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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◇

 どうして亡霊か、だって? 簡単な話さ。

 どうして亡霊か、だって? 何、他愛もない話だ。

 あたし等はもう死んでるんだから。 あたし等はもういないんだから。

 笑っておくれよ。 悲しみなんて要らないから。
 笑っておくれよ。 憐みなんか要らないから。

ただ――殺されただけだから。 だからそんな、辛そうな顔をしないでおくれよ。
あたし等だって、きっとそうの方が良い。

もう、人を殺すのは懲り懲りだ。




     ◆

「私は先に行く! 私はあいつがムカつくんだ!」
 未散の声が響き渡っていた。金属同士がぶつかり合う音。銃声が響き渡る空間。地面に亡骸が転がる音。死と言う地獄の蔓延るそこで、彼女の声が一つ。
「お待ちなさい、未散君! 一人で行くなど無謀です!」
 彼女の声に反応し、ハルが声を荒げる。
「無理でも良い。無謀だって構わない! あいつは……あいつはラナを殺そうとした! 笑いながら、躊躇いもなく、何の迷いも持たない瞳で、あいつはラナを殺そうとした!」
「待てっ!」
「未散さん!」
 ヴァルと衿栖の声も響いた。
 先行し、ドゥングと名乗る男を追う為に先に飛び出していた面々を見送り、再びその空間で戦闘が始まっている空間で、突如として未散が叫んだのはきっと、彼女の堪えていた感情が爆発したからである。彼女は怒り、悲しんでいた。自身では気付かぬ何かを胸に抱き、彼女の言葉は悲痛となって表層へと飛び出す。
「ラナが幾ら良いと言ったって、幾ら皆に止められたって、私はあいつをぶん殴らなきゃ気が済まない!」
「でも、もう向こうは敵が一杯で……」
「そうだ、皆で徐々に数を減らさなきゃ、一人で突っ込めば危ないぞ!」
 柚と大吾の声。彼等は尚も、機晶姫と対峙し、戦闘を激化させている。手に手に武器を持ち、敵の攻撃をいなし、崩し、押し退けて、何とか少しずつではあるがその数を減らしている。
「だったらあちき達もご一緒しますよ」
「レティ」
 ぼんやりと天井を仰いだままだったレティシアは、そう言いながらよろよろと立ち上がった。傍らにいたミスティが心配そうに彼女の顔を見上げるが、どうやらその眼は正常なそれに戻ったらしい。
「さっきは迷惑、掛けたみたいですからねぇ。それに……あちきも正直此処にはこれ以上、居たくないんで」
「それはそうだけど……」
「その為だったら、あちきたちもお力、貸しますよ」
 ヴァジュラを握る手に力を籠め、精一杯に包囲している機晶姫を睨んだ彼女は、今度は未散に目をやった。
「もうあちきは平気ですから。ね? 一緒に此処から出ましょう」
「……良いのか?」
「えぇ」
 少しおどけた様に返事を返し、二人は出入り口の方向を見やった。
「よし、俺たちも行こう。なぁ、セイル」
「それは大吾に任せるよっ! 要はこいつら皆バラしちまえば良いんだろ!? 四の五の言わずに黙らせるくらい造作もねぇ! ほら、退けよっ!」
 その場には不釣り合いな笑い声はセイルの物。
「馬超! 我々も行くとしよう!」
「無論だ」
 コア、馬超も武器を構えて目的の穴へと目を向ける。全員が全員で、その目に何かを灯していた。
「早く行って、皆さんを助けないと……………ミシェル、プリムラ。僕たちも行こう!」
「あ、うん!」
「言われなくてもわかってるわよ。あーやだやだ、こんなとこ早く出るに限るわ。にしても、よ」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)の言葉に反応したミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)。と、プリムラがややむすくれた顔で言葉を続ける。
「祐一、さっき私が言った事、忘れたとは言わせないわよ?」
「さっきプリムラが言ったこと?」
 足を進めながら、時に敵を蹴散らしながら祐一が首を捻った。
「紹介してくれるって話。私だけ蚊帳の外はあんまりなんじゃなくって? 今朝病院から出るとき、貴方言ったわよね? ちゃんと紹介してくれるって」
「あぁ、うん。そうだね」
「約束よ?」
 そう言って、彼女は手にするトランクで自身の前に立ち塞がった機晶姫を思いきり殴打した。
「うん、約束だ」
 プリムラと同じタイミングで敵に肩からぶつかっていった祐一は、数回肩を払うと彼女の言葉に返事する。
「なんだろう、こう言うときだけ息が合うんだよなぁ……二人とも」
 はぁ、とため息をつきながらその様子を見ているミシェルは、数歩離れたところで二人の様子を見て呟いた。



