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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◇

 見張らしは良好。

 空は快晴。

 男は一人、笑っている。

「仕事は仕事。きっちりと示しをつけなきゃなんねぇよなぁ」

 呟く言葉は呪詛の様。

「この落とし前――きっちりつけさせて貰うぜ」

 述べる言葉は呪い歌。

 背負う言葉はただ一字。 風に撫でられ翻る。



その一文字――皮肉な事に 『誠』 也。





     ◆

 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は頬を目一杯膨らませながら人気のない病院内を歩いている。その傍らには鮑 春華(ほう・しゅんか)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の姿が。二人はハツネとは違い、特に感情を表面には出していない。
「もうっ! これじゃあお人形遊びが出来ないの」
「チュイン? なんでそんなに怒ってるんスか? 別に構うことなくやっちまえば良いんスよ!」
「それは駄目ですよ。俺がいる以上それは許しません。こちらの申し出だろうと、間違った事は全力で止めますからね」
「煩いの! あれ駄目これ駄目じゃあ全然全く、どっこも楽しめないの! 何で鍬次郎は共闘なんて言い出したのかわからないの……………ハツネたちだけでも全然大丈夫なの。依頼者の一人や二人、遊んであげればすぐに壊れちゃうの。なのに、なのに!!」
 憤りを思いきり壁にぶつける。ナイフで穿たれた壁には穴が開き、穴の周囲に亀裂が走った。
「こらこら、物を壊しなさんな。八つ当たりも良いですけど、元気残しておかないとその『依頼者』とやらを倒せなくなりますよ」
「そんな事はねぇっスよ」
 突如として、黙って様子を見ていた春華が口を開いた。腹の底から来る様な低い低い声で。
「自分等はねぇ、唯斗サン。あんたが思ってる以上に命を取り扱ってるンスよ。生き物なんてのは大概ばらばらにすりゃくたばっちまうんス。簡単な話なんスよ」
「………………………」
 唯斗は何も言わない。彼は何一つ口を開かないままにハツネを、春華を見てからため息をついた。
「さぁチュイン! まずは景気よくぱーっと――すぐそこに来てるワンちゃんをばらっスすよ!」
 突然声色が明るくなり、いつもの口調に戻った彼女は、まだ見えていない敵に向かってにんまりと笑顔を浮かべる。
「…………敵、ですか」
「まぁ良いの。鍬次郎が合流するまでは、多少遊ばせて貰うとするの」
 唯斗は呟き、武器を構える。その横で、ハツネは壁からナイフを引き抜くと、それで手遊びをしながらに笑った。
準備を整えた彼らの前にやって来たのは、先程まで戦っていた相手、即ち影で出来た狼が六体。
「チュイン、チュイン! 自分、先に行っても良いっスか!?」
「いちいち聞かなくても良いの。ハツネも勝手にやるから春華も勝手にやって頂戴なの」
「きゃっはー! んじゃ、もっとワンちゃん殺すッスよっ!!」
 彼女の言葉を聞いた春華は、まるで大好物を前に出された子供の様に瞳を輝かせ、恐ろしい速度で狼へと近づいていく。すぐさま近づいた春華は、その勢いをすべて足に集約させ、思いきり六体いる内の一体を蹴り飛ばす。彼女の蹴りは狼の頭部を捉え、慈悲も躊躇いもないままに振り抜いた足で、狼の頭を胴から引き裂いた。
「やったっ! 一点先生ゴールッス!」
 大きくため息をついた唯斗が、不意に先行しているはずの春華の肩を掴み、強引に下へと押し込む。無論、不意なだけあって彼女はそのまま尻もちをついた。と、頭を掠める様にその首が彼女の首があった地点を飛んでいった。――首だけで。
「余裕なのも、命を奪うことが簡単なのもわかります、わかりますけど油断したら話にならない」
「あはは……………ちょっと熱中しちゃったんスよ、今のはなしッス!」
 飛びかかる首だけを膝で蹴り上げ、天井にぶつかり跳ね返って来た首、その上顎から、手にするティアマトの鱗を突き立てた。刃先が下顎まで貫通している為、以降狼は口を開けられなくなる。手元で懸命に暴れようとするその首を思いきり壁に叩きつけ、剣から抜けて動かなくなった狼の頭を見つめる彼は、視点をそのままに春華へ手を差し伸べた。
「おっと、悪いッスね。いやぁ、優しいなぁ」
「煩いですよ。余裕があるなら足を進めてください。敵を一体倒しただけじゃあ、まだ危険を乗り越えた事にはなりませんから」
 冷静な言葉に思わず舌を出し、照れ笑いの様な表情を浮かべる春華。と、背後からなにかが飛来してくるのがわかり、慌ててその身を交わす。
「わ、ちょっ! チュイン! 攻撃するなら一言言って欲しいッスよ!」
「一言言ってると春華の首がなくなっていたの」
 彼女が投擲したのは、手にしていたナイフ。ナイフが飛んでいった先を見れば、春華の前に一匹の影狼が痙攣しながら転がっているではないか。
「いったそー……………」
「痛いに決まってるの。開けた傷口からギルティ少しだけ流し込んであげたの。たぶん体の中でギルティの毒が暴れまわっているから、苦しみながらゆっくり死んでいくの。ふふふ」
 歪な笑顔を浮かべ、ハツネは嬉しそうに良いながら二人のもとへとやって来る。
「エグいっスねぇ………………チュインは。ま、どーでも良いっスけどね! さぁ、自分も頑張るっスよ!」
「ほら、残り四体………………来ますよ!」
 唯斗の言葉に反応したハツネ、春華が構えをとった。と――そこで。

