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開催! 九校合同イコン大会

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開催! 九校合同イコン大会

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   第二章


  1

「はて、イコンを見ていると何かを思い出すような……?」
 観客席から少し離れ、ドッグの近くを歩くまたたび 明日風(またたび・あすか)は、先ほどモニターで観た試合に思いを馳せ、そう呟いた。
 彼は旅人。この大会も、偶然見かけただけのはずなのだが。
「まあ、考えて答えが出ることでもなし、今のあっしには関わりのないことでしょう。明日は明日の風が吹く、ってねぇ」
 そう言って歩き出した明日風だが、少し歩いてまた足を止めた。
「おや。あれは……」
 視線の先に現れたのは、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)だった。


  2

「あー、やっぱり来ちゃったよ……」
 パートナーの明日風から、同じくパートナーのシルフィスティを会場近辺で見かけたとの一報を受け、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は頭を抱えた。
「ある意味、お嬢の予想通りですがねぇ……」
 もう一人のパートナー、ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)も眉間に深い皺を刻み、嘆息している。
「できれば外れて欲しかったよぅ……!」
 シルフィスティは日頃からイコンを目の敵にしている。イコンが人にとって代わるようになる、という持論の下、反イコン活動を展開中なのだ。
 本来は事前に身柄を拘束したかったのだが、それを察知したのか、当日まで行方を暗ましてしまった。
 リカインとヴィゼントが運営スタッフとして大会に参加したのも、その暴走を食い止める意図が大きい。
「とにかく他のスタッフにも呼びかけて、捜索を手伝ってもらいましょう」
「うん。試合に乱入なんてされたら洒落にならないし」
 というか、シルフィスティはまず間違いなくそのつもりだ。
 真っ向からイコンに挑み、打倒する。それが彼女の反イコン活動の具体的内容。これがあながち無謀とは言えないので、始末に負えない。
「じゃ、私は運営本部に行って来るから、ヴィーは手の空いてる警備スタッフの人を集めて」
「承知」
 イコン相手に生身で挑むつもりである以上、シルフィスティはおそらくアクセルギアを使用。視認不可能な速度で移動するはず。
「ああもう! 絶対好きにはさせないんだからね、フィス姉さん!」
 本部に伝えるべき情報を整理しながらそう発し、リカインは本部への道を急いだ。


【一回戦第三試合】ランダムCvsバベル

  3

 二つの機影が空中で交錯する。
 至近距離で交わされる互いの弾幕。二機は一旦離れ、反転して再び衝突した。
 戦いは急上昇、急降下、急旋回を駆使した、高度な空中戦の様相を呈している。
「何処見ていやがる俺は此処だ!」
 気合一閃。建御雷を駆る御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は、敵の銃撃をかわすや身を翻して死角から撃ち返す。
 すでにBMIを使用、殺気看破や行動予測も併用し、全力で攻撃を仕掛けていた。
 全身の血が滾る。次の試合のことなど、すでに紫音の胸中にはない。
 互いに機動力に優れた機体だ。空中での高速戦闘。一瞬でも遅れれば次の瞬間には敗北する。
 その緊張感が、紫音の戦意をかつてないほどに昂らせていた。
「……!」
 高速戦闘の罠。ほんのわずかに敵機の姿を見失っただけで、自身の位置をも見失う。繰り返された急旋回の影響で、天地の区別も上手くできない。
 背筋を悪寒が走る。時間にしてコンマ数秒のロスではあるが、敵はその隙を容赦なく突いてくるはずだ。
「紫音、焦りは禁物どすぇ。七時方向どす」
 焦燥に破裂しそうな紫音の意識を、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)がたしなめる。穏やかな声に落ち着きを取り戻し、情報管制を担当する
彼女の示した位置に、敵はいた。
「っぶねぇ!」
 敵のビームアサルトライフルから放たれた光を、文字通り紙一重で回避。追ってくる敵機と並んで飛翔し、再び高速戦闘の次元へとフルダイブする。
 撃ち、かわし、受けて、また撃つ。
 攻撃と機体制御は同じ挙動で。
 高速に慣れた視界には、互いの銃撃すらもスローで映る。
 ギリギリの緊張感と、その高揚に、紫音はふと、このままずっと戦っていたいという欲求に駆られた。
 だが悲しいかな、高速の空中戦の宿命というべきか、終わりは脈絡もなく唐突にやって来る。
「今どす」
 風花の言葉通り、敵機はこちらに背中を晒している。先の紫音と同様、ほんの一瞬の差でこちらを見失ったのだろう。
「……楽しかったぜ」
 惜しい。
 そんな想いに反し、指は淀みなく引き金を引き絞っていた。
 着弾。バランスを崩した敵機は錐揉みしながら海面へと落下していき、紫音の勝利が決まった。
「楽しそうでしたなぁ」
「ああ。これくらいの本気を出せる相手、また探さないとな」
「あら、それなら今のお相手に頼んでみればいいと思いますぇ?」
「あ、そうか」
 風花の案に、紫音はそれはそうだと頷く。
 対戦相手の名前は、確か無限 大吾(むげん・だいご)。まずは、彼と友達になるところから始めよう。
 そう決めて、紫音は海中に没した大吾の機体に手を差しのべるべく、その後を追った。


