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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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 5.希望ヵ歌ノ開幕節 〜終ワリ ノ ハジマリ〜





     ◇

どこまでも澄んでいる瞳で、それは笑う。
どこまでも救い様のない彼女が、ただひたすらに笑う。

彼女たちはそれしか知らない。 彼女たちはそれ以外を知る気がない。

この世界はどこまでいってもご都合主義で
この世界はどこまでいっても笑顔に溢れ
この世界はどこまでいっても幸せ過ぎる。

知り得るすべてはーーそれだけで良い。





     ◆

 互いが命を懸けて戦う事を『死闘』と定義するのであれば、まさしくそれは死闘と呼べるものだった。引き金を絞り、剣を振り、短時間であろうが長時間であろうがその挙動に命という重さがかかってくるのは、恐らく死闘と呼んで問題のないものだろう。
そしてその死闘は、命を奪い、自ら命を長らえさせたとて命を削っている事に他ならず、故にその場に長時間身を置けば自然と神経やら精神やらと言った形の見えないものから、体や体力と言った目に見える物まで、全てをひっくるめた物がすり減り、摩耗し、削れていく。この時で言えばこの空間、この座標にてその身を置くなぶら、フィアナ、静麻がその対象として挙げられた。
「くそ…いつまでこの狼は出てくるんだ?」
 苦し紛れ、とでも言えそうな程に切れ切れな息と共にそう声を上げる静麻は、目の前――自身に牙を向けて襲ってくる狼の一匹を砕き、その亡骸を見下ろしていた。
地面に突っ伏したそれに尋ねたとて、返ってくることのない問答。
「どうやら発生原因は……あの陣の様ですね。なぶらさん……」
「いや、無理だと思う……少なくても今の俺たちだけじゃ…狼を倒していくので精一杯だろうからねぇ……」
 懸命に息を整えながら、しかし随分と少なくなった狼を眼に捉え、なぶらは一息ついてフィアナに答える。虚勢なく、見栄を張らずに導き出した答え。彼の言い分は尤もであり、三人が三人ともに狼を倒す事のみに集中しなくてはならないのが現状である。
「これだけ減らしても、出てくる量は少ねぇがどんどん増えてきやがるな」
「俺たちも随分とこうしてるけどねぇ、一向に数が減らなくて困ってるんだ」
「でも、出てくる数が減りましたよね」
 フィアナがそう言うと、既に感覚の薄くなっている手を数度握り直し、自身の体に鞭を打って飛び出した。残るは二匹。自分たちが倒してきた漆黒の狼は、後二匹でこの屋上から掃討される。だからこそ、なのだろう。
「彼等が最後である事を願うよ」
 後を追うようにしてなぶらも踏込、フィアナ共々に剣を振るった。横に薙ぎ、それを避けた狼の額になぶらが上から剣を振り下ろす。狼はそこで絶命せず、額が切り裂かれてなお動きを持って二人に襲い掛かってきた。
「ちっ、浅かったか」
「退いてな」
 後ろから援護射撃をする静麻の声。二人はすかさず射線をあけて彼の攻撃を了解して――。
 もう随分とこうして敵を倒し、その数を削っている彼等、彼女等はいつしかその息を合わせていた。各個で敵を倒す時でさえ、その動きはかなり広角的なものとなっていたし、一人が危なくなれば誰かしらがその援護に回る。初めは一体ずつだった討伐速度は次第に、緩やかにではあるが早くなってきて、だから狼が生成される速度を上回り、この現状がある。
「ありがとう」
「お互い様だ」
「あと……一匹!」
 フィアナが切り込み――。
