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善悪の彼岸

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★第3章



 ――ヴィシャス邸・ヴィシャス自室――



「ええい! 契約者共をこれほど揃えたのにミュラーを止められぬとは! クソ、使えぬ駒よ!」
 ヴィシャスはワイングラスをテーブルから払い飛ばし、怒りをぶつけた。
「ワシも行く!」
「し、しかし!?」
 警備員が及び腰になるのも無理はない。
 自分たちでは到底敵わない契約者達がドンパチを繰り広げる中へ行くこと――即ちライオンのいる檻の中に丸裸で放り出されるのと同義だからだ。
「臆病ものが! こうなればワシがじきじきに、大商人としての交渉をしてみせよう。もはや誰も頼りにならん! ついてこれる奴だけついて来い! ついてこない奴は、金輪際ワシと会うことはないぞ!」
 そう言われて動けない警備員はいない。
 ヴィシャスは護衛の全てを引き連れて、竜の涙の元へ向かった。

「頭に血が昇って、冷静な判断はもう利かないみたいね」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、ヴィシャスが自室から出て行ったのを確認してから、部屋に潜り込んだ。
「さて、と……」
 ローザマリアは部屋の隅々を調べ、施錠されているものや、隠してある物を探した。
「……決定的なものはないわね」
 ヴィシャスの法に触れる悪徳商法の証拠なりを見付け、ソートグラフィーで携帯電話カメラに証拠を念写し、保存しようと考えていたのだが、施錠された棚も引き出しも、隠し金庫からさえも、証拠と言えるものがなかった。
 確かに、ぼったくりとも言えるようなものはある。
 が、それを今更どう証拠として扱い、証明づければと考えても、勝てるような気がしない。
 仕方ない、といったところで、せめてもと仕入と卸の記録を何枚か保存し、部屋を後にしようとして気付いた。
「悪徳商人と言われるくらいだから……普通帳簿が合わないのならば、仕入れが少なく、卸が多いはずよね……。もしくは、仕入れを安く、卸を高く……。でも……」
 ローザマリアは事細かく記録を見ていく。
 仕入先、卸先――。
 何も不正は見えてこない。
 何も不正は見えてこないが、異様なひっかかりを覚える。
 ローザマリアは全ての記録を写し、部屋を後にした。



 そして遂に――ミュラーは辿り着いた。



 ――ヴィシャス邸・竜の涙――



「隠れていても無駄ですよ。もう逃れることはできません」
 エレンディラが通路の陰に向かって炎の聖霊を放つ。
「アルちゃん!」
 それと同時に、葵は魔鎧となったアルを纏い、警告を発した。
「出てきなさい、ミュラー! ここにいる皆が、あなたの犯罪を止めて見せます!」
 その力強い警告が、始まりの合図となった。
 ミュラーがまるで降参のように手を上げながら、ついに姿を現した。
「随分……ドラゴンがお好きなようで……」
 壁には竜の壁画が、部屋の四隅には竜の石造が、そして、その部屋の一番奥にショーケースにいれられた竜の涙があった。
 そして、古き友人がいた。
「よぉ……親友……お前もエリザのために盗みにきたのか?」
 カールハインツは俯きながら、首を横に振った。
 彼に決定的な行動がとれるわけはなかった。
 カールハインツは――善悪の彼岸に辿り着くことはできなかった。
「つまらない男になり果てて……。さて、と……」
 ミュラーは冷静に辺りを見回して契約者の数を数えるが、途中でうんざりして止めた。
 願わくば全員が仲間だったら何も苦労しないのだが、はてさて、協力者は何人混じっているだろうか、いやいや、突然ヒーローやヒロインがメシアとなって現れてくれるだろうか、そんなことばかり馬鹿みたいに考えてみた。
 何故ならミュラーの手札は残り1枚。
 他は既に使いきっていた。
 竜の涙を取るための手札は、今は1枚しか持ち合わせていない。

 竜の涙――そのショーケースの上に惜しげもなく座っているのはエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
 ミュラーを見るなり、口角をきゅっと上げて笑みを浮かべた。
(すぐにでも手術しなければ助からない少女のためと言うわりには、予告状などだすあたり随分と悠長だと思っていましたが、この期に及んでも何もアクションを起こさず、降参のポーズですか? 案外、少女を助けるコトを免罪符にして、盗みを愉しんでいませんか……ふふふ……本当に大切なモノのためなら、プライドや信念などドブに捨てられるものですよ? あなたにとって、その少女は大した価値をもたないのですねぇ……ふふふ)
 次にカールハインツを見ると、もはや震えるほどの愉悦だった。
(悩むだけで行動しないのは正義でしょうか? 悪でしょうか? 少女を助けたいのならさっさと龍の涙を奪えばいいものを……。己の正義を貫きたいのなら、さっさと他の方法でも考えばいいだけなのに……。ふふ、苦しんでいる姿は愉快です……)
「エッツェル様、賊ヲ捕ラエマスカ?」
 隣でエッツェルと竜の涙を護衛するように佇むアーマード レッド(あーまーど・れっど)が、声を小にして聞いてきた。
「待ちなさい。これからもっと面白くなりそうな予感がします」
「エッツェル様ノ思惑ノママニ……」
「あなたも楽しいでしょう? ネームレスさん」
 パートナーのネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)に尋ねると、頷き返した。
「ククク……楽しいです。善悪に縛られ何もできぬカールハインツと、まるで自己陶酔の義賊のピエロは……愉快です」
「さて……まずは誰から動きを見せますかねぇ……ふふふ」

 ミュラーの態度を見て、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)がまず近づいて話しかけた。
「なんにせよ、悪事は人の為に働くものではありませんわね。例えば……ヴィシャスさんの行っている取引が原因で、娘さんが責められることもあるし、もしあなたに大事な人がいれば、勿論同じことが起こりうる。心当たりのある方も何人かいると思うけど……結局のところ、自分の独りよがりで共犯者を増やしているですわ」
「なるほど……。なら俺はエリザを共犯にする前に、安らかに死んでくれと?」
 亜璃珠は伏し目がちに俯き、首を振った。
「それはとても残念だけど……あなたが真っ当な人間なら、他人に助けを求めることも出来たかもしれませんわね。『莫大な費用のかかる手術』しか選択できなかったのなら、仕方ないわ」
「仕方ない……か。俺もよく使う言葉だからわかるが、本当に都合のいい言葉だよな。全く、仕方ないな……クク……」
「そうやってあなたは、逃げて、言い訳をして……それが彼女を不幸にするとわからないの?」
「なら、ここにいる真っ当な連中は、どんな解決策があるのか、俺は聞いてみたいね」