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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 メティスは一度公園から出て外の道路を疾走している。
「私一人で止められなくとも、それでも私が何とか時間を稼がねば――」
 角を曲がり、ドゥングが向かう病院がある通りに出た彼女はそこで、彼の姿を見つける。
「止まりなさい! それ以上先は、行かせません!」
 なりふり構わず飛びかかり、拳を突きだしてドゥングへと跳躍する彼女。そして彼女の拳は確かにドゥングの頬を捉えた。
「やっと当たったな」
 にんまりと笑う彼は、しかし口の端から鮮血を流し、動かぬままに彼女を見る。メティスは動じる事無く数歩下がり、病院を背後にとって彼の前に立ち塞がった。
「どうやら相当、皆さんの攻撃が効いている様ですね」
「どうだかな。知らんよ」
 親指で自分の血を拭きとった彼は、担いでいた刀を持ち上げて一振りすると、刃先をメティスに向ける。
「此処で止めるか。それもまた一興。命を張るか、それもまた……一興」
「強がりですね」
「確かめるか?」
 互いに動きを見せ、二人はその中間距離で衝突する。
「お前さんの攻撃は止められる。俺は誰の攻撃をも止められる自負がある。それが意味する物が何であるか、わかるかい?」
「私たちには負けない。でしょう?」
「大当たりだ」
 拳を突きだす彼女は、反対の腕で彼の刀を受け止めている。刃先ではなく刀の腹に手の甲をあてがい、その攻撃を防いでいる。が、それも彼の一振りで振りほどかれるのだ。
「いい加減、手加減などされる様な事はない様に思うがな」
 振り払ったままの体勢から、彼は体を絞って更に斬撃につなげようとしていた。していた矢先に不意に、メティスの視界から彼が消える。初めは何事かと目を見開いて辺りを伺った彼女は、彼が姿を消した理由を見て思わず苦笑する。苦い苦い、笑みを溢す。
「待たせた」
「……無茶苦茶です」
 可変型機晶バイクに跨ったレンの姿。自らのパートナーの登場に、彼女は苦笑するしかない。
「おいおい。とんでもねぇ事故やっといて侘びの一つもねぇのかい? 兄ちゃん」
「……事故じゃない。敷いてあげれば自己紹介ってところだ」
「お寒い事を言うんじゃねぇよ」
 ドゥングが突然としてメティスの前から姿を消した理由。簡単な事だ、彼はレンの跨るバイクに撥ねられた。ただそれだけ。
「お前の動きを止めにきた。ついでに言伝も頼まれて、な」
 徐に銃を引き抜いた彼は、銃口をドゥングに向けて言う。
「おい、お前……確かドゥングと言ったか。お前に言伝だ。『貴様は何もなせずに終わる。この帝王、その憐れな道を笑ってやろう』だそうだ」
「なんだそりゃ? 何もなせず終わる? この俺が、憐れ だと? あっはっはっはっは! 最高の冗談だ、これはとびっきりだ! どいつだ? そんな愉快な事を言いやがる奴は」
「此処にはいない」
「そうかい。残念だ、そいつの顔を拝みたかったが」
 立ち上がった彼は数回服を叩いてから、再び肩口に刀を乗せて、歩き出す。
「まぁいい。何とも言われようとも目的は完遂するさ。二人で止めるか? この俺を? 冗談! 格好いいお兄さんよ、そこのお姉さんに聞くと良いぜ、それが夢物語か否かをよ」
 何も言わず、レンはメティスの方を向く。最低限、顔だけ向ける。大して彼女は首を小さく横に数回振った。否定的な意味を込めて。
「物わかりのいいお姉さんだよな。だから俺も助かるよ。さぁ、其処を退いてくれ、退かないならどかす。土産と御代は貰ってく。そんだけだ」
 瞬間、ドゥングの姿がそこから消えた。眉を顰める二人の前に、今度は手の届く距離に現れるニヤケ顔。ウォウルにも似た、ニヤケ顔。
「退かねぇのかい? 退くのかい? 俺は先を急いでるんだよ」
「退かないな」
「そうか、残念だ」
 振りかぶった刀はしかし、メティスが両手を使い頭上で固定する。
「だが、やられてやる訳にもいかん。無論、土産も駄賃もやるつもりはない」
 自分の前に躍り出て、彼の攻撃を受け止めたメティスから避ける様にレンは体を倒すと、数発銃弾を放つ。ドゥングに充てる訳ではなく、威嚇射撃。
「またか。この姉ちゃんだけじゃあなくお前さんまでその意気かい。本当にがっかりだ」
 メティスの腹部に拳をめり込ませると、それをレン目掛けて突き出した。彼女の体が刀を持つ手から離れ、レン共々に弾き飛ばれさる。
「大丈夫か?」
「今のところ、其処まで顕著な損傷はありません。いけます」
 立ち上がり、ドゥングの攻撃に備えようと腰を落とす二人の前に、突然彼等はやってきた。
「大丈夫かよ、なんかおかしいと思って来てみたら」
「何だよ何だよ、全く状況がよめねぇっつーの!」
 それはドゥングの事を追っていた煉とエヴァ。どうやらエヴァの言う通り、二人は殆ど状況が読めていないらしく、しかし何やら危なそうだったレン達を見かねて出て来たらしい。
「あの男を病院に入れるな。あそこの公園にも出来れば入れたくはないが」
「おいおい、んな無茶な事言ってもらっても困るぞ。まさか道の真ん中でこのままドンパチする訳にもいかねぇじゃねぇか!」
「ほらエヴァっち、すぐ人に絡まない絡まない」
「うっせーな! いちいち! と、兎に角! どうにかしねぇとならねぇやつなのか?」
「えぇ。この中に居る人。ある特定の人を殺そうと狙っています。しかもその目的の為ならば平気で人を殺そうとします。関係ない人を」
「はっ!? 何、あのおっさんそんな危険人物だったの?」
 メティスの言葉を聞いた煉が、思わず目の前にいるドゥングをきょとんとした顔で見る。
「さっきの違和感はそれかよ……良かったなぁエヴァっち、俺たち。殺されなくて」
「はっ!? てめぇ誰に言ってやがんだ! まさかあたしがあんなオッサンに殺されるとでも思ってんのかよ! ばっかじゃねぇの!」
「あー……なんかややこしくなるから、いいや。もういいから。ごめんね」
「てんめぇ……!」
「それで? だったらどうすればこっちの勝ちなんだよ」
 怒りに打ち震えるエヴァを無視し、煉は二人に尋ねた。
「この際多少怪我をしても構わないだろうな。兎に角、あのドゥングと言う男を殺さずに捕まえればこちらの勝ち。逆に、あいつを殺したりあいつの目当てが死んだり、関係のない人間が死ねば俺たちの負けだ。こんな言い方、好きではないが……」
「わかったよ。んじゃ、要はオッサンを黙らせればいいって訳か」
 簡単に説明を受けた煉は、光条兵器を取り出すとそれを構える。右手には剣を持ち、左手には光条兵器を持って、彼はドゥングに向かって走っていた。
「まずは動きを止めてやればいいんだろ? まぁ見てろよ」
 初めは普通に走っていた。が、彼はドゥングに近付くにつれその足で独特のリズムを刻む。通常の歩調ではないそれを刻み、そしてドゥングに斬りかかった。
「おいおい、お前さん……」
 攻撃の届く距離に入るや両手で斬りかかる。少しでも対象が動きを見せれば、それに合わせて距離を取る。そのステップはまるで、一種のダンスにも思える程。
「メティス。俺たちは援護に着くぞ」
 レンの言葉に頷いたメティスは、煉とドゥングを囲う様にして広がり、攻撃に参加する。ドゥングが避けた先には必ず誰かがいる様な状況をつくりあげ、彼に執拗な攻撃をし始めた。
「けっ! あたしの援護は寛大だからなぁ! 敵も味方もかんけーねーぞ! おまえら全員、死にたくなけりゃあしっかり避けろよ!」
 覚醒型念動銃を構えたエヴァは、その言葉通り辺りにそれをばら撒き始めた。一見すれば本当に狙っていないかの様な動きであるが、何処かそれは彼等の動きを縫っているかの様な弾道である。彼等が一斉にドゥングに攻撃を加えているその最中。小さな声でドゥングはぽつりと言葉を発する。
「あの時の侘びは、受け取ってやくれなかったのかい」
 返事はない。懸命に闘っているのだ。返事など、出来るわけがない。だからその言葉は自然消え、そしてドゥングは再び何かを呟くと、一瞬本当に残念そうな顔をし、そして途端更にその顔を急変させる。担いでいた刀を振り上げ、思い切りそれを握ると一度、真横に振り払う。文字通りの一閃。咄嗟に三人が両の腕を顔の前に上げると、鮮血と共にその体は大きく後退した。

