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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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「何せ――あの者、そろそろその鉄壁は剥がれます故」
「どういう事?」
「御嬢さん。貴女のパートナーさんの行為は決して無駄にならなかった、なる意味ですよ。魔法使いの方ならわかりましょう? 魔法には効力とその継続時間がある」
「そうだぞ。大概はそれに縛られちまうんだが……ん?」
 ベルクが気付く。
「はっ! そう言う事かよ。おいフレンディス、レティシア。俺たちも責めるぜ」
「なっ!? マスター? 勝手に納得されても困りますよぉ」
「聞かせろ」
 彼女たち二人だけではなく、狐樹廊の言いたい事が不鮮明な面々も、その理由を求めて彼に目を向けた。
「あの野郎と壁、んでもってあの破壊力。それは魔法の恩恵だってのはわかったろ? で、魔法には効果時間があるんだよ。一瞬で消えるのもあれば、呪いの類みたいに比較的長期的なスパンで効果を発揮し続けるものもある。でも、それは無限じゃない。言い換えれば、どの術式にも終わりはあんだよ」
「で……そろそろ効果が切れてきた、と?」
 手元の端末を操作し、散らばっていたイコプラを回収しながらに恭介が言うと、ベルクは黙って頷いた。
「じゃあ、私たちの攻撃が効くって事ですよね」
「まどろっこしい男だ。もっと簡素に説明しろ」
「いや今したよ!」
 レティシアにツッコミを入れたベルク。と、そんな二人を余所にフレンディスがその場で跳躍し始めた。どうやら話を聞いていた淳二も攻撃に参加する意思があるらしく、再びバルディッシュをミーナから受け取っている。
「じゃあ、攻撃します」
「この事、ルファンさんに教えた方がよさそうですね。彼、既に体力が不味いみたいですし」
 淳二の言葉に一同が目を向ければ、ルファンの額には汗が流れている。未だに攻撃を躱してはいるが、先程の余裕は既になく、紙一重のところで攻撃を回避していた。
「あぁ! ダーリン!」
「じゃあ私が一度彼の元へ。こちらに戻ってくるように促しますので淳二さんたち、レティシアさんは彼を倒しに」
「えぇ、そのつもりですよ」
「心得た。我一人でも良い気がするが……油断して痛い目を見るわけにもいかん。モミジ、サクラ。行くぞ」
 どこからともなく現れたニャンルー、モミジとサクラが彼女の肩に飛び乗る。
「よっしゃ、良いぜ。俺も援護だ。さーて、あんなに偉そうなことを言われたんだ、謝ったって許してやんねーぞ」
 不敵な笑みを再び浮かべ、彼はそう言うと詠唱を開始した。それがきっかけとなり、彼等は動きを見せる。淳二とレティシアはドゥングの元へと掛けて行き、それを見送っていた筈のフレンディスが姿を消すと、次の瞬間には二人を追い抜き、ルファンの脇に頭を突っ込み、彼に肩を貸す形で抱える。
「おぉ? なんだよ、まだやんのかいお姉ちゃん」
「いえ。それは彼を送った後で。貴方の相手は――このお二人ですよ」
 フレンディスが冷たい笑顔でそう言ってドゥングの前から姿を消した。彼女たちが立っていた為に塞がっていた視界が開け、二人の代わりに現れたのは淳二とレティシア。
「さっきはどうも。好き放題もこれまでだ」
「またやろうぞ。今度は手加減しなくていい」
 そう言うと、二人は手にする獲物を最短距離でドゥングに滑らせた。余裕の表情でその攻撃を見つめるドゥングはしかし、慌てて後ろに飛び退く。
