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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 2『今のボクを誰も抜けないんだな』

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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 2『今のボクを誰も抜けないんだな』

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(僕が「家の事はやらなくていい。任せてくれていい」って言ったのは、結果として間違いだったのかな……。
 ……いや、今は思いつめるのは止めよう。リンネさんが家事を学ぼうとしているんだ、全力でお手伝いをしなくちゃ)
 そう心に誓い、既にやる気十分といった様子の博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)の背中を、リリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が見守る。
「パパ、すっごいやる気に溢れてるねっ」
「私に言わせるなら、少し背負い過ぎかしらって思うわね。リンネちゃんのことを心配してくれる人は、あの子だけではないもの。
 ……まぁ、そういう所がやっぱり、あの子らしいんだけどね」
 幽綺子の言うように、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の下にはネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)赤城 花音(あかぎ・かのん)が付き、料理の基本からレクチャーを始めていた。
「まずは、基本となる調味料の調合からかな。出汁の取り方、それに美味しいお茶の淹れ方までしっかりと、この機会に覚えていこっ?」
「う、うん。……うわ、調味料って種類、こんなにあるんだね。う〜ん、どれをどれだけ使えばいいのか全然分かんないよ〜」
「大丈夫! 料理の基本は『計量』を身につけること。計量器具でキチンと、調味料のパッケージとか料理本とかに書かれている分量を量れば、大きな失敗は避けられるんだよ。
 それで、実際に作る料理だけど、ボクは『肉じゃが』を推すよ。難しそうってイメージがあるかもしれないけど、意外と初心者向けなんだよ」
「肉じゃが……うん、いいんじゃないかな。
 頑張って覚えて、帰ってきたモップスを肉じゃがで出迎えてあげようよ。きっとびっくりしちゃうよ」
「……そう、だね。私、頑張ってみるよ。このままじゃ良くないって思うし」
「そうそう、その意気だよ! それじゃあ、まずはジャガイモ、人参、玉葱を適当な大きさに切る所からいってみようか」
 花音が言い、そしてリンネの前に食材が置かれていく。それぞれ皮を剥き、食べやすい大きさに切り分けるのだが、包丁をあまり持ったことがないリンネにとってはこれだけでもおっかなびっくりといった様子であった。
「はい、じゃあ次は、調味料をカップで量って。人によって味の好みがあるけど、それはおいおい調節していく感じで」
 ネージュが見守る中、酒・砂糖・みりん・醤油を決められた量、それぞれ器にあけていく。水にだしの素を溶き、肉を切り分ければ準備は完了、ここから鍋に材料を入れていく段階である。
「まずは、お肉を炒める。肉の色が変わったらジャガイモと玉葱を入れて、全体に油が乗るように炒めていくの」
「え〜と、こ、こうかな……? わ〜ん、火がこんなに扱いにくいものなんて思わなかったよ〜」
 炎熱系魔法が大得意のリンネも、料理で使う火の勝手の違いに大いに戸惑う。それでも水に溶いた出汁を入れ、ぐつぐつと煮立ってくる頃には、少し慣れてきたようで手付きも様になっていた。
「ここまで来たら、後はさっき混ぜた調味料を入れて、汁が少なくなるまで煮るだけだよ。頑張って!」
 浮き出してくるアクを取る作業に疲れてきた頃、ジャガイモの具合を確認したネージュが応援するように言う。声援に押されるように、リンネが混ぜた調味料と人参を入れる。
「は〜……なんか、すっごい疲れた……でも、なんだろう、ちょっといい気分かも」
「料理が楽しく思えるのは、リンネちゃんにも料理の才能があるってことだよ、きっと。
 それじゃ、肉じゃがが出来る間、ハーブティーのブレンドの仕方を教えてあげるね」
「うん。なんでもやってみちゃうよっ」
 ネージュと共にテーブルを移るリンネ、鍋の見張りをする花音の元に、リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)がやって来る。
「花音、指導お疲れさまです。この機会にリンネさんとモップスさんが仲直りして、パートナーとしてお互いに適当な距離が築けるといいですね」
 その言葉に、花音の表情が揺らぐ。リュートの言ったことは、決してリンネとモップスだけのものというわけではないと思ったから。
(うーん、パートナーかぁ……。今までは何となくずっと一緒にいるものと思っていたような気がするけど……。
 でも、二人の例のように、どちらかが別の誰かと一緒になって、ってこともあるんだよね)
 『趣味がそのまま仕事になる』『好き合った者同士が結婚する』が必ずしもそうはならないように、『パートナー同士がいつまでも仲良くあり続ける』もまた、そうというわけではないかもしれない。パートナーという言葉は意識すればするほど、曖昧なものとなって二人の前に立ちはだかる。
(ボクたちの場合は……ボクが兄さんの言動を封じている感覚がある、かな。
 まったく合わないわけじゃない、だけど……兄さんのより兄さんらしいものがあるなら、それを引き出すのはボクでは、難しいと思う)
 いわゆる『ベストカップル』と呼べるものの一つは、お互いが出会うことでそれぞれ、今までなかった自分というものを引き出した上でそれを有効に活用している状態、と言えるだろう。これがどちらかが抑制され過ぎてもいけないし(抑制されることが悪いことではない、社会で生きていく以上、ある程度の抑制(制御と置き換えてもいい)は必要だからである)、逆に開放されすぎてもまたよくない。適度に抑制されまた適度に開放される関係がベストであるといえるだろう。……まぁ、言う分には簡単に言えるが、これがどれほど難しいことかは、今の社会情勢を見ればよく分かるというものである。
(自分でも考えててよく分かりにくい話だけど……こういう機会しか伝えられないことだと思うから。
 ちょっと、一緒に考えてみるのは……どうだろう?)
 ちら、と視線をリュートに向けると、気付いたリュートが「?」と首をかしげて目を合わせる。
 瞬間、ピピピ、とキッチンタイマーが時間を告げた。
「花音、肉じゃがが出来ますよ。僕はリンネさんを呼びに行ってきますね」
「あっ、うん、よろしく、兄さん」
 リンネの下へ歩いていくリュートの背中を見つめ、はぁ、と花音がため息をつく。

