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パラミタ百物語 肆

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パラミタ百物語 肆

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第捌拾伍話 霊の通り道

 
 
「それでは、まずは、わらわから話すとするかのう」
 いよいよ会が始まり、蝋燭を持った医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)が前に進み出た。
 信者 末光透が、ペンライトを振って応援する。なんとも場違いではある。
「んーと、そうじゃな……。
 皆の者、霊の中には、移動する物もいるというのは知っておるかの?
 いわゆる浮遊霊とか言われたりしてる物じゃが……。
 実はこの浮遊霊、だいたいが同じような道を移動するらしくての。
 その道を、霊の通り道と言うのじゃが。
 その道に地神祭もろくにしないで家を建てたりすると大変なことになるようじゃの。
 なんでも、ポルターガイスト現象は日常茶飯事で、霊感のない者でも金縛りにあったり、何かが見えたりすることがあるらしい。
 知らないお祖父さんがベランダに立ってたりとか……。
 そなたらの住んでる家はこういうことはないかえ?
 もしかすると、この場所も、そんな場所の一つかもしれぬの。
 と、わらわの話はこんなものじゃの」
 語り終えると、医心方房内が蝋燭の炎を消した。
「やっぱり、ここおかしい。何か、気配が……」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)が、何かを感じて周囲をキョロキョロと見回した。
「ふ、ふん。ティーったら案外怖がりですのね。そんなに怖いなら、仕方ないから、手を繋いであげてもよろしくてよ?」
 言いながら、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が自らティー・ティーの手を握りしめてきた。
「何か、見えたのかな?」
 二人の様子に、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が周囲を見回した。
「いや、騒ぐほどの物や、悪意を感じる物は見えませんが」
 騒ぐほどのことはないと、冬月 学人(ふゆつき・がくと)が淡々と言った。
「えっ、でも、学人の後ろに、何か変な天狗が……」
 冬月学人の後ろの方の暗闇に、ぼうっと浮かびあがった天狗の面を指さして九条ジェライザ・ローズが言った。なんだか、うっすらとモザイクがかかって見える。
「でたあ!?」
「ぎゃあああ、あっち行ってあっち行って!」
 イコナ・ユア・クックブックが、ティー・ティーの手を痛いぐらいに握りしめて悲鳴をあげる。
『何、何か見えたのか? 大丈夫。こうしてバケツを被っていれば、怖い物なんか何も見えないから』
 あらぬ方向へと顔をむながら――もっともバケツの下の表情はよく分からないのだが――曖浜瑠樹が叫んだ。
「そっちの方が怖いよ、りゅーき」
 とにかく落ち着いてと、マティエ・エニュールが立ちあがった曖浜瑠樹を再び座らせる。
「天狗嫌ー!! チョコあげます。チョコあげますから。許して!」
 イコナ・ユア・クックブックが、泣きながら鬼龍家、チョコの詰め合わせの中のチョコをつかんで、天狗面にむかってぶちまけた。
「いて、いててててて……」
 チョコのぶつかった天狗面が、軽く悲鳴をあげる。
「だから、これは危険な物じゃないよ。まして、霊でもなんでもないったら」
 冬月学人が、空中に浮いている天狗面を捕まえて言った。その物体から天狗面を剥がそうとして、ねっとりと何かが手について凄く嫌そうな顔をする。
「こらこら、俺様の面を剥がすんじゃねえ」
 空飛ぶ魔法で空中をふわふわと漂っていた禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が、冬月学人に文句を言った。
「仮面は、大切な本体ですからねえ」
 うんうんと、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)がうなずいた。
「こらこら、俺様の本体はこっちの方だぜ」
 禁書写本河馬吸虎が、くるりと空中でターンして、自分の背中を見せた。天狗面の裏に、石造りの魔道書が貼りついている。
「ちょっと待つです。あれ魔道書ですか。なんで本のままなんです!」
 お化けではないと分かって、イコナ・ユア・クックブックが怒って叫んだ。
「ポリシーだ」
 しれっと禁書写本河馬吸虎が言い返す。
「何言ってるのです。魔道書のままだなんて、充分にオカルトですわ。こんなのと一緒にされたくはないです。それに、こんなの怖いとか言ってたら、へそで緑茶さんが脇ですの!」
 イコナ・ユア・クックブックが、支離滅裂に叫ぶ。
「えっ?」
 自分の脇の下に、変な天狗でも貼りついたのかと、思わずティー・ティーが確かめた。
 
 
第捌拾陸話 劇場の祠

 
 
「それでは、次は私が語るよ」
 禁書写本河馬吸虎をゲシゲシと床で踏みつけているイコナ・ユア・クックブックを放っておいて、蝋燭を持った九条ジェライザ・ローズが前に進み出た。
「夏休みのとき、友達から公演のお手伝いを頼まれたの。
 興味があったから快諾した。まとまった予定もなかったし、いいかなって。
 
 で、各地の劇場を移動したんだけど、一つ、変な劇場があったの。
 到着してから、なぜかほとんどの劇団員が足腰を負傷した。
 私は腰を痛めただけだけど。捻挫、道具で足を切る、打撲、エトセトラ……。
 皆、こんなこともあるよね、ってごまかしてたけど、事件が起きた。
 何の前触れもなく、役者さんの足の指が裂けた。ちょうど、爪のささくれができるあたり。
 痛くはなかったみたいだけど、応急処置をして病院にかかってもらった。
 テンションはだだ下がり。でも公演はここで終わりだから、皆がんばろうって一致団結したの。
 
 そして最終日の公演。
 バク宙をした役者さんが、失敗して頭から落ちた。
 まだ演技を続けようと立ちあがったけど、脳震盪を起こしていたのか、歩ける様子じゃなかった。
 他の役者さんがアドリブでその人をはけさせ病院に連れて行った。
 
 閉幕後、気持ち悪いから早々に退散しようと、大慌てで準備。
 と、スタッフの一人が近くの植え込みで古い祠を発見した。
 それを聞いて全員青くなって祠の掃除をして手を合わせた。
 それが原因だったのかはわからない。
 けど、それからは何事もなかったみたい、不思議だよね」
 そう語ると、九条ジェライザ・ローズがふっと蝋燭を消した。会場が暗くなり、人々の視界から九条ジェライザ・ローズがいったん消える。
「ああ、やっぱりその話をしたんだ」
 九条ジェライザ・ローズの怪談を聞いて、ふっと冬月学人が苦笑する。
 こういった話は、結構有名な話でもある。
 演劇関係の人は、験を担ぐことが多い。演目によっては、関連した墓や神社などでお参りやお祓いをするわけだ。有名な物は、四谷怪談などだろうか。
 劇場やスタジオなども、なぜか特定の場所では何かがでるという話が多い。たいていは、その場所は元墓場であったとかなどなのだが。九条ジェライザ・ローズのように、何かを封じた地とか慰霊碑があった場所などという話もある。
 地球であれば、ほとんどは都市伝説でしかないのだが、このパラミタの地ではどうだろう。何か、そんな不思議が起きても、それこそ不思議ではないのかもしれない。
 そういえば、この神社は、ちゃんとお祓いをしてあるのだろうか。いや、神社であるのだから、本来はお祓いをする方なのであるのだが……。