「かぁ……時間切れか。成る程、それを見越しての攻撃ってかい。あぁそうかい。ばれちまったらしょうがねぇな」
 避ける事は想定済みだとでも言わんばかり、二人は同時に踏み込んでドゥングを追撃に掛かった。
「後ろは後ろでわしのイコプラがいるけどね」
 背後を見やれば、そこにはいつの間にか恭介のイコプラ、ラファエルが彼に刃を向けている。
「大丈夫だよ恭ちゃん、行ける!」
 彼の隣では瑞穂がサイコキネシスを使っていた。彼女の前には芽衣が居て、何処から持ってきたのか金属の板を担いでしゃがんでいるのだ。その上、金属板の上には残り二体のイコプラ。
「みーほのサイコキネシスでカタパルト。こうすれば全機同じ速度で移動できる。もしもの時はどうにでも対処が出来るって訳だよ」
「せや! なんか私ちょっと台になってるんはあんま良う思わんけど今は我慢したる! ガンガンどついたってや!」
「頑張ってください、芽衣!」
「おーう!」
 そんな会話を交わす恭介、芽衣、ミーナの向く前方。彼等と淳二、レティシアの挟み撃ちを寸前のところで回避したドゥングが体勢を立て直していると、彼の後ろにフレンディスが現れる。
「ほら、来ましたよ。ご用命、みたいですから」
「今は呼んでねぇよ……! ったく」
 すっくと立ち上がった彼の表情に、しかし焦りの色は消え果る。この期に及び、彼はまだ余裕をもって一同を見るや、背負った刀の柄を握り、そしてそれを引き抜いた。
「魔法が切れたんなら、こっちは本気でやるまでだよ。残念だがね」
 随分と長いその獲物が奇妙な光を放ちながら一同の顔を照らしていた。
「抜刀させた以上、少しは足掻けよ」
 言うと、一番近場にいたフレンディスに向けてそれは舞う。一切そちらを向かぬまま、彼女に向けて殺意が向き、慌てたフレンディスは手にする忍刀・封龍刀と手甲鉤・月影を交差させ、刀の刃を受け止めた。が、思いの他重たいその一撃を受けた彼女は、そのままの姿勢で公園の植え込みに吹き飛ばされる。
「今度はそっちか?」
「くっ!」
「不味い…!」
 レティシア、淳二は慌てて回避行動をとり何とかその一撃を受けずに済むが、無理な体制が祟ったのか二人ともによろけて倒れる。
「座ってる暇があったら逃げた方がいいぞ。まぁ、俺には関係のない話だが、よ」
 不敵な笑みのまま、レティシアに向けられた刃を淳二が辛うじて受け止める。
「っ……早く、立て!」
「すまない……」
 慌てて立ち上がった彼女を見たドゥングは、刀を淳二へと向け、押しつけたままにレティシアに蹴りを見舞う。腹部にそれを受けた彼女は、数歩後退り膝をついた。
良くも悪くもドゥングからレティシアが離れたことを確認した淳二は、舌打ちと同時に刀を振り払い距離を取る。蹲ったままのレティシアの横へと避け、彼女を庇う様にして武器を構えた。
「まぁ、これだけの人数だ。まず俺が優勢になる事はねぇだろうよ。知っているさ」
 これを優勢とは呼ばないらしく、彼は嬉々とした表情を浮かべながらに刀を構え、一同を見やる。と、上空から飛来したそれの上、声がした。
「そこまでにしてもらうか」
「大事ないで御座いますか、皆々様」
 声の主は昴、天地の両名。昴は小脇に先程病院内で見つけた少年を抱えている。彼をゆっくりと地面へと下ろした彼女は、そこで自身も光龍・白夜から飛び降り、刀を抜いてドゥングを向いた。
「貴様は何者だ――」
「俺が何者で、何を思い、何をしているか。そんな事ばかり聞くがしかし。お前さん方には関係のない話だろう? なんだってそんなに聞きたがるんだい」
「関係ない事などあるか! 此処まで大勢の人間を巻き込んでおいて良くもそんな事が」
