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伝説の教師の伝説

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伝説の教師の伝説

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「……臨時教師に、分校の生徒たちが取り込まれているだと?」
 ここは、分校近くの町の某所。不良たちが集う本部である。
 極西分校の不良グループのリーダーである、山田 武雷庵(やまだ ぶらいあん)は、手下からの報告に衝撃を受けていた。
 体躯はそれほど大きくない。不良としては標準的な体型であるが、彼がこの校内で最も強く最も力を持った男であった。
 スキンヘッドにハーケンクロイツのタトゥを刻み、鋲のついた皮ジャンにピチピチの革パンツ。中に着ているシャツの襟がやたらと高いのは、彼の自信の表れであった。
 武雷庵は、王座のような椅子に座り、目の前の手下を睨みつける。
「町に放っておいた遊撃隊はどうした? 臨時教師たちを撃退するよう伝えておいたはずだが」
「全てやられております。そうでない者も、臨時教師たちに惹かれ授業を受けている者も多く現れる始末」
「なんと、奴らそれほどの人材か……」
 室内にどよめきが沸き起こる。
 武雷庵の両脇には武雷庵の側近とも言える力自慢の幹部が控えているが、彼らとて驚いている様子だった。
 と……。
「あっれ〜、どうしたの山田ちゃん。顔色悪いじゃん」
 ニマニマと笑みを浮かべながら部屋に入ってきたのは、パラ実本校からやってきて不良たちと行動をともにしている屋良 黎明華(やら・れめか)だった。
 儚げなお嬢様風の容貌なのに、妙に貫禄がある。彼女がボスに見えてくるのはなぜだろう。
 それくらいパラ実で不良としての経験をつんできた少女であった。
「山田ちゃんさ、黎明華たちがアレだけお膳立てしてあげてるってのに、仲間やられちゃったんだって? プギャーゲラゲラ」
「……もちろん、ただじゃおかん。これから反撃に移るところだ」
 ぐっと悔しさをかみ締める武雷庵に背後から声がかかる。
「ならば、そろそろわらわの出番かのう?」
 声の主は、誰にも気づかれずに物影に潜んでいた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)だ。
 彼女は、武雷庵に用心棒として雇われた裏家業の仕事人である。
 報酬のためなら破壊工作から護衛まで何でも引き受けてくれる心強い助っ人だった。
「山田よ。わらわはお主に雇われた。何をしてほしい? 遠慮せずに言うてみい」
「簡単なことだ。臨時教師たちをキマクから追い出すことだ。どんな手段でもかまわん」
「……わかった。期待せよ」
 刹那は姿を消す。
「黎明華もピシピシいっちゃうのだ〜。スカした教師たちは、魅那誤露死(ミナゴロシ)なのだ〜」
「そうか、気をつけてな」
 武雷庵は二人を見送った後、部下たちに命令する。
「兵隊を全員呼び戻せ。我ら“ブライアンズ”の力を見せつけるときがきたようだぜ」
 そう言うと、彼は椅子に座ったままじっと考え事をしていた。その表情は意外と真面目なものだった。
 独りポツリと呟く。
「この分校は俺たちのものだ。他校の奴らには好きにさせない」


