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【一回戦第二試合】ランダムBvsシュトゥルムヴィント


  10

「ちょーっとヨタカ! 何でパイロットのアタシにプログラム面の調整させてんのよっ!」
「ぎゃぎゃ? レク、ワシプログラムはからっきしなのぎゃ。どーせ自分で使うんぎゃから、自分でやればいいぎゃよ」
「こんの、ムカツクわねバカ地祇!」
 試合直前。整備ドッグの一角で親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)を罵りながら、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)は出撃前の準備に追われていた。
「ヨタカ、ヴェル、整備を任せてしまってすみませんね。それで、エネルギーシールドは最大出力を出せるようになりましたか?」
 そこへ現れたのは、二人のパートナー、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)だ。
「アル〜! とりあえず基本的な整備は終わったぎゃ。エネルギーシールドも頼まれた通りに整備したぎゃ」
「そうですか。ご苦労様です」
「……でも、いーんだぎゃ? 兵装は実弾のマシンガンしか使えなさそうなんだぎゃ……」
 夜鷹が不安げにスーパーノヴァの機体を撫でるが、アルテッツァは微笑んで、
「もちろんです。これで万全ですよ」
 そのあまりにも穏やかな笑みに、ヴェルは嫌な予感を抑え切れなかった。

 結果として、ヴェルの予感は的中してしまった。いや、事態は予想より悪い方向に転がっているかもしれない。
「ふふ……『彼女』……奪った……教導団……消え……」
 試合開始からずっと、アルテッツァは一心不乱に、マシンガンの弾をばら撒き続けている。照準の先にいるのは無論、敵の機体。それだけならば問題はない。
 問題は、初戦の相手がいきなり、教導団員であったということだ。
「ホンットにアンタの教導団嫌いは筋金入りねぇ、ゾディ」
 溜息混じりに言いながら、操縦担当のヴェルは回避機動。機体のすぐ脇を二条のレーザーが掠めていく。攻撃担当のアルテッツァは、それに臆した様子など微塵もない。
 それも当然。とある理由により、アルテッツァは教導団に私怨を抱いている。
「……このままでは埒が明きませんね。時間もないことですし、そろそろこちらから仕掛けましょうか」
「ゾディ、アンタまさか……」
「ええ、そのまさかですよ。我々も本気を出させて頂きませんと、合同訓練に来て頂いた方に失礼ですからね」
 言葉だけ聞けば、実に真摯だ。真摯だが、先の機体の整備内容を見るに、アルテッツァは間違いなく――『シールドアタック』を仕掛けるつもりだ。
「大人げないわよ、ゾディ……」
 大会に参加するにあたって、ランダムで選ばれたチーム内にも教導団員はいた。これが決勝の小隊戦で、その教導団員とも共闘する局面でなかったのは不幸中の幸いなのか。下手をすれば……いや絶対に、アルテッツァは味方だろうと教導団員を巻き込んだだろう。
「さて、なんのことやら」
「……ま、いいわ。好きにしなさい」
「感謝します」
 慇懃に言うや、アルテッツァは一際激しく弾幕を張った。
 進路を制限され、敵機は回避機動に移る。これだけの弾幕の中、俊敏な動作で直撃を一発も許さない辺り、敵ながら賞賛に値するとしたものだろう。
 だがこちらの狙いはここからだ。
 ヴェルはすかさず、動きの鈍った敵の死角へと回り込む。アルテッツァも弾幕は絶やさない。
 敵の機体が身を翻し、こちらへと向き直る。
 互いに目が合うような距離。敵機の挙動に浮かんだのは動揺だった。
 無理もない。こちらは近接戦闘用の装備など持っていないのだ。にも関わらずこれだけ肉薄するなど、自殺行為にしか思えないはずである。
「こちらの狙いはその、自殺行為なのですけどね」
 エネルギーシールド、出力全開。
 武装を削って余ったリソースを注いだ、高エネルギーが機体を包む。
 衝撃に備え、ヴェルは自身を鼓舞するように叫んだ。
「――スコアの魔道書、バカにすんじゃないわよ!」
 二体が衝突。それはほとんど、爆発と呼んで差し支えない衝撃だった。