「誰がどこでどう巻き込まれていようが、何をどうしようが俺の勝手だ。巻き込まれた奴の事まで考える程、俺は良心的な人間でもないんだよ」
「なんと傍迷惑な方で御座いましょう……」
 レッサーワイバーンに跨る天地が、本当に不愉快そうな表情を浮かべてドゥングに言うが、彼は別段気にする様子もなく、その言葉を続けた。
「なんと言われようが、どう思われようが構いやしねぇよ。それよか、俺の前に立つって事は、邪魔をしに来たって認識で相違ねぇよな?」
「あぁ。それこそ好きに思うと良い。私は貴様の様な輩が大嫌いでな」
 普段の声色は何処へ行ったのか。昴は一度刀を振り、そしてすかさずドゥングの懐へと飛び込んだ。
「だから加減などはしない。大勢に災悪を振りまく者など、許してなるか」
「ほう、だったらよ」
 一瞬にして距離を縮め、彼に斬りかかった昴の剣を手にする刀で受け止め、平然とした様子で彼は昴に言うのだ。
「お前さんが刀を向ける相手は俺じゃねぇ、ウォウルとラナロックのやつらだろう?」
「なっ! 何を戯けた事を言う!」
 耳を疑った。渾身の一振りで相手を押し退け、彼女は再び構えを取る。今度は勢いを殺し、まるで時が止まったかの様に動かなくなった彼女の瞳は、しっかりと、しかし疑問を宿した瞳で目の前の敵を捉えていた。
「あの屑どもだけじゃあねぇ。お前さんの言う『大勢に災悪を振り撒く奴』は腐る程居るぜ。喜べよ。敵はそこら中に転がってるんだよ」
「煩い!」
「生きてるやつらは何かしら、どれかしらに災いってやつを撒き散らして生きてんだ。その根底を否定するんじゃあ、生き物は皆お前さんの敵だよ。俺も、其処にいる兄ちゃんや姉ちゃんも、みーんなお前さんの敵なんだよ」
「黙れっ!」
 ゆっくり足を進め、肩に刀を抱えたままにやってくるドゥング。すかさず昴と彼の間に滑り込む天地を乗せたレッサーワイバーンが口から炎を吐き出した。
「それ以上近付く事は許しませぬよ。穢らわしい」
「はっ! たったそれだけで、俺を退けるか? 小賢しいトカゲ風情の曲芸で、俺を退けようと? 笑わせるな」
 いつしか昴の横に立っていた彼の言葉に慌てる二人。昴はすぐさま防御の体勢を取り、何とか彼の攻撃を止めようと構えた。肩に担ぐ刀はその場から動かず、彼は思い切り昴の刀を蹴り飛ばし、すぐさま飛び立ったレッサーワイバーンが昴の体を受け止める。
「蹴りで――あの威力………」
「人間と渡り合うと思うなかれよ? 若造」
 高笑いをしながら二人を置き去りに、ドゥングは踵を返して二人に背を向け歩きだした。その後ろ姿を恨めしく睨む二人。昴はすぐさま地面に降り立つと、気合いを乗せた掛け声ともども彼に斬りかかる。
「懲りないねぇ……良い気合だとは思うが、それは無謀だ」
「何が無謀だ」
 担いだ刀をそのまま使い、昴の斬撃を受け止めていたドゥングの元に声がすると、昴の脇から抜けて現れた淳二とレティシアがドゥングに斬ってかかった。双方共に横からの薙ぎ払い。故に昴に当たる事はなく、二人が同時にドゥングを攻撃できる。
「それが――だよ」
 彼は空いている方の手を、そして反対の足を使い、武器を握る二人の手を止めた。刃先ではなく、武器ではなく、それを持つ手を受け止める。見向きもせず、振り返りもせずに。
「行っただろ? 俺を人間として捉えるな。俺を一つの存在として認識するな。お前さんらも知ってるだろう? そう言う存在を。そして手合せをしただろう? そう言う存在と」
「知らんな」
「同じく。誰の事やら」
「ラナロック。あぁ、そうか……。お前さん等は違ったみたいだ。そうかそうか」