 補導は一日や二日では終わらない。
 熱心な臨時教師たちは、幾日も幾日も辛抱強く生徒たちと接し、指導していく。
 町に散らばり好き放題していた分校生たちは、そんな彼らの情熱に打たれ、次第に学校に戻ってくるようになった。
 最初こそ乱暴きわまりない連中が騒いでいたが、毎日出現する町の見回りの教師たちと顔見知りになってからは、不良たちも少しずつ会話を重ね交流が成り立ち始める。
 薔薇の学舎からやってきていたマリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)もそんな一人である。
 夜。
 ネオンの輝く町の繁華街に彼はやってきていた。
 この辺りは、分校の不良たちだけではなく正体不明の流れ者までがたむろする危険な場所だ。
 鏖殺寺院のテロリストも潜んでおり、武器や麻薬も横行している。それは、彼らの資金源でもあるのだ。
 彼は携帯電話でほかの教師たちと連絡を取り合い、合流する。
「ああ、わかった。すぐにそっちに向かう」
 蒼空学園からやってきていたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、携帯電話を切ると、ふうっと一息ついた。
 彼は、マリウスと連絡を取っていたのだ。
 実のところ、町に散らばった生徒たちを補導するのに、さすがの彼でも個人行動では無理があった。
 他の教師たちとも連絡を取り合い、協力し合っていたのだ。
 その甲斐もあって、彼はほとんどの不良たちの居場所をつかんでいたのだ。
 不良たちの元リーダーを名乗る少年の潜む場所。目的の場所は、目の前にある。
 イーオンの傍には、当然のごとくヴァルキリーのアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が連れ添っているが、彼女はまだ何も言わない。
「待たせてすまない」
 すぐにマリウスはやってきた。
 二人は小さく頷くと、その繁華街の外れにある潰れたゲームセンターに入っていった。
 中には、極西分校の不良たち十数人が待ち構えていた。
 イーオンたちの姿を見ると、彼らはざわりとざわめいた。
「……まだこんなところにいるのか、キミたちは」
 イーオンは静かに言った。
「どうして学校に来ない?」
「居場所がねえからさ。もう極西分校は俺たちの学校じゃない」
 不良たちのリーダーを名乗る男、山田 武雷庵はそう言った。
 スキンヘッドの不良で、意志の強い気合の入った瞳をしている。
「今、モヒカンのチームとも抗争を広げている。奴らは強い。戦い慣れている。そのうちこの分校も奴の手に落ちるだろう。俺たちは追い出されたって訳さ」
「居場所がない人間などいない。例え、彼らと相容れなくても、他に友は出来る」
 イーオンの台詞に武雷庵は鼻で笑う。
「何を他人事みたいに言ってるんだ? あんただってそうだろう?」
「何が言いたい?」
「きれいごとばかりぬかしやがって。あんたらだってこの極西分校を乗っ取りに来たメンバーの一人じゃないか」
「……心外だな。そう思う理由を聞かせてもらいたい」
 イーオンは怒るというより不思議そうな表情をした。相手が何を勘違いしているのかがわからなかったのだ。
「この学校以外の臨時教師がやってきて、分校を自分たちの好きな色に染めようとしていやがる。蒼空学園と薔薇の学舎の先生よ。あんたはこの分校を蒼空学園と薔薇の学舎の価値観そのものに作り変えたいと思ってるんじゃないのか?」
「……そんなことを考えていたのか」
 イーオンもマリウスも衝撃を受けた。
 武雷庵の言いたいことはこういうことだった。
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)は蒼空学園の教師をこの分校に送り込んできた。そして蒼空学園の価値観そのものの教育を行い、それが失敗したらさらに強力な戦闘力を持つ臨時教師たちを続けて送り込んできた。自分の言うことを聞かない分校の“蛮族ども”を征伐するためにさらに強力な武力を送り込んできたのだ。自分たちの価値観だけが絶対正義だと思っている人間にしか出来ない傲慢。これは侵略じゃないのか? と。
「ちょっと待ってほしい。彼の考えは違う。純粋な好意だ。そもそも、波羅蜜多実業高等学校の校長、石原肥満氏からも分校建て直しの許可をもらってきている」
「つまり、俺たちは本校からも“売られた”ってことなのさ。分校の教員が足りないならパラ実の本校から送り込んでくるのが筋だろう?」
「そういうことだったのか……」
 イーオンは愕然とした。
 極西分校の不良たちは、自分たちが見捨てられた行き場のない存在だと思っていたのだ。それも、強固な誤解によって。
 そして、他校の臨時教師たちが我が物顔で闊歩する(少なくとも彼らはそう思っていた)状況に激しい憤りを感じていたのだ。
 だから、行き場がなくてやけばちになりさ迷っていたのだ……。
「これは根本的解決が必要だな」
 マリウスはイーオンに言う。
 小手先だけの生徒との交流では解決できない問題だった。友情だとか絆だとかそんな話じゃない。
 心の底に根を張った猜疑心は、どれほど表を取り繕っても取り除けるものではない。
「わかった。我々は去ろう」
 イーオンは断言する。
「約束する。この騒動が一段落ついたら、我々、他の臨時教師たちもこの分校から去る。前任の教師たちも、蒼空学園に送り返そう。そして、極西分校には二度と介入しない。それでどうだ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃ、この分校は教師のいない無人学校になってしまいます」
 そんなアルゲオの台詞に、イーオンは小さく微笑んで。
「大丈夫だ。彼らなら、その後きっと更正できる。それが、彼らを信じるってことじゃないのか?」
「そうだな。その件に関しては、俺たちが直接、山葉 涼司と話してもいい。何か他の解決策だって見つかるはずだ」
 これはマリウス。
「その代わり、我々がいなくなった後、キミは学校にくるんだ。いいね?」
「……本気かよ?」
 武雷庵はイーオンの真剣な表情に驚いているようだった。
「本気だとも。我々がいなくなった後、学校を建て直し統治できるのはキミたちだけだ。そうだろ? だから、必ず学校にくるんだ」
「……わ、わかった。約束する」
 その返事を聞くと、イーオンたちはもう何も言わなかった。
 身を翻し、立ち去っていく。
「約束ですよ」
 アルゲオも去り際ににっこりと微笑んだ。


 だが、微笑んだのは彼らだけではなかった。
「ま、これで奴らがこの分校から去ることはわかったわけだ。めでたしめでたし」
 パラ実本校からやってきていた佐野 豊実(さの・とよみ)は、イーオンたちが出て行った方向を見やって、満足げに頷く。
 彼は、この分校に潜入しパラ実生たちを鼓舞している一人であった。
 武雷庵の影に隠れてイーオンたちからは見えなかったが、彼らもあそこにいたのだ。
「山田君も結構喋れるじゃないか。あの台詞はほとんど私の受け売りだけどね」
「ああ、色々と手を貸してもらって助かってる。俺たちだけではあそこまで説明はできなかった」
 そんな武雷庵に豊実は柔らかい笑みを浮かべて肩を叩く。
「水臭いこというなよ。友達、だろ?」
「そうだな」
「ま、山葉 涼司も悪気はないんだろうけどね。ちょっと他校に深入りしすぎかな」
 豊実は独り言のように言う。
「あなた、もう一度、校内の不良たちを掌握しなおしなさい」
 同じくパラ実からやってきて行動をともにしていたルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)が、武雷庵の顔を覗き込んで魅惑的に提案する。
「聞いたでしょ。あの臨時教師たちには時間制限があるの。必ず帰るのよ。それまで逆らい続けたらパラ実の勝ち。屈服したら負け。どっちでもいいんだけどさ、私は」
 ルルールは煽る。
「……ねえ、あなたたちは、パラ実生よね?」
「あ、ああ……」
 かくして戦いは始まるのだ。