 ――結果。互いに仮想損耗率が危険域に突入。勝負は引き分けとなった。
 エネルギーシールドによる特攻を仕掛けた側のパイロットは、なぜだか妙に満足げだったと、チームメイトは後に語る。


  11

「残り二分よ!」
 次鋒戦。
 鷹皇の操縦席で、松本 可奈(まつもと・かな)が焦ったように叫んだ。
 だが鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は冷静そのものの面持ちで、意識をただ眼前の敵へと集中している。
「上!」
 可奈の警告。直後に頭上の太陽が陰る。
 敵のクローアームによる、撃ち下ろしの一撃。衝撃が機体を突き抜けた。
 身を捻って直撃は避けたものの、仮想損耗率はまた上昇する。危険域は目前だ。
 真一郎はアサルトライフルを構え発砲するが、すでに敵は必中圏外へ離脱している。この局面に置いても深追いを禁じる、一撃離脱の堅実な攻撃姿勢だった。
「……見事ですね」
「ちょ、感心してる場合!?」
 可奈は焦燥に歯噛みする。
 状況は芳しくない。どころか、相当に劣勢だ。
 試合開始から、敵は機動力を活かしたアクロバティックな一撃離脱の戦術を崩していない。頭上からの撃ち下ろし、急降下からの一撃離脱に、死角からの射撃。機動力に劣るこちらの弱点を徹底的に突く、堅実で隙のない戦術だ。
 おかげでこちらは反撃の糸口が一向に掴めずにいる。
「残り一分! なにか策は!?」
「現状維持。正攻法です」
「はいい!?」
 ここまでの戦況では、判定になれば敗北は必至。起死回生の策を持ってこの状況に耐え忍んでいるものと思っていた可奈は、その返答に頓狂な声を上げる。
「ちょ、それってまさか、諦め――」
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負け無し。敗北は自身の努力不足という事ですよ」
 真一郎の静かな声音に、可奈は発しかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
 台詞だけ聞けば、すでに勝負を捨てているようにも取れる。だがそんなことはない。
 敵が死角から現れる。
 真一郎は慌てず騒がず身を捻り、重装甲でクローアームの一撃をさばいた。言葉通りの正攻法だ。それでも、仮想損耗率は無情に上がる。
「……わかった。最後まで精一杯、戦い抜こう」
 一か八かの策に出れば、勝ちは拾えるかもしれない。
 だが一か八かの策は、同時にリスクも跳ね上げる。リスクを忌避することを、他人は臆病と笑うかもしれない。
「残り三十秒」
 敵機の射撃。真一郎は左右に機体を揺らし、回避。応射する。
「二五秒」
 読み上げる可奈の声が緊張に震える。
 可奈は思う。無茶な策に惑わされず、劣勢の中ただ正攻法で、起死回生の機会を窺うこの緊張感。臆病な人間に、本当にこんな戦術が取れるだろうか。いや、無理だ。
「二十秒」
 どんな劣勢でも最後まで勝負を諦めず、かつ自身の戦術を信じて現状に耐える勇気。それは時に、無謀な奇策よりもずっと尊い。
「十五秒」
 思えば、真一郎はいつだって常在戦場の心構え。たとえ試合とわかっていても、いたずらに自身や、パートナーを危険に晒す策を選ぶはずもないのだ。
「十秒」
 時間だけが過ぎていく。
 反撃の糸口はない。早く終われと祈る想いと、糸口が見つかるまで終わってくれるなという願いが可奈の内側で相克する。
「五秒」
 敵の攻撃。急降下からクローアーム。
「四秒」
 真一郎は回避。かわしきれず、わずかに機体がバランスを崩す。
「三秒」
 敵は、今度はそこで離脱しない。身を翻し、追撃の、とどめの一撃を放った。
「二秒」
 ここだ。勝負に欲の出た敵が、最後に犯したわずかなミス。
「一秒」
 真一郎はすぐさま体勢を立て直し、バズーカを敵の鼻っ面に照準し――、
『試合終了です!』
 ――割って入った声と、試合終了の合図のブザーを聞いて、トリガーにかけた指を、離した。
「……届きません、でしたか」
「……ん。努力不足だね」
 勝負には負けた。
 だが最後まで自身の戦いを貫いた真一郎と、可奈の顔に、後悔の念はなかった。
 あるのはただ、さらなる努力の必要を見据える、真っ直ぐな瞳だけだ。