「実にくだらない! 俺が慈悲をかけてもこうだ、命を分け与えた所で、貴様等はその命を平然と投げ捨てる!」

 今までの悠々としていた彼の面影は何処にもない。

「そうだった。忘れていたぞ! 俺は……貴様等の業を知っている! 何故か、それは俺が、貴様等人間たちに――」

 その声は、掻き消えた。 再び振った刀から、辺りを劈く様な風切り音が響き渡り、一瞬彼等の聴覚を奪う。

「ならばいっそ――俺がこの手で殺してやろうか! 全員、一人残らず、殺してくれようか!」

「おいおいお、なんかオッサン、スイッチ入っちまったぞ……」
「まずいな。俺たちだけではどうにもならんかもしれん。病院にはまだ結構な数の人数がいるだろう、彼等と合流した方が……」
「攻撃来ます!」
「な、なんだよ!? あいつ、ばっかじゃねぇの!? 出鱈目過ぎんだよ! 何もかも!」
 跳躍し、今まで殆ど振りもしなかった刀を思い切り地面に叩きつけるドゥングの攻撃を、四人はそれぞれ散らばって回避する。
「どうせまだ、この体にも時間がある! ならば此処でまず手始めに、貴様等を血祭りにあげてやる! もう面倒だ、全員粉々に、それこそ跡形もなくなる程に粉々にしてやる!」
 立ちはだかった四人が目前から消えたにも関わらず、彼は避けた彼等を追って動き出した。そのまま病院に行く筈だった彼の、方向性が変異した。