「もうちょっと、あともう少しでっ……!」
 なぶらが敵の退路を断って――。
「おう。終わってくれたら……嬉しいもんだが」
 静麻が援護射撃をする。
 銃弾と剣劇の協奏曲が成り立ち、その音色を奏でているからこそ、彼等は今なおそこにいるのだろう。と――フィアナ、なぶらの斬りかかった狼は、途絶える命のはずだったそれは、フィアナの腕に噛みつこうと動きを見せる。彼女が斬りかかり、前足を落として。彼が斬り、額を割って。しかし静麻の援護がないままが為、狼はフィアナへ向けてと襲い掛かる。
「なっ!?」
「後ろだ! 避けろ」
 なぶらの声に反応したフィアナは思い切り後ろに飛び退き、狼の攻撃を躱した。標的を失った狼が何とも悲惨な音を立てながら地面に倒れ込むと、残った後ろ脚だけで今度はなぶらに狙いを定める。
「なぶらさん!」
「平気さ」
 刃を見据える先に構え、柄を握る手を顔の横に構えて、彼は動かず狼の攻撃を待った。幾ら相手が化け物の類であったところで、羽がなければ空中で進行方向を変える事は出来ない。
即ちなぶらの首元を狙っている狼は物理法則に則り、弧を描きながら彼の構える剣先へと吸い込まれていったのだ。開いた口から彼の剣が狼を穿ち、狼の勢いも相まってそれは深く深く、生存など大凡期待の出来ない状態へと呑込んでいく。
返り血なのだろう。真っ黒の液体が勢いよく狼の口から吐き出され、なぶらの顔が漆黒に彩られる。
「平気ですか!? なぶらさん!」
「……うん。大丈夫」
 ゆっくりと、霧の様な状態になって彼の剣から消えて行った狼を見送る様に、なぶらは一度空を見上げてから、慌てて駆け寄るフィアナを向いた。
「倒せたみたいだ。でも――」
 フィアナ、なぶらは静麻を向いた。今まで援護に回っていた彼の攻撃がないからこそ、二人に叱責の念はなく、純粋な疑問から、そこに居る筈の静麻を見やる。無論、そこに立っているはずの静麻はしかし、鉈を首元にあてがわれていた。
「……わりぃな……。ちっと気を緩めたらこのザマさ……」
「静麻さん!?」
「そんな――だって何で……!?」
 二人にすれば、鉈しか見えない。しかしそれだけで、なぶらとフィアナには容易に何が起こっているのかわかる。灰色が鉈。見えない姿、彼の脇から伸びる、細く、青白いそれ。
先程彼等の脇を恐ろしい速度で持って通過し、そして以降見えなくなった、例のあれ――。
「ラナロックさんの、偽物――!」
「……ん? どういう事だ?」
 静麻は状況が掴めずに二人に尋ねる。
「この陣から出て来た、ラナロックさんの偽物です」
 悔しそうに下唇を噛みながら言うフィアナと、警戒して彼女の前に出て武器を構えるなぶら。
「人質って訳か。要求は――」
 言いかけて、彼は慌てて剣を振った。鋼同士のぶつかり合う甲高い音と共に、それは回転しながら地面に転がる。敵の持つ――灰色が鉈。
「……そうかいそうかい。なぁ、二人とも早く此処から逃げろ」
「何を――」
「いいから早く逃げろ。逃げろ、じゃねぇか、先に行け」
 二人は構えながらも、彼の言葉に首を傾げる。
「此処は俺たちが何とかする。二人は下に行け。どうやらあの感じからすると、いよいよ黒幕登場って訳だ」
 彼は何を確信してか、そう言って笑った。その間に彼の後ろを取っている機晶姫は、持っていたライフルを手に、それを二人目掛けて撃ち始める。弾かれる殺意を懸命に回避しながら、なぶらが言った。
「でも、それじゃあ静麻さんが!」
「違うんだよ!」
「何がですか!? 何が違うと言うんです!」
「俺は人質じゃあない。こいつからすれば、俺は盾みたいなもんだ。構えてりゃお前らが攻撃してこないと踏んで、盾にしてやがる」