  12

「ふふん。いきなり相手が同じ天学生なんて、幸先が良いわね」
「あ、杏さん、あんまり喋ると――」
「そもそもイコンの大会だなんて、私たち天御柱学院の生徒に活躍しろって言ってるようなも……にょぎっ!?」
 左右に激しく揺さぶられ、身体に掛からるGの変動も激しい、レイヴンTYPE―Cの操縦席。
 パートナー、橘 早苗(たちばな・さなえ)の警告も虚しく、葛葉 杏(くずのは・あん)は舌を噛んだ。
「だ、大丈夫ですか? 杏さん」
「へ、へーひへーひ。それより」
 杏は表情を引き締め、機体の外へ意識を集中する。
 敵機は先の戦いで真一郎を破った天学生。やはりアクロバティックな機動でこちらの周囲を飛行している。先ほどから牽制の射撃を繰り返してきていた。
 不意に、反転。一直線にこちらへ突き進んでくる。手には新式のビームサーベル。
 すれ違いざまの斬撃を装甲でさばくと、杏は振り向きざま、アサルトライフルの銃口を向ける。
「機動力に物を言わせた一撃離脱が基本戦術みたいだけど、生憎と空中戦ならこっちも……って、あ、あれ?」
 衝撃に貫かれる。予想に反し、敵はすれ違うや反転。離脱せずにさらなる一撃を浴びせて来た。
 かと思うと急降下。水面ぎりぎりを飛翔しつつ、海にサーベルの切っ先を突き入れる。海面からは派手な水飛沫が吹き上がった。
「あ、あれは一体……?」
「なるほど。こっちのBMI対策ね」
 足下へアサルトライフルの掃射を加えつつ、杏は早苗の疑問に応じた。
 あの水飛沫は、不可視の超能力攻撃を視認するための目印代わりだ。
「けど、それはちょっと見当違いよ」
 言いつつ、杏はタッチパネルを操作。BMIを40%まで引き上げる。
「やれやれ、100%まで引き出せるのに40%どまりだなんて不完全燃焼だわ!」
 機体を急降下させ、反転してまた近づいてこようとした敵機を迎え撃つ。ビームサーベルの斬撃を回避、射撃。敵も弾幕をかわし、クローアームを放ってくる。
「甘い!」
 こちらをクローアームで掴んで海中へ引きずりこむつもりだろう。機体は鋭く後退し、アームの爪から逃れる。
 一進一退の攻防。これだけでも天学生の技量を示すには十分な接戦だった。
「まだまだ!」
 杏はさらに射撃を加えようとするが、そこで敵は再び急降下を始めた。勢いそのまま、海中に飛び込む。
 直後、水面を貫いたビームアサルトライフルの弾幕が襲いかかってきた。クローアームでの狙いを見抜かれたと気づき、死角からの射撃に戦術を切り替えたらしい。
 海中であれば、不可視の超能力攻撃も水の流れで察知できる。
「良い判断ね」
 しかし同時に、致命的な判断だ。
 杏は多連装のミサイルポッド、アサルトライフルの火力を総動員し、海中に面制圧を掛ける。
 逃げ場は少ない。その少ない候補の中から、
「そこ!」
 行動予測。サイコビームキャノンとバズーカを照準。相手の回避に先んじて、火力を予測した位置へ注ぐ。
 杏にとってのBMIの用途は、攻撃ではなく敵の位置の精密な割り出しだった。
 そこを読み違えたのが、相手の敗因だ。
『試合終了です! 勝者、葛葉機!』
「同じ天学生にも圧勝! さすが私!」
「はい、杏さんはさすがです〜。あ、でも、あまり油断はしない方が――」


