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手の届く果て

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手の届く果て

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「頼むッ、助けたい奴がいて……、調合書が必要なんだッ」
 司の手をついての願いと荒い呼吸のサクラコを見て、ベルは静かにサクラコに近寄った。
 優しい光がサクラコを包むと、荒い呼吸が穏やかになり、真っ赤な顔は次第に元の肌色を取り戻して言った。
「わたしは……古代の病気のいくつかの治療薬も兼ねていると……お父さんは言っていましたから……。それが……役目だと……」
 ベルは伏し目がちに言うと、司はベルを抱きながら感謝を伝え、サクラコの様子を見た。
 それはとても暖かい感情をベルに宿し、今にもふわりを浮かびあがりそうなものにも思えた。
 しかし、だからと言って、ここを出るわけにはいかない。
 まだ怖すぎる――。
「今から……宙に……調合式を移します……。どうかそれで……助けてあげてください……」

「ハッ、写さないといけませんわッ!」
 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は空中に映し出された巨大な文字列を見て、紙とペンを取り出した。
「書き写すって、正気か!?」
 カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)が驚くのも無理はない。
 それは丸一日分の授業の板書よりもある相当な量だった。
「外に出すわけにもいかないようですし、仕方ありませんわ。あ、机を貸していただけます?」
「いや、そうだけどな……。というか机なんてあるわけないだろ!?」
「それもそうですわね。カセイノ、少し背中を貸して下さい」
「ハッ!?」
 言うと同時にリリィはカセイノの後ろに回り、
「えい」
「ぐおっ」
 馬跳びのように上半身を曲げさせ、その上に紙を置いた。
 机の出来上がりである。
「さて、どの部分が必要でしょうか……」
 うーん、とリリィは宙を見ながら腕組をし、特技である薬学の知識をフル活用した。
「ええと……リリィ……」
「少し黙ってていただけます?」
「……はい……」
 そうこうしてるうちに、リリィはようやく書き始めた。
 調べなおしが利かないのでそのメモは、丁寧で、かつ注釈――分らない部分を残さないために――が所々について、一枚、また一枚と、ぎっしりに文字で埋め尽くされた紙が増えていった。
 ………………。
 …………。
 ……。
「何ページほどある本なんでしょう?」
「……さ、さあ……」
 ………………。
 …………。
 ……。
「なんとなく形が見えてきましたわ」
「……ッ……ゥ……」
 ………………。
 …………。
 ……。
「そろそろ手と頭が痛くなってきましたわ……」
 ………………。
 …………。
 ……。
「写経だと思えばこれくらい……ッ」
 ………………。
 …………。
 ……。
「お……終わりました、わ……。手が痛くて堪らないけど、達成感はひとしおですわ」
「……」
「さ、帰りますわよ。……カセイノ? カセイノ!?」
 カセイノは石像のように固まって動けなくなっていた。



 リリィを最後に見送り、再び2人ぼっちになったリーシャとベルティオールは、目を見合わせ静かに笑った。