 勢いのままにその穴を潜った彼らは、思わずそこで息を呑む。目の前に広がる光景――。幾重にも重なるその壁は、全てが同じ顔をしていて、手に手に物騒なものを握りしめているのだから。一点、彼らと反対側にある暗闇を見つめているそれが、何かに気づいて一斉に振り替える。
「嘘だろ……………………まだこんなに、居んのかよ」
 未散の驚きは後続の面々にも伝播し、伝わり、息を呑む。
「そんな……………本当に俺たち、こんなところから出れるのか」
 大吾が持つ疑問を打ち払うかの様に、彼女は一同の中から飛び出し、機晶姫に斬りかかる。何かが削れる音がして、目前の壁が一瞬ではあるが崩落した。
「どけよ! 誰が通ると思ってんだ、おとなしく道をあけりゃあそれで――良いんだよ。ぎゃっはははははは!」
「セイル!」
「大吾も皆もブルってんじゃねぇよ! こんな玩具はとっとと退かして進みゃあ良いんだよぉ!」
 再び武器を振り払い、彼女は手前にいる数対の機晶姫を吹き飛ばした。
「本物なんか足元にも及ばねぇ様なクソ共は、いるだけ無駄だよ、邪魔なんだよぉ!」
「皆、私たちもあとに続くぞ!」
 セイルの攻撃によって部屋に余白が生まれ、その隙を縫ってコアがセイルの前に躍り出るや、両の手で機晶姫を掴み、投げる。
「すまない。君たちに恨みはないが、止めなくてはならない相手がいるのだ。許してくれ………………」
「よーし、朱里も燃えてきたぁー! 未散たちは先に行きなよ! 此処は朱里たちで、なんとか――」
 漆黒が暗闇から出でるや、重なりあった機晶姫を縦に一閃し対象を沈黙させる。
「食い止めておくからさっ!」
「朱里っ!」
 にやりと笑って言い終わった彼女の元、三本の鉈が回転しながら彼女の首筋を狙って飛んできた。が、小さな、なんとも可愛らしい数体の人形が回転する鉈二本を振り払い軌道を変える。
「一本防げないっ!?」
 人形を繰っている衿栖が慌てて指を動かすが、間に合わないと判断したのだろう。瞳を閉じ、身を呈して朱里の前に立とうと足を運んだ時、不意に何かに動きを止められた。驚きと同時に金属音がし、衿栖は慌てて瞳を見開く。
「よし、間に合った」
「あ…………あれ? ………その、ありがと」
 朱里の前には盾を構えた大吾の姿。 思わず呆気にとられている彼女の背に、大吾は笑う。穏やかに笑い、構えを取り直した。
「守る事なら俺がいる。俺が守れるものは守るよ」
 それを見ている衿栖の前、自分の進行を止めた彼女が衿栖に声をかけた。
「私の相棒は固いですから。少しは背中、預けてください」
「ありがとう、ございます。セイルさん」
 セイルは一瞬だけ、本当に一瞬だけ穏やかな笑顔を彼女に向けると手にするそれを回転させ始めた。
「茶番は終いだ。確かにバトれて楽しかったが、それもクドけりゃ胃もたれだ。いい加減、てめぇらの顔は見飽きたんだよ。じゃあな」
 回転させながら自分の前にゆっくり運び、彼女のそれは切っ先を進行方向へと向く。ギラギラとした歪な光が一層の輝きを見せ、邪悪な笑みは言葉を述べた。別れの言葉。もううんざりだ、と馬鹿馬鹿しいと、言うが如く。
「道を――開けろよ木偶人形」
 彼女の背中、スラスターの射出口から耳なりの様な音が鳴り響き、セイルは後ろ手で衿栖を突き飛ばした。
「先に行きます。では後程」
 そう言い残し、セイルは姿を消した。一瞬ではあるが、その場の全員の時が止まる。動き出したのは、果てしない長い沈黙の数秒が終わった後。
空間そのものから響く、空気の震えの音だった。何かを叩いたときの様な、しかし決して気分のよくない音。そしてそれは突風となる。
「セイル……………? セイル! ちょっと待て! 俺を残して先に行くなよ!」
 強風に思わず片膝をついていた大吾が慌てて立ち上がり、耳なりの残る耳に指を突っ込みながら走り始めた。目的としていた穴までの直線、そこに敵はいない。
「おいおい! んな事できんならはじめからやれっての!」
 未散が立ち上がり、足を進めた。と――
「そうだ、ハル」
「「はい」」
 ハルが二人、返事をする。
「や、ごめん……………呼んだのはうちのハルだ」
 ハル・ガードナーは「あ、ですよね」と少ししょんぼりした様子で口を紡ぎ、アキュートの後ろに回った。
「皆を………………ラナを頼んだ!」
「み、未散くん!?」
 言い残し、彼女は颯爽と去っていく。
「未散くん!………………でも、それでは未散くんが」
 彼の言葉は届かない。彼女はもう、そこにはいないのだから。
「よし、今だ! 先行する者は今の内に駆け抜けろ! 出口までは少ない、俺たちは倒しながら行けばいい! 少しでも多く、ドゥングの元に向かってくれ!」
 ヴァルの言葉に反応し、穴まで延びた道を駆け抜けて行った。
「よし、ベアちゃん! もう此処は大暴れ以外にないよっ! カッコいいよね! 「私の事は良いから先に行って!」みたいな感じでっ!」
「あ、あの……………美羽さん? 確かに格好良いですけど……………」
「ほら! 立ち上がり始めちゃったよ! お話してる場合じゃないよっ! いっくぞー!」
「そんな………………美羽さんが最初に言い出したんですよー……………」
 美羽が立ち上がり始めた機晶姫に走っていくのを、困り果てながらベアトリーチェが追って行く。
「私たちは数を減らしながら進めばいいんでしょ!? だったら頑張るよっ!」
 音なく駆け寄り、宙を舞う。勢いを使ったままに空中で反転し、今度は天井を蹴って推進力を得た美羽は、悪戯っぽい笑顔のままに敵の一体を蹴り倒した。
「私たちも頑張らなきゃ…………!」
「うん! だよねっ! 朱里たちも――…………って、ラナ?」
 美羽とベアトリーチェが奮戦しているのを見た衿栖と朱里が意気込んでいたときである。ラナロックがゆっくりと立ち上がった。
「おいラナロック。無理すんな、お前さんまだ――」
「そうだよラナロックのお姉ちゃん! 僕たちが頑張るからお姉ちゃんは座ってないと……………」
 アキュートとハルも不安そうに彼女を見つめているが、彼女はにっこりと笑顔のみを返すと、よろめきながら立ち上がる。