 三人は知らないが、この機晶姫に他者とコミュニケーションを取る能力はない。故に、交換条件やらと言うものはないのだ。現に、二人は攻撃出来ずに困っているのだから。
ラナロックの姉妹機と言う事もあり、体格などは全て同じ。大柄の静麻の後ろに小さな彼女が隠れれば、実質的に正面からの攻撃はすべて静麻に当たる。故に彼を縦に取ったのだろう。
投擲も狙撃も、その一切の攻撃を正面から受けない為に、彼を取った。
「だから此処は俺たちに任せて、お前たちは黒幕を片づけてくれ!」
 ふとフィアナが、横目で下を覗き込む。確かにそこには――一人の見慣れぬ男がいた。コントラクター数名が彼と闘っている事からすれば、個人を特定出来ずとも、自分たちの敵である事は明確。
「なぶらさん……確かにこのままでは、ウォウルさんたちが危険だと思います……」
「ほら、構わず行け! 俺たちを信じろよ」
 先程から静麻の言う『俺たち』がなんなのか。なぶらが彼に尋ねると、静麻は不敵な笑みを浮かべ、親指で空をさした。無論、そのやり取りを見ていた機晶姫も空を仰ぐ。
静麻以外、なぶら、フィアナ、そして偽物のラナロックでさえも空を仰ぐ。雲一つない青の中、そこにある――影二つ。大きな羽が羽ばたき、箒に跨った彼女の手は燃えている。
いつの間にか機晶姫と距離を取っている静麻が銃に弾を込めながら、しかし悠々と述べた。
「紹介するぜ。俺のパートナー、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)だ」
「はぁ……紹介するぜ、じゃないわよ。何も状況読めない状態なんだから事情ぐらい説明なさいな。全く……」
「無事ですか?」
 プルガトーリオ、レイナは上空から、彼等の様子を見ながらにそう尋ねる。
「事情は後だ。それより、この二人を此処から離れさせる。この姉ちゃんを倒してな。頼めるか?」
「わかりました! 行きますよ」
 簡潔に返事を返したレイナは羽ばたいていた翼を閉じると、一気に屋上まで下降する。武器を持つ両の手を広げると、下降している勢いでそのままにソニックブレードを放った。
音速を超えるが故に発生する、空気を振動させて斬撃とするそれに、更に上空からの勢いを乗せて放つ為、それ心なし、範囲が広いものとなった。
「ちょっと! そんなもん撃ち込んだら逃がそうって彼等にまで当たっちゃうじゃないのさ! 世話が焼ける子だわ……そーれ!」
 レイラの放ったソニックブレードを見たプルガトーリオが人差し指で空を切り、小さく素早く何かを呟くと、唖然としていたなぶらとフィアナの周囲に小さな火の玉が数個、踊りながら現れた。
「ちょっち面白い使い方、したげるわ。火術だって、使い方によってはこんなこともできんのよ」
 まるで指揮者の様に指を躍らせていた彼女がそう言って手を止め、指を鳴らすとなぶらとフィアナの周りに飛び交っていた火の玉が伸び、二人の周りで円を描く。それは熱気であり、何よりそれは『火』という名の高エネルギーの塊だった。思わず言葉を呑んでいたなぶらとフィアナが、自身の周りを包み込む火に目をやっていると、次の瞬間爆発音が聞こえる。
火の隙間から見える光景は、静麻に鉈を向けていた機晶姫の僅か数ミリ横。ソニックブレード独特の形の後がくっきりと、病院の屋上を抉っている。その大きさから考えるに、もしもこの火術がなければ二人にもあたっていた。と思える程。
「あ、ごごごごめんなさいぃ!」
「やれやれ……あんた今のが実態だったら流石に火術も意味ないからね。蒸気と炎と私に感謝なさいよ」
「おい! これじゃあ二人が逃げられないだろうが!」
 既に敵の懐深くまで潜りこみ、数発の銃弾を撃ち込みながら静麻が叫ぶ。
「……すみません」
