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リアクション
15
階段を下りると、ネイラは手にしていた蝋燭の火を吹き消した。
墓地は薄暗かったが、壁に沿って墓を囲むように小さな明かりがついている。
「イブリス様、どうぞ」
ネイラに案内されるように、イブリスは最後の段を降りた。
「永き闇を経て、遂にこの時が来た」
「まったくです。いよいよですね。寝すぎて頭、痛くありませんか?」
「うむ。問題ない」
突如、辺りが霞み始め、ネイラはイブリスを庇うよう前に出た。
「地下に霧だと……?」
霧の中からゆっくりとした足取りで現れたのは、漆黒のマント、長手袋、ロングブーツに変化した夜川 雪(よるかわ・せつ)と、彼を纏った刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)だ。
刹姫は雪の【鬼眼】を使った。ネイラは思わず後ずさる。
「やはり運命は私達を巡り合わせたわ。さあ、貪欲なる闇黒の魔術師よ。貴方の『闇』は、私の『夜』の帳に何を映してくれるのかしら?」
「覚醒したばかりだ。闇に囚われるのは、今少し後にしたい……」
「い、『今起きたばかりだ。寝るのはもうちょっと後がいい』と申されています」
「だが想いが交錯する七日の後、我らの戦いは始まるであろう」
「『それに今は忙しい。少し待っていてくれ』と申されております」
もちろん、刹姫はネイラの翻訳など聞いていなかった。
「愚かね。同じ『闇』を知る者として片腹痛いわ。自身を闇の外において支配しては、自らが『闇』となることは出来ない。私達は何者をも支配することなく、何者にも支配されず、ただ漂うのみ。光あるところに影は生まれる。闇を生み出すのは、闇の者ではなく闇を照らす者なのよ」
雪はぽかんとしていた。その場に人間の姿でいたなら、
『こいつ、何言ってんだ? いい歳こいてうちのバカ姉達と同類かよ』
と言ったことだろう。大体、ここに何しに来たのか、雪には今一つ分かっていない。
イブリスを待っている間、不意打ちを食らわせた方が早いのではと進言したら、戦うつもりはないと刹姫にあっさり却下された。まさか――とは思うが、目的がこの会話だけということは――、
『ない……よな?』
その時、ふらりと墓の陰から出てきたのは、朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)だ。傍らにごくごく普通の中年男性と土佐犬を従えている。従者――だろうか。
「ほう……この闇に相応しき相貌よ」
「『まあまあ美人だな』と申されております」
イブリスの言葉を聞いて、刹姫は眉を吊り上げた。
「闇に相応しいのは、私だけよ!」
だが、ゆうこもまた、聞いていなかった。イブリスの顎に視線がじっと注がれる。
「あのヒゲの三つ編み……きっとあそこは魔力に通じる何かがあるはずです……」
イブリスは顎髭を扱いた。
「ああっ、やはり! それで魔力を増幅させ、人々の意識に悪の考えを植え付けるのですね! ならばそのヒゲを剃るのが一番の近道! けれど私わたしにはヒゲが生えたこともなく、剃ったこともないので、経験豊富な『従者:高知県民』さんにはるばるお出でいただきました!」
イブリスはうんともすんとも言わない。ネイラは首を傾げた。雪はまたぽかんとしている。言葉は分かる。刹姫より分かりやすい。だが、内容が理解できない。
『こんな奴ばっかかよ、この世界は!』
「さあっ、高知県民さん! よろしくお願いします!」
「ほがなこと出来るか!」
「なぜです? 戦うわけではなく、ただヒゲを剃るだけの簡単なお仕事ですよ。貴方に何かあったときには、責任持って犬のお世話はいたします!」
「簡単やとゆうなら自分でやれ。とゆうか、実は死ぬかもしれんと思っちょるやお?」
「そんなことありませんよ。ただ貴方に何かあったら、わたしはこのワンちゃんを家族の一員として迎え、大事に育てていずれは大家族の番組に出たいと思っているだけです」
「やき、それが死ぬということじゃろうんや!」
「黒井 暦(くろい・こよみ)が古の契約に応じて命じる。焔よ、地を這う渦となれ!」
何の前触れもなしに、【ファイアストーム】が地を這い、ゆうこと高知県民を襲った。咄嗟に高知県民と高知県を還したのは、上出来だ。
ゆうこは【軽身功】でふんわりと宙を飛んで、着地した。
暦はゆうこの前に立ちはだかった。
「邪魔はさせぬ」
「困りました……わたしはあなたと戦って満身創痍になって病院に運ばれ、そこで医師と恋に落ちてプロポーズされても結婚するつもりはありません」
「……」
さすがの暦も、二の句が継げない。
「それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げ、【バーストダッシュ】で逃走する。暦も追ってまで攻撃するつもりはなく、刹姫を振り返った。
しかしそこに、イブリスとネイラの姿はなかった。彼らはさっさと墓地の最奥へ向かって歩き出していた。
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