「なんでぇ……………クソ犬しかいねぇじゃねぇか。ハツネ、春華。それに……ああ、お前もだな、紫月 唯斗。ちんたらやってるからどんな強ぇ敵に当たってんのかと思ったらこれかよ」

 白い羽織が翻る。
「く、鍬次郎!?」
「兄貴っ! 来たんスか!」
 天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)と共に、彼はやって来る。大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)
「春華――。おめぇハツネの武器が足元に転がってんのに何やってやがんだ? ハツネも油断をするんじゃあねぇよ」
 影狼を挟んだ対角、鍬次郎が面倒そうに歩みを進めながら三人に聞こえる様に叫んだ。
「ちょ、鍬次郎!? まだ狼が――」
「あん? んなもん蹴飛ばして黙らせりゃあいいじゃねぇか。そだろ? 唯斗」
 転がっている狼の頭を、まるで道端に転がる石ころが如く蹴り飛ばすと、頭ごとハツネの投げたナイフが、持ち主のもとに転がっていく。
「………………はっ! 春華やハツネのお嬢ちゃんも無茶苦茶だとは思いますけど、あんたもなかなかどうして、無茶苦茶ですね」
「お前が慎重過ぎんだよ」
 二人の会話を聞きながら、ハツネは足元に転がるナイフの柄を持つと、それを事も無げに引き抜く。が、引き抜いたはずのナイフの刃先は、再び狼の頭に吸い込まれた。意味ありげな表情で、彼女はそれを何度も何度も、狼の頭に差し込む。
「ふふふ…………放っておくとまた噛まれちゃうかもしれないの。うふふふ…………悪さをするワンちゃんにはお仕置きが必要なの、静かになるまで何度も何度も、お仕置きしなきゃいけないの」
 一突きする度、少女の顔が漆黒に染まっていく。内容物だろうその液体が顔の半分くらいを覆った時、彼女は漸く立ち上がった。
「さ。残りのワンちゃんもみんな殺して、早く以来主のところに行くの。そしたらたくさん、こんな気持ちの悪い変な黒いのじゃなくて、真っ赤であったかい以来主さんの返り血でお化粧するの。うふふふ」
 ため息をつく者。賛同する者、何も言わない者。その空間には、誰も少女を止める存在はいない。何か、大事な物を失ってしまった少女に差し伸べる救いの手は、現状その場にはない。





     ◆

 病院内の階段、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は上へと向かって一段、また一段と上っていた。脱出経路を探していた彼は、府と屋上にへと向かう事にした。今まであった胸騒ぎ、一層強くなったからであるが、以前にまだ、彼はこの施設内で何が起こっているかをはっきりと理解していない。
ウォウルを狙う存在があり、驚異があることを知り、そして何かがその驚異を守護している、と言うが、彼の知り得る全てであった。が、逆を返せれば、それしかわからないままなのだ。経緯を知らず、どこまでの惨事になっているのか。その具体的な事柄が全く掴めていないのだ。
故に彼は、屋上へ向けて足を進めていた。
三階についた彼は、一度辺りを見回してみる。階段のフロアだけを見渡し、人がいないのを確認すると、屋上に延びる階段に足をかけた。
そこに、彼を見つける。白い羽織を肩にかけ、それを揺らしながら歩いてくる男。傍らには小さな、少年とも少女とも取れない子供が歩いていた。
静麻は不思議そうな顔で彼を見上げ、そして彼と――目が合う。 彼は笑みを浮かべている。
口の両端が吊り上がり、一層不気味な印象を見るものに与える笑みを浮かべている。足を止めて彼を見ていた静麻と見て、その笑みを一層濃いものとしたが、しかし彼は何を言うでもなく、静麻の横を通りすぎていった。
「…………目立つ格好の奴だな………ま、俺には関係ないが。どうせ自分達だけで逃げられんだろう」
 ぽつりと呟き、再び彼はその足を進めた。屋上へと。