  4

「……よし、と。データ解析、終わったよ」
「おう、お嬢。それで、どうだ?」
「うん。えっとね、十分なデータじゃないからあんまり正確性は期待できないんだけど」
 パートナー、ウォーレン・クルセイド(うぉーれん・くるせいど)の問いに、水城 綾(みずき・あや)は最初の接敵と、こちらの次鋒が破られた先の試合で得られた敵のデータを、自分たちのSword Breakerのそれと見比べる。
「機体性能だと、全体的には一応こっちが上みたい。けどやっぱり、機動力だと向こうに分があるね」
 今回の相手、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は教導団の所属。一応、イコン戦に関しての利は天学生であるこちらにあるはずだ。
「ってことは、やっぱり近づかなきゃどうにもならない、な!」
「わっ」
 機体が揺れる。
 ウォーレンが急加速で回避機動に移ったのだ。直前までSword Breakerの頭部があった空間を、スナイパーライフルの弾丸が貫いていく。
 試合開始から、相手は徹頭徹尾、距離を取っての狙撃を戦術として選んでいた。
 距離を詰めたいところだが、回避してから追撃に移っても、地面すれすれを滑るような機動で逃げられてしまう。
「……やってみるか」
「え。ウォーレン?」
 嫌な予感のする呟きに、綾はなにをする気が問おうとするが、
「心配すんなって。自慢じゃねえが一騎打ちは得意なんだぜ!」
「いやちょっと、待――」
「騎士ウォーレンいざ参る!!」
 ウォーレンは聞く耳持たず、バリケードにしていた貨物コンテナの上に機体を跳び乗らせてしまう。これでは当然、狙撃手にとって良い的だ。
 直後に殺気。右後方からスナイパーライフルの弾丸。音より速い弾頭は機体の肩部に着弾、遅れて発砲音が轟く。
「そこか!」
 だがウォーレンは被弾に構わず、振り返りざま強く地面を蹴る。その目は射撃の反動に耐える姿勢の敵機を見据えていた。
 回避によるタイムロスがない分、出足が速い。
 敵機も距離を取るための機動に移ろうとしているが、それに先んじるようにアサルトライフルを照準。威嚇射撃で敵の逃げ道を塞ぐ。
「捉えた!」
 距離を詰め、ここはすでにサイコブレードの間合い。
 勝機を確信し、ウォーレンはブレードを振りかぶった。
「……! だめ、ウォーレン!」
 一瞬速く異変に気づいた綾だが、時すでに遅し。
 サイコブレードの切っ先は虚しく空を斬った。
「なっ!?」
「きゃっ!」
 一際強い衝撃がコックピットを激しく揺する。
 警告音が鳴り響き、仮想損耗率が危険域に達したことを告げていた。敗北だ。
「一体なにが……」
 戸惑いながらウォーレンが機体の首を巡らせると、すぐ背後には敵の機体。突き出されたビームサーベルは、コックピットの位置を貫いている。実戦なら機体ごと串刺しだった。
「……神出鬼行。ワープか」
 まさかこんな奥の手を隠し持っているとは、ウォーレンは予想もしていなかったらしい。
 これは完全に、相手の作戦勝ちだ。
「機体の性能差に甘えてちゃダメ、ってことかな……」
「そういうこと、だな。もっと戦術も勉強しないとなー」
 ひとまず完敗だ。
 そう言って苦笑すると、ウォーレンは両手を挙げた。


