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伝説の教師の伝説

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伝説の教師の伝説

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「おやおや。喧嘩盛り上がってますね〜。これでまたけが人がどさどさやってくるようです」
 保健室の窓から外の様子を眺めていた。アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)は、上機嫌で怪しい薬物の投入準備を始めていた。
 彼女は本来ならイルミンスール魔法学校の生徒で、この極西分校はおろかパラ実とすら全く関係はない。それがいつの間にやら保健室の主としていついてしまっていた。
 誰も怪しむものが現れないほど、事前の根回しが上手くいった結果であった。
「患者は生かさず殺さず薬漬け。これが医療従事者の正しい姿なのです」
 瞳孔開きっぱなしの左目でベッドの上を眺めると、そこには身動きの取れなくなった不良たちがとても柔らかくなってベッドの上で横たわっているのが確認できる。
 彼女の人体実験の成果であった。
 この保健室にいついて以来、運ばれてくる患者は全て彼女が受け持ち、再起不能にしてきた。今では保健室というよりも、人体実験室であった。
 いずれにしろ暴れん坊どもがおとなしくなってよかったよかった。
 鼻歌交じりのアテフェフに、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が恐る恐る聞いてくる。
「アテフェフさま。これはとても犯罪の匂いがするであります」
 仕事を手伝っていたスカサハは、保健室の奥の広い部屋に死屍累々と横たわる教師たちを寝かせ直して、扉を閉じた。
 奥の部屋に閉じ込められているのは、元々この極西分校に赴任してきた先任の教師たちであった。
 専任教師たちは、当初、挨拶も兼ねて軽い気持ちでこの保健室を訪れた。
 そして、アテフェフによっておかしな薬を投与され身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
 これが、専任教師たちが全滅し行方不明になっていた真相である。
「なんだか大事件になりそうな気がするでありますが」
「ああ、その人たちでしたら、今は絶対安静の療養中です。じきによくなりますので決して動かしたりしてはなりません」
「なるほど。そうなのでありますか」
 アテフェフのでまかせにスカサハはあっさりと頷いた。
「先任の教師たちのプライバシーも全部吐かせてきたよ。そとに情報が漏れることもないでしょう」
 もう一人、お手伝いとして保健室にいた花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)は万全だと満足げに微笑む。
 彼女はビデオカメラなどの電子機器を駆使し、閉じ込めていた先任教師たちのあることないことを調べ上げていた。
 事件が漏れそうになったら強制的に黙らせるだけだ。
「……ところで、お姉ちゃんは?」
「心配しなくても目の前にいますよ」
 その花琳の言葉に答えるかのように、彼女らのリーダーでもある鬼崎 朔(きざき・さく)が姿を現す。
「このへんで撤収しましょうか。何事も潮時が肝心です」
「え〜、せっかくいい調子だったのに」
「いい調子だったのは、私が隠蔽工作のために校内を奔走していたからです」
 これまでの苦労を思い出して、朔は小さくため息をつく。
 この保健室の惨状を目の当たりにしてから、なんとか見つからないよう工作を重ねてきたが、正直それもそろそろ限界らしい。
「患者はそのまま放置でいいでしょう。きっと優秀な後任の保険医が治してくれますよ」 
 せめてもの、と朔はモルモットたちが元気を出すように新薬を患者たちの枕元において。
 
 ――突然保健室の扉が開いた。

「無事に逃げられると思ったら大間違いですよ、真犯人さん」
 戸口を塞ぐように立っていたのは、空京大学に通うメガネ娘、志方 綾乃(しかた・あやの)だった。
 彼女は、不明になった先任教師たちを探していたのだ。
 朔たちはかなり上手く紛れ込んでいたが、それでも綾乃の慎重な捜索を逃れることはできていなかった。
 先任教師たちの全ての足跡と原因を突き止めて、綾乃はここまで辿り着いていた。
「こんなことだろうとは思ってましたけど、イタズラにしてはシャレになってませんね。さて……」
 綾乃の言葉が終わるより先に、朔は別の出口に回り込んでいた。
 アテフェフたちを連れてすぐさま立ち去ろうとする。
 その先に、真っ黒な猛犬の群れが通路を埋め尽くすほど待ち構えていた。
「ワンちゃんたち。ちょっと噛んであげなさい」
 綾乃の命令に、フェイタルリーバーだけが連れて歩けるヘルハウンドの群れが、朔たちに猛然と襲いかかる。
 たちまちにして戦闘が開始された。
 その場は黒い巨犬たちに任せておいて、綾乃はほぼ壊滅状態となった保健室を見渡す。
 怪しい医療器材におかしな薬品の数々が散乱している。
 そして、ベッドの上で声もなく眠り続ける患者たち。顔色がすでに尋常じゃない。どんな薬品を投与すればこんな状態になるのか見当もつかなかった。
 朔たちはかなり派手にやらかしたらしかった。
 綾乃は、保健室の片隅に調度品の一つとして違和感なく紛れ込んでいたコタツに近づいた。優しくねぎらいの言葉をかける。
「お疲れ様でした。おかげさまで保健室の内情が筒抜けでしたね」
 コタツは、綾乃の仲間の機晶姫である高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)だった。何もすることがなく長い間待っているだけだったこたつは何も答えなかった。
「まあ、やってしまったことは志方がないですけど、後片付けくらいはしていきましょうか」
 綾乃は、朔たちが施した保健室内の工作機器類を次々と処分していく。
「あ、それだったら、僕がやっておくから。他の先生たちの様子を見てきてあげてよ」
 保健室の片付けを買って出たのはマール・レギンレイヴ(まーる・れぎんれいぶ)だった。
 それに頷いて、綾乃は先任教師たちが監禁されていた奥の病室へと踏み入れた。
「低脳な蛮族らしく、これっぽっちも役に立たない状態ですわ」
 先に部屋に入っていたリオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)は、ドレスを翻して振り返る。
 病状を診ようにもよくわからないので、手をつけずにそのままにしてあるのだ。
「教師たちに直接聞き込みは出来ませんでしたけど。業務日誌や教育のための書類、道具類は全て回収してありますわ。ま、ゴミ同然でしょうけどね」
 書類の内容に興味を示していたリオは、物音に気づいて視線を別の方向にやる。
 朔たちが去っていった方向から気配が消えていた。
「あの犯人たち、まんまと逃げてしまったようですわね。ワンちゃんも意外と頼りないこと」
「まあいいでしょう。先任教師たちの身柄は確保しましたし、これだけの証拠物品や書類もそろっているのです。後は他の方に任せましょう」
 綾乃は依頼主の山葉 涼司(やまは・りょうじ)宛ての報告書類をまとめながら、ふうっと息を一つつく。
「逃げた医療犯たちは山葉さんを通して広域指名手配にしておきましょう。まあ、どこかの誰かが捕まえてくれるかもしれませんし、それはまた別の話ということで」
 とりあえず自分たちがやるべきことはやった。
 しばらくののち、綾乃たちは静かに極西分校を去る――。