 最後の一段を登り終えた彼は、恐る恐る扉を開く。そこを開けば屋上だ。ある種、先ほどのまで全員が目的地としていた場所。が、開いた扉が急に閉まる。慌てて手を引っ込めた彼は何がなんだかわからぬままに一度後ろに下がり、身構えた。暫く様子を伺っては見るが、しかし以降何かが起こる事はなかった。
再びドアノブに手をかけた彼は、今度は慎重に、ゆっくりとドアノブを捻って外を確認する。見れば、そこにいるのは数匹の黒い狼と、狼と戦っている相田 なぶら(あいだ・なぶら)フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の姿があった。狼たちと距離を取り、辺りを警戒しながらなぶらとフィアナは背中を合わせて構えをとっている。
「こいつぁ不味いか、一先ず静観。見分ってとこだろうな。が……何にしても――」
 一人、その様子を見ながら冷静に辺りを見渡すと、早々に結論付けて扉を閉める。
「まずったな……こんな事にはまさかなるまいと思ってりゃこうかよ。さすがに一人でやんのはキツいからな」
 良いながら、彼は籠手型のHCで自分のパートナーたちに連絡を取り始める。
「俺だ、今からこっちに来てくれ。ちょっと面倒な事に巻き込まれた。事情はあとで説明するから、今は兎に角急いで来てくれ。一方的で悪いが切るぞ、敵に気付かれる」
 矢継ぎ早にそう言って静麻は通話相手の返事も聞かないままに通信を終了させた。
「文句はあとで幾らでも聞いてやるさ。ま、俺やあいつらが無事に此処から出れたんなら、そん時に幾らでも、よ」
 独白しつつ、彼は屋上の様子をただただ見ている。見つめている。再び彼らに目をやれば、なぶらとフィアナが既に二体の狼を倒していた。肩で息をしている辺り、相当に体力を消費しているらしい。
「どうやら待ってる暇は無さそうだ。どれ、此処で覗きやってんのも悪かぁねぇが、俺もそろそろ助太刀するかな」
 もう一度、今度は自らの意思で扉を閉めようとした彼の視界にふと、それは入る。
足元、扉の前にあったのは、狼の死体。口から、体に開けられた穴から黒い液体を流しながら倒れている狼。
「成る程、さっきのはこれが原因か。ま、了解だよ」
 小さな声で呟きながら、彼は扉を閉めて壁に寄りかかる。取り出したのは自動小銃。拳銃 と呼ばれる類いのそれ。銃の上部を指で摘まみ手前に引いた彼はしっかりと残弾を確認してから手を離した。小切れの良い音が階段に響き渡り、彼はドアノブに手をかける。
「さて、んじゃあいっちょやりますか。いつもみたいにやれば問題ねぇよな。やれやれ」
 ノブを回し、軽く扉を開けた彼は、そこでノブを離すと思いきり扉を蹴り飛ばした。わざと音が響く様、思いきり蹴り開けて屋上へと現れる。
なぶら、フィアナと彼らが対峙していた狼たちが一斉に静麻の方を向き、彼はしれっと手にする銃の引き金を絞る。事も無げに引き金を引き、一番手前側にいる狼の額を撃ち抜いた。
「何をぼっとしてる。俺がせっかくチャンスを作ったんだぜ、お二人さん。今の内、一匹でも多く敵を倒さなきゃ、だろ?」
 思い出したかの様にはっとした二人は、すぐさま自分達に背を向ける狼たちへ切りかかる。
「助太刀だ。短い時間じゃああるけどよ、まぁ精々頑張ろうぜ」
「ありがとう、助かるよ」
 二人のもとに走ってきた静麻は、狼に攻撃されまいと前方に飛び込み、狼の隙間を縫ってなぶらの横へと転がった。なぶらは短く礼を返すと、静麻に飛びかかろうとした内の一匹を手にする剣で穿ち、沈黙させた。
「すまないな」
「こちらこそ。少しキツかったからねぇ、本当に助かった」
「なぶらさん!」
 と、フィアナがなぶらの名を叫ぶ。思わず前を向いた二人の目の前には、鋭利な牙を剥き出しにして襲いかかる狼。
「ちっ!」
「わっ…………っと!」
 二人は慌てて武器を構え、同時に攻撃する。弾丸を瞳に受け、顔を背けた狼の首をなぶらが両断した。
「案外、いけるもんだねぇ……急造にしては」
「みたいだな。うっし、やるか」
 二人は立ち上がり、目前の狼を睨んだ。
「私もいるんですけど。ま、それはまた、後でまとめて言及ですね。そうそう許す気はありませんけど」
「そんなぁ………勘弁してよフィアナ」
 そんなこんなで、屋上の戦闘は転換点を迎えている。