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<part6 山頂の宝>


 相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、難破船の帆布を利用して簡単な服を作り、身にまとった。
 パートナーの乃木坂 みと(のぎさか・みと)にも水着を作ってやって渡す。
「あの、洋さま。これはブラジリアン水着というものでは……」
「ふむ、そういう呼び方もあるのか。なにか問題でも?」
「い、いえっ、特にないのですが」
 みとは顔を紅潮させながら、やたらと布面積の少ない水着を身に着ける。胸の部分は貝殻で補強してあった。
 洋が足下を保護する靴下もどきをこしらえ、二人ともそれを履く。普段の演習の装備には及びもつかないが、一応は準備完了だ。
 二人は海岸から山の方角を目指して出発した。草を掻き分け、野獣に注意しながら進んでいく。みとが山を見上げる。
「エンリルの宝箱が隠されているのはどの山でしょうか? ここから見たところ、山は三つあるようですが」
「ふむ……。古地図には『生きた人の肉を喰らう怪鳥あり』と書いてあったな。人間を襲うぐらいだから、それなりに大きな鳥だろう」
 洋は空を振り仰いだ。
 翼竜にそっくりの形をした鳥が、赤茶けた禿げ山へと飛んでいる。そちらに目をやると、同じ種類の鳥が何羽も旋回していた。
「あの山だな。急ぐぞ」
「はい!」
 二人は赤い山に向かって進路を取った。
 一時間ほどしてふもとに到着し、岩だらけでごつごつとした山肌を登っていく。
 無人島だから当然とはいえ、道ともいえない道で、かなり険しい。洋の作った靴下がなければ足を痛めていたところだ。
 二人が山頂付近にさしかかると、怪鳥が奇妙な鳴き声を上げて襲いかかってきた。翼長およそ五メートル、体長二メートル。くちばしは鉄板でも貫けそうに鋭い。
「みと! 支援砲撃、対空雷術! および重力干渉攻撃! 新スキルの力を見せろ!」
「はいっ、洋さま!」
 二人はただちに臨戦態勢に入った。

「ふんふん、なるほどぉ〜、そうなんですかぁ〜」
 ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)は肩に乗った小鳥のさえずりに相づちを打った。
 嵐の中でも死守した氷霊の衣をまとっている。彼女は佐野 和輝(さの・かずき)の横を飛びながら報告する。
「小鳥さんが、この先に宝が埋まってるって言ってますよぉ〜」
「そうですか。では、そろそろ慎重に進まないといけませんね」
 和輝は表情を引き締めた。宝に近づくのは喜ばしいが、それはすなわち怪鳥の縄張りに入るということでもある。
 彼は魔鎧のスノー・クライム(すのー・くらいむ)を装備しているせいで、外見性別が女に逆転し、裸にコートを着ている姿になっていた。
「むむっ、殺気! 敵が近いよ!」
 白魔導師のような格好に変身したアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、殺気看破で敵の害意を感じ取った。
 四人は前方に注意して獣道を登っていく。
 角を曲がったところで、洋やみとが怪鳥と戦っているのに出くわした。怪鳥の数は、十、いや二十。二人だけでは手こずっている様子だ。
 和輝がパートナーたちに号令をかける。
「参戦しますよ! アニス!」
「はいはーい♪」
 アニスは和輝のイメージした座標を精神感応で受け取り、山の側面に氷術で氷の足場を作っていく。
 和輝はその足場に次々と跳び乗り、怪鳥の密集しているところに接近する。
 怪鳥がクチバシを大きく広げて飛びかかってきた。和輝は銃舞で回避し、横を過ぎる怪鳥の腹に回し蹴りを喰らわせる。
 怪鳥が醜くうめいてふらついた。
 これを好機と見た洋がセフィロトボウでサイドワインダーを放つ。矢じりが怪鳥の頭を撃ち抜いた。怪鳥は断末魔の悲鳴と共に森へと墜落していく。
 洋は和輝に親指を立てて歯を見せる。
「助太刀、助かった。礼を言う」
「いえ。なかなかいい腕をしていますね」
 和輝は笑みを返した。
 みとが和輝一行に呼びかける。
「誰か、魔力を回復できる人いませんか!? 魔法を使いすぎてしまって!」
「私ができますよぉ〜」
 ルナが飛んでみとに近寄り、驚きの歌を歌った。
「ありがとうございます!」
 みとは礼を言い、怪鳥に雷術を放つ。稲妻に貫かれた怪鳥の動きが鈍くなる。
 アニスがその怪鳥の近くに足場を作った。和輝が足場に跳び乗り、跳躍して怪鳥の頭にかかとを落とし込む。怪鳥は山の斜面に落下した。

