスキュルテイン男爵は、何かの文書を突き出してきた。どうやら、地図か何かのようである。
ところがその文書を突きつけられた瞬間、ジェルキエール男爵の顔が明らかに、青ざめていた。
「じっくり調べたぜ。こんな嘘っぱちの地図掴ませやがって……手柄欲しいのは分かるがなぁ、てめぇのお陰で余計な時間食っちまったから、バティスティーナ・エフェクトを取り損ねたぜ。この落とし前、どうつけるつもりだ?」
するとジェルキエール男爵は、慌てて踵を返し、樹間の奥へと走り出してしまった。配下の従騎士達が慌てて追いかける姿が、妙に滑稽でもあった。
一方、何が何だかよく分からないめいは、メインカメラ越しにスキュルテイン男爵が拝むような仕草を見せているのに気づいた。
「悪いが、今の茶番は無かったことにしてくれ。あの野郎には、ちぃっと教育が必要だ」
* * *
それから、二時間後。
全ての遭難者と救援部隊の人員を収容したファブルブランドは、帰りの航路についていた。
大半の者は事態が収まり、安堵の息を漏らしていたのだが、ごく一部の者達に限っていえば、安穏な空気は微塵も感じられなかった。
例えば、ハンガー制御室内に集まっていた面々は、ドロマエオガーデン内の支配権を得たと思われる、あの千手観音巨人について、それぞれが渋い表情を浮かべて、今後予想される新たな火種について、どのように対処していくべきかと議論を戦わせていた。
「ま、今回は遭難者の救出が一番の目的だったから、最大の成果を得られたと思って良いんだけど……何か、釈然としないね」
ルカルカが小難しい表情で、大きな胸を押し潰すように腕を組んで唸る。
恐竜騎士団や魔働生物兵器の全てに対処が完了した、という訳ではないのだが、ともかくも、ひとりも犠牲者を出さずに救出が完了したことについては、誰もが納得する結果ではあった。それは間違い無い。
しかし――。
「こちらから仕掛けずとも、向こうから何かしてくる可能性はあるな」
正子の凶悪な程に強面と化した仏頂面に、一同は頷かざるを得ない。既に過去に二度、あの千手観音巨人やその眷属によって、何度も苦杯を味わわされている。
次は一体、何をしてくるのか、分かったものではなかった。
「今回初めて遭遇しましたが、あの巨人の顔は、出来ればもう二度と見たくはありませんね……ですが、お話を聞く限りでは、そうはいかないのでしょう」
白竜が、酷く疲れた様子でそう、締め括った。
オブジェクティブ『スナイプフィンガー』。
あの千手観音巨人の名は、過去に遭遇した者達の全員が、しっかり記憶していた。
『ドロマエオガーデン』 了
当シナリオ担当の革酎です。
このたびはたくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
全くの私事ですが、先日よそ見しながら歩いておりましたら、駅前のバスロータリーにて鉄柱に激突してしまい、左目の上側にたんこぶが出来てしまいました。当然内出血も発生しましたので、左目がお岩さんみたいになってしまいました。
今はもうほとんど治っており、だいぶん腫れも引いたのですが、人間本当に痛い時というのは、漫画みたいに大声出ないもんですね。『うぅっ』と唸るのが精一杯でした。
どうぞ皆様、くれぐれもよそ見はせずに、しっかり前を向いて歩いてくださいませ。
それでは、ごきげんよう。