  5

「幸せは歩いてこない〜。だ〜から奪いに行くんだよっと」
 鼻歌混じりに、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)アヴァロンを駆る。
 対戦相手のローザマリア機は連戦に次ぐ連戦。見るからに動きが衰えていた。
「ほらほらどうしたローザマリアちゃん。来ないならこっちから行っちまうよー」
 が、ゲドーに手心を加える様子はない。というか、むしろ相手が弱っているからこそそこを徹底的に突く。まさに外道である。
「輝いていますね、ゲドー」
 そんなパートナーの心のままの行動、魂の輝きを、シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)は満足げに眺める。
 逃げる敵機と、それを嬲るように追うアヴァロン。
 実のところ、この圧倒的な戦況は必ずしも相手の疲弊ばかりが原因ではない。
 狙撃特化のローザマリア機に対し、アヴァロンは魔力を使った機体。
 嵐の儀式で起こした暴風は弾道を狂わし、ツァールの長き触腕は相手の予想外の距離から伸びていく。
 こちらにとってはとことん相性の良い組み合わせと評して差支えないだろう。
「ふん。そろそろ飽きたね。決めちゃおうか」
「そう致しましょう」
 外道と悪魔がそう交わす。
 暴風の中、マジックカノンで威嚇。一気に距離を詰め、スピアによる接近戦に持ち込んだ。
 突き出されたスピアを敵機は受け止めるが、死角から隠し腕の如く現れた触腕に嬲られる。
「それじゃ、とどめ――っと?」
 最後の一撃と、バランスを崩した相手を貫くはずだったスピアが宙を泳ぐ。
 相手が消えた。
「んー、残念」
 だが、ゲドーの余裕は崩れない。
 相手は神出鬼行でこちらの背後を取ったが、その奥の手はすでに先の戦いで見た。元々、本来の目的はデータ取りである。ゲドーに一度見せた技は通じない。
 今度は相手の攻撃が宙を薙ぐ。
「ワープは、なにもそちらの専売特許というわけではありません」
 シメオンの言葉通り、アヴァロンは逆に相手の背後に現れている。
 突き出されたスピアに、今度こそ敵機の命運は尽きた。


  6

「はーいみんなー♪
 蒼空学園のアイドル・ラブちゃんだよー♪」
 試合開始直後。「アイドル」の後に(自称)をつけたくなる台詞が飛んできて、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)はドッグの休憩室内の中継モニターを二度見した。
 人工島の固定カメラのひとつを占拠し、ラブ・リトル(らぶ・りとる)が警備スタッフから逃げ惑いつつ、マイク片手に笑顔を見せている。どこに行ったのかと思えば、まさかあんなところに。
「はぁ、はぁ……っと、それじゃ早速! みんなのヒーローを呼ぶよ! せーの、ハーティオーン!」
 沈黙。観客、運営本部含め、異様な静寂が立ち込める。
「あれれー? 元気ないよー? もう一回いくよー! せーの、ハーティオーンッ!」
『ハ、ハーティオーン……』
 お約束である。今度は戸惑いがちにだが、観客たちもその名を呼んだ。
「そこまでだッ!」
 何がだ。
 突っ込みたくなるのを鈿女が堪えるのと同時、モニターの映像が切り替わり、彼女やラブのパートナー、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の姿が大映しになる。
 どうやら中継担当者はノリが良いらしい。
「……って、ちょ、なんで合体してないのよ」
 ハーティオンの傍らには、彼の相棒、龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の姿も見える。
 二人(?)の体躯はイコンサイズだ。
 だが、登録上は{ICN0003993#龍帝機キングドラグーン}を伴い彼らが合体。グレート・ドラゴハーティオンとなることで初めてイコン搭乗状態と見なされる。
 流石に「試合開始時はイコンに搭乗しておくこと」という言わずもがなのルールはなかったはずだが、無謀だ。
 体躯が巨大とはいえ、今のハーティオンは言ってみれば生身でイコンに立ち向かおうとしているようなものである。そんな無謀をして生き残れるわけがない。
 水面下で起こっている騒動を知らない鈿女はそんなことを思う。
「我が名は蒼空戦士ハーティオン! 正々堂々、尋常に勝負――」
「あ! ハーティオン危ない!」
「――ぐああっ!」
 案の定というべきか、敵機はアサルトライフルの掃射を浴びせかけている。
 メタリックな巨体が相手とはいえ、名乗りも上げさせないとは容赦ない。
 まあ、試合時間は十分と制限されているのだから当然ではあるが。
「くっ、卑怯な……!」
 いや、卑怯では絶対ないと思う。