 瞳の色が――緑色。

「ほう。何やら興味深い事になっている様だな。どれ、我も表に出るとしよう」
 その声色は、ラナロックのものではない。
「ほう、そなた――先の」
「如何にも。そら、敵は既に体勢を建て直している。動かねば死ぬぞ」
 ウーマはラナロックの姿を無表情で見つめるが、なにか思うところがあるのだろう。じっと彼女の上空に留まり、彼女を見下ろしてた。
「協力!?  ちょっと待ってよ。全然状況が読めないんだけど」
 セレンフィリティが辺りを見渡しながらもラナロックの方へ向いて声をあげる。
「確か、あれよね。ラナロック……………瞳の色で人格が」
「うん。で、今は緑だから多分ラナロックじゃない」
 セレアナとセレンフィリティが話している横、朱里と衿栖はハルを見つめていた。未散に「ラナロックを頼む」と言われた彼を見つめていた。と、朱里は何かを決意した様に彼のもとへと歩みを進めた。
「ハル。何を迷ってるのさ。あんた、此処に残るべきじゃないんじゃない?」
「し、しかし未散くんに頼まれましたので、皆様をお守りせねば……………」
「あーもう! 朱里たちが頼りないって、そう言いたいの?」
「い、いえ! 滅相もありません、断じて………断じてその様な事は!」
「なら、行ってあげてください。私たち、ちゃんと頑張りますから」
 二人の会話に衿栖も加わる。ハルの背を押し、送り出すための言葉。その思いを知り、後押しをする言葉。
「そう言うこと! 此処は朱里ちゃんたちにどどーんと任せて、あんたは未散のとこに行ってあげなよ」
「衿栖さん、朱里さん……………」
 穏やかな笑顔を浮かべる衿栖。
 悪戯っぽく笑顔を浮かべる朱里。
二人は相対に位置し、しかして到達地点は同じ。そのやり方は、その方法は違えど、結論は同じ。
「すみません……………では、お二人のお言葉に甘えさせていただきますぞ!」
「うん、行ってらっしゃい」
「えぇ、頑張ってください」
 まるで姉妹だ。それこそ、辺りにいる彼女たちと、そして背後の彼女以上に、二人は姉妹の様だった。心なし同じ笑顔を見たハルは、思わず一度目を擦った。が、別人は別人。自嘲気味に笑い、踵を返す。
「あ、ハル!」
 足を進めようとした彼は、朱里に呼び止められて振り返った。
「自分の気持ち、大事にしなよ。自分の事だからさ。最後はあんたの事はあんたしか、理解できないんだから」
 彼女の言葉を聞いた彼は、小さな小さな声で返事を返した。それこそ、二人には聞こえない様に、しかし笑顔で、返事を返した。
「はい。ありがとうございます。お二人とも」
 二人と同じ類いの、優しい優しい笑顔を浮かべて。そして改めて振り向き、走り始める。
「待っていてくだされぇぇぇぇっ! 未散くぅぅぅん!」
「は、はは………………あれがなきゃあ、格好いいんだけどねぇ……………」
「……………ですね」
 苦笑を浮かべてそれを見送った二人に、そこで突然声がした。

