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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●資料館2

「けほ、けほ……どれだけ手入れされてないのでしょうか……」
 咳込みながら、エイボン著『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)はぼやく。
 それでもしっかりと《資料検索》を使い、有益な情報はないか調べ上げていた。
 両脇には、不要な書類や書籍と、結界、剣、玉石、事件といった種目別に分けられた書類や参考書籍の山ができていた。
「流石に骨が折れますね……」
 紫月唯斗(しづき・ゆいと)も埃で顔を真っ黒にしながら言った。
「俺たちだけでは、やっぱり時間が足りませんね……」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の表情にも焦りが浮かび始める。
 調査を始めてから大分時間が経っているが、精読しているせいで有益な情報は一向に得られない。
 そんな中、
「ああ、やはり一まとめにして情報は隠してありましたか」
 やっぱりそうだったという口ぶりで、隠し工房に現れたのは、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だった。
「人手、足りてなさそうですね」
 穏やかな口ぶりで、エッツェルの後に入ってきたのは、魯粛子敬(ろしゅく・しけい)。それに続く形で入ってきたのが、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の2人だ。
「村中歩き回ったのに、情報が一つも落ちていないなんてと思ったけど、全部ここに纏めてあったのね……」
 若干辟易した様子でフレデリカは言う。
「まあまあ、情報の宝物庫がみつかったと思って喜びましょう?」
「うん、確かにね。でも……埃っぽい……」
 フレデリカの言はここにいる全員の感想である。
「助かったよ……、これで時間が短縮できる」
「おや、その声は涼介さんですか?」
「ああ、そうだが……エッツェルか。また奇遇だな」
 偶然居合わせた2人は少し驚いたようだったが、今はそれ所ではないと思い直し涼介は資料の精読に戻り、エッツェルはエイボンの書の元へと向かった。
「ええと、フリッカさんとルイさんは結界と剣の関連性について調べているんでしたね」
「そうね」
 短く答えるフレデリカ。既にお互いがどんなものを調べるつもりなのかはわかり合っているようだ。
「これと、これがそうかな」
 エイボンの書が分けていた山となっている書類から、いくつか手に取り、エッツェルはフレデリカたちに手渡した。
「ここで調べ物をすると、その綺麗なお顔が汚れてしまいますので……」
「いや、そんなこと言っている場合じゃないでしょう……」
 ルイーザが呆れながら丁寧に突っ込んだ。
「むぅ……」
 エッツェルは不服そうに考え込む。どうやら可愛らしい女性には、このような埃っぽい暗所で作業はして欲しくないらしい。
「それにしても、暗いですね」
 魯粛子敬は辺りを見回して、そう言った。
「見た限り電気は通ってないので、入り口の明かりを頼りにしているのですがね」
「ふむ……」
 唯斗の言葉に魯粛子敬は顎を撫でる。
 薄ら明かりでも作業には支障はないのだろうが、やはり隅まで明かりが行き渡っていないのは問題があるだろうと考えていた。
「あ、それでしたら」
 言って、ルイーザは【光術】で辺りを照らし出す。
 室内が煌々と照らされ、物の配置が正確にわかるようになった。
 そして、照らし出された室内の壁。そこには擦り切れたこの村周辺の地図が張られていた。
 その地図には明らかにおかしい点があった。
 今配られている地図にはなくて、この地図にはある民家の存在。
 それと色あせてはいるが赤、緑、青の3つの塗りつぶされた点と、同じように周囲をぐるりと囲んだ円。
「これは……」
 誰ともなく呟いた。
「これ自体に隠蔽の術式がかかってるのか……」
 地図を眺めながら涼介は言った。即座に見抜く目を持っているところは、さすがに魔法使いと言ったところだ。
 入り口の明かりだけでは気付かないように、それ以上の光源を持って照らし出されなければ暴かれないように、入念に作られた術式に関心するとともに、灯台下暗しという言葉がぴったりの現状に少しだけ笑ってしまった。
 そして、入り口の蝋燭が外部からの侵入者をあざ笑っているように感じてしまった。
「……この色付きの場所は、結界の要の場所ですか」
 エッツェルが指でなぞりながら言う。
「赤、緑、青。色褪せてはいますが、たしかにこれは玉石の色を大雑把に現していますね」
「それじゃあ、この場所は要の玉石が置かれている場所……!」
 魯粛子敬の言葉にフレデリカが希望的観測を持って答える。
「それは確かにありえるでしょうね。でもここまで入念に隠蔽しているのですから、まだまだ何か出てくると思いますよ」
 まじまじと地図を眺めながら魯粛子敬は言う。
 そして、今手元にある地図にこの地図を書き加えながら、
「こちらの地図に乗っていない民家も怪しいですね……。もしかしたら結界の開発に関係する情報が出てくるかもしれません」
「それじゃあ、私たちはそっちの方に行ってみるね。渡された資料を見たけど、これと言って有益な情報は得られなかったわ」
 残念そうに肩を落としてフレデリカは言った。
「手分けして調べることができる場所は手分けした方がいいからね。すまないけどよろしく」
 涼介はそう言って、フレデリカたちを送り出した。
 また薄暗くなったが、一度でも室内が明るくすることができれば術式は解除されたままなのだろう。隠蔽の術式をかけられていたさっきよりも重要度の高い資料を簡単に見つけることができるようになった。
「は、はは……今までの俺たちの苦労は……」
 あまりにもあっさりと見つかり始める資料に、涼介に乾いた笑みが浮かぶ。ちょっとへこんでいる。
「全く、兄さまも兄さまですが、唯斗さまも唯斗さまです!」
 エイボンの書は改めて《資料検索》を使い資料の洗い直しをしている。
「……すみません」
 隅で小さくなりながら資料を漁り始める唯斗と涼介に、魯粛子敬が肩をぽんぽんと叩く。
「何事も失敗してからが本番ですよ」
「は、はい……」
 完全に気落ちしている2人だが、読んでいた資料から何かみつかったようだった。
「……蒼玉石の情報ではないが、多分これは、手記だろうか」
 右肩上がりの神経質そうな文字で綴られている、手記を涼介は皆に見せるように広げた。
「手記というよりも、日記ですわね」
 涼介の手元を覗き込みながら、エイボンの書は読み上げる。
「えーと、今日も魔獣が村を襲った。追い払うだけで甚大な被害を被る強さに、結界の開発を急がなければ、ですわね……」
 それはエイボンの書の言うとおり、日記だった。
 結界の開発者が記したもの。
 毎日ではないにしても、何かあるたびに書かれているようだった。
 中身は主に姉さんと呼ばれる人物のこと、魔獣が村を襲うこと、結界の開発のこと。さまざまなことが記されていた。
 しかし、その手記は、