 二人の周りを舞っていた火の玉が消え、静麻は二人に目配せをする。思わず言葉を呑んでいた二人ではあるが、すぐさま頷いて走り始めた。下へと延びる階段へ。終焉へと延びるその道を、二人は走って去って行った。
「さて、んじゃあこれからどうするか、だな」
「考えはないの?」
「あるさ。でもその前に、この薄気味悪い機晶姫を倒すのが先決だろ」
「次は頑張りますよ!」
 上空と屋上で会話をする三人。懐に飛び込んでいた静麻はすぐさま後ろに飛び退くと、敵の攻撃に備えて構えを取った。
「うん……大振りの攻撃は静馬にも当たってしまうから……」
 小さく呟き、一人納得して頷いたレイナが、今度は静馬の横まで下りて行き敵を捕らえる。
「静間。私が先手を打って懐に」
「わかった、その間に俺が構えといて……よし。良いかレイナ。二発だ、二発攻撃したら上に飛べ。良いな」
 無言で頷く彼女。
「何だか知らないけど、私は援護した方がいいの?」
「頼む。出来れば俺が攻撃したら畳みかけてくれ」
「はいよ」
 別段表情なく、プルガトーリオは再び指を舞わせ始める。
「行きます!」
 彼の隣にいたレイナが一気に敵との距離を詰めると、相手が振り上げた鉈ごと払い、攻撃する。
「小さく、短く、コンパクトに……っ!」
 大振り、高威力のソニックブレードではなく、短く小さなそれを放ち相手の攻撃を完全に無効化した。勢いがあるとはいえ、空中にいる彼女は踏ん張りが利かず、力を込められる状況ではないのだ。相手の威力に負けて体勢を崩す事が無い様、彼女は自身の力に加算し、ソニックブレードでその攻撃を弾いた。
「出来た! 小さく、鋭く……狙いを定めて!」
 最短距離での滑走が故に小さいが、それでも充分な、何とも小さなソニックブレードを放ったレイナ。まるで自分に言い聞かせるようにして。
彼女の二発目は機晶姫の顔面に飛んで行った。それを首だけで交わした彼女はしかし、髪と頬が僅かばかり切れた。無表情のままに手にする鉈で反撃しようと試みるが、既に目前にレイナの姿はない。代わりにいたのは――静麻。
「そうだ。貴様の相手はこの俺さ」
 小切れよく、無駄がないその発砲音。しっかりと機晶姫の両の眼を捉えた。が、彼女に反応はない。相手が見て取れないとわかるや、彼女は手にする鉈を投擲した。自分の記憶を頼りにそれを投げる。静麻が屈んでそれを避けると、彼のちょうど真上、髪に掠りそうな位置でその鉈が停止した。飛翔していた筈のレイナが手にする武器でそれを止めている。
「あら。だったらそれを頂戴な、なぁに、軽く私の前まで放ってくれればいいわよ」
 無言で頷いたレイナが鉈を武器にひっかけて上空にいるプルガトーリオの目前まで放った。踊っていた彼女の指が目前に現れた鉈を刺すと、四方八方に浮く火の玉が鉈に向かい、恐ろしい速度でぶつかり始める。
「なぁ……何やってんだ。あいつ」
「さぁ……またよからぬ事でも考えてるんでは……あれ」
 気付く。
「どうした、レイナ」
「鉄は――鉄は火を」
「大正解」
 上空からの声。
「熱伝導率は最高に良いのよ、これ。うっふふふふ、だから私は、だーいすき」
 上空から聞こえる衝突音が、無数に響き渡り、火の玉の奏でる死のワルツがそこで――終焉を迎えた。辛うじて原型が残っている程に高温となった鉈の刃先は赤く、揺らめいている。
「とびっきりの一撃をプレゼント。おつりは要らないわ」
 残っていた火の玉が群れをなし、上と下に分かれていく。下に広がる火の玉は、広がり、繋がりまるで壁が如く、鉈が落下するのを押し止めている。
上にあがった火の玉は、無数の弾丸がよろしく鉈の底をひたすらに叩き続ける。
「キッチリクッキリ――燃えつきなさい」
 抑制されていた推進力は、その制限を失って解き放たれた。 彼等に仇名す敵の頭上、灼熱の業火が罪びとを焼くが如く。