「掃除については……そうですね、これといって凄い策があるわけではないんです。
 ちょっとした時間にちょっと手を動かす、それを繰り返すことで少しずつ綺麗にしていく、綺麗を保つ。一気にやろうと思ってしまうと疲れてしまいますので、ゆっくり、考えてみてくださいね」
 料理の指導から、今度は掃除の指導へとミリアが移る。掃除は機械のメンテナンスに似たものがある。メンテナンスをしなければ機械は壊れてしまうように、掃除をしなければ生活環境はたちどころに壊れてしまう。だからといって一気にメンテナンスをしても、それで劇的に機械の調子が良くなるわけでもない。だからこそ掃除はなかなかやる気が出ないものなのだろう。

「料理の時は役に立てなかったけど、掃除ならお任せっ!
 魔法少女が全員、料理が得意だなんて思ったら大間違いなんだからねっ!」
「ん? ルカ、それ胸張って言うことか? ……まぁいいか、うめぇモンたらふく食わしてもらったしな、ピカピカにしてやるぜ。
 んで終わったらまた喰う!」
 腕まくりしてやる気のルカルカにツッコミつつ、料理教室では主に食べる(時たま、評価を求めてきた生徒に美味かったこととその理由を言っていた)担当だったカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が食後の運動とばかりにモップを手にする。
一撃で完了ーーー! ……あれ?」
 ギュン、と音がしたような気がして、ルカルカの位置が先程のより数十メートル移動していた。本人はそんな挙動をしてケロリとしていたが、モップは耐え切れなかったらしく随分と短くなった柄だけになってしまい、それを手にしたルカルカがキョトン、としていた。
「おいおい、掃除にそんな力いらねぇぞ? こういうのは丁寧にやるもんだ」
「はーい」
 モップを器用に取り回すカルキノス、二人は見事に見た目と中身が対照的であるように見えた。

「家事が嫌いな人って、大抵の場合『片付けるのが面倒』って言うのが多いと思うの。
 リンネちゃんも実際に料理を作ってみて感じたと思うけど、料理を作るのは楽しい、だけどゴミがどうしても出る、それが嫌。食後に食器の後片付けが面倒、しんどい。
 洗濯の時も、洗濯機を回すのはよくても、終わった洗濯物を干したり取り込んだり畳んだりするのは面倒。
 掃除なんてもってのほかよね。雑巾を絞るのが嫌、から始まると思う」
「あ〜、うん、そう。やり出したのはいいんだよ、後のことを考えるとうわぁ、ってなるんだよ〜」
 洗った食器の水気をふきんで取る作業をリンネとしながら、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が家事嫌いの人にありがちな話をしていく。
「どれも、地味な仕事なのよね。だけど、綺麗になれば心がスッキリする。これは個人差があるかもしれないけど、綺麗な方がいいとは思わない?
 それに、何も思いつめてどうしてもやらなくちゃ、と考えるほどのものでもないの。歌を歌いながら、音楽を聞きながらやったっていい。
 後は、一気にやろうと思わないで、少しずつやる。続けられる分を毎日することが大切なの」
 積み上がった食器を、ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)が自分に持てる分だけを持って、食器棚にしまっていく。一度に持って行く量が少なくても、回数を増やせばいずれは片付け終わるように、まとめてやろうとするよりは毎日少しずつやる考えの方が、家事の場合はきっといい。自分が毎日を自分らしく過ごす限り、家事はついて回るものだから。
「物を増やしすぎないことも大切かもね。本当に必要な物を大切に扱う、その気持ちがあれば掃除だって少しは楽しく思えるんじゃないかな」
「う……はぁ、これからは部屋にぽいぽい物を詰め込むのは止めにしようかなぁ。確かに物が多いと、なんかそれだけで掃除する気無くしちゃうし」
 そう、物があるから汚くなるのだから、物を少なくすれば掃除をするのも楽になる。適度というものはあるが、有効ではないだろうか。
「洗濯物ができましたよぅ。リンネさん、干すの手伝ってくれませんかぁ?」
 そこへ、洗濯カゴを抱えたハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)がやって来る。彼女だけでは少々、洗濯物が多いようだ。
「私とピュリアも行くわ。これで食器の方はおしまいだから」
「ママは少し休んでて。いつも赤ちゃんのお世話で大変だったんだもん。
 今日はピュリアとハルちゃん、リンネちゃんで頑張るから!」
 手伝いに行こうとする朱里を、ピュリアが押しとどめる。普段育児に忙しい朱里を、教室に参加することで家事の手伝いを学び、楽にさせてあげよう、そんな思いの二人にリンネも背中を押される。
「うん、じゃあ行こっ!」
 ハルモニアの持っていたカゴを代わりに持って、リンネが先頭、次いでピュリアとハルモニアが続く。
「ふふ、頼もしいわね。じゃあ、言葉に甘えさせてもらおうかな」
 元気よく外の干し場へと向かう三人を微笑ましく見守り、朱里が最後に続く。春の風と日光を浴びながら、楽しそうに洗濯物を干す『子』らを見守る贅沢を今から楽しみにしながら。