「ハーティオンがいきなりピンチ! おおっと、ここで出るのは――」

『ガオォォォォォン!!!!』
「ドラゴランダーだー!」
 響く咆哮。切り替わる映像。大映しになるドラゴランダーのあぎと。迫力に満ちたナイスアングルである。
「ドラゴランダー、体当たりを仕掛ける! ああっとしかし、かわされた! その隙へ敵は銃撃だ! ドラゴランダー危うし!」
 どうでもいいが、いつの間にかラブの口調がショーのお姉さんからプロレス実況に変わっている。
「……これ、ルール的に大丈夫なのかしら」
 うん。こんな超展開を罰するルールを運営が想定しているわけもないのだが。
「むぅ、このままでは……!」
『シャゴアアア!』
「ドラゴランダー? ……そうだな、やろう!」
 いい具合にピンチに陥ったところで、二人(?)は敵機から大きく距離を取る。
「おやおや、二人が距離を取りました! まさかこれは!?」
「いくぞ! ドラゴランダー! キングドラグーン!」
「合体だー!」
『おおおおおお!』
 盛り上がる観客。「待ってましたー!」なんて歓声も聞こえた。え、なにその周知の事実みたいな。
 呆然とする鈿女をよそに、どこからともなく飛来する龍帝機キングドラグーン。
 上空の艦船型イコンのひとつからは、ローデリヒ・エーヴェルブルグ指揮による合体BGMまで流れている。ノリが良すぎるのもどうなのだろう。
 ジャキッ!
 ガシィッ!
 キュィイイイインッ!
 ガシャ、プシューッ!
 キュピィイイイインッ!
 たっぷり一分をかけて、ハーティオンたちは合体を完了する。
 鈿女は不覚にも涙した。
 空気を読んで待ってくれた対戦相手の優しさに。
「黄龍合体! グレート・ドラゴハーティオン! 見参!」
『試合終了でーす。勝敗は判定になります』
 無慈悲なブザーと宣言に、会場にいたほぼ全員が、脱力した。