「危ないっ!!!」

 ミシェルの叫び声。鬼気迫るそれを聞いた二人は思わず後ろを振り返った。構えも取れず、唖然としたままに。そこには、両の手に手榴弾を握りしめた機晶姫の姿。
「え――」
「嘘っ……………………」
「えりりん、くろろん!!!」
「駄目です! 私たちじゃ間に合わない………!」
 すぐ隣、攻撃していた美羽とベアトリーチェが叫ぶ。と、唖然としている二人の前。覆い被さろうとした機晶姫の額に突然穴が空いた。衿栖、朱里の顔に血液にも似た液体が飛び散る。更に数回、乾いた音が辺りに響いた。沈黙しているが為、それはまるで大音量。
足踏みの様に軽快なリズムを奏でるそれは、なおも続く。

 ラナロックが、そこにいた。

 よろめき、倒れ始めるそれを、彼女はひたすらに撃つ。
一度、二度、三度四度。それこそ、弾をすべて撃ち尽くすまで続く。
「お、おい………………ラナ、ロック?」
 思わずアキュートが口を開いた。今まですぐそこにいた彼女の姿は、すでにそこにはない。敵が崩れはじめていると言うのに、彼女はなおも撃ち続けた。それが手にしていた手榴弾を容易く両脇に蹴り飛ばし、彼女はなんとも冷たい緑色で、動かなくなったそれを見下ろしていた。
「ラナさん………………貴女………………」
 思わず衿栖が呟く。
「躊躇いがない…………?」
 朱里は呆然と、亡骸となったそれに目をやった。
「我は命を奪う者。亡霊や他の者共が何をどう言おうが、我はそうして産み出された物」
 それは語る。
「意味のない物、すでに不要なものだ。ならばこの者たちは……………否、この物たちはどうだ? 無論、要らぬものだ」
「ラナさん、彼女は貴女の、あなたの姉妹なんですよ!? そんな、そんな躊躇いもなく」
「要らないものなんかじゃないよ。あんたは要る。だからみんな、助けにきたの! 朱里、難しい話はよくわかなんけど、でもみんな、ラナを助ける為に此処にいる!」
 朱里は思わずラナロックの胸ぐらに掴みかかった。
「故に――」
 彼女はそこで、まるで彼の様な笑みを浮かべた。彼女のパートナーである彼と、一種同じ類いの笑み。シニカルな、何処か斜に構えた様な笑みで、言い切ったのだ。
「故に我は此処に来た。これは詫びであり、これは感謝であり、これは謝罪であり、これは贖罪だ。そして同時に、喜びでもある」
 掴み掛かった腕を、彼女は優しくほどいた。
「我はいずれ消えて無くなろう。その前に、こんな我らにも優しさを、嬉しさを、暖かさをくれた貴公等へ、我なりの恩返しである」
 冷徹だった言葉。温度の籠らない言葉。でもその言葉を前に、朱里は突然笑いだした。
「朱里…………?」
「そ。決別、するんだ。あんたはあんたの答えを――」
 その会話を、彼らはただただ黙ってみているだけだった。
「ちょっと祐一、話の流れが見えないのだけれど」
「僕にもわからないよ……………でも、ひとつ言える事は――」
 プリムラの言葉に返事を返す祐一は、しかし穏やかな表情でもってその光景を見ている。
「わかった。じゃあ良いよ。その代わり、その体はラナロックにあげてね。女の子は、大事に扱って頂戴よ?」
「無論。我とてそのつもりだ」
 言い終わるや、二人はぴったりと息を合わせて背中を向けあった。互いに武器を構えながら、周りの機晶姫へと目を向ける。

「僕たちの努力は無駄じゃなくなりそう、って事かな」

 祐一の言葉が、この沈黙の中に聞こえる、最後の言葉。