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【カナン復興】新年マンボ!!

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【カナン復興】新年マンボ!!

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第一章 交流

(1)ドン・マルドゥークの居城(城下町)

 西カナン、ドン・マルドゥーク(どん・まるどぅーく)の居城、その城下町には朝から多くの人で賑わっている。それでも彼らは一様に浮かれ騒いでいるわけではない。正月の喜好を落ち着けるべく、朝から忙しなく軒先や道端を行き交っているのだ。
「って! オォイ! これはどこの家のだ?」
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が水瓶を持ち上げて声を張ると、家の外からこの家のオバさんが顔だけを覗かせた。
「あぁそれは向かいの家ね。それからその筆は出て右の二つ先の家だから」
「出て右の二つ先…………ってどこだよ!!」
 右隣の家のすぐ隣の家だろうか、それとも出てすぐ右に見える向かいの家のもう一つ右に見える家のことだろうか。何にせよ説明がとんでもなく下手くそだ。
「分かんねぇよ、その説明じゃあ無事に届けられる自信がねぇぞ」
「まったくもう、不器用な娘ね。ほらこっち来て。いい? その筆は―――」
 「残念な子」扱いされた後に外に連れ出された。オバさんの太い指が指した家は「出て右を向くと見える正面の家の一つ奥の家」だった。
「分かるかぁ!! つか、それは「出て右の二つ先の家」とは言わねぇ―――」
「はいはい、いいから運んできて! まだまだ沢山あるんだから」
「ぐっ…」
 抗議の類は受け付けないらしい。ここはグッと堪えて、フェイミィは水瓶と筆を返しに向かった。
 西カナンでは正月の期間中「その家の窓や戸から見える家の一軒一軒に、家の中の物を貸し出す」というのが習わしなのだという。物を貸し、また借りる事で、その家々に宿る「福」をも巡らせると信じられているそうだ。ちなみにここで言う「見える家」には「家の一部」も含まれるため、「正面の家」の屋根の先に見える「奥の家の風見鶏の頭」もこれに該当してしまうらしい。
「むぅ……確かに見えるな…………」
 だいぶ際どかったが確かに見える。
「あ……」
 見上げた先にそれを見つけた。パートナーのリネン・エルフト(りねん・えるふと)だ。
「遅いぞ! リネン
「ごめんごめん、ちょっと迷っちゃって」
 二人で町に入りた時、マンボ(地下水道)修復に向かう一行の姿を見つけた。その中にはジバルラの姿もあったので、リネンは一人、彼を追ったのだった。『ハイランダーズ・ブーツ(空賊王のブーツ)』でひとっ飛び。
「それで? 渡せたのか? 『デジカメ』は」
「もちろん。操作も教えたし…………時間はかかったけど」
 「修復を終えたマンボの様子」や「集落の様子」などを記録してきてほしい、と彼に頼んだのだ。それはきっと、城下町に避難している「エゼキエル」の人たちの励みになると思ったから。
「はいはい、それじゃあ手伝ってくれ。サボってた分、働いてもらうぜ〜」
「サ……サボってないわよ! 真っ直ぐ向かって真っ直ぐ帰ってきたわ。そりゃあ確かに町の中で…………フェイミィを見つけるのに時間はかかったけど」
「じゃあ、はい。まずはこの筆を奥の家の人に返してきて、「幸福をありがとうございました」って言ってな」
「あ、うん、分かった」
 正直何の事かさっぱりだったが、筆を受け取り、奥の家へと向かう。フェイミィもすぐに背を向けて忙しなく引き返して行った。とにかく仕事が多いという事だけは確かなようだった。
 「家の物を貸し借りする」という習慣の他にも西カナンの正月には必ず行われる事がある。それは交代で皆に料理を振る舞う事だった。
「えっと……砕けば良いのか、な?」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が手伝うのは、今日がその当番である家だった。
 目の前には「豆の入った器」がある。聞いているのは「鳩の丸焼き」をつくるということ、それならば歯ごたえのありそうなこの豆は、鳩と一緒に炙るといった所だろうか。
「あ、そんなに細かくしなくても良いみたいだよ」
 パートナーのミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が首を伸ばして言った。
「外の大鍋で蒸してから、一気に炙るんだって。さっき「火の術、使える?」って聞かれちゃった」
「それはまた豪快な丸焼きになりそうだね」
 外の広場には30人前は一度に作れるであろう大鍋が用意されている。それも二つも。一つは「鳩の丸焼き」用、もう一つは「炊き出し」用だという。
「それは炊き出し?」
 ワカメにも似た草をミーナが刻んでいる。
「そう。煮るとね、粘り気が出て美味しいんだって。あとあと、魚のすり身を入れるんだけど、団子にしないで薄く伸ばして入れるんだよ、面白いよね♪」
 本来なら野菜も入れたいそうだが、今年はさすがに無理だという。毎年正月には西カナンの各地から人々が集まり、各集落で穫れた食材を持ち寄るのだというが、今年は野菜自体の数が少ないそうだ。降砂の影響は今も各地に残っている。
 不意に家の外から、「ちょいと誰か、手伝っておくれ」と声がした。大鍋を移動させるのだという。
「お力仕事、がんばって!」
「はぁい、行ってきます」
 淳二が家の外に出ると―――
「おぉっと」
 すぐ足下を子供が横切った。
 避けた先にも子供が居た、というより次々に淳二の両脇を子供たちが走り抜けてゆく。そして最後には、
「待たんかーーー!!」
 子供たちよりも少しばかり背の大きいミア・マハ(みあ・まは)が駆け来ていた。
「待て待て待て待て待て待てーーー!!」
 子供相手に本気になるなど全くもって大人げない行為。今日も帽子(『離偉漸屠』)を盗られたミアはすぐに「ムキィー」とはせずに、笑顔で「返してはくれぬか?」と言ってみた。
 これぞ大人の対応、ミアも成長しているのだ、子供のおふざけなどで、いちいち腹を立てたりは―――
「返すわけないだろー」
「ははははっ」
「あかんべー」
 子供のおふざけなどで、
「ま……」
 いちいち腹を立てたりは―――
「待たんかーーー!!」
 簡単にキレた。全く大人げなかった。というより、まんま子供だった。
「あれ? ミア?」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が手を止めて顔を上げる。遊んでいるのか遊ばれているのか、そんなミアの声が遠くに聞こえた気がした。
 子供たちの声も一緒に聞こえてくる、ということは……
「まぁ、子供たちの世話も仕事のうちだと思えばいっか」
 ミアの事は放置しよう、うん、それがいい。と一人頷いた。
「あ、ごめんごめん、行こうか」
 『オリヴィエ博士改造ゴーレム』に声をかけてレキも歩みだす。
 ゴーレムには力仕事を任せていた。両肩に担いでいるのは正月飾りだ。
 太さがレキの肩幅ほどはある大縄を円形に型どり、豪快に結ぶ。その輪は家の戸を囲うためのもの、太縄は自立するほどに強いので家の壁に寄りかけるようにして飾るという。
 日本で言えば「しめ縄」に近いのかもしれない。それでも一つ一つが巨大で重いため、運搬は当然男の仕事。力仕事もあるだろうと連れてきたゴーレムがここで早速役に立っていた。
「さぁ! さっさと終わらせて、美味しいご飯を食べるぞ〜!!」
 片付けが終われば皆で食事。フルーツや干し魚、鳩の丸焼きに大量のビールなどなど。正月の終わりの食事時は毎年盛大に盛り上がるのだという。
 契約者たちと城下町に集まった人々。
 共に汗を流して働くだけでなく、食事の場でも良き交流ができそうだ。