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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   2

 闇黒饗団の出方に、一つ、内部撹乱で指揮系統を乱すことが考えられる。敵としては魔法協会の手の内を探るために、それなりの協力者を得ていてもおかしくない。事実、「鍵」の在り処として墓地を指定してきたところを見ると、内部の情報に精通しているようだ。
 まして、元幹部ともなれば、知人・友人が今も在籍している可能性がある。
 大岡 永谷(おおおか・とと)はそう考えた。それがこの手の戦いのセオリーであると、シャンバラ教導団では習った。
 魔法協会会長レディ・エレインは、永谷のその訴えを微笑で受け止めた。
「裏切り者がいる――と?」
「そうは言っていません。おそらくは口の軽い人物がつい漏らした――そういうこともあるのでは」
 エレインはゆったりとした白いローブを身につけていた。袖は長く、包帯で包まれた指先だけが覗き、フードで顔は隠れている。
 そのせいで表情はほとんど分からないが、エレインは僅かに顔をしかめたようだった。心当たりがあるのだろう。だが、すぐにかぶりを振る。
「そのような愚かな者がいるとは思えません」
「分かります。仲間を疑うのは辛いことです。だからこそ、外部の俺が調べたいんです。客観的に、秩序立てて情報の流れを遡って行けば、どこから漏れたか分かります。まずは防諜体制を整えることです。俺にやらせてください」
 エレインはフードの下から、しばらくじっと永谷の顔を見つめていた。やがて小さく息をつくと、
「分かりました。そのような者がいるとは思えませんが、イブリスが何らかの情報網を持っているのは確かなこと。存分にお調べなさい」
「ありがとうございます」
 まずは最初の関門を突破した。永谷はほっとした。
 エレインは、会長室のソファに座っていた南部 豊和(なんぶ・とよかず)レミリア・スウェッソン(れみりあ・すうぇっそん)に顔を向けた。
「さて、お待たせしました。お二人の御用を伺いましょうか」
 豊和はぱっと立ちあがった。永谷が代わりに部屋の隅、暖炉の前へと移動する。なかなか立派な造りであるが、火は入っていない。
「お会い下さってありがとうございます。僕は南部豊和といいます。ぜひ、会長さんに魔法の教えを乞いたいんです!」
 ストレートな物言いに、エレインは呆気に取られる。豊和は畳み掛けるように続けた。
「僕は――僕は、誰かの役に立ちたい。 皆を助けてあげたい。魔法の力で、皆を幸せにしてあげたいんです」
「いい心がけです」
「でも、 そのためには、沢山……もっと沢山、魔法の勉強をしなきゃいけないんです。だから会長さんにいっぱい魔法のこと、教えてもらいたいんです! もちろん、今は緊急事態の真っ最中ですから、今すぐ教えて欲しいなんて事は言いません。けど、封印の鍵を護りきった後には、会長さんから魔法のことをご教授して頂けるよう、約束を取り付けたいです!」
 一気に喋り、豊和は、はーはーと息を切らせた。それから、ちらりとエレインの反応を伺った。
 相変わらず表情はよく分からなかったが、エレインは小さく口の端を上げた。微笑んだようだ。
「あなたの仰る通り、今は多忙ですので魔法についてお教えすることは出来ません。ですが、これが無事終わった暁には……」
「ありがとうございます! そのためならなんだってしますよ! 荷物持ちだってしますし、資料の整理のお手伝いだってします!」
「助かります。実は、人手が不足しているのです。雑事になりますが、手伝っていただけますか?」
 人払いの術式は、魔力の低い者に効果がある――契約者は例外である――ため、魔法協会に属する者でも多くが出てこられなかった。どの道、雑事をこなす下級クラスの魔術師では戦闘の足手まといになるだけなのだが。
 雑事全般を受け持っているのは、キルツという男だ。豊和は元気のいい返事をし、会長室を出て行った。
 豊和と共に出て行く間際、レミリアは永谷に声をかけた。
「私も同感ですよ」
 気にかけておきましょう――、そう言っているのが分かった。よろしくと永谷も頷き返す。
 それにしても、とレミリアは考える。
 封印の鍵ともなれば、一般の協会所属員では情報を得るのは難しいはず。それが闇黒饗団に知られているとなれば、内通者は幹部クラスということになる。もう一歩踏み込んでみれば、襲撃を有利にするため、ある程度人員配置の把握や干渉が出来る人物であればベストだ。
 そこに至って、レミリアは苦笑と同時にかぶりを振った。
「……いや、まさかな」
 さすがに考え過ぎだろうと思ったが、それは頭の中にこびり付いてなかなか振り払うことが出来なかった。


「あ、警備ごくろーさま。お互い頑張りましょー」
 口も悪い目つきも悪い行儀も悪いグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)が、にこにこと愛想のよい笑みを浮かべながら手を振った。彼女は機嫌が良かった。笑顔は本物だ。
 だからグラルダと同じく警備を担当している契約者や魔術師たちは、「おう」とか「お前もな」と素直に返してくる。
 協会本部の室内構造、警備の人数、守りの堅い場所、或いは薄い場所と、グラルダはひたすら歩き回って可能な限り記憶した。
 たとえば、墓地は地下四階まであることが分かった。饗団が予告してきた場所は、前会長の眠る最奥だと考えられるが、そこに至るまでに、三つのフロアを通り抜けなければいけない。その墓地の入り口と全ての階に警備を置くことになっていた。
 後はどうやってこの情報をリークするか、だ。
 グラルダは唇の端をニィッと歪めて嗤った。
 機嫌がいいのは、そういうわけだ。
 グラルダは「古の大魔法の封印」をぜひ見たかった。おまけにその動機は「秘密って言われると知りたくなるもんでしょ」という、協会側にとっては身も蓋もない単純なものだ。
 それが分かっているものだから、シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)は頭が痛い。
 グラルダは自分以外の手によって封印が曝け出されればいいと思っている。だがこれは最悪、協会、饗団、更に契約者ですら敵に回す愚行であるとシィシャは考えていた。直接手を下さないからといって、安全であるとは限らない。もし悟られたら……。
 手分けして建物を見て回っていたシィシャだが、不安と不満を抱いていた。
 グラルダは己の道を阻む者を敵と見なす。その意味で、グラルダにとって協会の人間は全員、敵だろう。
「アタシ以外を信用するな」
とはシィシャに言った言葉だが、それならば他人を信じられない人間をどうして信じられるだろうか。
 そこまで考えて、ふっとシィシャは笑みを漏らした。
 協会も饗団も同じではないか、と思ったからだ。理念の異なる殻を纏っているに過ぎない。
 ――荒療治かもしれませんが、ひょっとすると良い薬になるかもしれませんね……。
 協会と饗団、そしてグラルダにとって――。