 高笑いをし、足を、手を、内側に手繰り寄せた彼は瞬間、絞った筋肉を解放して外側へと向ける。勢いのままに振り切られた三人が体勢を崩すと、ドゥングは振り向かぬままに佇む。
「興が冷めた。時間がないのにもかかわらず付き合ってやったが、どうにも駄目だ。これじゃあない。目的を果たすとしようか。君たちと会う事もないだろうしな。しかし楽しい討論会だった、それはなかなか、面白かった。だからお前さん等にはこれをくれてやろう。せめてものお礼だよ。是非、受け取ってくれ」
 いつかの光景。しかしその場の全員には初めて見る光景。彼は天高くその手を上げると、指を鳴らして体の向きを変えた。正面に据えたのは、ウォウル達のいる病院。
「所詮一人は一人だ。所詮個は個であり、それ以外は何でもない。ま、まとまりゃ干渉自体は出来るんだろうがな」
 意味深な言葉を発し、彼はゆっくり歩いていく。病院へと向かって。
「大丈夫ですか?」
 三人に慌てて駆け寄ってきたフレンディスの声。
「すまぬのう……わしがもう少し体力を奪ってやっていたら……」
「ダーリンの所為じゃないよ! あのおじさんが出鱈目なだけなんだからっ!」
 休息を取り体力を回復していたルファンと、彼に付き添っていたイリアも走ってやってくる。
「それにしても……あの者は一体どこへ向かっているので御座いましょうか」
「病院じゃない?」
 天地の疑問に対し、リカインが声を掛ける。
「どうやら彼、物凄くウォウル君たちを目の仇にしてるみたいだし、多分そう」
「では、守りに行かなくては――」
 天地がレッサーワイバーンを羽ばたかせようとした時、彼等、彼女らの足元で何かが光る。真っ黒なそれは線であり、次第に形を結びだすと、大きな魔法陣の様になっていた。
「これって……まさか」
「えぇ。手前が屋上で見たものと同じ……! 来ますよ!」
 狐樹廊の言葉に思わず構えを取った彼等の前、空中に黒い塊が浮遊し始めると、それは次の瞬間には渦を巻き、狼の姿に変わって行く。
「またこれら、ですか……」
「何よ、なんなのよこれ! 狐樹廊、説明しなさいよ!」
「黙していればわかる故、手前は説明を控えさせていただきますよ」
 次々に増えて行く影で出来た狼を目の当たりにした一同が数歩後ろに下がる。と、出入り口にいた恭介、ベルクたちも慌ててやってきてその光景を見つめていた。
「クソ、召喚魔法の類……いや、違う!」
 言いながら、ベルクはフレンディスの前に立ちはだかる。彼女の元に飛びかかった一匹の狼の牙がベルクの大腿に突き立つ。
「ぐぅっ! 早く何とかしろ!」
「ベルクさん!」
「黙っていろ」
 狼の横に立ったレティシアが、ベルクに噛みついている狼の首を切り落とす。
「離れねぇじゃねぇか……っ!」
「今助けますから!」
 フレンディスは手にする武器を狼の頭部を滑らせる。さも撫でるかの様に動かす刃先は、真っ黒な液体によって彩られ、狼の頭部が次第にバラバラと地面に落下した。
漸く解放された彼は思わず腰を降ろし肩で息を整える。
「こんな置き土産要らないよ……嫌だなぁ」
「大丈夫よ恭ちゃん! 私がいる、皆もいる! みんなでやれば、大丈夫!」
「せやでぇ! よっしゃぁ! ここらで私等も暴れたるわ!」
「おのれ……此処でこんなものを出したら避難した皆さんが……っ!」
 恭介、瑞穂、芽衣たちの会話の横、昴が込み上げる怒りを抑えながらに声を上げる。
「兎に角今は、この化け物たちを倒す事が先決ですね」
「ダーリン!」
「言われんでもわかったとる。わしらの事は良い故、イリアは避難した者たちのところへ」
「うんっ!」
 彼等とは反対の方向。公園の奥に向かって走って行くイリアを見送った一同が、再び目前に現れる狼を見据えた。