 姉さんが死んだ
 魔獣と相打ち
 運ばれて来た姉さんは体中ぼろぼろで、打撲、骨折、擦過傷。
 身に着けていた防具は大破していて、かおもはれあがって
 ぶじなところはなにもなかった
 しんだからだに、ずっとなんども、ヒールをかけてるのに、
 ねえさんはうごかなかった
 ぼくが、やくたたずだったから、むらのみんなもまきこんで
 ぼくがぼくが
 ぼくがねえさんをころしたようなものだ
 むらのみんなもぼくがころしたんだ
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


 何かで濡れたような跡と、錯乱して書いたのがわかるくらいに乱れた文字列。
 冷静さを欠いている日記の終わり方。
 結界の開発者であろうと思われる『ぼく』が壊れ始めた経緯はよく分かった。
 手記を見ていた全員は押し黙ってしまった。
 言葉が出ない。
 身内の死は人を狂わせると言うことを実感した。
「……結界とは、魔獣から村を護るために開発されているはずだったんですね」
 エッツェルがポツリと漏らした。
 重かった。ただひたすら重かった。
 それでもここで手を休めるわけには行かない。
「此方にもありましたよ。蚯蚓がのた打ち回ったような字だったので、読み上げますね」
 唯斗も結界について何か分かったのか、皆の注意をひきつけた。
 唯斗は返事を待たずに掻い摘んで話し始めた。

 結界の要点をまとめよう。
 剣の持ち主以外の力を奪う。
 回復なんてさせない。野生動物ですら狂ってしまうような術式を込めよう
 奪った力は還元して剣の持ち主に絶対的な癒しの力にしようか。能力を飛躍的に引き上げてもいいかな。どっちもつけよう。
 そうしたら、剣にも少し細工がいるか。ああ、この透明な玉石を使おう。
 思ったよりも大掛かりな術式になるか。まあいい。
 姉さんの体から抜いた血で魔力を帯びさせた、赤い石
 ボクの魔力を封じ込めた、緑の石
 そして、姉さんの魂を封じ込めた、青い石
 うん、これだけあれば、結界を維持するのは大丈夫だろう。
 ああ、早くこの鳥篭の檻でもがき苦しむやつがみたいなあ


 この結界は、剣の持ち手を閉じ込めるために作られたものではなく、その逆だった。
 剣の持ち手を護るため、ひいては村を護るため。
 敵対者を贄とするような、そんな結界だった。
「まずいですね……」
 魯粛子敬が沈黙を打ち破る。
「あのお嬢さんを追いかけていった人たちはこのことをしらないはずでしょう」
「確かに……、でも今のを聞く限り、この結界は人を逃がさない術式も込められてるだろう。鳥篭の檻と言っているくらいだから」
 涼介が冷や汗を浮かべた。
「……俺が情報共有で現時点での情報を纏めて誰かに伝えに行ってきます」
 唯斗がそう言って、外へ行こうとする。
「私たちはここで調べられるものを調べましょう。まだこんなに大量にあるんですから」
 エッツェルは、エイボンの書がいつの間にやら改めて仕分けてくれた資料を指しながら言った。
「唯斗さん、頼みましたよ」
 普段ならここで唯斗をからかうのだろうが、エッツェルはそんなことはせずに唯斗を見送った。
「さて、骨が折れますが、続きをやりましょうか」
 改めて4人は資料に目を落とす。