  13

 戦いは一方的な展開を見せていた。
 原因はいくつもあるが、そのひとつに、シュトゥルムヴィント側の副将機にとって、これが三戦目であることが挙げられる。
 対するランダムB側、天貴 彩羽(あまむち・あやは)アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)の駆るアルマイン・トーフーボーフーはこれが初戦。シュトゥルムヴィント側は先の二戦、特に葛葉機の戦いでの消耗が大きすぎた。機体の起動も明らかに初戦より精彩を欠いている。
「ソレにシても、なかなか粘りマスネ」
 禁忌の書状態になったアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)を携え、アルラナが呟く。
「そうね。あちらが万全なら勝負はわからなかったかも」
 魔鎧、ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)を身に纏った彩羽もそれに同調する。
 一方で、彩羽は物悲しさと苛立ちを胸中に抱いていた。
 学生が有能であればあるほど、シャンバラの上層部は彼、彼女らに様々な利用価値を見出す。自身が知る、見出された学生の末路は――彩羽にとって、絶対に許容できるものではなかった。
「せめて、一言だけでも警告はしておくべきよね。私の声とか聞かないのでしょうけれど」
 敵機が距離を詰めてくる。
 トーフーボーフー越しの景色が歪む。景色が正常化した時、眼前にはこちらに背を晒す相手の姿があった。神出鬼行のワープ移動。トーフーボーフーの外観と相まって、観客に恐怖を抱かせる不気味な光景だろう。
 マジックカノンを放つ。いくつか直撃があったものの、敵は流石にこのパターンとタイミングを覚えたのか、振り向きざまの反撃に転じた。
「ンー、惜しいデスネ」
 直後、ビームサーベルを振りかぶる敵の四肢に、触腕が絡みつく。
 ツァールの長き触腕。異世界から召喚された魔物の触腕は容赦なく敵機の四肢を絞め上げ、動きを封じる。これで少しは大人しくなるだろう。
 彩羽は敵の操縦席へと通信を繋ぎ、搭乗者を呼び出す。
「聞こえてるかしら」
『っ、なんだってんだよ試合中に!? ていうか、この触手気持ち悪……!』
 呼びかけると、現在の相手、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)はそう応じた。
「ごめんなさい。戦いとは直接関係ないのだけど、あなたにひとつ警告したくて」
『警告?』
「ええ。シャンバラの上層部は信じるに足りないから、気をつけなさい」
『はぁ?』
「まあ、私の言葉があなたの行動をどうこうできるとは思っていないけど。頭の片隅にでも置いておいてくれると嬉しいわ」
『……ふ、ざけんな!』
 怒声と同時に、わずかな衝撃が機体を襲った。
「オヤ、これはオドロいた」
 アルラナがそんな声を上げる。
 彩羽も同感だ。一体なにがそこまで頭に来たのか、シリウス機は触腕の拘束を力任せに解いていた。取り立てて念入りに拘束していたわけではないものの、それでもこれは驚嘆に値する。
『いきなり通信繋いで来たと思ったら、わけのわかんねーことを! 今は試合中だろうが!』
「……そうね。ごめんなさい」
 わずかな落胆を胸に秘め、彩羽は素直な謝罪を言葉に乗せた。落胆するということは、自分はいくらか相手に期待を抱いていたということか。その事実に意外な想いを覚えながら。
『今そんな話しなくても』
「……え?」
『話なら、試合が終わってからいくらでも聞いてやる。だから今は試合に集中しやがれ! こっちが三戦目だからって手ぇ抜いたら承知しねぇかんな!』
「……」
「どうしマシタ?」
 口を噤んだ彩羽に、アルラナは訝しげな声をかける。
「……ふふ。なんでもないわ」
 鎧の下で、彩羽は笑みを浮かべる。
「それじゃ、試合が終わってからじっくり付き合ってもらうとしましょう」
『おう!』
 仕切り直し、二つの機体は改めて交錯する。
 結果は彩羽の勝利。
 だが予想外の接戦に、エネルギー消費量は膨大なものになった。特に消費の大きい、ツァールの長き触腕を多用したのが原因かもしれない。
 機体の不安を抱えた臨んだ大将戦は、彩羽の敗北。
 それでも、彩羽はどこか晴れ晴れしい気持ちのまま、勝者を見送ることができた。

 こうして準決勝へは、シュトゥルムヴィントチームが駒を進めることとなった。