 ……言うまでもないことだが、判定は相手の勝利。ランダムCチームは一回戦敗退となった。


  7

「は? なんの冗談だ、そりゃ」
 試合のフィールド、人工島周辺の警備を任されていた緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、海中に潜った黒月の操縦席で頓狂な声を上げた。
「……了解。警戒しておく」
「どうしたの?」
「侵入者でもあったとか?」
 通信を切ると、同乗しているパートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が、機体のレーダーから目を上げて問いかけてくる。
「あー、それが」
 政敏はどう言ったものかとしばし逡巡し、結局は本部から聞いたままを伝えることにした。
「試合への乱入があるかもしれないらしい」
「穏やかじゃないわね……」
「どこ経由の情報?」
 途端に表情を引き締めるカチェアとリーン。政敏は今ひとつ納得のいかない表情で、
「なんでも、スタッフの身内らしい。……イコンに、生身で戦いを挑もうとしてるとかなんとか」
『……は?』
 一転、カチェアとリーンは訝しげに表情を歪める。
 政敏としても二人の心中には同感だ。生身でイコンと戦うために試合に乱入しようとしている、など、本当に一体何の冗談なのか。
「ま、まあ一応、頭に入れて警戒してくれ」
 政敏がそう執り成すと、二人は今ひとつ納得いかない様子でレーダーに視線を戻す。
 幸い、今は一回戦の第三試合が終わり、第四試合までのインターバルだ。今なら乱入者が現れても、十分にフィールドを活かして撃退できる。
 人工島の周辺には事前に、レーダー・ブイを投下してある。
 加えて黒月の位置は海中。スナイプポイントもカチェアが検討してあるし、不測の事態が起きれば即座に行動可能だ。
「え。嘘、この反応って……」
 不意に、リーンが呆然とした声を発する。
「どうした?」
 政敏が尋ねると、リーンはレーダーのデータを転送してくる。
 黒月が身を潜める海中とは、ちょうど人工島を挟んで反対側。ともすれば見逃してしまいそうなほど小さい反応だが、これは――。
「……人?」
 呆然と呟くカチェア。
 政敏も大きく目を見開き、ただただ驚く他ない。なにせこの反応、どうみても、
「泳いで来たってのかよオイ……!?」
 どうやら乱入者は本当に、イコンを使わずその身ひとつで現れたらしい。この分だと生身でイコンと戦うつもりであるという情報も、おそらくは真実。
「ど、どうするのよ政敏」
「まさか生身の相手に実弾撃つわけにもいかないし……」
「と、とにかく止めるぞ。応援も呼ぶ」
 政敏は焦りつつも黒月を浮上させ、本部へと通信を繋いだ。


  8

『フィス姉さん、いい加減諦めてってば!』
 ジェファルコンの外部スピーカーから鳴り響くリカインの切実な声。
「イヤよ。イコンをまとめて三体相手にできる機会なんて、これを逃したらもう二度と来ないだろうし」
 シルフィスティの言う通り、彼女の眼前には他にも二体のイコンが佇んでいる。
 一体は政敏の黒月。
 そしてもう一体。葉隠の操縦席で、東 朱鷺(あずま・とき)は冷静に状況を俯瞰する。
 彼我の戦力差は本来、明白だ。三体のイコンに対し、シルフィスティは一人。攻撃手段も両手に握ったレーザーマインゴーシュ、つまり二刀の光刃のみである。
 ただ、こちらの目的はあくまで彼女の拘束。実弾は使用できない上、シルフィスティはアクセルギアを使用している。小回りという一点に限って利のある相手が、その利を最大限に活かす戦術に出ていることもあり、なかなか難儀していた。
「フェルマータさん、緋山さん」
『え?』
 このままでは埒が明かない。朱鷺はリカインと政敏に通信を繋ぎ、ある相談を持ちかけた。
『で、でもそれじゃ……』
「私のイコン操縦は地に足が着いた程度。失敗しても払う代償は安く済む」
『……わかった。お願い』
 朱鷺の説得に頷くと、リカインは準備に入った。
「では、緋山さん」
『任せろ』
 朱鷺の合図に、政敏は黒月を駆る。黒月の攻撃がシルフィスティの足下を薙ぎ、
「当たらないよ!」
 しかし、彼女は難なくそれをかわす。
 もちろん朱鷺の狙いは、ここからだ。
「え、ちょ!?」
 朱鷺は葉隠を急加速させ、空中でシルフィスティの身体を掴み取った。アクセルギアで加速するのは、あくまで使用者の体内時間。重力に従った自然落下の速度までは速くならない。
「フェルマータさん!」
「ちょ、まさか……」
 こちらの意図に気づいてか、シルフィスティが青ざめる。
 直後、放たれるリカインの『咆哮』。無差別制圧の大音声が葉隠ごとシルフィスティの脳髄を揺さぶり、たちまち意識を奪う。朱鷺は機体のおかげで、なんとか耳鳴り程度で収まった。
『おっと』
 それでも平衡感覚を失い、機体ごと倒れかけたところを政敏の黒月が受け止めてくれる。
 第四試合の開始には、どうやら間に合ったようだった。