 その頃、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)はペガサス“ナハトグランツ”の背中に乗って空から山頂を目指していた。
 後ろにはリネン・エルフト(りねん・えるふと)がカナンの剣を持って乗っている。二人とも船の残骸からこしらえた簡単な水着だけなので、肌はかなりの面積が密着していた。
「ほら、リネン! もっとしっかりしがみつきな! なんならオレの胸を手綱代わりにしたっていいんだぜ!」
「もげるわよ。馬鹿なこと言ってないで急いで。って、きゃー!?」
 フェイミィはわざと無謀運転をし、リネンはやむなくフェイミィにかじりつく。
「ふふふ、つまりここではリネンの命はオレの手に握られてるわけだ。自分の立場が分かったらオレの耳でもあまーく舐め――」
「この耳をかしら?」
「ぎゃあ!」
 リネンは額に青筋を立て、思いきりフェイミィの耳をつねり上げた。
「ふざけるのはやめてくれると嬉しいわ、エロ鴉?」
「了解っす……」
 フェイミィはナハトグランツを操り、山頂に近づいていく。
 怪鳥が集まって騒いでいるのが目に入った。時折、稲妻も走っている。既に戦いが始まっているらしい。
 さらに接近すると、二羽の怪鳥がこっちに気付いて飛んできた。目には凄まじい怒りがたぎっている。
「手綱は私が取るわ! フェイミィはこれを!」
「任せとけ!」
 リネンがナハトグランツの手綱を握り、フェイミィは彼女からカナンの剣を受け取って構える。
 リネンはナハトグランツを二羽の怪鳥のあいだに突っ込ませる。羽がぶつかりそうな至近距離。フェイミィはカナンの剣を回転させ、一気に二羽を切り裂く。ナハトグランツが怪鳥のあいだを通り過ぎ、後ろから血しぶきが跳ねかかった。

「いつつ、少し油断しましたね……」
 負傷した和輝は岩陰に隠れてつぶやいた。怪鳥の攻撃で肩の肉を大きく引き裂かれてしまっている。
「すぐに治療するわ。動かないでね」
 スノーがリカバリで和輝の傷を癒していく。二匹の賢狼に敵の注意を引きつけてもらっているとはいえ、そう長くはもたないはずだ。
 そのとき、キャウンと賢狼の鳴き声がした。迫ってくる羽音。見れば、賢狼が地面に転がされ、怪鳥が物凄い速度でこっちに突っ込んできている。
「和輝、避けて!」
「くっ……!」
 治療の済んでいない和輝の動きは鈍かった。間に合わない、とスノーは凍りつく。
「おらあ!」
 そこにフェイミィがナハトグランツで急降下してきた。通り抜けざまにカナンの剣で怪鳥の脚を刈り取る。怪鳥は脚の断面から血を噴き上げ、地面に頭から激突して悶絶した。
「どうだ、見たかリネン! オレが来たからには鳥野郎はみんなお陀仏だぜ!」
 フェイミィはカナンの剣を天に突き上げて高笑いした。

 昼近くになって、怪鳥との戦いは決着した。
 辺りには怪鳥の死骸がたくさん落ち、血の池があちこちにできている。
 一同は疲労困憊しながらも、最後の力を振り絞って山頂にたどり着いた。
「ここ……だな」
 和輝がトレジャーセンスであたりをつけ、地面を指差す。
「掘ってもらえる?」
 スノーが賢狼二匹に頼んだ。賢狼は周囲に土を撒き散らして穴を掘り、古びた宝箱が現れる。
 ルナが宝箱に歩み寄ってトラップ解除を使うと、金具の外れるような音がした。
「罠、解きましたぁ〜。開けても大丈夫ですよぉ〜♪」
「よっしゃあ。お宝出ておいでー!」
 フェイミィが剣の刃を利用して蓋をこじ開ける。
 中からカビ臭い空気が解放され、白銀の弓が姿を見せた。
 真南に近づいた太陽の光を反射して、弓は眩く輝いている。そのシルエットは流麗な曲線を描き、イルカをモチーフにした縁取りは、濡れた皮膚のなまめかしささえ感じさせる完成度だ。
 なにより驚くのは、張られている弦が長い時を経てもまったく衰えていないことだった。
 一同は弓の美しさに目を奪われ、息をするのも忘れてぼうっと見とれた。